少女の事情その19
今日は明美達とお昼を取る予定だったのだけど、皆から田中君と食べてきなよと背中を押してもらう。
うん、嬉しいのだけどね、絶対後で色々聞き出すつもりでしょ? からかうつもりでしょ?
ただ、心から祝福してくれているのも分かるから、素直に皆の言葉に従って食堂まで出向く。
多分林君と食べているのじゃないかな? とA定食が盛られたお盆を持ってキョロキョロ……あ、雅也達……。
おじ様から呼び出されたのに何事もなかったかのように振舞う雅也達を見て、少し悲しくなってしまう。
ううん、別に今迷惑を掛けている訳じゃないし、早まった判断しちゃダメよね。
自分を戒めて改めて田中君を探す。
ほどなく楽しそうに食事をする田中君と林君の姿を見つけ、そちらの方へ向かう。
田中君の背後から近づいたから、向かいに座っていた林君が私に気付いて前のめりになっていた姿勢を正し、それを見て田中君もこちらに振り向く。
「私も混ざっていいかしら?」
笑みを浮かべならがそう言えば田中君が勢いよく首を縦に振り、林君は何かを察したようにすっと席を立ち上がる。
「おっと、俺用事あるんでした。
どうぞどうぞ田中とごゆっくり~」
「うん、ありがとう」
その心遣いに感謝しつつ、田中君の横に座る。
あう、いつも緊張するのだけど、今日は尚更緊張しちゃうなぁ。
なんか心臓バクバク言い出しちゃってるし、あうぅ、なんか顔も物凄い熱いよ。
と、田中君が食べていた物を見れば同じA定食だったので、なんか嬉しくて口を開く。
「田中君もA定食なんだね。ほら、私もお揃い」
すると、私はこんなにもドキドキしているのに余裕の笑みで田中君が言葉を紡ぐ。
「そうですね、嬉しいです」
うぅー、ずるいなぁ。
なんかいつもいつも堂々としているし……偶に照れなんか見せてくれるけど、私の方が多分遥かにドキドキしているんだと思う。
うん、じゃぁ……田中君にも照れて貰おうかな。
私も物凄くドキドキしちゃってるけど……頑張って平静を保たなきゃ。
「あ、あのね。そう言えば今日放課後予定ある?」
そんな事を思っていたのにあっさりと噛んでしまって、やっぱり物凄い緊張しているのだと自覚する。
でも、流石に仕方ないよね? うん、きっとそうよ。
なんて思っていたらあっさり縦に頷かれて……へにゃって気持ちが沈んじゃう。
偶に先生に頼まれたりしているし、家の都合でバタバタ帰る日だってなかったわけじゃないのだし、偶々タイミングが悪かったのね。
でも、何も今日でなくてもぉ。
「いつも通り先輩を送り届けるって予定がありますが。何かあったのですか?」
凹んだ次の瞬間シレっとそう言われて、再び浮上してしまう気持ち。
でも、ずるすぎる! 楽しんでるでしょ?
もぅ、意地悪。
「むぅ、意地悪ー」
「……意地悪をしているつもりはないのですが」
軽く睨みながら言う私に苦笑いで答える田中君。
ふんだ。すぐにその余裕消してあげるんだから。
クスっと意識して微笑んで、改めて口を開いて――頭の上から何かが降ってくる。
何が何だか訳が分からないうちに田中君に抱きしめられていて。
って、ちょっと待って! こ、心の準備が!!
大パニックに陥る私は思わず硬直しちゃって、全然どんな状況なのかを把握できない。
「ああああ、貴方が悪いのよ!! な、何で全部貴方ばかりたかがライバルキャラの癖に!!
私がヒロインなのよ!! 何で何も上手く行かないのよ!! 最初は上手く行ってたじゃない!! 嘘よ!! あ、貴方の所為でしょ!! 私知っているんだから、貴方が散々私に恨み抱いている事!!
は、離してよ!! あんた達も私じゃなくてその子が大事なの!? ねぇ、そうでしょ!!」
と、激しく取り乱した間宮ちゃんの声が聞こえて幾分か冷静になる。
田中君に抱きしめられたままだから正確には把握できないのだけど、彼女に何かされたみたい。
「落ち着け翔子、この間俺の父が次は無いと言っていただろう、問題起こしたらどうなるか分からないんだっ」
焦ったような雅也の声が途中で強制的に中断される。
だいぶ騒々しいから間宮ちゃんが暴れているのかなと予測をする。
うん、えっとね、ずっと抱きしめられてて正直私的には色々それどころじゃないのだけどな。
ほんとどうなってるのかしら?
「先輩、大丈夫ですか?」
「う、うん、私は、だ、大丈夫……だよ?」
気遣うような田中君の言葉にそう返す。
でもね、あのね、状況が全然分からないし、そんな事言っている場合じゃないのだろうけどずっと抱きしめられててドキドキしてるのだけどなぁ。
ただ、嫌じゃないからされるがままになっているけど……一体何が起きたのかな?
田中君に抱きしめられる間に間宮ちゃんの騒ぐ声が遠のき、騒々しさも徐々に収まっていく。
「先輩、着替えあります?」
ようやく解放されてそう聞かれ、自分の状態を見て何が起こったのかようやく把握する。
それに対して悲しい気持ちが僅かに湧き上がりはするのだけど……色々舞い上がってしまっている部分が大きすぎて、感謝した方が良いのかしら? なんておもってしまったり。
「う、うん……体操服が教室に……あの、た、体育今日あるから」
冷静に判断出来ないながらも、確かにこのままじゃ嫌だなとそう口にする。
うん、体育がある日で良かった。
流石に着替えなしでこのままだったら嫌だもん。
と、突然田中君に抱きかかえ上げられって、これってお姫様抱っこ!?
待って待って!! こ、心の準備ぃー。
「たたたた、田中君?」
「先輩、もう絶対に僕が隣にいてこんな事なんてさせないですから。
さぁ、急ぎますよ」
待って! 満面の笑みで言われてトキメいちゃったけど、恥ずかしすぎるよぉ。
そんな私の感情を置き去りに駆け出す田中君。
力強く抱きしめてくれているから、怖いと言う感情は湧いては来ないけど、代わりに物凄い恥ずかしい。
ううん、凄く嬉しいのだけど……で、でもこんな羞恥プレイみたいな状況は流石に遠慮したかった。
お願いだから下ろしてと言おうとして、でもあまりに真剣で必死な様子の田中君を見上げれば何も言えなくて。
結局黙ってその胸に顔を埋める事にした。
あぅー、絶対明美達にからかわれるのだろうなぁ。
恥ずかしい。