傍観その20
朝、学校に登校した訳だが……手を繋いでしまった。ガッツリと。
そんな状態で話せる訳もなく、けど手を離せない訳で居心地が良いのになんか逃げ出したいと言う不思議な空間が出来上がった。
まぁ、途中で能天気に林がお2人さんおめでとうと声を掛けてきて、からかいを多分に含んだそれのお陰でだいぶほぐれたけどな。
勿論ありがとう。どうだ、羨ましいだろ? なんてドヤ顔で言ってやったけどさ。
先輩は照れてたようだけど。
その後偶々一緒に登校していた宮城先輩と矢部先輩とも合流し、ようやくかおめでとうと言う祝福の言葉を頂戴した。
いや、俺だってもっと早く付き合いたかったんだけど、物事には順序があるでしょ?
それに、待った分喜びもひとしおだったし、多分結婚までに普通なら乗り越えるべきモノも乗り越えさせて貰ったし、きっとこれがベストだったのだと思う。
俺のようなともすれば粘着質とも言える相手に掴まってしまった先輩だけど、必ずともに幸せになるつもりだし、不幸になんて絶対させないと誓いを立てる。
ああ、それにしても俺絶対締りのない顔をしてるんだろうなぁ。幸せすぎて。
登校を終えると予想通り先生に呼び出される俺と愛実先輩。
昨日のうちにある程度担任には話を聞かれたのだが、どうやら間宮の錯乱が酷すぎるようで、1日おいて全員を集めて話を聞く事にすると校長が決めたようだ。
一気に問題の核である間宮を問い詰めるつもりだとうかがえる。
こりゃぁ本当に即退学も有り得るかもな。
間宮さえいなければ他の攻略キャラ達も大人しくなるだろうし。まぁ教師はクビ切られるか飛ばされるかもしれないが、そこまでは知ったことではない。
錯乱する原因となった愛実先輩と会わせると再び錯乱しかねないとも思わなくもないが、その場合は一気にこちらの意見だけ通らせる事にしよう。
何をどう考えても愛実先輩の方が大事だし、どんな事情があったにしろそれとは天秤に掛ける価値もないからな。まぁ、勿論相手の対応次第だが。
どうやら間宮達は先に集まっていたようで、複数名の先生が更に外を囲んでいる中俺と愛実先輩がそれぞれの担任2人に先導され校長室に入る。
ここまで人数が多いとそれなりに広い校長室だと圧迫感を感じる程狭いが、また暴れだした時に対応するため先生が集められているのだろうし、寧ろ心強いから問題はない。
問題があるとすれば、多分全学年少なくとも1限目は自習だろうから、この事態があっと言う間に知れ渡ると言う事だろう。
むぅ、愛実先輩の負担になる事は全て取り除きたいと思うのだが、流石にままならないものだ。
「ああ、よく来たね。昨日の話をしてくれないか?」
どこか疲れた様子の校長に促される。
最近は胃に穴が開きそうな思いをしているだろうし、俺達が来る前に多分話している間にも疲れたのだろうな。
それに、真宮寺グループが関わっているとなれば寧ろ同情出来る。
会長さえ関わっていなければ指導もしようがあっただろうし、教師にも厳重注意なり辞めさせるなり対応が出来ただろう。だが、会長に口出ししたが故に辞めさせられた先生が数人いるともなれば、誰も何も言えないだろうし、だからこその今だろうから。
無論、真宮寺グループの本当の主からの保証が付いた今、会長に対しても強く出れるだろうし、対応も出来るようになるだろう。
それでも、物凄い大変なのだろうな。アホみたいな話しを聞いた保護者で怒っている人も少なからずいるだろうし。
内心ではそんな風に色々と考えつつも、先輩が口を開く前に俺が1歩前に踏み出し先に語りだす。
無論先輩も喋らなければならないだろうが、俺が助けれるならば助けない訳がないからな。
「はい。そこにいる間宮さんがただ僕と食事をしていた南先輩の頭の上から残飯をぶちまけたんです。
突然の事で困惑しましたし、謂れのない中傷もずっと言ってました。
これはその場に居た他の生徒に聞いて頂いても皆同じ答えが返ってくるはずです」
「モブキャラの癖に黙っててよ!」
「君が黙りなさい!」
ずっと黙って俺と愛実先輩を睨んでいた間宮が、我慢出来ないと言う様に声を上げ、それを校長が叱責する。
モブキャラかぁ。はっ、現実世界でキャラとか本当に大丈夫か?
