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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
14/33

勇者の道 〜いきなり伝説へ〜

アルバートがモニターを眺めているその頃。



◆◇◆◇◆



ルヴェリア法国。

人間の繁栄する、《ユリアース大陸》の五大大国の一つ。

大陸の南に位置し、その国土は大国の中では小さいが、その人口は他の広大な国土を持つ大国と比肩し得る程である。

人が多く集まる理由としては、一つの宗教の影響が強い。


《創神教》。

この世界の人間達に広く普及している宗教。

その創神教の総本山が、このルヴェリア法国なのである。

最高司祭が国王を務めるという、特異な国だ。

ルヴェリア法国は国に住まう神官や信者、遠方から敬虔な信者達が移住してくる事によって、人口が他の大国に並ぶ程高くなっているのだ。


ルヴェリア法国の最高司祭及び以下の神官達は皆魔導に秀で、神官達で構成された『神兵団』は軍事的にも強力な武器となっている。


それらの理由が、ルヴェリア法国が大国の列に加わった所以である。


そして、そのルヴェリア法国から、隣国のイグルス王国へと渡るための街道に、三つの影があった。



◆◇◆◇◆



「グギャアア!!」


三匹の醜悪な顔をした小さな小人のような魔物が、手に持った棍棒を振り上げながら喚く。

小人の肌の色は緑。黄色い眼光で、目の前にいる獲物(・・)を睨めつける。


一匹が前に出て、振り上げた棍棒を振るう。

ひゅっ!と風を切って振り下ろされた棍棒は、獲物に(かす)りもせずに甲高い音を立てて舗装された道にぶつかる。

苛立たしげに顔を歪める魔物。

その視線の先には、一人の少女がいた。


白く煌めく軽鎧(ライトアーマー)を身に付け、濃紺のマントを翻す少女。

頭から流れる金色の長髪は、日の光を受けてきらきらと輝いている。

額には、白いカチューシャ。

まだ少しあどけなさが残る顔は眉目秀麗。

少し吊り上がった目、瞳の色はサファイアブルー。キリッとした眉に引き結ばれた小さな口。

少女は、美少女と言っても差し支え無い容姿を持っていた。


しかし、その瞳は鋭く敵を見据えていた。

腰の剣に右手を回し、忌まわしげにこちらを睨みつける魔物に向かって一歩、踏み込む。


それだけで、少女と魔物の間合いは消失する。

魔物の(ふところ)に潜り込んだ少女の右手が閃く。

その瞬間、魔物の体に無数の斬線が走った。


少女が魔物を脇を抜け、ひゅん!と剣に付いた血を払うと同時に、固まっていた魔物の体が、バラバラに分解された。


仲間だったもの(・・・・・・・)の血だまりを見て、顔を恐怖に染める二匹の魔物。

一瞬の硬直の後、武器を放り捨て(きびす)を返して逃げ出す。


「逃すわけがないでしょう」


そう低く呟くと同時に、少女の姿が消失する。


次の瞬間、昼間の街道に二つの血飛沫が舞った。



◆◇◆◇◆



「流石だな、フレイア。勇者の名に恥じない見事な戦いだった」


剣を鞘に収めると同時に後ろから掛けられた男の声に、振り返りながら少女は苦笑を漏らす。


「大した事じゃないわ、ラージス。さっきのは魔物の中でも《下級》の『小鬼(ゴブリン)』よ?」


神官服にローブを纏ったラージスと呼ばれた壮年の男は、シワだらけの顔を笑みを刻んだ。


「それでもだよ。先ほどの剣線、魔導師の私にはとても追い切れるものではなかったぞ」

「お褒めに預かり光栄ですわ、大神官様」


服の裾をつまみ上げ、茶化すような言い方をする少女、フレイアに、ラージスは笑みを苦笑に変える。

その時、ラージスの影から小さな少女が出てきて、おずおずとフレイアに声を掛けた。


「あ、あの、フレイア様、お怪我はありませんか……?」


か細い声で話し掛けてきた少女に、フレイアは笑みを向けた。


「ええ、あの程度の魔物に遅れを取る程私はヤワじゃないもの」

「そ、そうですよね!差し出がましい事を言ってしまい、申し訳ありません……」


そう言って頭を下げる少女に、フレイアもラージスも苦笑を浮かべてしまった。


「あのね、フィリア?いちいちそんなビクビクされると、ちょっと傷ついちゃうんだけど」


