少女の事情その15
話も終わり、玄関まで皆で田中君をお見送りをして、扉が閉まった後頑張ってねとか言われてお母さんに手を引かれる。
いきなりの事で困惑しているうちに家の外に1人出されちゃって、それに気づいた田中君が振り返り見つめ合う。
ど、どうしよう。もう挨拶終わってるし、で、でも何か言わなきゃ。
「今日は……えっと、そのぉ……」
何か喋ろうとは思うのだけど、頭が真っ白になっちゃって言葉が続かない。
そんな私を見て、笑顔を浮かべて田中君が声を掛けてくれる。
「先輩。今日はお邪魔しました。
今日言った事は全て僕の本心ですが、ちゃんと全部解決して、その後先輩が僕との事を考えれる余裕を持った時に改めて告白しますので、返事はその時にお願いします」
そんな言葉にまたドキドキしちゃって、キョロキョロと視線を彷徨わせてしまう。
そうやって動揺している私になおも言葉を重ねる田中君。
「それにですね、今僕は格好付けている訳です。
是非格好付けてる姿を見て惚れて下さい。これも口説いてる一環ですよ。
ちゃんと口説かれて下さいね」
どこか気安い感じで口にしてくれて、固くなっていた私に気遣っての事だってすぐに分かりふっと口元が緩む。
「もぅ。ずるいなぁ」
思わず口から溢れる言葉。
だけど、私だって言われっぱなしじゃないんだからね。
少し大げさにジェスチャーしながら言葉を返す。
「うん、ちゃんと見ててあげようではないか」
その言葉を聞いて柔らかく微笑む田中君。
「はい、見てて下さいね」
「うん……それじゃぁ、気を付けて」
「はい。それではまた学校で」
手を振って別れを告げる。
田中君も手を振り返してくれて、でも、別れ難くて田中君の後ろ姿を見つめてしまう。
と、時折振り返ってくれて、その度に手を振り合う私達。
ああ、田中君も別れ難いって思ってくれているのだなぁ。
それが嬉しくて……結局その姿が見えなくなっても、しばらくそちらを見つめ続けてしまうのだった。
あの日以来憑き物が落ちたように落ち着いたお父さん。
昔のように穏やかになり、本当に最近のはなんだったんだろうねって本人が口にするくらい。
今は無理をしすぎたのが良くなかったのだろうって、とりあえず田中君が話を持ってきてくれるまでは就職活動もしない事に家族会議で話し合って決まった。
彼の顔に泥を塗らない様にしないとなってお父さんは口にしていたけど……多分そんなに期待していないような印象を受けたなぁ。
でも、それも分かるかも。
お父さんが顔が広いって言ってたけど、仕事を紹介出来るかどうかはまた別だろうし。
田中君だって人手が足りない職場があればになるとは思いますがって言ってたしね。
勿論、運良く見つかるかもしれないし、どんな職にしろ彼の誠意に応えるために精一杯頑張るつもりだよっとは言ってたのだけどね。
何て思っていたのだけど。
数日後見つかりましたよって田中君が家にまた寄って、田中君のお父さんが直接1度は話しておきたいと言ってたみたいで、予定を合わせれるお父さんが予定を合せて。
それからまた数日経ってお父さんがスーツ姿で話を聞きに行って、興奮気味に帰って来て吃驚しちゃった。
何でも、前の職場より就業時間も仕事内容も給料さえも全て条件が良かったみたい。
詳しくは男同士の約束だからとか、珍しい事を口にして言わなかったのだけど、物凄い田中君に感謝していたのが印象的だった。
でも、流石に結婚するのなら俺は寧ろ賛成だからなって言うのは、色んな意味で気が早すぎると思うの。
先ずはお付き合いをして、もっとお互いに知り合ってじゃないのかな?
それとも、男の人ってこれが普通なの?
なーんてしばらくは呑気に思っていたのだけど、よくよく考えればお父さんの就職が決まった訳で……どどどど、どうしよう。呑気にしてる場合じゃないよぉ。
いつ田中君に告白されるか……いつもそれが気になってそわそわしてしまう。
「先輩?」
「ひゃぃ!」
みたいなやり取りが多発し……あうぅぅ、明美達には爆笑されるし、恥ずかしい。
「先輩、もしかして浩一さん聞いていないかもしれませんが、今浩一さんはお試し期間で本採用ではないんです。
でですね、生活も変わって色々大変だろうと、先輩にちゃんと告白するのはその後にしようと思っていたのですが――」
「そそそ、そうだったんだ!