別にお前に取ってモブで構わないし、どうでもいいが俺は生きている1人の人間なんだぜ。
直接言われれば腹が立つのも当たり前だし、少しは考えろと本気で言いたい。
叱責をされた間宮は、ビックリした表情を浮かべた後助けを求めるように会長達を見渡すが、悔しそうな顔を浮かべこそするものの誰も何も言葉を発さなかった。
流石に自分達が何を言っても無駄だと気付いたようだな。本気で今更だけど。
「何で誰も助けてくれないの? 私貴方達を助けて上げたじゃない!
何よ攻略キャラの癖にわざわざ助けてあげたでしょう? 恩を返そうとか思わないの!」
酷い、流石に酷すぎる。
驚き傷ついた表情を浮かべる会長。多分流石に攻略キャラまでには言ってなかったんだろうな。
しかし、気にしてないようで実は色々感じる所はあったようだ。そう言えば愛実先輩以外のライバルキャラには接していないようだし。
と、俺が色々考える間に会長が間宮に震える声で言葉を紡ぐ。
「翔子は、俺達もゲームか何かのキャラだと言うのか?」
「本当の事じゃない! ゲーム通りの悩みにゲーム通りに対応したらすぐコロッと落ちちゃうし。違うなら違う対応してみせなさいよ!
私は悪くないもん。貴方達こそ全然ゲームと違う事するし、見た目だけじゃない!!
なによ、何で睨むのよ!!」
ブルブルと体を震わせる会長達。ああ、教師だけは天を仰いでいるな。
心中察するところはあるが、自業自得でしかないだろう。矢部先輩はそもそもちゃんと自分の意思を貫いている訳だし。
と言うか、何にしろ間宮にすら迷惑を考えない行動取ってる時点で有り得ないし、まぁ盲目的に助けるのは分からんでもないが、諌めるのも大事だと思うぞ。
嫌われるとか思っても、つまりは本気で本人の事を考えれる訳じゃないってこったなぁ。
俺なら嫌われないように上手くもやるつもりだが、それ以上に本人の為になるなら……愛実先輩の為になるなら何でもやってしまいそうな気がする。
お前らの間違いは、本当の意味の思いやりを持てなかった、そして周りの……愛実先輩の忠告を無視した事が原因だ。
今まで蓄積された怒りと実際本当にどんな人間なのか知らないゆえそんな判断を下し、自分が割りと短慮になっている事に気付くも、別にそれで悪いとも思えないのでとにかく愛実先輩に害が及ばないようにだけ気を配る。
醜態を晒し続ける間宮に、周りは呆れ誰も何も言わない。しない。
無論、暴れだしたりすれば取り押さえられるだろうが、喚くだけなら疲れさせて黙った後にこちらが口を開いた方が楽だからな。
最早喚く最中に声を掛ける程に間宮に心を割く人間は――。
「間宮さん! 人の気持ちを考えた事があるの!!」
俺の後ろで叫び声を上げた愛実先輩以外居なかったようだ。
驚いて振り向けば間宮を睨みつけている愛実先輩。
初めて見るその表情に更に驚いてしまう。
「うるさい!! あんたさえいなければ。あんたさぇぇええええ!!」
大声を上げ会長達を押しのけて部屋から出て行く間宮。
と、愛実先輩が彼女を追い掛ける。
あまりに急な展開に周りは呆然としていたし、間宮が出て行くまでは俺も惚けていたが、追い掛ける愛実先輩の姿を見るやすぐに追い掛ける。
多分他の人間はまだ展開に付いて行けてないだろうし、俺だって付いて行けてる訳もないが、愛実先輩を放っておく事は出来る訳もない。
くそっ、この展開だけは流石に想像出来なかった。
いや、愛実先輩の事をよく知る俺だけはちゃんと対応出来て然るべきだったのに、まだまだ未熟と言わざるを得ない。
間宮の事だからと勝手に思い込んだ所為だが十分反省するべきだろう。勿論今はそれより重要な事があるので先を行く2人を追い掛ける。
全力で追い掛けていると言うのに、ともすれば見失いそうだ。
と言うか、間宮も愛実先輩も滅茶苦茶足が早い!
幸いな事に篭ろうとでもしたのか、空き教室に間宮が飛び込んだお陰で俺も追いつく事が出来たのだが、ふと振り返れば他は振り切られたようで誰も付いて来ては居なかった。
俺まで振り切られたらと思ったら一瞬背筋が凍る思いをしたものの、何とか追いつけたんだ。しっかり先輩を、恋人を守らないとな。