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少女の事情その20

「わぁ! 愛実何それどうしたのよ!」


 自分の教室まで結局お姫様抱っこで連れてこられ、その姿を見て皆が驚きの表情を浮かべる中明美がいの一番に大声を上げながら私達の元へ来る。

 そこでよくよく自分の状況を確認してみれば、食べ物にまみれた私に田中君の制服。

 ああ、頭の上から降ってきたのってこれね。

 なんて考えていると、明美に力強く引き寄せられる。


「こんなにドロドロになっちゃって。

 田中っちが付いていながら……、ううん、そんなの後ね。

 ほら、男子ども教室の外に出てけ!」


 その言葉に深く頭を下げすみませんでしたと口にし、言葉に従う田中君。

 他の男子の皆も黙って教室の外に移動してくれる。

 それに何か言う前に明美に引っ張って連れて行かれ、近くに居た女子の皆がタオルを手に私に付いている食べ物を取ってくれる。


「あーあー、髪の毛にもべっとりだし、一体何が起きたのよ?」


 憤慨しながらの明美の言葉に苦笑いを浮かべつつ、事情を説明するべく口を開く。

 話を聞いて皆が怒りを露わにする中、何故か若干呆れた様子で明美が皆を制して言葉を紡ぎ出す。


「ねぇ、多分だけど、愛実そんなに怒ってないでしょう?」


 一応疑問の形で聞いてきたのだけど、確信しているみたい。


「えっと……だって説明したように何されたか把握する前に田中君に抱き締められちゃったし、……お姫様抱っこされちゃったし……。

 勿論嬉しくないし悲しいけど……、明美の言う通りそんなに怒ってはないかな」


 思い出して恥ずかしさがぶり返しつつも何とか言い切り、と、皆の様子が一変して苦笑いを浮かべる子や目を爛々と輝かせる子とに反応が分かれる。

 あ、あれ? なんか嫌な予感するんだけど。


「きゃー、何それ羨ましい!

 話を聞けば突然されたみたいだし、怒ってくれるのもアリだけどそうやって守ってくれるのもアリだよねー」


 その言葉を皮切りに後者の反応を見せた皆が盛り上がりだし、盛大にからかわれる私。

 その前に着替えて髪も洗わなきゃと明美が止めてくれたのだけど……ああ! やっぱり口の端上がっているじゃない。

 もぅ、どうしよう、恥ずかしい!



 そんなこんなで騒がしく着替えた後田中君の前に押し出されたのだけど……。

 振り返れば苦笑い浮かべてた子達も皆今はニヤニヤしているじゃない。

 後で根掘り葉掘り聞かれるのかな?

 だからと言って嬉しくなかった訳ではないし、なので、言葉を選び選び田中君に伝える。


「あのね……その、物凄い嬉しかったんだよ! ……でも、……ちょっと恥ずかしいから……が、学校では今後止めてくれると嬉しいかな」


「本当に申し訳ございませんでした」


 すっと頭を下げる田中君。

 と、教室の外に居た皆もニヤニヤと面白そうに笑っていて。

 あうぅぅぅ、は、恥ずかしいよぉ。


 髪を洗って戻って来たら、案の定皆に捕まって根掘り葉掘り聞かれるわ、田中君の堂々とした発言を聞かされて嬉しいやら恥ずかしい思いをするやら。

 休み時間の度にそれは行われて、先生が授業返しの度に皆に注意するくらいだった。

 のだけど、ついでのようにおめでとう南とか要らないですからね!

