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少女の事情その7

 何で? どうして? そんな疑問符ばかり頭に浮かぶと同時に、じっとこちらを見つめてくる田中君って格好良いなぁ……じゃないよ私!

 声にならない悲鳴を漏らしつつ急いで毛布を頭から被る。

 間抜け顔見られちゃったー! 絶対私寝ぼけてボケーっとした顔してたよね!

 ああん、恥ずかしい!!


「ううー、みーたーなー」


 あまりにも恥ずかしくて、呻くように声を零す。

 本っ当に恥ずかしい!

 逃げ出したい気持ちで一杯なんだけど、ここが私の家でしかも私の部屋の訳で……つまり逃げ場もないわけで毛布を被って隠れるので精一杯。

 あーん、思い当たっていたのなら少しはシャキっとしとくんだったよー。


「いやいや、本当に愛らしくて……眼福でしたよ」


 内心で嘆く私に優しくそう言葉を掛けてくれる田中君。

 愛らしいとか嘘だぁ。気を遣っているんでしょ? と思いつつチラっと顔を出せば笑顔で……正直本心なのかお世辞なのか判断出来ない。

 それでも、愛らしいだなんて言われると素直に嬉しくて……本当にずるい!

 だから、喜んでいるのに拗ねたような表情を浮かべて田中君を見る。


「ひどーい。私物凄く傷ついた」


「そうですか、それならお詫びをしなければなりませんね」


「へ?」


 そう言って笑顔のまま近づいてくる田中君。

 何だろう? と不思議に思って見つめていると不意に真剣な眼差しで深呼吸……って、ちょっと待って! えっ、えっ、ま、まだ心の準備が――。

 感情が大暴走しちゃって固まっちゃったままの私の前に、すっと籠に入ったフルーツの盛り合わせが差し出される。


「どうぞ、お受け取り下さい」


「あ、ありがとう」


 差し出された瞬間吃驚しちゃったのだけど、拍子抜けした気持ちで受け取る。

 うん、でもお陰で暴走気味だった感情が上手く落ち着いてくれたから、平常心で話せそう。

 そう思いながらとりあえず横に受け取った籠を置く。


「ねぇ、それでどんな要件で来たの?」


「勿論先輩のお見舞いですが。どうやらそこまで酷くなさそうでホッとしています。

 ああ、無理をさせるつもりもありませんから僕はもう帰りますね。フルーツは後でお姉さんにでも切って貰うなりして下さい」


 それでも、やっぱり心のどこかで期待しちゃってて真剣な表情で聞いちゃったのだけど、返って来た返答に困惑しちゃう。

 お姉さん……って、私1人娘なんだけどなぁ。


「あ、え。っと。あ、ありがとう」


 何とかそう口にするんだけど、全然思い当たらなくて――あっ、もしかして。


「ねぇ、うちお母さんしかいないよ」


「……嘘でしょう?」


 私の返答に固まる田中君。

 確かにお母さん綺麗でとても私くらいの娘が居るように見えないもんね。

 そう思わずお母さんに嫉妬しちゃう。

 幸い驚いている田中君には悟られなかったみたいだけど……むぅー、ライバルがお母さんでも絶対負けないんだから!




 あの後少しお話して、お見舞いに来たのだしとすぐに帰ろうとする田中君。

 名残惜しくて思わず引き止めちゃったのだけど、明日元気な姿を見せて欲しいので、休んで下さいねって言われてしまう。

 それはごもっともだし、だけどやっぱり別れ難くて体調も大分良くなったからと玄関までお見送りする事に。

 苦笑いながらも縦に頷いてくれて……、でも少し呆れられちゃったかなって不安に思ったら、実は僕も本当はもっと一緒に居たいんですよ。ですから本当に早く元気になって下さいねって言ってくれる。

