傍観その22
一連の騒ぎが終わり間宮が停学に入って、正直クラスにやっと平穏が訪れたと言っていい状態になった。
が、俺には1つ確かめなければならない問題がある。
先日間宮が生徒全員に頭を下げて回った時付いて行った訳だが、隠しキャラもきっちりいて、どうも間宮と面識があったようだ。
それは良い、攻略キャラは全て当たったろうし、面識はあって然るべきだろう。
ただ、名前を言い頭を下げる間宮に、楽しませて貰ったわだなんて……まるでずっと見ていたかのような発言。
不思議に思うもその時は何故か怯え愛実先輩に助けを求めるかの如く陰に隠れようとし、愛実先輩は俺のだなんて思ってしまっていたから流してしまっていたけれど。
おかしい、どう考えてもそんなセリフが出てくる場面じゃねーよな。
他にも引っかかる物があるし、何より俺の推測が正しいなら愛実先輩にちょっかいを出す可能性がないとも言い切れなくなる。
ならば、素直に答えてくれるかは別として少なくとも話には行かなければならないだろう。
会長達の事も気にならない訳ではないが、多分放っておいても林が情報集めてくれるだろうし、そもそも会いに行ったところで何を話すって感じだからな。
まさか、俺もこの世界がゲームと酷似している事知っているのですなんて言う訳にもいくまい。
まぁ、愛実先輩だけには頃合を見て話そうかとは思っているのだが。
「あら、遅かったのね。てっきりその日のうちに来るかと思っていたわ」
お昼会いに行ってみれば、そんな言葉を返す隠しキャラこと桐生 薫。
パッと見の可愛さなら愛実先輩をも凌ぐだろう。
どんな人間か林に一応聞いてきたのだが、周りの評価はそうらしい。
最早愛実先輩が誰よりも綺麗で可愛らしく見えてしまう俺には正確な判断は出来ないだろうし、不承不承ながらも受け止めている。
まぁ、愛実先輩は容姿だけ見れば可愛らしいと言うよりも綺麗な美人さんだからな、どちらも容姿は整っているのだが、ベクトルが違うと言う事なのだろうな。
「……そんな事言われるとは思わなかったが、何故そう思った?」
見事に女子生徒の服を着こなす小柄なそいつにそう口を開く。
と言うか、女子が発狂するだの妬むだの僻むだの、分かるかもしれない。
リアル男の娘とかそんなのだっけか? 鼻息荒く林の話に混ざってきたクラスメイトで男子生徒の言葉を思い出す。
どうやら彼はこいつのファンらしいが……俺には分からない世界だし、分かろうとも思わないのでどうでもいい話か。
俺の言葉に可愛らしく小首を傾げる桐生。
「あら、私は一目で気付いたのにマー坊は気付いてないの?」
訳の分からない言葉……のはずなのに、マー坊と呼ばれ酷いデジャブを感じる。
「……姉さん。今生でも相変わらず。
で、良いですか?」
まさかと思いつつ口に出せば、ニヤリとその可愛らしい容姿に似つかわしくない、しかし、俺の記憶――前世の記憶に強烈に呼びかける笑みを浮かべた。
「よろしい。と言う割には他人行儀ね。
どうしたの?」
「簡単な事です、貴方が前世無理矢理俺が嫌がるのを力で捩じ伏せ、乙女ゲーなんて興味ないって言ってるのに全イベントに設定すらまでを暗記させるまで、何故か強制的にプレイを隣で見させらつつ事細かな解説に独自の解釈までをも繰り返し聞かされた事しか思い出してないからですよ。
過去の自分の名前を含め他はデジャブは感じても思い出さないと言うのに、完全にトラウマになるまで覚えさせられたせいか、その知識とプレイを見させられている状況は今ですら思い出せます。
まぁ、だから貴方が前世の兄さ……姉さんだとは思い出せていますが。
流石に鮮明には思い出せません、と言うか思い出したくないですし思い出さなければならない時なんて物凄い苦痛で最悪でしたよ。
愛実先輩の為ならば我慢出来ますが、それ以外ではなるべく思い出したくないですね」
恨み節のように言えば、物凄く楽しそうに微笑む桐生。
うわー、コイツムカつくわ。
「あははは、ひぃひぃ。なるほどね、納得。
でも役に立ったじゃない。前世の貴方は絶対に役に立たないし嫌だって言ってたからね。
私が世の中何があるか分かんないし、別にそんなの関係なく嫌がるあんた見ているの楽しいしゲームも楽しいしとで一石二鳥だから止めなかった事、感謝しなさい」
非常に素直に頷く事に抵抗がある上、単に奇跡的にこうなっただけと言う思いが強いが……それでも実際に助けになっている以上縦に頷く。