 もぅ、嬉しいけど恥ずかしすぎる。


 ただ、まだ付き合ってないよって言ったら物凄く驚かれたけど……流石に詳しく事情は話せないし、明美が何気なく助けれくれて感謝の念を抱く。

 一番楽しそうに聞き出してきてはいたのだけど、一緒に喜んでくれているのも分かったしね。

 まぁ、時折間宮ちゃんの話題になって憤慨していたけど。




「先輩、いつも可愛いですが、体操服姿も似合ってますね」


 いつものように雑談しながら帰っていると、ふとしたタイミングでそう口にする田中君。

 いきなりでドキッとしてしまいながらも、何とかありがとうと口にする。

 もぅ、いきなりなんてずるい。


 再び何事もなかったのように田中君は雑談に戻ったのだけど、私はドキドキしっぱなし。

 いつお父さんの事を口にするかと言うのも脳裏によぎる分、緊張はどんどん高まっていく。


 結局そのまま家の前まで来てしまって、それでも中々切り出せない私。

 と、上目遣いで田中君を見てみれば私の言葉を待ってくれているようで、その柔らかい視線に勇気を貰って何とか口から言葉が出てくる。


「ねぇ……あのね。お父さんなんだけど」


 1度口から出てくれば幾分か緊張も収まり、1回深呼吸をして続きを紡ぐ。


「昨日ね、社長さんに定年までよろしくなって言ってもらったみたいで……それでね、本当にありがとうって。

 で、私からもお礼言いたくて……本当にありがとう」


 言葉では言い表せない気持ちもあって、だからこそ深く長く頭を下げる。

 そんな私に優しい声色で田中君が喋りだす。


「いえ、お礼は親父に言うべきでしょう。浩一さんにもそう伝えて下さい。

 僕は間に立っただけで、実際何もしていないし出来てないのだから。

 でも、本当に良かった。おめでとうございます」


 笑みを浮かべてそう言ってくれて。

 でも、何もしてない訳も出来ていない訳もない。

 田中君が動いてくれたからこそ田中君のお父さんだって動いてくれたんだし、動かしたのも行動してくれたのも田中君のお陰だよ。

 そんな思いが溢れてきて、気付けば口から溢れていた。


「ううん、田中君がいてくれたから、……出来てないなんて言わないで」


「はい、ありがとうございます」


 私の想いを尊重してくれたのか、ただただ笑顔でそう口にする田中君。

 1つ1つの気遣いが本当に嬉しい。


「うん、お父さんも今度お礼が言いたいって言ってから、都合が良い時に会ってくれると嬉しいな」


「勿論です」


 お父さんに頼まれていた伝言も伝えると、笑顔で了承してくれた。

 そのまま笑顔で見つめ合って……ふと、真面目な顔になる田中君にずっと欲しかった言葉が来るのだと、再び緊張に包まれる。

 田中君はすぐには喋り出さず、無言で見つめ合う私達。


 「南 愛実さん、良かったら僕と付き合って、そしてずっと一緒にいて下さい」


 言いながらゆっくりとした動作で頭を下げ、手を差し出してくる田中君。

 その言葉に仕草を見て感極まってしまって、一気に目が熱くなり視界がボヤけてしまう。

 ちゃんと田中君を見たいのにともどかしく思う気持ちがほんの少しだけ出てきちゃうのだけど、ただただ嬉しい気持ちが湧き上がりすぎてしまってすぐには声が出てこない。


「はい」


 何とか自分の中に感情を押さえ込んでそれだけ口にして、震える指で田中君の手を握る。

 ぱっと顔を上げてくれた田中君だけど、嬉しくて嬉しくて込み上げてくる物が抑えられない。


 気が付いたら私達はお互いに抱き締め合っていて。

 どのくらいそうしていたのか、何とか涙も収まり田中君の顔が見たいと視線を上げれば田中君はずっと私を見ていたようで。

 見つめ合ううちに少しずつ田中君の顔が近づいてきて――、ああ、私目を閉じな――。




「おーい! 幸子。そんなところで何やっているだ?」


「浩一さん! 今良い所……ああ、ご、ごゆっくりー」


 お父さんお母さんの声が背後から聞こえてきて、思わず呼吸が止まってしまう。

 もー! 良いところだったのに。と言うか何覗いてるの!? 信じらんない!!

 あぅー、恥ずかしすぎるよ。

 しかもお母さんおほほほほとかわざとらしく笑いながら扉閉めてるし。

 うぅー、折角いい雰囲気だったのにぃ。


 改めて田中君に視線を戻すと苦笑いを浮かべているし、私だってもうそんな気分ではなくなってしまった。

 と言うか、自分の親に見られていると分かっている状態でファーストキスとか無理!!

 だからこそ田中君も苦笑いを浮かべているのだろうし。

 と、再び口を開く田中君。


「愛実先輩、是非今度から名前の方で呼んで下さいね」


 愛実先輩だなんて言われて吃驚するやら想像以上に嬉しいやら、だけど、私も田中君の名前を呼ぶとか、恥ずかしいよ!

 で、でも田中君から言ってくれているし……ええい、女は度胸よ!


「……雄星君……」


 何とか絞り出せた自分を褒めてあげたい。

 なにこれ、物凄い幸せだけど同じくらい恥ずかしいのだけど。

 何でシレっと言えるかなこの人は。

 嬉しいけど……嬉しいんだけどやっぱりずるいなぁ。


「さて、キスはそんな雰囲気じゃなくなっちゃいましたし、次は覚悟して下さいね」


「き、キス! ……」


 分かっている癖に口にされると狼狽えてしまう私。

 もぅ、本当に何でこの人こんなに余裕なんだろう?

 私もういっぱいいっぱいだって言うのに。本当にずるい。

 と、余裕がない私になおも言葉を重ねる田中君。


「それでは愛実先輩、また明日朝会いましょう」


「あ、うん、また明日……朝?」


「ええ、付き合ったのなら登下校を共にする特権くらい下さい」


 ああ、多分私一生彼には勝てないかもしれない。

 ふとそう思ってしまう。

 惚れたら負けって、こう言う事なのかしら?

 むぅ、いずれもっとドキドキさせてあげるんだから。

 とは思っていても今は頷き返すので精一杯。


「それじゃぁ、先輩また明日。お2人にもよろしくです」


「うん、雄星君。また明日」


 浮ついた気持ちのまま手を振って別れを付ける。

 そのまま颯爽と去っていく田中君……て、あれ? なんか……浮かれている?

 何となくそれが伝わってきて、ああ、田中君も私と同じように浮かれていたんだと気付けば少し心が軽くなる。

 良かった、田中君もコントロール出来ないくらい嬉しいんだ。


 ……どうしよう、もっと嬉しくなってきちゃった。

 また泣いちゃいそう。

 と、振り返れば親指を立てるお母さんの姿と対面する。

 うん、何だか家の中にすぐには入りたくなくなっちゃった。

 いや、入らない訳にはいかないのだけど……お母さんにはちゃんと注意しておかなきゃ。

 いくら聞いてくれない気がしててもね。


 ああもぅ、今日は私眠れるのかしら?

 そんな疑問を抱きながら、私を待つお母さんの元へと足を踏み出した。

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