少女の事情その24
「さて、何から話しましょうか……。
ああ、長くなるだろうからとりあえず座りましょう」
そう言って椅子に座る桐生君。
彼が促すままに私も向かいに座る。
「そうねー……って、その前に何か聞きたそうね」
クスリと笑みを貼り付ける桐生君。
私は恐る恐る口を開く。
「……助けたい人って、雄星君の事?」
彼に何か危機でも迫っているのだろうか?
にわかに緊張感が高まってくる。
「そうよ、本当はさっさと貴方と別れさせると全部解決するんだけどね」
その言い分に全身を雷で貫かれたような錯覚を覚えてしまう程の衝撃を受ける。
咄嗟に何も考えられなくて、と、そんな私を見て満足そうに笑った後更に言葉を重ねる桐生君。
「ふふん、その顔見て少しだけ気が晴れたわ。
大丈夫。不本意な事にそれは絶対にしないし、だからこそわざわざこうやって話に来ているのだから」
桐生君の言葉にようやく息を吐き出す。
どうやら無意識のうちに呼吸も止めちゃっていたみたい。
全身を襲っていた寒気からも抜け出せ、代わりにかぁっと熱くなる。
鼓動も早くなって、ああもう、本当に心臓に悪いわ。
そうやってあっぷあっぷしている私に何て構わずに桐生君はどんどん言葉を紡いでいく。
「何故しないかって言うと、とんでもなく納得いかない事にどうやらマー坊……あ、貴方の愛しい雄星君の事ね。まっ、私が付けた特有のあだ名だと解釈して。
それは良いとして、マー坊が貴方の事を心の底から本当に好きな訳よ。
もうね、それさえなければいつ爆発するか分かんない爆弾みたいなあんたの傍から何て引きずってでも引き離したいのだけど、私としては不本意な事にそれをやると嫌われてしまうし、しかもマー坊が幸せになれないって言う。あーもう、ムカつく!
ってか何そのだらしのない顔! きー、尚更ムカつくわ」
はっ、いや、だって心底好きとか言われると不可抗力じゃない。
慌てて表情を取り繕おうとしたのだけど、どうしてもにやけてしまう。
うー、割りと怒っていい内容だったと思うのに、それだけで全て許せてしまう気持ちになっている辺り私って相当現金なのね。
「あー、しかもしかも。し・か・も!
まぁゲーム風に言えば選択肢と言うか、物の見事に貴方が選んだ道が正解なのもムカつくのよねー。
マー坊に出会ってからは流石に引っ張られそうになってたのに、マー坊がその都度ガッツリ断ち切ってるし。
いえ、この場合流石マー坊ね。
ともかく、細かい話は抜くのだけど、非常に不本意ながら私も祝福させて頂くわ」
実際物凄く不本意そうな表情で言った桐生君に、とりあえずありがとうとだけ返しておく。
間髪を容れずにあー、何でこんな地雷何か選ぶのよう何て言われたけど……むぅ、流石にいい気分じゃないな。
ただ、彼女の言い分は凄く正しい気がして……言い終わるまで言い返すのは我慢する。
「で、ここから本題なんだけど。あんたの所為でマー坊は騒動に巻き込まれます」
ビシッと指をさされて責めるように宣言される。
私の所為でと言われ胸が締め付けられて――そんな私を楽しそうに見る桐生君が再び言葉を紡ぐ。
「あははは、その顔その顔。もうね、八つ当たりしないとやってらんないのよ。
ほんと何でマー坊ヤンデレ勘違いキチガイ女をっと、コレ別に言い出したのネラーで私じゃないからね」
「いや、流石に我慢できないわよ。言い過ぎ。
と言うか、前回も貴方これがヤンデレバカ女かー、将来が可哀想だわとか言いたい放題だったし。
ネラーって何よ? 貴方のお友達?」
あまりに意味不明で理不尽な言葉が続くものだから、流石に口を開いてしまう。
むー、お願いだから早く真面目に本題に言ってくれないかしら?
それが大事だと何でか分かるから……でも、多分私この子とは仲良くなれない気がする。少なくとも桐生君が私を認めてくれるまで。
……認めてくれるまで?