 もぅ、ほんとにずるいんだから……。


 幸せな気持ちのまま田中君を先導して玄関まで送ろうとして――リビングの電話が鳴り出してビクっと体が震えてしまう。

 きっとお父さんからだ。

 そう思うと温かかった心が急速に冷え込んでしまうのを感じる。

 思わず田中君に助けを求めようとしちゃったのだけど……流石に巻き込めない。


「先輩、どうかしましたか?」


「あっ……ううん、何でもないよ」


 何とか笑顔を浮かべようとしたのだけど……多分引きつっている。

 田中君が心配そうにしているのが何よりの証拠だし、でも、私に気遣ってくれたのかそうですかとだけ口にして無理に聞き出そうとはしてこない。

 その優しさに思わず泣きそうになっちゃう。


「あら? もう帰っちゃうの?」


 田中君が丁度靴を履き終えたところで、お母さんが扉を開けた姿でこちらに声を掛けてきた。


「ええ、お見舞いですし、長居は無用でしょう。

 お邪魔しました」


 ニッコリと笑みを浮かべて頭を下げつつ答える田中君。

 お母さんの顔を見れば……完全に外用の笑顔を貼り付けてる。

 ああ、やっぱりお父さんからで……あんまり良くなかったのだろう。

 そう思えば、更に心が冷え込んでいくような感覚を覚えた。





 田中君を見送った後、お母さんとリビングでテーブル越しに向かい合ったのだけど……言葉が出てこない。

 2人とも暗い表情を浮かべていて……と、お母さんが急に明るく私に話し掛けてくる。


「ねぇねぇ、今日の子でしょ? 愛実の愛しの王子様」


「愛しの王子様って……お母さん、それいつの話よ」


 きっとわざとそう言うふうに切り出したのだろう、でも、お陰で少しだけ心も軽くなったような気がした。


「えー、小さい頃なんてそれこそ毎日言ってたけど、未だに時折思い出したように言ってたじゃない。

 まぁ、見た目はごくごく平凡な男の子だけど、仕草とか綺麗だし礼儀もちゃんとしてるし、良い子そうね」


 多分少し話している間に色々見たのだろう。

 田中君緊張したんじゃないかな?

 でも、お母さんと私とで意見が違うのでそれはキッパリ言っとかなくちゃ。


「違うよお母さん。田中君は見た目も格好良いよ」


 そう口にしたら目を見開くお母さん。

 と、クスクスと笑い出してなんか感じが悪い。


「ふふふ、もうすっかり田中君にお熱なのねー」


 嬉しそうに、そして獲物を見つけたかのように私に話し掛けるお母さん。

 えっと、あれ? お母さん恋ばなって好きだったっけ?


「えっと、そんなんじゃぁ」


「あらあら、そんなんじゃダメよー。いい男なんてあっと言う間に取られちゃうんだから。

 田中君を取られたら嫌でしょ」


「そりゃぁ……嫌」


 何だか誘導されているようで、でも自分に嘘なんて付けないから正直に口にしていると益々楽しそうに笑みを零すお母さん。

 えっと、その心からの笑み自体は嬉しいんだけど、この事態はあんまり嬉しくないかなぁ。


「じゃぁ、もっと押せ押せで行かなきゃ!

 ふふふふ、孫の顔を見れるのも早いかも。キャーッ」


 えっと、お母さん?

 何だか勝手に暴走を始めるお母さんに、でも、久しぶりにこんなに自然に嬉しそうにしている姿に心が再び温かくなっていく。

 ああ、田中君。本当にありがとう。

 貴方と再会出来てから少しずつかもしれないけど、なんか家に明かりが戻ってきたようで。

 多分そう思うのは私の早合点なのだろうし、根本の問題は何にも解決していないのだけど……でも、どこにも安らぐ場所が無いなんて事はなくなってて……。

 貴方が私の安らぐ場所ですなんて迷惑なだけかもしれないけど、……一緒にいるだけで安らげるんです。

 お願いだから、また話に行っても良いですか?

 なんて、願いにも似た思いを抱いてしまう。


 お父さんが家に帰って来ると、今日は怒る事も暴れる事もなかったのだけど、それでも微妙な空気には包まれて……またお母さんの表情が強張って、私の心も冷えてしまった。

 やっぱり根本的に解決しないとと思いながら、ただ、いつもよりは私の心は冷え切ってなくて、部屋に戻って田中君が持ってきてくれたフルーツの盛り合わせを見たら少しだけ心が温かくなる。

 そのお陰か、今日は久しぶりに夢の世界へと行く事が出来たのだった。

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