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傍観その19

 一瞬頭の中が真っ白になるものの、はっと気が付いた時には南先輩を自分の胸に抱き締めていた。

 いや、そりゃそうだ、そんな事をやった奴をぶちのめしたい程の怒りが浮かんでくるが、それ以上に先輩を守れなかった自分に怒りを抱いているし、先ずは先輩を守るのが俺の最優先には違いないから、寧ろ無意識の行動に納得すらする。


 食べ物……正確には複数の食べかけの混合物だろうか。あまりに悪意がありすぎるそれに更に怒りが湧き上がり、そんなものを先輩にぶちかけた奴を睨みつける。


「ああああ、貴方が悪いのよ!! な、何で全部貴方ばかりたかがライバルキャラの癖に!!

 私がヒロインなのよ!! 何で何も上手く行かないのよ!! 最初は上手く行ってたじゃない!! 嘘よ!! あ、貴方の所為でしょ!! 私知っているんだから、貴方が散々私に恨み抱いている事!!

 は、離してよ!! あんた達も私じゃなくてその子が大事なの!? ねぇ、そうでしょ!!」


 髪を振り乱し、とても見ていられない姿で暴れ喚き散らす、まるで癇癪を起こした子供のような姿の間宮。

 が、それを見てもただただ先輩にした行為が許せなくて、怒りが収まること等ない。


「落ち着け翔子、この間俺の父が次は無いと言っていただろう、問題起こしたらどうなるか分からないんだっ」


 だの部分で必死に説得しようとしていた会長の顔に間宮の裏拳がヒット。その整った顔から鼻血がたらりと溢れ、何とも言えない状況に。

 と言うか、他の攻略キャラにも言える事だが、何でここまで間宮を庇うんだか。

 口々に落ち着けやもう問題は起こせないんだからと間宮を止めようとしている攻略キャラと、それを未だに振り払おうと喚き暴れ、先輩への中傷をひたすらに口にする間宮。

 その姿があまりに滑稽で、怒りは収まらないものの冷静にはなれる。


「先輩、大丈夫ですか?」


「う、うん、私は、だ、大丈夫……だよ?」


 綺麗な髪も含め全身が残飯に包まれた先輩、なんか顔を赤くしているけど、先輩も怒っているのだろう。当たり前だ。

 間宮がやった事を許すつもりなんて一切ないのだけど、それ以上に先輩をこのままになんて出来る訳もない。

 ふと視線を向ければ、無理矢理暴れる間宮を連れて食堂から出て行こうとしている面々を見つめ、あれに関わるより先輩への対処をするべきだと意識から切り捨てる。


「先輩、着替えあります?」


「う、うん……体操服が教室に……あの、た、体育今日あるから」


 動揺している様子の先輩に無理もないと胸を痛める。

 くそ、俺はなんて役立たずなんだ。ならば、せめてこの後は最大限出来る事をしなければ。

 そう決意して、先輩を横抱き、所謂お姫様抱っこをする。

 これならば、万が一間宮が会長達を振り払って来ても対応できるだろう。

 男女の力の差があるとは言え、なりふり構わない相手と相手を怪我させないようにと気遣う者とではどうなるか早計に決めるなんて出来ない。


「たたたた、田中君?」


「先輩、もう絶対に僕が隣にいてこんな事なんてさせないですから。

 さぁ、急ぎますよ」


 物凄い慌てた様子の先輩に、大丈夫ですと言う意味を込め微笑み。

 言葉通り足早に先輩の教室へと向かう。

 羽のように軽いと言う寝言は流石に言えないが、それでもいつまでもその腕にだける程には軽い先輩。

 そうじゃなくても落とすなんて有り得ないが、教室まで問題なく辿り着けるだろう。


 後で思い返せば、俺も凄まじく気が動転していたんだなぁと思うのだが、この時は自分が最良の行動を取れていると全く何も疑問に思う事はなかった。





「あのね……その、物凄い嬉しかったんだよ! ……でも、……ちょっと恥ずかしいから……が、学校では今後止めてくれると嬉しいかな」


「本当に申し訳ございませんでした」


 先輩を送り届け、びっくりする先輩のクラスメイトに事情を話し、流石に着替えを手伝ったりなんて出来る訳もないので、女性のクラスメイトにそれを託し……散々からかわれまくった俺。

