勇者TUEEEEE!!!
ええ……?
勇者、女子なの?
俺はモニターに映る少女に、釘付けになっていた。
年の頃は、十五から十七歳くらいだろうか。
十歳の俺より、いくつか上だ。
そんなまだ女子高生くらいの少女が、煌めく金髪を風に靡かせながら、魔物と対峙している。
少女の目の前にいるのは、赤銅色の肌の、牛頭のムキムキ巨人だった。
モニターの端には、『可憐な勇者対ミノタウロスの群れ!』と見出しがポップな文字で表記してある。
そう、群れだ。
単体ではなく、群れ。
全長二メートルを越すだろう、ムキムキの牛頭の巨人がモニターのそこかしこに映り込んでいる。
大量の動く筋肉の塊に、俺は少しげんなりした。
厳つい牛頭に黒色の捻じ曲がった角、体表を盛り上げる強靭な筋肉。
剣を構える勇者に、鬨の声を上げながら突っ込んでいくその姿は、正に『漢』を体現したような姿だった。
まあ、中には牝牛がいるのかもしれないが。
と、ついに牛頭の巨人の一頭が、勇者に殴りかかった。
その剛腕から放たれる一撃は、凄まじいものなのだろう。
側から見ていても、あれは当たったら痛そうだなぁと分かる。
幼いとはいえ、龍である俺からしてもそう思うのだから、人間の、ましてや女の子がまともに喰らったらひとたまりもないだろう。
女勇者に迫る拳を見て、俺は内心とてもハラハラしていた。
いやまあ、金髪の美少女に怪物の鉄拳が迫っていたら、俺でなくとも焦るだろう。
まさかとは思うが、喰らわないよな?
もし女勇者が普通の女の子だった場合、この後に起こるであろう光景を思い浮かべて、俺は思わず顔を両手で覆った。
もちろん、指の隙間からバッチリ見ている。
牛頭の巨人の拳が直前に迫った瞬間、女勇者が動いた。
右の拳で殴りかかる牛頭の巨人の、右の側面に回るように体をゆらりと動かす。
だが、遅い。
牛頭の巨人の拳はすでに回避は不可能なくらいにまで近付いている。
うら若き美少女の絶体絶命な状態に、俺は指の隙間を開いたり閉じたりを繰り返した。
牛頭の巨人の拳が女勇者に直撃する──、
と、思いきや。
牛頭の巨人の放った渾身のパンチは、何故か女勇者を舐めるように空振り、地面に激突した。
砕かれた土が舞う。
その隙間から見えた牛頭の巨人の瞳は、驚愕に見開かれていた。
牛頭の巨人は何が起こったか分からないようだったが、俺には見えた。
女勇者の背中が影になって見えにくかったが、あれは。
剣の腹で、拳をいなした?
何が起きたのか、女勇者が何をしたのか理解した俺は、牛頭の巨人以上の驚愕に襲われる。
あんな芸当ができるなんて、女勇者はどれだけの実力者なんだろう。
漫画なんかの、相手の攻撃を紙一重で避けたり、攻撃を直前になんとかするなんて事は、この世界に来て不可能な事だと分かった。
少なくとも、俺にはできない。
龍の優れた視力を以ってしても、そんな達人技のような事はできなかった。
いくら集中しても、一つの事に集中していると他が疎かになる。
どうしても、その隙を突かれてしまうのだ。
彼女の場合、着目するのが拳一つだったが、それでも決して簡単と言う訳ではない。
しかしだ。
モニターに映る少女は、それをいとも簡単にやってのけた。
一切の無駄な動きも無く、流れるような滑らかな動きで拳をいなした。
その動作はあまりにも自然で、よく見ていても、一瞬何をやったか分からない程だ。
たった一度のその動きだけで、俺は彼女が相当な手練れである事を悟った。
否、悟らされたのだ。
少なくとも、彼女は俺よりも遥かに強い。
それだけは理解した。
俺はこの世界の人間の『強さ』に、心底驚愕した。
牛頭の巨人の拳をいなした女勇者だが、その動きはまだ止まっていなかった。
牛頭の巨人の拳の勢いを利用して、その場で一回転する。
そして、一閃。
それだけで、巨大な牛頭の巨人の体は腹を境に両断された。
吹き上がる血飛沫を軽く避け、女勇者は後続の牛頭の巨人達を厳しく見据える。
一刀の元に両断された同胞の残骸と、女勇者の眼光に牛頭の巨人達は一瞬怯んだ。
