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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
12/33

ローザ、キレる

俺は今、我が家の客間に座っている。

俺の左隣にはローザ、その奥にクロナ。

右隣にはレスティが座っている。


そして、急遽(きゅうきょ)別の部屋から持ち出して繋ぎ合わせた長机を境に、反対側にはゴツい鎧の集団。

イグルス王国調査派遣部隊を名乗る連中がギッチギチに詰まっていた。


詰まっているとしか表現できないその状況。

元々広くはない客間に、二十人ものガタイのいい男達が座っているのだ。

十人ずつ、二列に分かれて座っているのだが、それでもかなり狭そうだ。


あまりにもむさ苦しい光景とこちら側まで漂ってくる汗の臭いに、ローザは軽く顔を顰めていた。

まあ、すぐに小突いて窘めたが。


俺は目の前にいる隊長のウェルズと名乗った初老の男性に声を掛ける。


「えーと、申し訳ありませんが、もう一度説明の方をお願いできますか?ここにいるレスティはまだお話を伺っていませんので」

「は、はあ、えっと、そちらさんは?この火山の龍は赤い龍だと聞いていますが、……彼が?」


少々混乱気味の隊長さんは、どうやら勘違いをしているようだ。


「彼は我が家の同居人で、レスティアスと言います。家主の母は今外出中ですが」

「そ、そうですか、レスティアスさん…………レスティアスっ!?」


突然目をひん剥いて叫ぶ隊長さん。

気持ちは分かるが、うるさい。


ちらりと見ると、彼の部下達も恐怖に青ざめていた。

全員、レスティのおとぎ話を聞いたことがあるんだろう。

この火山の名前の由縁、大昔の怪物が目の前にいると言われたら誰だって驚くだろう。


俺だって最初ホントびっくりしたし。


レスティは恐怖に慄く調査派遣部隊の面々に向かって、律儀にぺこりと一礼した。

今度はレスティのお辞儀にぽかんとする調査派遣部隊。

そりゃ驚くだろう。怪物と恐れられている存在が律儀にお辞儀してくるんだから。


俺だって何も知らなければ驚く。


「あ、レスティ、皆さんにお茶出してもらえる?湯のみは……多分足りる筈。足りなかったら、俺達の分は抜いてもいいから」

「分かった」


しばらくして、大きめのお盆に、大量の湯のみを抱えてやってくるレスティ。

隊員達にお茶を配っていく。

隊員達は、湯のみを各人へ回すレスティを呆然と間抜けに口を開けながら眺めている。


そりゃ驚くだろ(以下略)。


「そういえば、貴方方は一体……先ほど家主殿の事を母と呼んでいましたが、もしかして」


俺は隊長さんに向かって頷いた。


「はい、俺達はここの家主の子供です。俺と、隣のローザとクロナは、龍ですよ」


紹介されたローザが淑やかに一礼し、クロナもそれに習うようにぎこちなく一礼した。


隊長さんを含めた全員が飛び上がったのは言うまでもない。


いちいちリアクションが面白い人達だなぁ。


「い、一体いつの間に……」

「俺達は十年程前に産まれました。三人兄妹です」

「はっ?」


唸る隊長さんに律儀に返すと、まさか答えが返ってくるとは思っていなかったのか、隊長さんは間の抜けた声を上げる。


「で、では、家主殿は今一体どちらに……」

「母なら今街に働きに行っていると思います」

「はい?」


隊長さんが面白い顔をする。

リアクション芸人やれるんじゃないかこの人。


「母は街に行って働いてます」

「龍が……働く……?」


隊長さんは半ば呆然と呟く。

すると突然、隊員の一人が叫んだ。


「街が危険だ!」


何でそうなる。


いや、まあ気持ちは分からなくもないが。


「隊長、龍を頼るなんて間違ってたんです!やはりこいつらは危険なんだ!」


剣を抜いて叫ぶ隊員くん。

彼の熱気は伝染し、続々と隊員達が立ち上がり、剣を抜く。


ちょっと落ち着きなさいな。


そんなギッチギチの状態で何しようっての。


「お前ら、落ち着け!剣をしまうんだ!」


一人冷静な隊長さんは必死に部下達を宥めようとするが、頭に血が上った彼らには聞こえていないようだ。


まあ気持ちは分かる。


目の前に龍が三頭に加え、おとぎ話の怪物までいる。

ここまででもかなりカオスな状況なのに、龍の親分が街に行ったなんて聞いたら、彼らのメンタルメーターは軽く振り切ってしまうだろう。


一応、俺は「働きに行った」と言ったのだが、彼らの中で『龍』と『労働』が結びつくか分からない。

もしかしたら、『労働』=『襲撃』と考えてしまったのかもしれない。


あまりに騒ぎ立てるので、見かねて俺とレスティが声を掛けようとした、その時。


「黙りなさい」


聞く者の魂を凍りつかせるような冷たい声が、喧騒を鎮めた。怒号が飛び交う中、その声は凛と響いた。


さっきまでの騒ぎが嘘のように静まり返る客間。

しんとした空間を支配している感情は何だろうか。

冷静?