 矢部先輩や宮城先輩も勿論混じってて……と言うか、そんなに残り時間無いって言うのに近くに居た3年生皆集まっていたんじゃないかな。

 うおおおお、本当に恥ずかしいし、何故その時こうなると気付かなかったと言いたい。

 だからこそ、自分の教室に戻る前に着替えた先輩が姿を見せ、そう言われて素直に頭を下げる。


 そう言えば、大切な人なんですから、当たり前です。とか、自然とやってしまったんだからしょうがないでしょう。とか答えたのだが……なんか妙に盛り上がってたな。

 その後はそれまで以上に質問が色々飛んできて……と言うか、皆あまりに口々に物を言うものだから、曖昧に笑顔を浮かべて流すしか出来なかった。

 ……あれが南先輩にも行くとなると心配で仕方ない。

 まぁ、宮城先輩と矢部先輩がお前が後輩だからここまで容赦なかったって言うのもあるし、南自身が皆に好かれているからそこまで心配しなくていいぞ。それに、いざとなれば俺らが助けるからと言ってくれて少し安堵する。

 いや、でも、後輩だからって全く容赦しないのは勘弁して下さいとは言っておいたけど、答えは諦めろって言う宮城先輩の言葉と矢部先輩の苦笑いだった。


 うん、流石に1年の教室まで来るって事はないだろうけど……3年の教室へ向かう度にからかわれるのだろうな。

 矢部先輩には会いに来なきゃならないし。それ以上に南先輩に会えるならその程度で行かないなんて選択肢はないのだけど、でも、それと精神的に応えるかは別問題だ。

 むー、まぁ概ね皆好意的な反応だったし、外堀も上手く埋められたと考えれば良いかな?




 結局間宮は放課後になっても戻ってくる事はなく、平和なクラスに全員がもうこのままが良いよねと口々に話し合っていた。

 さて、どのような処分が下るか色々楽しみなところではあるし、正直このまま退学してくれるのが1番良い。

 怒りの感情はあるとは言え、もうこちらに関わらないでくれた方が、何より南先輩の安全が確保出来るから言う事なし。

 まぁ、逆恨みも酷そうだから、行き帰り等十分注意せねばならないだろうけど、それは退学しなくても一緒だし、寧ろ学園生活が平和になるならそれに越した事はない。

 うん、今まで帰りを送るだけだったけど、行きも一緒に行動するべきだろうな。

 何よりそうしないと俺が心配でどうにかなってしまう。


 さて、そうなれば今日の放課後、きちんと口にするべきだろうな。





「先輩、いつも可愛いですが、体操服姿も似合ってますね」


 帰り道、自然とそんな言葉が出てきて、照れたようにありがとうと返してくれる先輩。

 うん、実に幸せな時間……なのだが、周囲にもある程度は気を配らないとな。

 流石に今日はないだろうが、安心した時こそ油断が出来るものだし、そんなもので先輩を傷つけさせる訳にはいかない。

 楽しく雑談しながら先輩の家の前まで来て、そこでそう言えば何かあるみたいに言ってたよなと思い出す。

 色々あってつい失念していたが、なんだろうな?


 そう思っていると、どこかもじもじと躊躇するような先輩が上目遣いで俺を見つめてくる。


「ねぇ……あのね。お父さんなんだけど」


 そう言えば、俺の親父の紹介だからと雇ってもらえたのだっけ。ただ、無条件に先ずは雇う代わりに仕事ぶりを見て最終判断を下すとも言われたようだ。

 まぁ、他の議員さんは結構問題児を押し付けたりする事がままあるそうだし、浩一さんに言われて納得もしたからな。

 浩一さんなら大丈夫と思っていたけど、どうかしたのかな?


