少女の事情その14
お父さんと田中君が言葉を交わし、皆でリビングに移動する。
お父さんと田中君はそのままソファーの方へと移動し、私はお母さんと一緒にお茶の準備をする。
「ふふふ、愛実。前言撤回するわ」
突然ささやいてくるお母さん。
よく分からなくてキョトンとしてしまう私に、嬉しそうに微笑みながら言葉を重ねる。
「彼とっても格好いいわね。うん、納得しちゃった」
その言葉に嬉しくなると同時に、ほんの少しだけチクリと胸が痛む。
信じきれずに一瞬でも疑っちゃうような私は、本当に彼に釣り合うの?
そんな思いが湧いてきて、でもそれを悟られないように笑みを浮かべて縦に頷く。
「だから言ったでしょ。田中君は格好いいんだって」
そうねと笑顔で返してくるお母さん、良かった。
すぐに準備に戻り――と、お母さんと話すのを止めたらお父さんと田中君が話している声が聞こえてくる。
「おや、てっきり愛実の事に付いての話しかと思ったのだが。
付き合ってるのだろう?」
「お父さん!」
気付いたら大きな声が口から出ていた。
でも、何て言う事を言うんだろう? なんでそんな事を聞く流れになったのかは分からないのだけど、もし否定的な言葉が出てきちゃったら……。
全身が恐怖に包まれる中、視線を向ければニッコリと笑みを浮かべて口を開く田中君。
待って! まだ心の準備が――。
「僕は付き合いたいと思っているのですが、実は告白すらまだでして。
勿論真剣な気持ちなのですが、まだ気持ちを伝えるべきではないと思っていましたから」
かぁっと体温が上がるのを自覚する。
同時に視界が歪んで、何か喋ろうと思うのだけど、でも、頭の中に何も浮かばずただ口を上下してしまう。
隣であらまぁと口にしたお母さんの声がとても遠くに感じるし、え? ちょっと待って! せ、整理させて!
「なら、何故そんな正直に……」
待って! 待ってお父さん! そんな先を促されても心の――。
「それは、先輩と真剣にお付き合いをする為です。
僕は付き合うならちゃんと結婚を見据えて付き合いたいと思っています。
子供が何を青臭い事をとお思いになるかもしれませんが、僕なりに考えているつもりですし、だからこそ何か僕が力になれないかと思うんです。
偽善とかではなく、単純に先輩が欲しいからと言う気持ちがあるんです。
ですから、僕の話を聞いて頂けませんか?」
まるで全身が心臓になったかのようにドクドクと脈打っているのを感じる。
逃げ出したい気持ちと、飛び上がりたい気持ちと、奇声を上げたい気持ちとで一杯になるのだけど……あまりに一杯になりすぎて逆に何も出来なくなってしまう。
ずるいずるいずるいずるーい!! 何でそんな事言うの!!
田中君、ずるい!!
物凄く、ほんと私には気が遠くなりそうなほど長い沈黙が流れ、でも、全く浮ついた気持ちが落ち着かない。
無意識に視線を彷徨わせて逃げる場所を探していたり、座り込みそうになるのだけど真面目な話をしている筈だから何とか堪える。……ああん、全然気持ちの整理がつかないよぉ。
「分かった。聞かせてくれないか?」
「はい、ありがとうございます」
そんな私を置き去りに、なおも話は続いていく。
お、お願いだから、す、少し休憩してくれないかなぁー?
