少女の事情その21
寝不足のはずなのに目覚めは良くて、でもどこかふわふわした感覚が残る。
……えへへ、ちゃんと付き合う事になったんだよね。
嬉しくて、幸せで、ベッドの上で身悶えしてしまう。
「愛実。嬉しいのは分かったから早く用意しないと田中君来ちゃうわよ」
突然声を掛けられてひぅっとか口から漏れる。
うぅ、お母さんの意地悪ー。
苦笑いを浮かべているお母さんをジト目で見れば、はぁっとわざとらしい溜息を吐かれてしまう。
「貴方ノックの音も入るわよーって声かけも気付かずに、しかも私が部屋に入って軽く数分トリップしてたわよ」
吃驚して時計を見れば、確かに起きた時から10分程経ってて……うぅー、恥ずかしい。
「ほらほら、だから恥ずかしがってないで早く降りてきなさいな」
クスクス笑いながら部屋から出て行くお母さん。
もぅ、すぐに声掛けてくれれば良いのに、酷いんだから!
どうやら舞い上がっているのは物凄い分かり易いみたいで、お父さんにも上機嫌だなぁなんて言われてしまう。
だって、嬉しいんだもん。
その筈なのに迎えに来てくれた田中く……ゆ、雄星君に照れて挨拶をどもっちゃうし。
と言うか、何でそんな自然に愛実先輩だなんて言えるのかしら?
私なんてもうずっといっぱいいっぱいなのに……。でも、手を繋いで歩いたら田中……雄星君も黙っちゃって、何でだろうと視線を向けると顔を少し赤く染め照れたようにはにかんで……可愛い!
もう、本当に私ばっかりドキドキしてるんじゃないのかしら?
ただ、この無言の空間も決して過ごし難い訳ではなくて、嬉しくて恥ずかしくて……とても手放し難い気持ちで胸が膨らんで、とても幸せだなぁって改めてそう思えたの。
「おー、朝から仲良く手を繋いで登校とは見せつけてくれるねー。
ともかく、お2人さんおめでとう!」
道のりの丁度半分位の場所で、チラホラ同じ制服の姿を見かけるようになった辺りでからかい半分祝福半分林君が声を掛けてくる。
たな……雄星君は余裕で対応していたけど、私はそれが嬉しさ2割、後は恥ずかしさで雄星君の影に思わず隠れてしまった。
でも、手を離すとかは考えられなくて……うぅー、これは多分学校に着いてから盛大にからかわれちゃうんだろうなぁ。
その後宮城君や矢部君とも合流し、すぐに不思議に思って周りを見れば明美を始めとする私と仲の良い子達がニヤニヤと離れてこちらを見ていて……あうぅぅ、恥ずかしいよぉ。
これって慣れれるものなのかなぁ?
始終堂々としてる雄星君って凄い。
と、じっと見つめてしまったせいか雄星君と目が合ってパッと顔を背けてしまう。
ち、違うの! と恐る恐る視線を戻していけば、傷ついた顔が――なくて、笑顔ながらも口元をヒクヒクさせている顔があった。
何だろう? って思っていると抱きしめられちゃってって、さ、流石にそれはキャパオーバーだよ! まだ無理!!
恥ずかしくて暴れたのだけど、いつもならすぐに開放してくれるのに少しの間解放してくれなかった雄星君。
もぅ、意地悪!
