勇者にTS転生させられた(強制)かと思ったら、約束が違ってた件。
気がつけば、私は数人の男女と共にその場にいた。
そこは、なにもない空間だった。どこもかしこもが真っ白でカベも天井もない、かろうじて床はある。みんな私と一緒で何がなにやら分からないといった様子でうろうろと歩いているから。でも、私は気付いてしまった。真っ白で、本当に床が存在しているのかは不明だ。だって、誰にも影がない。
変な状況で、変な場所で、私たちはへんてこな選択を迫られる事になる。
真っ白な辺り一面に、いくつかの絵が現れた、と、同時に、私たちは声ならぬ声を聞いた。
曰く、そこに載っている絵の中の一人に生まれ変われ、と。
なんじゃそりゃ。
意味が分からない。
絵には、いかにも漫画の勇者や姫という風情の男女が描かれている。いや、漫画って言うより、絵本っぽい。
その中の人物に生まれ変われる、ということらしい。いや、生まれ変わらせられる(強制)って事だ。
ええ、どれも嫌だなぁ……。
だってどう考えても、どれも大変そうなんだもん。何より、絵がしょぼすぎて魅力が何一つないんだけど……。
そう、それは大問題だった。絵が、しょぼいのだ。昔の絵本風の、地味かつ単純、色気も美しさもない、素朴な、子供に分かりやすい絵ばかりなのだ。いくら絶世の美女という設定であろうと、この絵の顔になるのかと思うと、全力で萎える勢いだ。
と、私がドン引きしている内に、残りの男女が次々と選んでゆく。
えええ?! なんでそんなに即決なの?! 悩めよ、迷えよ、困惑しろよ!! なんだよ、みんな適応能力高すぎだよ!
ある女の子はお姫様を、ある男の子は騎士を。ある男はマニアックにドワーフを、そして次々にその場から消えてゆく。
彼らの選んだ選択肢を見ながら、「あんなん選ぶのか」とか「あれは、まだましかなぁ……」とか思っていたら、彼らと共に選ばれた絵も消えてゆく。
あああああ! 私がドン引きしている内に、「まし」な選択肢がほとんどなくなってきた……!
残ったのは、男キャラ二人と女キャラ一人。
しゃあない、この残った微妙な姫を選択するか……と思ったところで、脇にいたのそりとしたちょっといかつい感じの男が、ぶっとい腕をもちあげ、ごつくて毛深い指先でその唯一残った姫を選択しやがった。
大事なところなのでもう一度言わせてもらう。
この男、残っていた 最 後 の 女 キ ャ ラ を 選 択 し や が っ た!!
えええ?! おま、TS転生希望?! うわ、ひっでぇ!!!
思わずガン見する。ごっつい男はチラッとわたしを見た。
あ、もしかして考え直してくれる?
って思った直後、真っ白の空間には、私だけが取り残されていた。男キャラの絵二人と共に。
ようジョージ、元気かい? 俺は、もう、真っ白だよ……。
マイケル、君は笑顔だが俺の心の中は、土砂降りさ……。
心の中で絵に話しかけてみたが、返事はない。
私の無言のひとにらみは、なんの役にも立たなかった。迷いなくあの野郎姫にTS転生しやがったようだ。ていうか遠慮しろよ。迷えよ。
そして残った絵はどちらも男。もう、どうでもいいや、一番顔が好みそうなので……と、勇者を選んだ。
お前に引き続き、私もTS転生か……。
姫を選んだごつい男を思い出しながら、人生の無常について考えてみる。
いつまでも、あると思うなアレとナニ。
無常とはよく言った物だ。先人すばらしい。
無情な無常っぷりにため息が出るわ。
なんか、人生いろいろ詰んだ気がする。
いや、転生するんだから、詰んだどころかスタートだけどねー……。あはははー。……はぁ。スタート前から、わたしの人生、詰んだ。
しかも顔が好みといっても……「この絵では、きっとかっこよく描かれているんだろうな」っていうすごい微妙な「好み」だったけど、そこはもう追求しないことにした。