フレイアの声に、フィリアと呼ばれた小柄な少女は跳ね上がった。


「も、申し訳ありません!」


再び頭を下げる少女に、フレイアはため息を吐いた。

そして、ニヤリと笑うと、未だ頭を下げているフィリアに抱きついた。


「ひょうっ!?」


突然の事にフィリアは奇声を上げ、すぐに逃れようとするが、鍛えられたフレイアの両腕はフィリアをがっちりとホールドして離さない。


「だーかーら、フィリア?そうゆうのがダメなんだってば。私達同い年でしょ?もっと砕けていきましょうよ」

「で、ですが、フレイア様は勇者様ですし……た、立場というものが……」


観念して大人しくなったフィリアの言い訳に、フレイアは呆れたような声を出す。


「立場って……それを言うなら、勇者の私より、『聖女』である貴女の方が立場は上の筈だけれど?」

「そ、それは……」


口どもるフィリア。

創神教の最高司祭に『聖女』として認められたフィリアは、立場的に言うと最高司祭に準ずる立場にある。

勇者とはいえ平民のフレイアと比べると、フィリアは遥か雲の上の人なのだ。


自ら墓穴を掘ったフィリアは、緑色の瞳に涙を溜めて俯いた。

彼女は精神面がかなり打たれ弱く、すぐに涙目になってしまう。

小柄な体躯と茶色の巻き毛が相俟(あいま)って、どこか小動物のような可愛らしさを醸し出している。


フレイアは再びため息を吐き、自分の額をフィリアの額にコツンとぶつけた。


「もう今度から普通に友達として接してよね。もちろん、「様」付けもなしだから」

「で、ですが……」


未だ食い下がるフィリアに、フレイアは目を細めて意地の悪い笑みを浮かべた。

そして、少し低い声で囁く。


「今度また同じような事したら、公衆に向かってその日の貴女の下着の色叫ぶわよ?」

「…!……!!」


目を見開き、顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせるフィリア。

ちょっと意地悪かなと思ったが、多分この娘はこれくらいしないと態度を改めないだろうなと無理矢理思い直した。

そうだ。きっとそうなのだ。


そう自己完結し、未だ頬を染めているフィリアの背中をぽんぽんと叩き、歩き出す。



その間、完全に蚊帳の外に放り出されていた大神官ラージスは、無言で二人の少女のやりとりを眺めていた。



◆◇◆◇◆



「ところでラージス、私達何でイグルス王国に向かってるの?魔王がいるネヴュラス大陸に向かうには反対のレニアス帝国に向かわなきゃでしょ?」

「その事は今朝、出立前に説明しただろう?まさか聞いていなかったのか?」

「えっ……それは、その……ね、寝ぼけてたんじゃないかな。あははははは……」


顔を逸らして空笑いするフレイアを睨みつけ、ラージスはため息を吐いた。


「はぁ……全く。もう少し勇者としての自覚を持て……。今朝した説明をもう一度するぞ。最近、イグルス王国周辺の村が、黒い龍に襲われたんだそうだ」

「龍?」


フレイアは眉をひそめる。


「龍ってあの……おっきくて翼の生えたやつ?」

「そう、そのおっきくて翼の生えたやつだ。龍によって村は壊滅。村人全員が死亡し、後に調査に訪れた者達は皆呪いによる病を受けたそうだ」


フレイアだけでなく、フィリアも驚いて目を丸くした。


「か、壊滅って……」

「問題はそれだけじゃないぞ。呪いの方も、放っておけばやがて死に至る程のものらしい。総勢、三百人程が呪いに掛かって今もイグルスの王宮で苦しんでいるそうだ」

「そ、そんな……」


フィリアが悲壮な表情を浮かべる。

多分、ベッドに横になって苦しんでいる人達の事を思い浮かべたんだろう。

こういう、他者を本気で思いやる事ができるからこそ、フィリアは聖女に選ばれたんじゃないかとフレイアは思う。


「で、その呪いとやらはどうやったら解けるのかしら?よくあるでしょ、浄化魔法を使うー、とか」

「うむ、その解呪の方法なんだが……一般の浄化魔法などの類は一切効かず、呪いの根源を断たなければいけないそうだ」

「呪いの根源……って事は、呪いを掛けたやつを倒さなきゃダメって事?」

「その通りだ」

「ふ〜ん……ん?って事は私達が今イグルスに向かってるのって……」


