少女の事情その12
「今日は本当にありがとう。助けて貰っちゃったし、こうやって送ってくれて」
いつものように送ってくれている田中君に改めてお礼の言葉を口にする。
それにふっと柔らかく微笑んで口を開く田中君。
「いえいえ、僕の好きでやっている事ですから。
それに、送るのも帰り道の途中だからってのもありますし」
こちらを気遣うように言う田中君。
彼の場合なんか逆方向でもそう言って送ってくれそうだなぁなんて思ってみたり。
流石にそれはないかな?
なんて思っていると田中君がそのまま言葉を紡ぐ。
「先輩、会長達って結局何しに来てたんですか?」
その言葉に思わずもう少し早く来てくれればって思ってしまう。
大事な話は全部終わってしまった後だったから、尚更皆今更何しに来たのってなってしまったし。
「話し合いも丁度終わった直後に来たんだけど、何故自分達抜きでやってるのかって言ってきてね。
それであんな状態になったって訳」
状況を短くまとめて説明すれば、眉をひそめる田中君。
「それはまた……自分勝手な人達なんですね」
吐き捨てるように口にしたそれに、私は目を瞑って首を横に振る。
「雅也は本当は周りの人の事を考えられる人なんだよ?
昔から見てきたから知ってるけど、何故か今年から急におかしくなっちゃって。
本当はそんな人じゃないんだけど……でも、今は本当に自分勝手になっちゃってるね。
高橋君だって前は全然あんな感じじゃなかったのに」
物事の善悪をはっきりと見極めれた高橋君。それをちょっと他人にも押し付け気味な部分はあったのだけど、あんなまるで操られたかのように盲目的な意見を言う人じゃなかったのに。
雅也も……ううん、雅也はどこか自分から演じているような、なんかそんな気がするのだけど。
考え込む私を気遣ってか、1度開いた口を閉じる田中君。
と、何かを決心したように真剣な眼差しに代わり私を見据えて口を開く。
「そうですか、でも、実は先輩は会長達に構っている余裕はないんじゃありませんか?」
その言葉に思わず体を震わせてしまう。
こんな露骨な態度を示してしまった私に、なおも言葉を重ねていく田中君。
「最近見ていると沈んだ様子が多いですし、もしかして何かあったのですか?
僕じゃぁ力になれないかもしれませんが、なれるかもしれない。
数回聞いてはいましたが、やっぱり話せないですか?」
いつも私の気持ちを最優先してくれる田中君。
本当に心配だからこそこうやって聞いてくれるのも分かって……だから思わず口を開いてしまうのだけど、でも、やっぱり言える事じゃない。
1度首を閉じて弱々しく首を振った。
「……ごめ……んなさい……」
今すぐにでも頼ってしまいそうになる私の弱さが嫌になる。
それに、否定の言葉を口にしたら絶対田中君は私の気持ちを尊重してくれてこれ以上聞いてこない筈で……それが嬉しくもありもっと強く聞き出して欲しいと少し不満に思ってしまうし……何より見越して口にするなんて卑怯だと思う。
そんな私の内情を察知でもしたのか、いつもなら口を閉ざすか謝っていた田中君がなおも言葉を続ける。
「……憶測なんですが、ご両親の間に問題があるか、お父さんの方が何かしらあったりしますか?」
あまりにも的を射る意見に顔をパッと上げてしまう。
何で? どうして? と疑問が頭を駆け巡り……ずっと真剣な眼差しで見つめ続ける田中君が、お母さんとは会った事があるのを思い出す。
ああ、だからお父さんだと分かっちゃったのかな?
