少女の事情その11
今日は間が悪い事に先生が出張で居なくて、しかも、今日は報告を受けるだけの定期的な集まりだったからと代わりの先生も居なかったのが悪かった。
皆が雅也が居る事に驚いていると、全員揃うやいなや今日から俺が仕切るなんて言い出して、皆しばらく呆然と雅也を見つめてしまったの。
誰よりも早く矢部君が口を開き今まで溜まっていたのだろう怒りを口にする。
「お前ふざけんなよ! 急に出てきて何言ってやがる?」
「ああ? お前誰に口聞いてると思ってんの?」
雅也に詰め寄る矢部君に立ち上がり睨みつける雅也。
「ちょっと、2人とも落ち着いて!」
必死に止めようと口を開いたのだけど、無言で睨み合う2人。
と、他の3年の皆も口を開く。
「矢部の言う通りだぜ。
真宮寺家は偉いのかもしれないが、振り回しすぎだろうが」
「そうよ、怖くて今まで言えなかったんだけど、皆不満だったのよ!」
「そうだ、南が気遣って会長を辞退してなけりゃぁどうなった事やらな。
どうせお得意の親の権力でどうにかしたんだろうけど」
口々に雅也責め立て、でも、不機嫌そうに眉を潜めていた雅也がニヤっと口を歪める。
「へー、お前ら学校に居たくない訳だ?」
本当にいやらしい笑みで……こんな雅也初めて見た。
こんな風に真宮寺家の力を振りかざすなんて、前はどこか寂しそうで悔しそうにしていたのにどうしちゃったのだろう?
「雅也。本当にどうしちゃったの? らしくないよ。
それに皆に迷惑かけたの分かるでしょ? 何で最初に謝ってくれなかったの?」
皆雅也の言葉に黙り静かになったので、心のままに雅也に言葉を掛ける。
と、バツの悪そうな顔を浮かべた後、私へと向き直る雅也。
「確かに迷惑を掛けたかもしれないが、だからこうしてわざわざ出てきてやったんじゃないか。
俺が決めれば進むんだろう?」
「それはおかしいよ雅也。昔はちゃんと謝れてたじゃない。本当にどうしちゃったの?
それに俺が決めれば進むって、もう雅也居なくても進めるようになっちゃったよ。貴方のお父様もお爺様も納得済みだし」
そう言うと余裕がなくなったかのように目を見開き私に詰め寄ってくる雅也。
正直怖かったのだけど、逃げちゃダメだと自分を叱咤する。
「何だよそれ? 別に俺は変わっちゃいないし。
それより親父に爺様が納得済みって何でだよ?」
苛立たしそうに口にする雅也に、呆れたように言葉を放ったのは矢部君だった。
「そんな事すら分かんないのか?
勉強は出来ても他が分からないとか悲惨だな」
「ああ? 喧嘩売ってんのかテメー」
嘲笑するかのように口にした矢部君に対して低い声を出す雅也。
まさに一触即発の状態に自然と緊張感も高まっていく。
どうしよう、なんとかしないと。
「矢部君、お願い抑えて。
雅也も落ち着いて!」
「貴方がそれを言いますか?」
と、突然今まで黙っていた高橋君が笑みを浮かべて私に話し掛けてくる。
笑みが浮かんでいるとは言え、それが友好的な物でない事くらいすぐ分かって……そもそもどこか責めるような口調に内心で首を捻ってしまう。
「今までずっとヒステリックに叫び散らし、だからこそ俺も真宮寺もここに来なかったのですよ。
最近は声を掛けるだけでしたが、貴方のように自分の感情を吐き出し場を乱す女性って大嫌いなんですよね。
そんな人が居るのならまともな会議なんか出来ないと見え透いていますし、ですから俺達は行かなかったのですよ。
ただ、それは確かにあまりに無責任だったでしょう、その事については反省しています。
ですから、真宮寺と僕とがちゃんと仕切りますので貴方は大人しくしていて下さい」
何を言われたのか意味が分からず、頭の中が真っ白になってしまう。
と、私が気を取り直す前に幾つもの怒鳴り声が上がる。
「お前ふざけんなよ! 南が何の為にお前らに話し掛けていたか分かるか!
