少女の事情その1
彼と再会したのは……と言うか、一方的に見つけたのは彼が私が通う高校に入学してきた時の事。
生徒会副会長をやっていた事もあり、他の生徒会のメンバーやお手伝いに選ばれた人達と共に式のお手伝いをしていると、彼が真新しい制服に身を包んで歩いているのを見つけたの。
それまで色々と任せられた作業をしたり、他の子に指示出したりしていたのに突然彼を見つめちゃったものだから、皆に根掘り葉掘り聞かれる羽目になってしまう。
照れながら多分だけどと断りを入れた上で、彼が夢に出て来る男の子だと思うと言えば皆一斉にそちらに視線を向ける。
で、口々に愛実の王子様って見た目普通、ってか地味って言うか、全然イメージじゃないとか。先輩と全然釣り合ってないですねとか。思い出補正って恐ろしいんですねとか。現実って残酷だね、元気出して愛実とか。
彼を指差したりしながら好き放題言っちゃって。悲しくなるやら悔しいやら、多分と言っておきながら半ば確信していた私は思わず頬を膨らませてしまう。
そんな私を見て皆焦ったり驚いたり。
止めに本当に失礼なんだからと怒っているうちに彼を見失っちゃって、ションボリと落ち込んでしまった。
私が落ち込んでも何のその、女の子って恋愛事が大好きな訳で皆で私を励まし、私が気分が浮上してきたところでガールズトークが始まってしまう。
盛り上がるガールズトークについつい私も口が軽くなり……それを先生に見つかって大目玉を喰らう事に。反省。
式の片付けも終わり、さぁ一度皆集まってから帰るぞって時になって雅也が居ない事が発覚する。
先生も含め違うところで作業するなり指示出したりしているだろうと思われていたので、どこに居るか分からず困った状況になってしまう。
ならばと携帯で連絡を試みたのだけど、最初はコール音数回なったところで切られ。押し間違えかなと向こうから掛かってくるのを待ってみるもののこちらの電話は鳴らず。再度掛ければ即留守電に繋がる。
「先生、ダメです。電源が落ちてしまったのか留守電に繋がりました」
「そうか。それは困ったな。
うーん、じゃぁ先生達が探すから皆は帰りなさい」
報告をすればそう言う指示が出たので、皆言われた通り解散する。
ただ、私は少しだけ探してみますと自ら申し出た。
何故か雅也って私以外の人の言う事を中々聞かない時があるし、何故か気に入られている私だと被害を受けたりしないからの提案で、それを受けてどこか安心したように溜め息を零した先生を見て私が見つけなきゃって思う。
果たして雅也は中庭のベンチに居た。
何故かここのような気がして、その感覚を信じたら本当にいて少し驚いたのだけど、それ以上ににこやかに見た事のない可愛らしい女の子と話している事に驚いてしまう。
割りとフェミニストの気のある雅也が女の子と笑って話している事は確かに多いのだけど、皆が頑張って作業をしている時からこうやって話していたのだろうか?
もしそうなら、流石にきちんと注意しなければいけないよね。
「雅也ー! 何してたの? もう片付けも終わって解散しちゃったよ?」
先ずはちゃんと理由を聞かなきゃと思って声を掛ければ、溜息を付かれ忌々しそうにこちらを見る雅也。
初めて向けられる眼差しに、思わず1歩下がってしまう。
「なんだよ、見て分からないのか? 彼女と話す邪魔をしないでくれ」
……えーっと。突然何を言い出すのかと驚いてしまって次の言葉が出てこないのだけど。
どうしちゃったんだろう? そりゃぁその女の子と話しているのなんて見てたら分かるけど、いつもはこんなに察しが悪くないのに。
私が聞きたいのは、皆が頑張って作業している時に何をしてたかなんだけどな。
別にちゃんと作業をして、他の先生から終わっていいと指示があって彼女と話していれば何にも問題ない事だし、答えになっていないのだけど。
これは、作業を放って彼女と話していたなと見当を付け、口を開こうとしたら先に雅也の影でブツブツ呟いていた女の子が前に出て言葉を紡ぐ。
「南 愛実先輩。真宮寺先輩を自由にしてあげて下さい!」
「へ? ……えーっと、言ってる意味がよく分からないのだけど」
本当に突然何を言い出すのだろう?
身に覚えのない事に戸惑う事しか出来ず、寧ろ執着しているのは雅也の方なんだけどなって内心で返す。
「そうやって誤魔化すんですね。
ほら、私の言った通りでしょ!」
言葉は通じるはずなのに、会話が意味不明過ぎて取り残される私。
でも、雅也は理解しているようで彼女の言葉に頷いて私に言葉を放つ。
「今までよくも俺の純情を弄んでくれたな。
絶対に許さないからな!」
「待って! 何の事だか分かんないよ!」
物凄い剣幕に腰が引けつつも、このままだと色々マズい気がして叫ぶ。
本当に訳が分からないのに、白々しいと吐き捨てながら益々表情を険しくする雅也が何をしでかすか怖くて。皆が雅也から距離を置きたがる理由が身に染みて分かる。
誰か……誰か助けて!!
「おーい! なんか分からんが喧嘩はダメだぞー。
さぁ、早く帰りなさい」
願いが天に通じたのか、流石にそんな事は分からなかったけれど、雅也を探していた先生が近くに来ていたようで、騒ぎを聞いて駆けつけてくれたようだ。
その好機に、はい! さようなら! とだけ声に出し、逃げるようにその場から走り出す。
雅也も女の子も追ってくる事はなかったのだけど、怖くて……本当に怖くて家まで1度も立ち止まる事なんてしなかった。
肩で息をする私に驚くお母さん。
安心しちゃってその場にへたりこんじゃう私。
何とか事情を説明すると、しばらく学校を休んでも良いのよって言ってくれる。
でも――。
「大丈夫、雅也も1日経てば落ち着くだろうし。
女の子だって誤解しているみたいだから、話せばきっと分かってくれるよ」
折角通わせて貰っているのに学校を休むなんて選択は出来なくて。
それに、休んじゃうとお父さんがって思えば、素直に休むなんて出来る訳もない。
何とか浮かべた笑顔で口にすると、どこか泣きそうな顔になりながらいつでも帰ってきて良いのよって言ってくれるお母さん。
うん、本当にダメだったら帰ってくるからと口にし、ちゃんと雅也と女の子と話さなきゃと強く思う。
明日は彼に会いに行って何を話そうと考えていた事なんて、この時の私は当然頭に浮かぶ訳もなく。
その日は幸せな気分から一点憂鬱な気分で終わりを迎えたの。
翌日、学校へ登校すれば鋭い視線を私に向ける雅也。
それを受けて何も言えなくなってしまって。しかも休み時間の度にどこかに行くものだから1日話す事は出来なかった。
放課後生徒会の集まりがあったのにそれにも欠席。
偶にサボり癖を発揮する事があるので、今回もそうだろうと半ば呆れた様子で矢部君が口にする。
彼も会長に立候補していたし、特に苛立っているのかもしれない。
ただ、彼が苛立ちを表に出すのは本当に珍しくて、今まで雅也がサボってもクールに対応していたのにと思うべきだったのかも。
でも、その時の私はきっとサボり癖とかじゃなく、今後も雅也が集まりに来ないような確信があって、じゃぁどうするかと考えるのでいっぱいいっぱいだった。
同時に、何故かあの女の子が自分でも意外なほど憎らしく思えてしまって、そんな事初めてで戸惑ってしまう。
ああ、物凄く悪い予感がするのだけど、お願いだから外れて。
そんな願いは翌日にもすぐに裏切られてしまう。