望んでもいないのに、TS転生獲得おめでとう。心の中で、自分自身に合掌した。そして、白い空間は消え去った。
そして私は生まれ変わった……はずだった。
だって私がいたのは白い空間じゃなくて見知らぬ世界であったから。
でも、ハズ、っていうのは、そこに生まれ変わった感が全くないから。
なのに自我はあって意識もあって世界を確かに見ている。でも私は私自身の存在を、認識出来ない。ただ、自分がいる世界を、絵本を見るように眺めるばかりという、へんてこな状況になっていた。まるで風にでもなってたゆたうまま入ってくる情報や映像を眺めている、そんな感じ。自分が見たい物を見ているわけじゃなくって、見えている物を見るしかない。
見てる物は、あるひとつの物語をたどっていくように移り変わっていった。ほんとに絵本でも読んでいるかのようだった。
ひとまずの状況を把握して、一番最初に思ったのが。
なんだこりゃ。
この一言に尽きる。
こう、転生感が全くなくて、がっかり感が満載過ぎ。
仕方ないから、問答無用に見せられる物語の世界をとりあえず楽しんで見ることにした。ていうか、それしか出来ないんだけどね!
私が見つめる世界は現代とは全く違う田舎くさい世界のようだった。まあ、勇者様がいる世界だもんね。
そこで生活していたら、現代日本人として育った私なら発狂するレベル。
水は川までくみに行って、お湯は貴重で、火をおこすにもマッチすらなくて、トイレはぼっとんで、一般人の移動手段は全て徒歩! テレビもゲームもない!本は貴重品で手に入らない。そもそも読めそうにない気がするけど。
い や す ぎ る 。
がっかり感満載っていってごめんなさい。むしろそこで生活せずに済んでよかったですありがとうございます。
とか思っている内に物語は進んでいく。
そんな世界では魔王が復活し、世界中が恐慌に陥っていた。
ほほぅ。大変な世界が更に大変そうです。
暴れる魔物達に、逃げまどう人たち、こりゃまた、ここで生活してたらきつそうだ。
それを倒すために勇者が立ち上がった。
よっしゃ、勇者キタ! わたしの出番!! って、勇者私じゃないし。
そこにいるのは、あの絵の勇者を、リアルにしてがちイケメンにしたらこんな感じだなって言う感じの青年だった。
え? あれ?
青年は国王から魔王討伐の命を受けて、国を発つことになった。
発つことになったって……え、私、どこに出てくるの?
完全に置いてけぼりの私は、もう訳がわかんない。絵の人物に転生するんじゃないのかよ!! って怒鳴りつけたいけど、どうも私、この物語に干渉できないっぽいんだよね。正真正銘、見てるだけー。
約束が違う。絵の中の人物に生まれ変わるんじゃなかったんかい!
……ものすごく帽子を床にたたきつけたくなったけど、帽子もなければ床もない、そもそも帽子を握る手もない状態だ。やってらんねぇ。なんだよ、私、ここにいる意味あんのかよって気はするけど、とりあえず見せられる物語は、せっかくだから楽しもうと思う。
やさぐれて寝転んで尻でも掻きながら見てやる。って思ったけどよく考えたら掻く手もなければ尻もない。痛恨のミス。
尻もかけないまま物語は進んでゆく。
魔王を倒す旅に出た勇者は、いくつもの苦難に出会い、傷つき悩みながらそれを乗り越えてゆく。
挫折しそうな出来事が何度もあった。死んでしまった方が楽だろうと思えるような敵と対峙した。けれど、彼にはこの旅をやめることが出来ない理由があった。
その想いだけを心のよりどころに、彼は歯を食いしばりながら戦い続けた。
そして数多の苦難を乗り越えて一回りも二回りも成長した勇者は、国を立って数年、ついに魔王と対峙した……。
早……!!
なんという絵本ペース…!! 絵本で言うなら、勇者の苦労は見開き2ページ程度……!!