そんな風に思っていると、ダメ押しのように更に言葉を紡ぐ田中君。
「お願いです、愚痴を聞くだけしか出来ないかもしれません。
ですが……話してくれませんか?」
全身から私の事を想ってくれているのが伝わってきて……流石にすぐに返事する事が出来なかったのだけど、ここまでしてくれてなおも首を振るような余裕は私には無かった。
どこか静かで落ち着ける場所で話しましょうと、うちの近所にある小さな公園のベンチで隣同士に座る。
もしこんな状況じゃなければドキドキして舞い上がったのだろうけど、どうしても気持ちが沈んでいってしまう。
だから、中々切り出せなくてただただ時間が過ぎていったのだけど、田中君は一切急かす事はなく黙って私が喋りだすのを待っていてくれた。
「……実はね、お父さんが……」
そのお陰で言葉を喉から押し出せたのだけど、どうしても詰まってしまって……と、大丈夫ですよとそっと膝の上で握り締めていた私の手の上に手のひらを乗せてくれて……やっと少しだけ固さがほぐれるのを自覚出来る。
「お父さんがね、仕事で無理しすぎて倒れて入院しちゃったの。
勿論色々お金とか出たんだけど、それが原因で退職する事になっちゃって。
それでね、退院した後少し休んで就職活動始めたんだけど上手くいかなくて、お母さんと応援してたんだけど、どんどん追い詰められちゃったみたいで。
最近お父さんお母さんに声を荒げたりして……昔はそんな事1度もなかったのに……」
田中君の後押しのお陰で何とかここまで口に出来たのだけど、今度は目頭が熱くなってきてまた言葉が詰まってしまう。
唇を噛んで下を向いた私に、そっと田中君が言葉を掛けてくれる。
「先輩の家にお見舞いに行った時。帰る時お母さんが暗い表情を浮かべていたのはそう言う訳だったんですね」
ああ、本当によく見てくれているんだな。
こんな状況でも思わず嬉しくなってしまって、それに、吐き出した事を受け止めてくれた事実に胸が、気持ちがすぅっと軽くなる感覚を覚えた。
うん、まだ私喋れる。
「あの頃はね……まだ単純にお父さんは落ち込んでいるだけだったんだけど。でも、ずっと上手くいかないみたいだし。
何でかな? 頑張ってるんだよ?」
そう、お父さんはずっと頑張っているのに……どうしてだろう?
そう思うとまたすぐに気持ちが沈んじゃって、声も震えてしまう。
泣かないように堪える中、田中君の悔しそうな声が響いてくる。
「すみません、折角話してくれたのに力になれなくて……」
その言葉に、私は恥知らずな事にほんの少しだけ落胆を覚えてしまう。
なんて酷い女の子何だろう、最初から愚痴しか聞けないかもって田中君は言っていたのに。
私の言葉を聞いてくれて、気持ちを軽くしてくれたって言うのに。
そう思って、首を強めに横に振る。
「ううん……私、田中君に凄い感謝してるんだよ?
学校でも何も上手くいかなくて、どうしたら良いかも分からず空回ってさえいる時に助けてくれて、凄く嬉しかった。
だから、そんな事言わないで」
違えようのない本心だけど、でも、なんか心の底から言えていない。
そんな感覚がして、ゾクっと背中に悪寒が過ぎる。
「ありがとうございます」
ホッとしたように口にする田中君。
その姿が急に遠くなったように感じて……だから、慌てて意識して笑いつつ言葉を取り繕う。
「お礼を言うのは私の方だよ。
いつもいつもありがとう。今日も愚痴を聞いてくれてありがとうね」
これも私の本心なはずなのに……どうして借り物の言葉のような気がしちゃうのだろう?
自分の心がどういう状況になっているか全く分からなくて――だけど、次に田中君が私に言った言葉に頭が真っ白になる。
「このくらいならお安い御用ですよ。
時に先輩、僕がお父さんとお会いしたいと言ったら会わせて頂けますか?」
……力になれないなんて言った癖に今更どう言うつもり!
なんて、内心で思わず怒鳴ってしまって……私こんなに嫌な子だったの?
懸命に言葉を選んで、何とか選択したそれを吐き出す。
「……今のお父さんには会わせたくない」
これならきっと田中君も先の言葉を撤回してくれる。
そう思ったのに、なおも言葉を重ねる田中君。
「それでも……十分失礼な事とは承知で言っています。
お願いですからお父さんと会わせて下さい。
何とか出来る……と確約は出来ませんが、もしかすると出来るかもしれませんので」
なんで? どうして? そんな疑問符ばかりが頭を埋め尽くす。
力になれないって言ったのに何とか出来るかもだなんて、無責任すぎる。
でも、田中君の言葉を信じたいと言う強い感情が湧き上がってきて。気が付いたら縦に首を振っていた。
「……お父さん、多分家に居るから……聞いてみるね」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる田中君。
そのまま2人で私の家を目指したのだけど……私は自分の感情を持て余し、表情を見られたくないと前を歩き無言な事にも安堵してしまった。