違う、恐怖だ。


俺は隊員達の恐怖の対象ーー、


ローザに目を向ける。


ローザはキレていた。

そりゃもう、ローザをよく知らない調査派遣部隊の面々にも分かるくらいに。

炎のような怒りではなく、絶対零度の視線が、男達を貫いた。

その剣幕には、俺も表情が引きつってしまった。クロナなんてもう涙目である。


「貴方方は一体何なのですか?」


ローザの冷たく静かな怒声が客間に響く。


「人の家に招かれてもないのに突然押しかけ、不意の事にも関わらず『客』としてもてなしたにいさまにあまつさえ剣を向け、勝手な事を喚き散らす」


隊員達は、自分達を見据える少女に、完全に怯えきってしまっていた。

これはローザの威圧がすごいのか、隊員達のメンタルが弱いのか。

多分どっちもだろう。


「私は少なからず落胆しました。食や衣類の文化など、素晴らしいものはたくさん持っているのに、それらを生み出した当の人間はこんなものなのですか?野蛮にも程があります。それに、ここは私達の家です。貴方方はあくまでも『客』。家長の代理人であるにいさまに剣を向けるなど……己の分をわきまえなさい」


ローザの隊員達に向ける視線は、もう虫でも見るようなものに変わっていた。


「ローザ殿、すまない。部下達の失態は私の責任だ。部下達の代わりに、私が謝らせてもらう。アルバート殿、ローザ殿、クロナ殿、そしてレスティ殿。部下の非礼、申し訳なかった」


場に落ち着きが戻るがいなや、頭を下げる隊長さん。

まあ当然と言えば当然だが、(ローザ)が文字通り睨みをきかせる中、素早く判断して恐れずにきちんと行動したのは人間としてはなかなか凄い事だろう。

隊長さんは割と有能な人なのかもしれない。


「……にいさま、どういたしますか?」

「あー、まあちゃんと謝ってくれたし、いいんじゃないか?」

「にいさまがそう仰るのであれば」


ローザの放っていた殺気が急速に萎んでいった。

隊員達もほっと息を吐く。


だがしかし、ローザは殺気こそ収めたが、隊員達の方を見ようともしない。

この年頃の女の子は嫌悪する対象に対しての態度が露骨だな。

ローザの中の彼らの印象は最悪だろう。

なんとも言えない空気が広がる中、ずっと黙っていたレスティが口を開いた。


「……そろそろ、説明を受けたいのだが。それと、俺はまだそちらの方の名を伺っていない」

「「あっ」」


俺と隊長さんは同時に声を上げた。

完全に忘れていたのだ。



◆◇◆◇◆



隊長さんはレスティに自己紹介をした後、先ほど玄関で俺達にした説明を若干詳細に話した。


その最中、一瞬だがレスティの顔が強張ったのを俺は見逃さなかった。

だが、レスティが何も言わないので、今この場で追求する事は止めた。


隊長さんが説明し終わり、レスティが出した答えは、


「また明日来てもらえるだろうか。家主と話し合ってみる」


だった。


隊長さんは何か言いたげだったが、結局何も言わずに部下を連れて帰っていった。


調査派遣部隊が帰った後、俺はレスティを捕まえた。


「レスティ、何か思い当たる事があったのか?」


俺の問いにレスティは軽く目を見張り、すぐに微笑を浮かべた。


「驚いたな、気付いていたのか」

「まあな。で、どうなんだ?」

「確かに思い当たる節はあったが、取り敢えずはスカーレットが帰ってきてからだ」


レスティはそう言うと、背を向けて風呂場へと歩いていった。

そう言えばさっきレスティは風呂掃除の途中だったか。


何故母さんが帰ってきてからなのかは分からないが、レスティが意味のない事を言うとは思えず、大人しく母さんの帰りを待つ事にした。

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