ふと疑問に思うも、それを考える前に桐生君が神妙な様子で口を開く。
「……ごめんなさい、ちゃんと真剣に伝えるわ。
多分予想では新年度に転校生がこの学校に来ると思うの。
そいつは敵だから絶対心を許しちゃダメよ」
思うところはあったのだけど、あまりに真剣なその様子に黙って首を縦に降る。
「ふふふ、本当は事細かに貴方が成り得た可能性を教えても良いのだけど……まっ、マー坊がいる限りそれは大丈夫か。
せいぜい奴が来るまで貴方達は幸せなお付き合いをなさい。
それが私の願いでもあるから」
そんな言葉に咄嗟に口を開く。
「待って、それじゃぁまるで私に手出しするなって言ってるような――」
言っている最中にふと頭の上に手を置かれる。
「違うわ。手出しするなとは言わないわ。奴と出会ったら盛大に対抗して欲しいからこうして無理を押して伝えに来たんですから。
これってすっごく疲れるから本当は嫌なのだけど……あの時と違って今回は目的あるからね。
まぁ、これで準備完了でしょ。お忘れなさい」
そう言えば、子供の頃出会った時もこうやって一方的に喋った後頭に手を置いて……あれ……なん……だか……意識が――。
「先輩、体調大丈夫ですか?」
そう言われて目を開ければ、心配そうに私を見つめる可愛らしい女の子が。
待って、見覚えある、確か――。
「桐生……薫……君?」
「ああ良かった、具合悪そうでしたよ、頭痛とかしませんか?」
聞かれれば確かに頭痛を感じて頷く。
あれ、何故か酷いデジャブ感が……でも、何か思い出せない。
「えっと、何がどうなったの?」
もどかしくて問いかける。
「先輩とお話したくて出向いたのですが、覚えてらっしゃらないですか?」
「……覚えてる。そして貴方と教室に来て……それで……あれ?」
思い出せない。
何か、とても大切な事があったような気がするのに。
「ええ、そこでフラッと意識を失われたので、貧血とかかもしれませんね。
とりあえず保健室に行きましょう」
言われるがまま保健室へと向かう私達。
物凄い違和感。とても……とても大切な事があるような。
「先輩、私に任せて下さい。大丈夫ですから。
私って人に知られず助けるのって好きなんですよ。
ああ、突然こんな話してすみません」
その言葉にも凄くデジャブを感じるのに……思い出せない。
何で?
「すみません、突然こんな事話して。
ああ、もうすぐ付きますね、もう1人で歩けますか?」
心配そうに聞いてくる桐生君に頷いて答える。
違う、そういう場合じゃない……と思うのに、それが何なのか分からなくて言葉が出てこない。
「大丈夫ですよ。
ああ、そう言えば先輩……えっと、田中って人と付き合っているんですっけ。彼に伝えますからゆっくり休んでおいて下さいね」
「何で?」
ふと口から付いて出た言葉、それがどんな意味合いを持っていたか自分ですら判断出来無い。
だけど、桐生君はそれが何で雄星君に伝えるのかと思っだようだった。
「ふふふ、男って惚れた女のピンチには何が何でも現れたいものなんですよ。
だからです」
ニコッといい笑顔で言われて……でも、何か煙に巻かれてしまったような。
結局私が抱いた違和感がついに何だったのか分からずじまいで、そのまま保健室のベッドに横になる。
ただ、大事な何かを受け取ったような、そんな気もして……ああ、ダメだ、分かんない。
で、結局そのまま保健室で休んで起きたらニコニコ顔の雄星君が居て。
吃驚していると、寝顔ご馳走様とか、にゃー!
また無防備な顔見られた恥ずかしい!!
でも、凄く愛らしかったですよって言ってくれて嬉しくて……先生に当て付けか! って追い出されちゃった。
うぅー、何だろう、嬉しいけど……やっぱり恥ずかしいな。
こうして、胸につっかえる物はあったのだけど、何だかんだ有耶無耶になってしまうのだった。