「昨日ね、社長さんに定年までよろしくなって言ってもらったみたいで……それでね、本当にありがとうって。

 で、私からもお礼言いたくて……本当にありがとう」


 深々と頭を下げる先輩。


「いえ、お礼は親父に言うべきでしょう。浩一さんにもそう伝えて下さい。

 僕は間に立っただけで、実際何もしていないし出来てないのだから。

 でも、本当に良かった。おめでとうございます」


 嬉しくて、自然と笑顔が浮かぶ。

 うんそれに、先輩の家庭が落ち着いたというのなら言える。

 ただ、俺が決意して口を開く前に尚も先輩が言葉を紡いだ。


「ううん、田中君がいてくれたから、……出来てないなんて言わないで」


「はい、ありがとうございます」


「うん、お父さんも今度お礼が言いたいって言ってから、都合が良い時に会ってくれると嬉しいな」


「勿論です」


 微笑み合う俺と南先輩。

 うん、さて……いざ言うとなるとこんなにも緊張するんだな。

 汗は凄いし喉は乾くし鼓動は高鳴るし、でも、それで言わないなんていられないほどもう強い想いはあるんだ。

 さぁ、想いを告げよう。

 ずっと先輩を見つめていたら、多分薄々察していたのだろう先輩も真剣な表情を浮かべてくれる。


「南 愛実さん、良かったら僕と付き合って、そしてずっと一緒にいて下さい」


 頭を下げ手を差し出し、真摯に想いを告げる。

 ほんの少しだけ間が空き、あまりの緊張に顔を上げたくなるのを必死に我慢する。


「はい」


 ただそれだけを口にして手を握り返してくれる先輩。

 あまりに嬉しくて顔を上げれば、うっすらと涙を零していた。

 ただ、その顔は笑顔で喜んでくれていると確かに感じれて……不覚にも俺も目尻が熱くなる。


 ああ、言葉はいらないとはこう言う事なのだろう。

 そのまま抱きしめ合い、見つめ合ってそのまま唇を――。





「おーい! 幸子。そんなところで何やっているだ?」


「浩一さん! 今良い所……ああ、ご、ごゆっくりー」


 オホホホなんてわざとらしく笑いながら玄関の戸を締める幸子さん。

 うん、いつから見られていたか、呆然とした後プリプリと怒り出す先輩。

 まぁ、しょうがない。娘を心配して玄関前で待っていたとかだろう、寧ろ玄関先でおっぱじめた俺の責任だ。

 ……今度は邪魔の入らないように気を配らないとな。


 きっちり自分の気持ちに整理を付け、改めて口を開く。


「愛実先輩、是非今度から名前の方で呼んで下さいね」


「……雄星君……」


 物凄い照れた様子の先輩に、改めて胸をキュンキュンとトキメかさせつつも、今日はここで満足するべきだとこれ以上は諦める。


「さて、キスはそんな雰囲気じゃなくなっちゃいましたし、次は覚悟して下さいね」


「き、キス! ……」


 固まる先輩。うん、さっきは雰囲気的にいけそうだったけど……そりゃぁ恥ずかしいよね。

 俺だって仕切り直し出来ない程度には完全に舞い上がってるし、恥ずかしいし。

 あ、幸子さんまた覗き始めてるし、好きなんだろうな、こう言うの。


「それでは愛実先輩、また明日朝会いましょう」


「あ、うん、また明日……朝?」


「ええ、付き合ったのなら登下校を共にする特権くらい下さい」


 ニコニコと微笑みながら言えば、真っ赤な顔で頷いてくれる先輩。

 さて。それじゃぁ本気で名残惜しいけど、俺も家に帰ろう。


「それじゃぁ、先輩また明日。お2人にもよろしくです」


「うん、雄星君。また明日」


 笑顔で手を振り別れる。

 うおおおおおおおおおお、嬉しすぎる!!

 表面上こそあれでも平静を保っていたけど、絶叫したい!!

 心が通じ合うのってこんなにも嬉しいものなんだな。


 少しばかり残ってた間宮への憤りなんてすっかり吹き飛んで、最高の思いで帰路に付く俺。

 幸せすぎて……今日寝れるか本当に心配だな。

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