少女の事情その4
ガクガクと震える足と逃げ出そうとする心を奮い立たせ、前に踏み出していく。
怖い……けど、決めたのならやらなくちゃ。
制御出来ない感情がそのまま表情に出ちゃいそうで、ヒクヒクと顔が引きつっているのが分かる。
負けちゃダメとキュッと唇を噛み締める。ああ、多分今怖い顔になっちゃっているんだろうな。
皆が私を見てギョッとした表情になるから間違いないと思う。
でも、こうでもしないときっと私はまた何も言えなくなっちゃうから……だから――。
「雅也! 皆もいい加減にして! 皆迷惑しているの分からないの!!」
ヒステリックな自分の叫び声に、更に緊張でドキドキと胸が高鳴る。
声も時折ひっくり返るし散々だったのだけど、雅也を含めその場に居た人全てが驚きの表情を向けるのが分かった。
怖い……でも、逃げ出せない!
「高橋君も風紀委員長なのに自分から風紀乱す事してどうするの!!
青山先生も生徒1人を特別扱いするなんて教師としてどうなんですか!!」
涙が溢れそうで、そうなる前に一気に言い切る。
と、シンっと静まり返り、じっとこちらを見つめてくる雅也達。
「お前……どうして?」
「どうしても何も、やっていい事と悪い事の判断も出来ないのなら誰かが注意するしかないじゃない!
これからちゃんとしてくれなきゃまた怒るからね!」
呆然と呟いた雅也に言い切り、キッと睨みつける。
うぅー、泣くな泣くな泣くなー。
多分凄い形相になっていたのだろう、皆腰が引けていた。
でも、そんな事に構う余裕なんかなくて、ちゃんとして! と怒鳴って逃げるようにその場から走る。
ううん、これ以上居ると泣いちゃいそうで、急いで踵を返したんだ。
色んな感情がぐちゃぐちゃで、どこかで泣き叫びたくて。でも、そんな事が出来る場所なんてないから女子トイレにそのまま駆け込み、個室で声を押し殺して涙を零した。
弱いなー、私。
決心したのに、全然ちゃんと出来ない。
これじゃぁダメだよね。もっと頑張らなきゃ。
弱い私は自分を再び奮い立たせる事に精一杯で、頭の片隅に驚いた後泣き出しそうな顔になった間宮ちゃんの顔が一瞬浮かんだのだけど、すぐに消えてしまったのだった。
その日以来私は学校がとても苦痛な場所になった。
自覚はあったのだけど、他人に怒ると言うのは私にはどこまでも向かないみたいで、体調もどんどん悪くなって来ている。
周りの皆は気遣ってくれているのだけど、ちゃんと対応出来ているかどうかも自信がない。
声をかけてくれたのに睨んでしまったりしているようで、ビクっと怯えられて慌てて謝る事が増えてきている。
とても悪い傾向だと思うのだけど、でも放っては置けない。
皆怒鳴れば何とか私の言う事をその時だけは聞いてはくれるようになったのだけど、気付けばすぐに間宮ちゃんの元へ戻ってしまうし。
間宮ちゃんもいつの間にか3年の教室の方へは殆ど足を運ばなくなった……、
何度か私に口を開こうとしてくれたのだけど、怒鳴る私を見て泣きそうな顔になっていたから怯えさせちゃったのだろう。
だからか、1年生の間では私はとても口うるさい女として有名らしくて、全員に身構えられてしまうと今でも躊躇してしまう。
何より……彼が居るクラスだから尚更足が進まなくて、だから間宮ちゃんのクラスに集まるようになったのかもしれない。
でも、いつまでも逃げている訳には行かない。嫌がる心を無理矢理押しつぶして、ついに私は間宮ちゃんのクラスへと――彼が居るクラスへと足を進めた。
「雅也! こんなところにいたのね!」
勢いよく声を張り上げつつドアを開け、教室へと足を踏み入れる。
ふと視界の端に彼の姿が映って足が震えるけど、止まってしまうと2度と歩き出せなくなりそうな気がして急いで苦々しい顔つきをしている雅也達の元へ近づく。
「雅也! 生徒会の集まりがあるって言ってたわよね。会長がこんなところでなにしているの!」
「いや、それは。そのぅ」
「言い訳は聞きません! 皆待っているんだから早く!
高橋君もよ! 風紀委員長が風紀を乱すような真似しちゃいけないじゃない!」
「あ、すまん」
最近お馴染みとなってきたヒステリックな口調。こんな口調や姿彼には見せたくなかったのにと遠くでズキリと心が痛む。
でも、この口調なら何とか言う事を聞いてくれる雅也達を無理矢理引っ張って教室を出る前に、ふと間宮ちゃんを盗み見る。
と、今まで泣き出しそうな顔を浮かべていたそれが、どこか冷めたように冷たく私を見つめていて、背中に冷たい汗が流れた――私、何か失敗しているのかも。
でも、それを確かめる術はないし、実際折角皆が集まってくれているのだ。
最近遅々とはしているが少しずつ話し合いも進んできているのだし、皆の時間を無駄には出来ない。
そう思って教室を出て扉を閉めようとした所で、クラスの中に居たほぼ全員が私を迷惑そうに見ている事に気が付いた。
そうだ、この子達にとっては私は落ち着いて言えば良い事を怒鳴り散らかした迷惑な女でしかない。
それに気付けば、自然と情けなさから釣り上がった目尻が下がるのが自分でも分かった。
「皆、迷惑掛けてごめんなさい」
気持ちのままに頭を下げ、自然と湧き上がる言葉をそのまま口から零す。
心からの謝罪……少しでも皆の心に届けばと思って顔を上げれば――彼と目が合って心臓が止まるかと思った。
それに気付けばいてもたっても居られなくて、すぐにその場から逃げるように雅也達を連れて移動する。
もうダメだ……あんな姿を見せたのに話に行くだなんて、そんな事私には出来ない。
打ちのめされたかのように沈んでいく心。
何とか雅也達を連れて行っても、何故か文句ばかり言うし物凄い雰囲気は悪いしで頭痛までしてくる。
話し合いもまたロクに進まなかったし、私のフォローは空回りするし……ワタシハナニヲヤッテイルノダロウ?
ギシギシと悲鳴を上げる心。
少しでもお父さんお母さんと話して、少しでも癒されたいと思って家に帰り着く。
お父さんがまるで学校での私の様に目を釣り上げお母さんに怒鳴っていた。
何が何だがすぐには理解できなくて、お父さんがお母さんの頬を叩いて鳴った音にはっと正気を取り戻す。
「お、お父さん! どうしたの?」
「ああああああああ!! うるさいうるさい!!
お前も俺を責めるんだろう!! 黙れ黙れ黙れ!!」
明らかに正気じゃないお父さんに、頬を張られて床にへたり込んでいたお母さんが必死に抱きついて止めようとする。
止めようとするお母さんを強引に引きずり私の元までやってくるお父さん。
怖くて……とても怖くて私はその場から1歩も動く事が出来なかった。
「なぁ、愛実ー。お前は俺を責めないよなぁー。
なぁ、そうだと言ってくれよー」
焦点の合わない目で言われ、慌てて首を上下させる。
するとケラケラと笑い出すお父さん。
と、未だ必死に抱きついているお母さんに視線を向けた。
「さ、幸子。すまん……すまん……」
力なく座り込むお父さんに、いいのよと答えるお母さん。
2人とも涙を零していて……とてもじゃないけど学校での事なんて話せない。
どうしてこんな事になってしまったのだろう?
お願い……。
ダレカタスケテ……。