人の血と涙の苦労が文字で数行で表せられる程度に凝縮というか縮小されてしまったことに涙を抑えきれずにいると、あれ? 今まで上でふよふよ見てただけだったのに、なんか目の前に勇者がいる。
あ、もしかしてそこで、ようやく私が登場?!
って分かったとたん、私は、自分の体がとてもおかしな事に気付いた。
手がない。足がない。
……目がない、口がない……血も涙もない。
これは、あれか? わたしに流れる血は、お前達が死への黄泉路へ旅立つとき。お前の血潮がわたしの血となり……とか何とか口上を言ったらかっこよくね?
とか現実逃避をしたくなったぐらいには困惑している。
私は、魔王の持っている魔剣だった。
……人ですら、なかった……だ、と……?
ジョージ、アレどころか、ナニもなかったよ……。
はぁ?! 魔剣?! なにそれ?! あのとき選んだ男はなに?! なにって目の前の勇者だったよね!
だから約束が違うと、あれほど……!!
とりあえず、全力で腹を立ててみたけれど、叫ぼうにも叫ぶ口もなければ、訴える相手もいない。人を勝手に転生させたあのヤロー、どこだよ。ていうか、あのヤローって誰だ……!! もう、怒りを覚える先も不明とか、なんだよこの状況!!地団駄踏みたいけど踏む足がねぇ!! ちくしょう!!
はらがたったので、とりあえず、魔剣の私は、勇者の味方をしてみた。だって、一応、出発時から彼の頑張りを見てるし(見開き二ページ相当)、私が転生するつもりだった愛着もあるしね! それに魔王より勇者の方が好みだったしね! あの選んだときの絵とは違って!!(ここ重要)
……何より、魔王の背後に薔薇が飛んでる割に顎が割れてたしね。耽美系か肉弾系かどっちかにして。両方とか、ヤダ、ちょっと存在そのものがうざい(最重要事項)
結果。魔剣である私が使い手の魔王に逆らったために、魔王は勇者に負けてしまった。
楽勝……!!
よし、世界は救われた! やったね、勇者! 優しい魔剣とかマジ可愛いし! 薔薇色の刀身とかみんなうっとりするレベルっていうか!
あ、勇者、もしかして私のこの美しさ、分かっちゃったりなんかする?!
魔王を倒した勇者が、とても大切な宝物を手に取るようにして、魔剣を手に取った。
って思ってたら、魔剣の姿が消えてゆく。え? マジ、ちょっと待って、え、魔王死んだら私も死ぬの?
って思ったら、透けた魔剣が、勇者の手を離れどこかに吸い込まれてゆく。
少し離れたところで「姫!!」と叫ぶ声がする。
は? 姫? 誰が?
勇者が必死の形相で魔剣に駆け寄ろうとしている。
「姫、わたしは必ずあなたを……!!」
私を、なに……?
そこで、私の意識は途絶えた。
「……誰が姫……」
って思ったら、自分のツッコミの声で目が覚めた。
夢かよ!! と、朝っぱらから全力でツッコミながら、私は学校へ行く準備をする。今日は高校の入学式だ。夢なんかにかまってられない。面白かったけど。姫呼びされたけど、魔剣だったし……。
……魔剣だったし……。
だから約束が違うと……。
ふつふつと怒りがこみ上げてきたけど気持ちを入れ替え、真新しい制服を着て、高校生としての一日目だ。
よくわからない校内を、きょろきょろしながら進む。その時、後ろから声がした。
「姫……!」
聞き覚えのある声だった。振り返ると、会ったことないけど見たことのある青年が高校の制服を着て、わたしに駆け寄ってきていた。
「……え?」
だって、あれは、夢で……。混乱して立ち尽くしている内に、その人に抱きしめられた。
「姫……やっと、会えた」
夢の中の、勇者だった。
だから、誰が姫だと……。
高校の制服がなんかコスプレっぽい……って頭の片隅で思いながら、どっちからつっこんだら良いか分からないまま、私の高校生活が幕開けようとしていた。