分かってねーからそんなふざけた事言えるんだよな」
「南先輩をなんだと思っているんですか! そもそも先輩が注意していたのは貴方達が会議に来なくなったからでしょう。注意する以前は何故来なかったのかの説明は出来ていないですし、言い訳にすらなってないですよ!」
「南はね! 南は他の誰もがあんた達を見捨てても最後まで見捨てていないから声掛けてやってんの。何それを履き違えてるのよ!
そもそも、あんたらなんてもう要らないのよ!」
入れ替わり立ち代り口を開いていく皆。
「何ですか、皆揃いも揃ってその女に洗脳されているんですか?
馬鹿ですね」
と、そこに火に油を注ぐかの如く言葉を投げかける高橋君。
当然皆はそれに猛烈に反発しだしたのだけど、同時に口を開いて訳が分からない。
と、視線を雅也に向ければ矢部君と言い争っている。
「皆落ち着いて!」
必死叫んで皆を落ち着かせようとしているのだけど、私の声が届いていないのか……いや、躊躇うように私を見てくれる人はいるのだけど、そこに高橋君がまた言い返すものだから収拾がつかない。
そこに一段と声を荒げた雅也と矢部君の声が聞こえてくる。
「いい加減にしろ、会長は俺だろ? 愛実は副会長の筈だ!」
「だから、お前が何にも仕事をしてないから南が代わりにやってるんだろうがよ!
何突然来て勝手な事をほざきやがる、そっちこそいい加減にしろ!」
「お願い、皆落ち着いて!」
何度もあまりに大きな声を出したものだから苦しくなってしまう。
そんな肩で息をする私に、高橋君が見下すように口を開いた。
「そのヒステリックな声、本当に聞いていて不快ですよ」
何とか口を閉ざしてくれた皆も、そんな言葉に我慢なんて出来なかったのだろう。
再び暴言ばかりが飛び交い、途方にくれる。
ああ、誰かお願い、皆を止めて。
突然バンっと大きな音が響き、驚いてそちらを見る。
すると、田中君がそこにはいて……皆を見渡した後私を見つめて口を開く。
「外まで声が響いてましたよ。もう遅い時間ですしとりあえず今日のところは帰りませんか?
会長達も間宮を待たせているんじゃないですか?」
呆れた様な田中君の言葉に冷静さを取り戻したのか、すぐに頭を下げる矢部君。
「すまない、確かに田中の言うとおりだな。
皆、とりあえず今日は解散しよう。
お前らもそれでいいよな?」
憮然とした表情を浮かべる人もいたのだけど、矢部くんの言葉に従ってくれたみたい。
雅也達も田中君の言葉に少し冷静になれたのか、はたまた間宮ちゃんの事が気になったのか言葉もなくそのまま部屋を出て行く。
ホッと気が抜けてそのまま腰が抜けそうになっちゃったんだけど、わっと皆が私の方へ来てくれて気遣わしげに言葉を掛けてくれる。
大丈夫ですか? とか、力になるからねとか、それが嬉しくてありがとうと返す。
ふと見ると田中君と矢部君が話していて、何かを察したように道を開けてくれる皆。
もう1度ありがとうと口にして、田中君の元へ――助けてくれた人の元へ向かう。
「私からもありがとう。ごめんね」
心からそう口にすると、ニッコリと笑顔を浮かべてくれる田中君。
「いえいえ、先輩の力になれたのなら本望ですよ。
大変でしたね」
「うん。私じゃぁどうしようも出来なかったし。本当ありがとうね」
こちらも自然と笑みが浮かんできて、一層気持ちも穏やかになってくる。
と、田中君は苦笑いを浮かべて再び口を開いた。
「いえ、先輩が居たからこそ。止めようとしてて下さったからこそ皆止まれたのだと思いますよ」
それに追従して矢部君も言葉を紡いでくれる。
「そうそう、南が制止してくれようとしたから頭冷えた面はあるからな。
それがなければ田中が来る前に殴り合いになってもおかしくなかったし、なってなくても多分止まれてない。
それに何より、田中が来たのは南が居たからだからな。そう自分を卑下する必要はない」
2人の言葉がとても嬉しくて――嬉しすぎて少し景色が歪んで来ちゃう。
それを誤魔化すように何度か瞬きをして、改めて口を開く。
「2人ともありがとう」
その言葉に2人は笑顔で答えてくれた。