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少女の事情その10

「こんにちは先輩。

 って、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


 お母さんと明美にはいつものようにすぐ看破されたのだけど、他の人には誰にも気付かれなかったのに、お昼いつものように田中君に会えば、彼も私の顔を見るやいなや心配そうに眉を下げて聞いてくる。


「うん、大丈夫だよ。

 ただ、ちょっと寝不足ではあるかな」


 気付いてくれた事が嬉しくて、自然と笑みが溢れ気分も上向く。

 友達がある日、彼氏が私が本当に体調悪い時に全然気付いてくれないどころか、辛いと伝えてもいつもと変わんないように見えるとか言われたと憤慨し、皆も男ってそうなんだよねって同意してたのだけど、ちゃんと見てくれる人は見てくれるのだなぁって思う。


「先輩、お願いですから無理をしないで下さいね。

 頑張るのは凄く良い事でしょうけど、頑張りすぎるのは悪い癖ですよ」


 優しく頭を撫でてくれ、労わる様に声を掛けてくれる。

 それがくすぐったくて、でも、とても癒されて。


「ヒューヒュー、お熱いですなー」


「ああ、熱い熱いねぇ。青春だねー」


「うむ、微笑ましいが。南、あんまり無理をするなよ。

 それにしても田中はよく気が付いたな。愛の力か」


 冷やかしてくる林君と宮城君の言葉に恥ずかしくなるのだけど、正直矢部君の言葉に一番恥ずかしさを感じる。

 顔が赤くなるのを自覚していると、田中君が満面の笑みを矢部君達に向けた。


「そりゃぁ愛してますから。

 さ、南先輩が恥ずかしがっているのでこれで終わりです。早くご飯食べましょう」


 キッパリ断言してくれる田中君に嬉しく思うと同時に益々体が熱を帯びて――そんな自分にまた舞い上がるの? と冷たく心の底で呟く。

 気持ちを持て余しどうして良いのか分からなくて、顔を下に向けていると田中君が私の手を引いて先導してくれる。

 気遣ってくれているのだろう、今日は何を食べますか? と明るく声を掛けてくれる田中君。

 その気持ちが嬉しくて、でもそれじゃぁダメなのに……。


「んー、今日はうどんかなー」


「それじゃぁ僕も同じのにしようかな」


 田中君は大盛りで私は普通盛りの食券を購入して、2人で列に並ぶ。

 その間も雑談をしつつ、何とか平静を装おうとしたの。

 食事が終えるまで皆で和気あいあいと会話出来たから、多分ある程度は上手く出来たのだろうけど、田中君だけは時折心配そうな表情を向けていたので気付いていたのじゃないのかな。

 取り繕おうとしている私を気遣って、最後に本当に無理しないで下さいねと言う以外では心配を飲み込んでくれたみたい。

 それがまた嬉しくて、私どうしたら良いんだろう?


 その日以来徐々に私は浮かない表情を浮かべるのが多くなってしまう。

 当然気付く人も増えていく訳で、周りに心配を掛けてしまっているのが胸にくる。

 雅也達に声を掛けて、キツい言葉を返されるのも徐々に苦しくなってしまった。


 皆が無理するな。もうあんな奴ら放っておけと言ってくれる中、でも諦められない私。

 家でも元気がない日が続いてしまって……、お母さんにも無理しないで良いのよと言われてしまう。

 それがどうしようもなく苦しくて……ふと気付いたの。

 ある日から田中君は無理しないで下さいじゃなくて、先輩が思うようにやりきって下さい。僕は応援しますし、倒れそうになったら支えますからと言うようになってくれていた事に。

 どれだけ救われたのだろう、田中君とはあまり会わない方がいいと思っていたはずなのに、一緒に居る時間を減らせたのはほんの数日で、今ではもう彼と一緒に居る時間は増えていく一方で。


 ……でも、彼と居るといっぱいいっぱいで呼吸もし難いような感覚がすぅっと楽になるの。

 全てを放って逃げ出したいと思ってしまっても、頑張ろうって思えるの。

 張り詰めきって居る事にすら気付かずに居たのに、それが解かれ張り詰めていたんだって気付くとこが出来るの。


 告白と同意義のような言葉も、ここしばらくは全く聞いていなくて。

 それが暗に私が田中君の気持ちを受け止めれる余裕が出来るまで待ってますと言っているようで、それがまた嬉しくて。

 ああ、どうしよう。

 ダメだダメだと自分を戒めていた筈なのに、どんどん彼を好きになっていくのを止められない。

 もう押さえ込めないくらい彼の事を好きになってしまっている。


 いろんな感情が溢れそうで、涙が出そうで。

 そんな時、声に出したい事は出して良いのだし、僕でよければ受け止めますから。とまで言ってくれて。

 でも、それに無理と言って逃げ出してしまう弱い私。


 ああ、これで嫌われたよねと落ち込んで……でも、田中君は次の日わざわざ私の家まで来てくれて、傍に居るだけでもダメですか? なんて聞いてくれて。

 それを断るなんてもう私には出来なかった。


 それから、休み時間の度に3年のクラスになんて顔を出しづらいだろうに、必ず顔を出してくれるようになった田中君。

 宮城君や明美を中心にからかわれたりしたのだけど、キッパリ南先輩に会いたいですからなんて答える田中君に喜んでしまう。

 それは中間試験の最中ですら続いて、勉強は大丈夫なの? なんて聞けば。テスト直前に慌てる程普段勉強していない訳じゃないですから。なんて返って来る。

 確かに普段勉強していれば、その成果を出せば良いだけだし、私も田中君のお陰で休み時間中は話っぱなしだったのだけど、充分力を発揮出来たと思う。


 実際ほんの少し成績は落ちちゃったのだけど、それでも自分で驚く程には点数は取れたのだから。

 もしかすると、もう私は田中君無しではダメになっちゃったのかもしれない。

 お父さんはどんどん暴れる日も増え、それ自体も酷くなってお母さんも沈んだ顔をする日が増えていっているのに……。



 そんなとても余裕があるとは言えない心理状態の中、テストの結果が返って来て数日後いつものように雅也に声を掛ければ、すんなり今日は行くよと言い出して吃驚してしまう。

 同時に、高橋君も俺も行くと言い出す。

 間宮ちゃんは良いのだろうか? と思ったのだけど、それを聞いてしまえば2人とも来てくれないような気がして。だから言葉を飲み込んだ。

 ただ……どうしてもあまり良い予感はしなくて……大丈夫だよね? 2人とも自分から来るって言ってくれたんだし。

 うん、先ずは信じないとね。




 余裕がなかったからこそ盲目的な判断をしてしまったのだろう、もう少し余裕があればと思わざるを得ない。

 良い予感がしなかった――寧ろ悪い予感を感じていた通りの展開が待っていて、私は後悔の念を抱く事になってしまうのだった。

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