顔を上げてラージスを見ると、彼は頷いて見せた。


「うむ、その呪いの根源たる黒い龍を討伐するためだ」

「り、りりり龍と戦うん、ですかぁ……?」


フィリアが泣きそうな顔で問いかける。

フレイアはそんなフィリアの頭を優しく撫でた。


「大丈夫よ。私が守るから。……それにしても、解呪方法がそれしか無いって、何で分かったのかしら?呪いを解く方法全部試したとか?」


フレイアの疑問に、ラージスは首を横に振った。


「いや、過去の文献に前例があったそうだ」

「へぇ、その前例って?」

「……ふむ、二人共、『黒龍の災禍』を知っているか?」


突然の質問に、戸惑ながらも頷く。


「そりゃ知ってるわよ。絵本とか、昔読んだ事あるし」


遥か古に起きたとされる、一頭の黒龍によって引き起こされた大災害。

当時の人間達を震え上がらせたその出来事は、今や童話や絵本、吟遊詩人の(うた)として広く親しまれている。


隣りでもフィリアがコクコク頷きながら「私も知ってます」と答えた。


「まあそうだろうな。……その過去の文献にあった前例は、それの事なのだ」


フレイアとフィリアの時が止まった。


やがて、ぎこちなく唇を動かし、ラージスに問いかける。


「の、呪いが……?」

「うむ」

「で、伝説の黒龍……?」

「うむ」

「「…………」」


再びフリーズする二人。


「え……」


どちらともなく声が漏れる。

次の瞬間。


「「ええええええええええええええ!!?!?」」


昼下がりの街道に、少女二人の叫びが響き渡った。

ラージスはそれを予期していたのか、いつの間にか指で耳を塞いでいた。


フリーズ状態から脱却したフレイアは、ラージスに詰め寄る。


「えっ、ちょっ、ど、どどどどうゆう事よラージス!?」

「どうもこうも、今話した通りなのだが」

「そーゆう事じゃなくてっ!?」

「お、おおおおおおお!?」


ラージスの襟首を掴んで無茶苦茶に振り回すフレイア。

ガクガク揺れるラージスの首。

ラージスの顔がどんどん青くなっていく。


「あ、あわわわわわ、フレイアちゃん!落ち着いて下さい!」


慌てて止めに入るフィリア。

フレイアはフィリアに言われてようやく落ち着いたのか、ラージスの襟首をぱっと離した。


崩れ落ちるラージス。


そんな彼に構わず、フレイアは独り言を呟く。


「えっ、待って待って、もしかして私、勇者になって最初に伝説と闘わなきゃいけないの……?」

「い、いや、そんな事はない」


ラージスがフィリアに支えられながら息も絶え絶えフレイアの独り言を否定する。

フレイアはラージスを見て、「どうゆうこと?」とばかりに眉根を寄せた。

ラージスは息を整え、説明する。


「はあ、ふう……。確かに、今回討伐対象の黒い龍は伝説の黒龍と同じ力を司るようだが、規模は比べ物にならないくらい小さいらしい。フレイア、お前でも十分相手にできる」

「そ、そんな事言ったって……はっ!」


愕然としていたフレイアだが、急に何かを思い出したように顔を上げた。

そして、ギュルンとフィリアに顔を向ける。


「え、え?なんですか?」


何故自分が見られるのか分からないフィリア。

フレイアは「えっえっ」と呟き続けるフィリアに近付き、その肩をがっしと掴んだ。


「な、ななななななんでしょうか?」


いきなり肩を掴まれ、吃驚するフィリア。

そんな彼女に、興奮した様子のフレイアは笑い掛ける。


「さっき!私の事!フレイア「ちゃん」て!フレイア「ちゃん」て呼んでくれたでしょ!」

「あ……」


そう言えば、とフィリアは思い出した。


「あ、あの、ごめんなさ……」

「いいの!謝らないで!これからもフレイア「ちゃん」でお願いね!フィリア!」


フィリアの謝罪を遮りまくし立てるフレイア。

よほど嬉しかったのか、さっきまで沈んでいた表情が今は喜色満面に笑顔を浮かべている。


フィリアはフレイアの笑顔を見て、戸惑いながらも、「まあ、いっか」と同じく笑みを浮かべた。






そして、再び蚊帳の外へ放り出されたラージスは、笑みを交わす二人の少女を見て、ふっと乾いた笑みを浮かべるのだった。

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