もぅ、早く言ってよぉー。
あはははははは」
困ったように言った田中君に、全身が熱くなる私。
もう、お父さん肝心な事言ってくれないんだから!
「えっと……本当はですね、すぐにでもその……いえ、やっぱりちゃんと落ち着いてからにしましょう。
皆で幸せに、ですね」
物凄く迷い迷い、最後には開き直ったかのように笑みを見せて言い切る田中君。
その姿がなんか妙に可愛くて、クスクス笑いを零してしまいながら何とか頷く。
「うん、皆で幸せに。だね」
満面の笑みを浮かべて田中君に伝えると、照れたようにはにかむ田中君。
ああ、凄い幸せだなぁー。
「愛実なんか変わった?」
唐突に明美に聞かれてキョトンとしてしまう。
そんな私に更に言葉を重ね始める。
「いや、変わったって言うより戻ったって言うべきかな?
なんかさ、3年に上がってからどこかさ、少しキツいような感じがしてね。
特に間宮って子や真宮寺達と話している時なんか、まるで別人みたいって思う事もあったのに、今は昔みたいにずっと穏やかじゃない?
それこそ仏の南様が戻ってきたみたいでさ」
「なーにそれ? 仏の南様なんて初めて聞いたよー」
しみじみと言う明美に思わず笑ってしまう。
でも、確かに自分でも不思議なくらい感情のコントロールが上手く行くようになった自覚がる。
それもこれも全部田中君のお陰で――。
「おぉーい、お嬢さーん。
旦那の事でトリップしたいのは分かるけど私の話を聞いてって」
「だ、旦那だなんて……ま、まだ付き合ってないもん」
「まだ、ねぇ。
まっ、あんだけ熱烈に口説かれてちゃぁそりゃぁ落ちちゃうわなぁ。
しかも、元々王子様な訳だしぃー」
物凄い楽しそうに口にする明美。
頬が熱くなった私はそれを両手で抑え、視線を下に下げてしまう。
「うぅー、明美の意地悪ぅー」
「ああん、愛実可愛い!
やっぱし田中っちじゃなくて私の嫁に来ない?」
ギュッと抱きついてくる明美に、思わず苦笑いが浮かんでしまう。
「いやー、毎回テスト直前に人のノート借りていく人はちょっとぉ」
「ちょっ、それは言わないでー。
へへへ、お代官様ー、毎回ありがとうございますー」
ふざけ合ってクスクス笑い合う私達。
何だろう、やっと日常が戻ってきた。そんな気がする。
今はもう前みたいに雅也に何かを言う事も止めた。
と言うか、今までの方がおかしかったんだ。
だって、どうするか決めるのは雅也達の訳だし、注意するのは本当は私の役目じゃない。
だから、今はもう活動がある日に1度だけ声を掛けるだけにしている。
もう気持ちが何故か荒んでしまう事もなく、声を荒げられても冷静に対応も出来るようになった。
多分、心に余裕を持てるようになったからだと思うのだけど、何だろう、何かから解放されたような……そんな気もしないでもないような。
不思議な感覚で、田中君に話すとそれだけ余裕が出てきたって事なんですねって喜んでくれたのだけど……そうよね、うん、良い方向に向かっているのだし分からない事を悩みすぎてもしょうがない。
とにかく、こうして私は平穏を手に入れる事が出来、いつの間にか生徒会選挙が目前に迫ってくる。
田中君は矢部君に説得され……と言うか、はっきり私が居るからって言ってくれたんだけど、生徒会役員に立候補するようで、つまりもっと居られる訳で正直嬉しいし。
どうしよう、本当に貰ってばっかりで……その癖信じきれなかった事もあって。
好きで、大好きで……田中君と一緒に居る時は幸せで他の事は考えないのだけど、でも、ふとした瞬間隣に居るのは私じゃぁふさわしくないって思ってしまって……。
私、どうしたら良いのかな?