そして、疑問に思った事を口から零す。
「貴方は前世の記憶が間宮のように完全に残っているようですが、何故今まで――」
「傍観してたからよ。私が好きなのは今生でも女の子には変わりないし、あのゲームが好きだったのは主人公と攻略キャラ達が笑えるのと、何よりライバルキャラの1人が好きすぎてだったからね。
そう言う意味では、原作以上に笑わせてくれるし気持ち悪いしで傍観するには最高だったわ。
でも、気付いているかもしれないけど、私の好きだったライバルキャラの子は何故か脱落しちゃったのよねー。私が好きになったあの健気なエピソードの途中で挫折しちゃったからなんか一気に冷めちゃて。
だから、こうやって傍観に徹していたわけ。
ああ、あの気持ち悪い主人公なら追い払うの簡単だったわ。貴方誰? って3回繰り返しただけで表情が抜け落ちて、すぐ泣きそうな顔になって逃げ帰っていったからね。
勿論それっきりあの時まで会ってないわよ」
「ストップ。ただでさえ良い印象抱いていないのに止めて下さい」
話を途中で遮られ、それでも黙って聞いていれば言いたい放題。
なんか彼らしいと思う反面、物凄く疲れてきてキリが良さそうなところでストップを掛ける。
ああ、本当の意味で傍観していたのだろうな、どんな事になろうが知ったこっちゃないと。
同時に傍観しようとしていた俺がいかにろくでなしだったか分かってしまった。停学が解けて復帰したら、もう少し間宮に優しくするべきだろう。
「もぅ、マー坊ったら昔から融通きかないんだから。
別にどうでもいい他人がどうなろうと良いじゃない。私は大事な人達さえ良ければそれで良いんだし。
まぁ、マー坊も勿論大事な人に入るからこうやって相手をしているのだけどね」
「はぁ、それは光栄ですよ」
桐生は桐生なりに考えはあるのだろう、もう過ぎた事にとやかく言っても仕方がないだろうし、何より多分言っても無駄だしお互い不機嫌になるだけのような気がするので黙っておく。
「でも、本当に現実の世界なのよねー。やっぱり皆ゲームと違ったし、何より南 愛実にはビックリ、何あの性格。皆どこかしらゲームの性格が残っているのにまるっきり違うんですもの。
何より、全然会長を異性として見てなかったのが意外。ゲームではそれで狂った面すらあったのに。
しかも、他の全員は何でそんな性格になったかある程度は調べれたのに南 愛実だけは全く出てこないんですもの。よほど幼い頃に何かあったのでしょうね」
しみじみと言う桐生。
当然俺は面白くない思いを抱く……事はなく、何故か幼い日の頃の事を思い出してしまった。
何故? と疑問ばかりが胸に残るものの、全く理由が思い当たらないし、桐生に聞いても仕方ない事なので別の事を口にする。
「まぁ現実だからですね。
それで、貴方は今後どうするつもりです?」
やっと聞きたかった本題に入る。
ああ、無駄に疲れたし早く終わらせて愛実先輩に会いに行きたい。
「勿論、今後も傍観に徹させて貰うわ。
ただ、貴方が困った時は助けるわ。言った通り貴方は大事な私の弟なんですから」
「今生では血縁関係はなく同じ年の上に赤の他人ですが……お気持ちだけありがたく頂戴しておきます。
俺は自分で問題解決するのでそのままずっと関わってこないで下さい」
「あら、釣れない。
でも、本当に困ったらお願いだから頼ってきて頂戴」
ふと真剣な表情で言われ、断っても良かったのだがなんか悪い気がしたので了承する事に。
「分かりました。その時はお願いします」
「よろしい」
満足そうに頷く桐生。
多分……本当に彼は彼なりに色んな思いがあるのだろう。
とりあえず最後に一言言っておくか。
「それでは、俺は愛実先輩を待たせていますので。
ああ、今生では可愛い服が似合う容姿になれて良かったですね、前世と違って」
「でしょー! 男どもがウザくて仕方ないけど、これも私が可愛すぎるから仕方ないわよね。
それに、女の子と仲良く出来るし、うへへへへ」
「……見た目そんなになって、相変わらずお姉言葉なのに女好きは変わりませんね」
「当たり前よ、変わるわけないじゃない。
さ、待たせているんでしょ、またね」
「ええ、失礼します」
笑顔を浮かべる桐生と別れ、足早に愛実先輩の元へ向かう。
懐かしさと会えた喜びと、出来れば会いたくなかった気持ちと色々と複雑な感情を未だに抱えていたのだけど、助けてくれると言うのは本当だろうなと根拠がないはずなのに確信していた。