「僕は結婚とは家と家との結びつきだと考えています。
勿論当人同士の気持ちも大事だと思いますけど、だからこそ一番身近に育ててくれた人、育った人皆の気持ちを無視するのは違うのじゃないかと。
そう言う意味で考えると、好きな人の家庭が困っているのなら助けたいと思うのも僕の中では自然な流れでした。
確かに人様の家庭に首を突っ込むのは宜しくないでしょうし、学生という身分の僕がどれだけ覚悟しても足りないのかもしれません。
それでも、部外者でまだ子供な僕でも何か少しでも力になれる事があるんじゃないかと散々考え、こうやって出しゃばらせて貰ったのです。
勿論未来の事なんて分かりませんし、世の中永遠と思っている気持ちも変わる事だってあるのでしょう。
でも、この想いを……すみません、支離滅裂になってますね。少し落ち着きます」
真摯に伝えてくる田中君の姿に、暴走していた感情が少しだけ落ち着いてくれて。同時に喜びで溢れかえる。
必死だからこそ拙い部分もあるように思えて、だからこそ田中君の本心だと思えて……ふと、縛られていた何かに解放されるような……上手くは言い表せないのだけど、あえて例えるのならそんな感じの感覚を何故か覚えた。
「君はなんだか難しい事を考えているのだね。
その年らしくないと言うか、良く言えば大人びているだろうし悪く言えば生意気だろうか。
ああ、大丈夫。真剣な思いはちゃんと伝わっているよ、寧ろ感心しているくらいだ。
だから慌てなくて大丈夫、気を落ち着かせてゆっくり自分のペースで話しさない」
お父さんにも田中君の真剣な気持ちが伝わっているのだろう、穏やかな口調からそれを察する事が出来る。
ううん、こんなに自然で穏やかな口調久しぶりに聞いた気がする。きっと田中君のお陰なんだろうなぁ。
「ありがとうございます。
まぁ、要約すれば先輩と結婚したいからその問題を取り除きたいって事ですね。
告白もする前から本人もいる前で言う事ではないんでしょうけど。
ああ、先輩。ちゃんと告白は改めてしますので、待っていて下さると嬉しいです」
少しずつ落ち着いてきていた私の心の余裕をぶち壊す言葉を言い放つ田中君。
ずるいとか言うレベルじゃない。
何言ってるのこの人! 結婚だとか! う、嬉しいけど、嬉しいけどぉ!!
混乱の極みに居る私、でも、田中君を見れば余裕綽々の様子で……プロポーズしてくれているのに何でそんなに余裕なの!?
ついむくれてしまってぷいっとそっぽを向いてしまう。
ふーんだ。ずるい人なんか知りませんよーだ!
……やってしまってはっと気付いたのだけど、人間ってテンパると何するか分かんないものね。
うぅー、流石にこの反応はダメだったよね。失敗したよぉ。
「ほんとぶっちゃけたなぁ。俺一応仮にも愛実の父親だぞ?
いや、もうそこまで行くと小気味いいけどさ」
どこか嬉しそうなお父さんの言葉。
「本当ね。
愛実も良かったじゃない。こんな素敵な彼氏がいて」
「ま、まだ付き合ってないもん!」
同じく嬉しそうなお母さんの言葉に、でも、私はまた過剰反応を示してしまう。
ち、違うの! 嬉しいの!
なんか思いっきり否定しちゃった風になっちゃって、田中君が落ち込む姿を見て思い切り慌てる私。
と、お父さんもお母さんもなんか微笑ましそうに私と田中君を交互に見てる。
あうぅぅぅ、い、居たたまれない。
「まぁ、これから先輩は全力で口説かせてもらうとして。
浩一さん。単刀直入に言います。就職の件微力ながら力になれるかもしれません。
勿論僕の力ではないので確約出来ませんし、完全に可能性の段階なのですが、実は僕の父はとても顔の広い人で、その伝手を頼れば何とかなるかもしれないんです。
なので、先輩を安心して口説く為にも1度任せて貰えませんか?」
誰かこの人止めてー。
何でこれから口説こうとしている女の子の両親にそんな堂々と宣言出来るの?
今更ながらそんな思いが込み上げてきて来る。
うん、もう嬉しいって感じられる限界点なんて軽く超えちゃってるよぉ。
嬉しいけど、嬉しいけれど恥ずかしすぎるの!!
色々限界超えちゃって、拗ねる私にクスクス笑いながらほら、手伝いなさいと更に奥へと押しやられる私。
何で? とお母さんを見ればウィンクしてくれて……ああ、落ち着きなさいって事か。
そんな優しさが身に染みて少しだけ落ち着き、……でもまた田中君の言葉の数々を思い出して感情を持て余す私は、そのまま隅っこで座ってのの字を書いたり、熱くなりすぎた頬に手を当てて悶えてしまうのだった。