学校に到着すると先生が待っていて、昨日先生から聞いた通り雄星君と一緒に校長室へと先生の誘導で向かう。
昨日の騒ぎの詳細を詳しく聞くからだって言ってたんだけど、浮かれていた気持ちが一気に四散してにわかに緊張する。
と、雄星くんが力強く手を握り締めてニッコリと微笑んでくれて少しだけ気持ちに余裕が出てくる。
うん、固くなっても仕方ないよね。
ありがとうの意味を込めて微笑みを返し、頷き返してくれる雄星君。
どうやら間宮ちゃんや雅也達は先に来ていたみたいで、校長室に入るとその姿を確認できる。
他にも予想以上の先生方が集まっていて、事の重大さがうかがい知れる。
私がもっと上手く対応出来ていればと思ったら、気付けば唇を噛んでいた。
いけない、過ぎた事を悔やんでも仕方ないし、気持ちを切り替えなきゃ。
「ああ、よく来たね。昨日の話をしてくれないか?」
どこか疲れた様子の校長先生がそう切り出す。
それに答えようと口を開こうとしたのだけど、まるで私を守るように雄星君が1歩前に踏み出してくれた。
「はい。そこにいる間宮さんがただ僕と食事をしていた南先輩の頭の上から残飯をぶちまけたんです。
突然の事で困惑しましたし、謂れのない中傷もずっと言ってました。
これはその場に居た他の生徒に聞いて頂いても皆同じ答えが返ってくるはずです」
淡々と答える雄星君に、私達が入った時からこちらを睨んでいた間宮ちゃんが叫び声を上げる。
「モブキャラの癖に黙っててよ!」
「君が黙りなさい!」
今は仮面はないみたい。
校長先生に叱責されて驚いた表情を浮かべた間宮ちゃんを見てそう思う。
モブキャラだとか、よく分からない事を口にしているけど……多分今ならちゃんと向き合えると半ば確信を抱く。
ただ……それを雄星君に言うのはちょっと、ううん、凄く頭に来ちゃったな。
間宮ちゃんはそのまま雅也達に救いを求めるように視線を向けたのだけど、誰も動かない。
一瞬雄星君ならと考えてしまって、彼ならこんな状況でもきっと助けてくれると思って――そんな場合じゃないと自分の太ももを思い切りつねる。
痛い……。
「何で誰も助けてくれないの? 私貴方達を助けて上げたじゃない!
何よ攻略キャラの癖にわざわざ助けてあげたでしょう? 恩を返そうとか思わないの!」
悲しみの声を上げる間宮ちゃん。
多分それは自業自得……だって、貴方仮面を付けたまま雅也達と付き合っていたんじゃないのかな?
寧ろ、それで今まで助けていた雅也達の方が不思議だけど……雅也達だってそう言えばかなりおかしかったのを思い出す。
と、傷付いた表情を浮かべた雅也を見て、久しぶりに雅也の本心を見れたような、何故だかそんな気がした。
「翔子は、俺達もゲームか何かのキャラだと言うのか?」
「本当の事じゃない! ゲーム通りの悩みにゲーム通りに対応したらすぐコロッと落ちちゃうし。違うなら違う対応してみせなさいよ!
私は悪くないもん。貴方達こそ全然ゲームと違う事するし、見た目だけじゃない!!
なによ、何で睨むのよ!!」
完全に取り乱す……ううん、心を剥き出しにする間宮ちゃん。
それが私は何故だか幼い子供が泣いているようで……ああ、ちゃんと私が向き合えていたらとそう思ってしまう。
そのチャンスはあった筈なのに、間宮ちゃんが心を開こうとしてくれていたのに上手く対応出来なかったのは私。
気付いたらまた仮面にその本心を隠しちゃって、だからこうなってしまったのかもしれないと思えば悔しい気持ちが湧き上がってくる。
でも、それでもこれはあんまりだ。
ゲームゲームって皆生きているんだよ? 現実なんだよ?
傷付き、中には諦めや怒りの表情を浮かべる雅也達になおも汚い言葉を吐き続ける間宮ちゃんの姿を見て、今度は間違えないと感情のまま口を開く。
「間宮さん! 人の気持ちを考えた事があるの!!」
間宮ちゃんが喚きだして、すぐに私を庇うように雄星君が前に居てくれたのだけど、構わず大きな声を上げる。
多分皆が怖いよって言っていた表情になってるだろうけど、そんな事気にしている場合じゃない。
「うるさい!! あんたさえいなければ。あんたさぇぇええええ!!」
髪を振り乱し走り去る間宮ちゃん。
構えていた私はすぐにその後を追う。
大丈夫、今度は絶対ちゃんと受け止めてあげるから。
そんな強い思いを胸に、ただただ必死に逃げる間宮ちゃんの後をこちらも懸命に追いかけたのだった。