少女の事情その23
全校生徒に全職員の名前を間違える事なく告げながら頭を下げていく間宮ちゃん。
正直物凄く驚いたし、同時に不思議に思ったのだけど、どこまでも必死な姿を見て多分だけど仮面越しではなく自分を見てくれる人がいたらと、そう願っていたのかもしれないと漠然と思う。
実際1年生の学年主任の先生からよく写真付きの名簿くらいで、しかもこんな短い期間に全部覚えられたなと驚かれていたし……、すぐに勉強でもこの力を発揮してくれとも言われていたけど。
ただ、それよりも気になった事が、桐生 薫……君。
女の子よりも女の子らしいと噂の彼は間宮ちゃんに頭を下げられると、楽しませて貰ったわなんて満面の笑みで口にして。
それに間宮ちゃんは怯えて私の影に隠れ、ずっと不機嫌そうだった雄星君が更に不機嫌そうに間宮ちゃんを睨み――ふと気になって視線を戻したら苦々しいと言う表情を浮かべていた彼。
私の視線に気がつくとすぐににこやかに――、あれ? ちょっと待って……何か……おかしい。
そんな風に疑問を抱いたのだけど、間宮ちゃんがあまりに怯えていたのですぐにその場から去ることに。
……後で話に行かなきゃいけない。
そう思いながら、何故か間宮ちゃんが怯えていた事にも納得している自分が不思議でたまらなかった。
雅也達も憑き物が落ちたように、でも、誰もが肩を落としていて。間宮ちゃんが頭を下げても誰も何も言わず……ただただ悲しそうに間宮ちゃんを見つめていた。
それも仕方のない事だと思うし、間宮ちゃんも受け止めているようで寧ろ雅也達には真っ直ぐに顔を合わせていた。
寧ろ、色んな反応を返してきた他の生徒達の中で、厳しい言葉を返してきた子達に対しては泣き出しそうな表情になってたように思う。
多分そこは覚悟の違いなんだろう。
結局校長の下した判断は、反省文と1週間の停学処分を間宮ちゃんに。
他の皆には反省文と3日間の停学処分。そして、先生にはこの後残るようにおっしゃった。
多分、表沙汰になっていないとは言え退職勧告をされるのだろう。
今の先生を見ていると少しだけ気の毒に思えたのだけど……でも、責任は取るべきだろうし、言い逃れの出来ない事をやってきたのだ。それも仕方ないよね。
その日、半ば雄星君に抱き締められるように家まで送り届けられて……えっと、そりゃぁもう恥ずかしくて堪らなかったのだけど、間宮ばっかり相手にしちゃって拗ねているんですよ! 察して下さいなんて言われちゃったら拒否する事も出来なくて。
そりゃぁ元々嬉しかったのだけど……えっと、いや、私もずっと不機嫌そうにしてて寂しいなとか思ってたから拗ねてたと分かってホッとしたと言うか、嬉しいというか、こうやって態度に出してくれて嬉しいというか。
その、あるんだけど……でも、出来れば順序というか、心の準備をさせて貰いたかったかなぁ。
なんて軽くトリップしていたら、夜も更けた頃に来訪者が訪れる。
お父さんもお母さんも心配そうにしていたけど――大丈夫だからと言い聞かせて玄関の戸を開けた。
「……夜更けにすまない」
頭を下げる雅也。
普通の雅也とやっとまともに喋れる気がして、少しだけ安堵してしまう。
「ううん、まだ起きてたから良いけど、どうしたの?」
玄関の戸を閉め聞けば、視線を彷徨わせた後私に向き直り口を開く。
「出来れば……移動出来ないか?」
その言葉にしっかりと首を振る。
「ううん、ここで喋れないのなら聞かない」
口でもそうはっきりと告げ、雅也の反応を待つ。
再び口をつぐんで躊躇を見せる雅也。
どのくらいそうしていたのか、じっと待っていると決心が着いたのか雅也が真剣な眼差しで私を見据えた。
「俺と……俺はお前が好きなんだ。昔からずっと言っているように」
心から吐き出すような言葉。
色々思うところはあったのだけど――でも、私はいつもと同じ答えを口にする事にした。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいのだけど雅也を幼馴染以上には見れません」
深く頭を下げる私。
