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少女の事情その13

「ちょっと待っててね」


 家の中に入る前にそう田中君にいって中に入る。

 後ろ手で扉を閉め、何度も深呼吸を繰り返す。

 まだ気持ちの整理が完全に付いた訳じゃないけど、ある程度は落ち着いてきた。

 よし、ただいまを言わなくっちゃね。


「お父さん、お母さん。ただいまー!」


 大きな声を出せばリビングからお父さんとお母さんが笑顔で出迎えてくれる。

 うん、良かった。今日は機嫌良さそう。


「お帰り愛実。今日も遅かったわね」


「うん、生徒会の集まりがあったから」


 お母さんの言葉にそう返し、お父さんの方を向く。


「お帰り愛実」


「うん、あのねお父さん。会ってもらいたい人が居るんだけど。良い?」


 そう切り出すと首を傾げるお父さん。

 当たり前だよね。

 だから、なおも言葉を重ねる。


「あのね、いつも一緒に帰っている子がいるんだけど、お父さんと話したいって言ってるんだけど、いいかな?」


「へぇ、僕は構わないけど、でもその子はこんな遅くに大丈夫かい?」


 お父さんが僕と自分の事を言ってるし、本当に大丈夫そう。

 じゃぁ、説明しなきゃ。


「ありがとう、お父さん。

 その子田中君って言うんだけどね、時間はだいじょ――」


「待った。田中君って相手は男なのか?」


 ふと表情が厳しくなるお父さんに困惑してしまう。

 剣幕に押されるように頷くと、怒りの剣幕で言葉を投げつけてくる。


「お前いつも帰っているって、学生の身分の癖に何を考えているんだ!」


「お父さん、田中君とはそんなんじゃないよ!」


 ようやく誤解させてしまった事に気が付いた私は急いで否定したのだけど、でも、お父さんはなおも詰め寄り言葉を放つ。


「そんなんじゃないも何もあるか! 何の為に学校に行っているんだ?

 男とイチャつく為か! ふざけるなよ!!」


「あ、あなた! 抑えて!」


 必死に抱きつくお母さんを無視して拳を振り上げるお父さん。

 こ、怖い!

 恐怖から後ろに下がろうとしたのだけど、足がもつれてしまって尻餅をついてしまう。


「何逃げようとしている! 後ろめたい事があるからだろう!

 俺がこんなに苦しんでいるのにふざけんな!

 っ、邪魔だぁ!!」


 抱き付いて止めようとしていたお母さんを無理矢理振り払い、そのまま私を睨みつけたまま拳を振り上げるお父さん。





 打たれる!!





 ――そう思って顔を背けたのだけど、パシーンと大きな音はなったのに痛みが来る事は無かった。


「誰だ? お前」


 お父さんの低い唸るような声が聞こえてそちらを向けば、私を庇うように前に立っている田中君の背中が視界に入る。

 ああ、助けてくれたんだと思うと、安心感と嬉しさとで目に涙が浮かんできてしまう。


「……ここまで先輩を送ってきた者です」


 淡々と口にした田中君、と、気に入らなかったのかお父さんが胸ぐらを掴み上げる。

 お願いお父さん、止めて!

 心の中でそう叫ぶのだけど、凄い形相で田中君を怒鳴り出したお父さんが怖くて口から出せなかった。


「貴様かぁ! 貴様が娘をたぶらかした奴だな!

 くそっ、俺がこんなにやっているのにぃ、クソがぁ!!」


 何故かされるがままの田中君。

 お父さんを止めようと足に力を入れようとしたのだけど、腰が抜けちゃったのか立ち上がれない。

 だ、誰か田中君を助けて!


「お願い、アナタもう止めて!」


「うるさい! お前もこいつの味方するのか!」


 どうやらお母さんが止めに入ろうとしたみたいで、でもすぐに怒鳴りながら振り払おうとするお父さん。

 口から悲鳴が溢れそうになっちゃったのだけど、その前に田中君がお父さんを止めてくれた。


「……何をする?」


「落ち着いて下さい。俺を殴っても良いですけど、大切な奥さんや娘に手を上げるのは間違っているでしょう?」


 恨み節かのように吐き捨てるお父さんに対し、あくまでも諭すように言葉を紡ぐ田中君。

 それに対して睨みつけはしたのだけど、暴れ出すまではしなかったお父さんに少しだけ安心する。

 でも、いつ田中君にまた手を上げるか分からなくて、お願いお父さん、冷静になって!