だがしかし、そこは『漢』な牛頭の巨人達。
すぐに雄叫びを上げて女勇者に突撃した。
だが。
女勇者は気勢を張る牛頭の巨人達を睨むと、一気に間合いを詰めた。
俺は某剣客の漫画で、『縮地』と言う技が出てきたのを覚えている。
あまりの速さに、まるで地を操り距離を縮める仙術のように見える絶技。
彼女の速さは、正にそれだった。
急迫する女勇者に、先頭にいた牛頭の巨人が驚きのあまり硬直する。
次の瞬間、彼(彼女?)は血飛沫に呑まれていた。
まるで光のような速さで右手を閃かした女勇者が、牛頭の巨人の体を左下から右上に斬り上げたのだ。
上体を斜めに斬られた牛頭の巨人は、己の鮮血を浴びながら崩れ落ちた。
二頭目の牛頭の巨人を斬り伏せた女勇者だが、まだ止まらない。
牛頭の巨人達の間を縫うように駆け抜ける。
一拍遅れてから彼女の通った道に血飛沫が上がった。
散発的に放たれる牛頭の巨人の拳や蹴りも完全に見切られていて、その悉くが紙一重でいなされ、躱される。
むしろ、反撃を受けて攻撃をした牛頭の巨人のほとんどが血だまりに沈んだ。
あまりにも一方的な鏖殺に、俺は牛頭の巨人達に心から同情した。
仲間の屍を踏み越えてでも絶対的な強者に挑むその漢気に、少なからず俺は感心を抱いていたのだ。
……まあ、何も考えていないだけかもしれないが。
やがて、牛頭の巨人は全て倒れた。
立っているのは、あれだけの乱戦の中で返り血一つ浴びなかった女勇者。
金髪の少女は、大量の屍が散乱する中、ぱちんと音を立てて剣を収めた。
少女がふうと小さく息を吐くのと同時に、モニターの前の俺もふぅぅ〜と大きく息を吐いた。
どうやら、自分で思っていた以上にモニターの映像にのめり込んでいたようだ。
そこでふと、冷えた頭で思う。
これ、国中に放送されてるんだよな。
子供達も見てるかもしれないのに、あんなデストロイな映像流して良かったのか?
この世界、放送規制とか無いのかな。
勇者の強さをアピールしたかったのかもしれないが、こんな映像見たら大多数の子供達のトラウマになるんじゃないだろうか。
現在精神年齢二十七歳である俺でも軽く胸焼けしてしまうのだ。
世の人達はさぞドン引いているだろうな。
モニターを見ると、女勇者が二人の人物に向かって駆け寄っているところだった。
一人は高級そうな神官服のようなものを身に纏った壮年の男性。
その隣には白いローブを着た茶色い巻き毛の小柄な少女が女勇者を出迎えている。
二人のうち、少女の方は顔が真っ青だ。
大丈夫か。
あっ、少女が森の中に駆け込んで行った。
……少女の名誉のためにも、これ以上考えないようにしよう。
最後に微妙な顔をしている男性と女勇者を映し、映像は切り替わる。
先ほどの若いキャスターだ。
彼は非常に興奮した様子でべらべらと喋っているが、俺の耳にはもはや彼の声は入ってこなかった。
俺の頭には、先ほどの映像が思い出されていた。
女勇者が牛頭の巨人の群れを掃討している映像。
俺はこの映像を見て、不可解な点に気が付いたのだ。
それはほんの一瞬の事で最初は見間違いかと思っていたが、何度も確認する度にそうではない事が分かった。
でも、だからと言って、そんな事が……。
俺は自分が見たものを信じられなかった。
常識的に考えて、それは『ありえない』ような事だ。
だが、この目でちゃんと確認もした。
異世界だし、やっぱりそうゆう事もあるのかな?
俺が頭を捻っていると、玄関の方から扉の開く音がした。
それに次いで声が響く。
「ただいまー」
母さんが帰ってきたのだ。
俺は思考を中断し、「おかえりー」と返す。
自室にいるクロナとローザは部屋を出て玄関に行って母さんを迎えたようだ。
隊長さんが言ってた事について、レスティは母さんが帰ってきたら話すと言っていた。
映像の事も気になるが、そちらも気になる。
まあ、後で食卓で母さんやレスティに聞けば何かわかるかもしれないし、取り敢えずそちらは置いておこう。
俺は無理矢理思考を切り替えた。
異世界だし、そうゆう事もあるんだろう。
武器の形状が変わる事くらい。