1呼吸置いた後顔を上げて雅也を見れば、諦めたような笑みを浮かべていた。
「あー、いや、うん。そうりゃそうだよな。
お前はやっと昔から好きで好きで堪らなかった男と付き合えたんだから……。
正直翔子と出会ってからの俺は、お前への嫉妬が抑えられなくなっただけかと思っていたが……何もあんな真似をする必要はなかったよな」
自嘲気味に呟く雅也に、私は黙って首を振る。
「ううん、もう雅也は大丈夫。
勿論言いたい事はいっぱいあるし、腹が立ってた事も沢山あるけど……もう自分で分かっているでしょ?」
確信を持って口にすれば、驚きの表情を浮かべる雅也。
「……お前って時々、いや、よく思っていたがお人好しが過ぎると言うか、脳内お花畑と言うか」
「ちょっと! それどう言う意味よ!」
聞き捨てならなくて軽く睨めば、笑い声を上げる雅也。
もう、失礼しちゃうんだから。
でも、きっともう本当に大丈夫そうだね。
「あー。笑いすぎて腹痛ぇ。
涙まで出てきちまったじゃねーか」
そう言いながら背を向ける雅也。
ああ、多分このまま会えなくなるのだろうなと、おじ様の性格を思えばそう思えて。
だから、あえてその背に言葉を掛ける。
「雅也……きっと貴方を。貴方だけを見てくれる人に出会えるよ」
その言葉に体を震わせる雅也。
返事はなくて、でも、私は更に言葉を紡ぐ。
「私は貴方の隣に立つ人でも、また立ちたいと思う人間でも無かった。
だから……さようなら」
こちらを振り向く事はなく、手を上げてそのまま歩を進める雅也。
プライドの高い彼の事だからこのまま声を上げる事なんてないのかもしれないけど、きっといずれ誰かがそれを受け止めてくれる人が現れるよと、何故か確信にも近い思いを抱く。
次の日雅也は転校すると聞いて、ああやっぱりと思うと同時に、早く良い人と巡り会えれば良いねと――。私にとっては貴方はどこまで行っても幼馴染で、だからこそ遠くから幸せを願っています。
数日後、お昼に意外……でもない人物が私の元にやってくる。
その日は偶々雄星君とはご飯を別にする予定で、だからこそこのタイミング来たんだろうとも漠然と思う。
「はいはーい、お姉様がた、ちょーっと南先輩借りていきますねー」
軽いノリで口にする桐生君に久しぶりにお昼を一緒にする予定だった明美達が噛み付こうとする、前に急いで立ち上がり口を開く。
「ごめんね皆、ちょっと用事あるんだった。
なるべく早く戻ってくるから」
その言葉に不承不承ながらも口を閉じてくれた皆。
それを見届けてからありがとうと口にして桐生君を追う。
絶対付いて行かなければいけないような……でも、何も聞きたくないような。
そんな不思議な感情に包まれる中誰もいない空き教室へと辿り着く。
「さーて、それじゃぁ先手を打とうかしらね」
桐生君の不思議な言葉。
何の事? と思っているとニヤッと楽しそうに微笑みを浮かべて私に言い放つ。
「お久しぶりね。ヤンデレお嬢さん」
フラッシュバックする記憶。
ああ、私彼と会った事がある。
何であんな印象的な事を忘れていたのだろう。
「うふっ、思い出してくれたようね。
いやー、それにしても私としても予想外の連続だったわよ。
何せ原作からの影響度が段違いに1番高い筈の貴方が、まさかまさかのこんな子になるなんて思わなかったんだから」
ペラペラと語りだす桐生君。
前回の時もそうだったのだけど、意味不明な言葉の羅列……でもない。
間宮ちゃんの言葉を聞いた今では、もしかすると桐生君もこの世界をゲームだと、そう思っている人なのかも。
でも、それを馬鹿にできないし、してはいけないと、そう強く思う。
「あはっ、そんなに睨まなーい。
ってか、睨みたいのこっちなんだけど」
と、ちゃらけた雰囲気が四散して私を睨みつけて来る桐生君。
何が彼をそうさせたのか分からずに、私は思わず戸惑ってしまう。
その前に、えっと、別に真面目な顔しただけなのに睨んでるって……結構コンプレックスなのに……。
「ふふふ、私は助けるなら絶対相手にそれと悟られずにやるのが好きなのよね」
……それは一体どう言う事?