「偉そうに。俺の何が分かるんだ?」


「そりゃぁ何も分かりませんが、少なくとも奥さんや娘に手を上げるのは間違っていると思います」


 言い切られて視線を彷徨わせるお父さん。

 ああ、良かった。多分このままいつものお父さんに戻ってくれそう。

 そんなお父さんに、田中君は冷静になおを語り続けてくれる。


「貴方がとても頑張っていらっしゃる事は先輩に聞きました。

 それが最近上手くいっていない事も。

 確かに上手くいかなくてイライラする気持ちは分かりますが、こんな事は間違っています。

 若輩者が何を言うかと思うかもしれませんが、貴方だって分かっているんでしょう? だから僕の話も聞いてくれている。

 お願いです、家族に手を上げるのを止めて下さいませんか?」


 田中君の言葉にしばらく黙っていたお父さんだけど、よろよろと力なくその場に座り込む。


「……そうだよ、分かってるんだ。幸子や愛実に手を上げても無意味だなんて。

 いや、折角守ろうとしているのに、俺が傷つけているんだって。

 だけど仕方ないだろう! 何も上手くいかないんだ!

 これから愛実の為にお金もいるのに、フラフラと浮ついた事言われて頭に来て……ごめん、ごめんなぁ愛実。

 お父さん、こんなつもりじゃぁ……」


 ああ、私がもっと言葉を選んでいたら……。

 力なく言葉を重ねるお父さんに、ただただ申し訳ない思いが浮かぶ。

 もっとちゃんと説明出来たはずなのに……自分の感情を持て余してたからって考えが足りなかった。

 お父さんがずっと苦しんでいるの、私知っていたはずなのに。


「すみません、他人が出しゃばってしまって」


「……いや、良いんだ。悪い事をしたね。

 幸子もすまん。頭に血が上ってしまったようだ」


 私が自分を責めている間に田中君が申し訳なさそうに口にし、お父さんが冷静に戻ったようでいつもの口調で言葉を紡ぐ。

 ああ、でも、私は浅はかだったけど……、大事に至らなくて本当に良かった。

 嬉しさと安心感と、情けなさと色んな感情が湧き上がる私の前でお父さんとお母さんが抱きしめ合い、田中君はそれを見届けてから振り返り、私と視線の高さを合わせてくれる。


「すみません、出しゃばってしまいました。

 お怪我はありませんか?」


 本当に労わる様に口にしてくれる田中君に、でも、その赤く腫れた頬に気付いて思わず手が伸びてしまう。

 力になれないなんて嘘、だってこんなに力になってくれているし……何で私は早合点しちゃったのだろう?

 今まで田中君を見てきて、力になれないなんて、そんな事ある訳ないって知っていたはずなのに。

 それなのに勝手に失望みたいな感情まで抱いて……。

 自分に酷く失望してしまうのだけど……でも、それ以上に田中君が体を張って守ってくれた事が嬉しくて……自然と笑みが浮かんできた。


「……ありがとう、助けてくれて。

 ありがとう、お父さんを止めてくれて」


 心のまま口から出てきた言葉。

 それを受けて柔らかく微笑んでくれる田中君に見とれてしまう。


「いえ、そう言って下さると助かります」


 見ていると顔が熱くなるのだけど、でも、視線も外せなくて……この感情はなんて言えば良いのかな?

 胸に込上がる何かに戸惑うものの、田中君が手を差し伸べてくれて、その手に私の手を重ねて立ち上がるのを手伝ってもらう。

 私が立ち上がると田中君はすぐにお父さんお母さんの方へ振り返ったのだけど、そのまま手を握ってくれて。

 自分を責めていた筈なのに、何だか自分自身を責めないで、大丈夫だよと言ってくれている気がして……。ああ、多分私は自分からこの手を離す事なんてもう出来ないんだろうな。

 そんな思いを胸に抱いた。

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