傍観その17
次の日、同じクラスな訳だから間宮と必然的に顔を合わせるものの、向こうは俺や林を見ても何も反応する事はなかった。
「ありえねぇ、普通少しは反応あったりするもんだろ?
最後に駆けつけ別に何も言ってすらない俺はともかく、田中は直接喋ったってのに」
「いや、俺は予測通りかな。この間クラス委員長がプリントの提出を忘れているからって間宮に話しかけたのに、貴方誰? だぜ。
今までだって何度も声掛けて貰ったり、LHRで司会とかしているにも関わらずだ。
俺らの事も先ずクラスメイトと気付いてないんじゃねーかな」
クラスメイトの名前なんてフルネームはともかく、あまり接点がない相手でも点呼等あるから苗字くらいは意識しなくとも覚える筈だ。
無論、中々覚えられないタイプの人間はいるだろうが、それでも顔を見ればクラスメイトと分かるだろうし、何より不躾に貴方誰? なんて聞かないだろう。
それを嫌でも接点のあるクラス委員長ですらそれだ、ゲームで関係性のある人間以外心底どうでもいいと思っていると言う事の証拠だと思う。
いや、もしかすると空気が読めなくて他人がどうでもいい人間なら同じかもしれないが、こっちの受け取る印象は結局同じな訳で、どちらにしろ良い印象を抱く人間の方が遥かに少ないだろう。
例に漏れず俺と林は呆れ返り、今後なるべく関わり合いにならないようにしようと言う事で結論付けた。
まぁ、俺は元から関わり合いにならないようにしてたから、変わりないんだが……南先輩関係だけは前と違ってシャシャり出させて貰うぜ。
主に南先輩に間宮達と関わるのを止める方向で。
南先輩を皆でもうあいつらに関わらない方がいいと説得したのに、それでも最初は難色を示していたからなぁ。
理由を聞けば、私まで放ってしまったら誰も何も言わなくなっちゃうじゃないだもんな。
そのお人よしな部分も素敵だけど、流石に行き過ぎは何でも良くないって事が証明されたようだ。
あんな目に合わされたと言うのに優しいにも程がある。
まぁ最終的には頷いてくれたし、あいつらに自分で自分のケツを拭かせる為に何も俺達が矢面に立つ必要はないんだからな。
そして、俺は知っている。間宮がゲームのイベント通り行動しようとしたら、確実に他の全ての皆に迷惑が掛かる事をすると言う事を。
それに、唯一の懸念でもあるバ会長だが、彼も今までのツケを自分で払って貰う事としよう。
外から何かしようとしても逆に被害を被るなら、中からつつけばいいだけの話だから。
バ会長自身がちゃんと自分で地位も力も持っているのなら話は変わるが、そうじゃない以上借りている先が怒れば終わりと知ってもらおう。
今のうちに逆ハーか何かどうでもいいが堪能しておくがいい。
もう俺はどんな手段も使うつもりだし、その布石は昨日のうちに打っておいたからな。
夜、親父の部屋で親父と親父の秘書の片山さんと3人で対面している。
この間のようなまだどこか砕けた雰囲気はなく、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
「で、私に用があるらしいが、先ず勘違いするな。お前は息子だからこの場を設けてやったんだ。
門前払いされるような内容ならすぐ話を切るからな」
前回と違い、全く温かみのない表情と口調に少しだけ怯む。
ったく、超強敵モードとか出来れば対峙したくねーっつーの。
それでも、今回は寧ろ前回より遥かに楽だから良いのだけど。
「ええ、分かっています。
今回僕が話したかった事は、真宮寺グループに恩を売れる事と、息子の学校の醜態を貴方に取ってプラスに働きかけるチャンスがあると言う事です」
ピクリと眉を動かす親父。
その前に片山さんが口を開く。
「ああ、坊ちゃんの学校には真宮寺家の御曹司がいるのでしたっけ。
それでも別に後継者ではない3男坊でしたか。
彼には真宮寺家も良い顔をしていないようですね。今はマスコミどころかツイッター等も馬鹿に出来ない影響力を持っていると言うのに、悪影響を及ぼしかねない行動ばかりが目立つと。
昔なら揉み消す事が簡単でも、ネット上で炎上してしまえばそれも難しいでしょう。
学校での行動も本宅では問題視されているそうですよ」
流石片山さん、昨日軽く電話で喋っただけだと言うのに、素晴らしいフォローに頭の下がる思いだ。
間違いなく切り捨てようとしていた親父が口をつぐんだ辺り流石としか言い様がない。
無論、長年の相棒たる彼らだ、言葉の外でのやり取りも合った事だろう。だが、片山さんが俺のフォローをしてくれた以上親父に取ってメリットのある話だと判断してくれてもいるわけで、親父がそれを自分の感情だけで切り捨てる事はない……いや、母さん関連以外ではないと言い切れる。
母さんが絡むと途端に耄碌するらしいけど。
「無論どちらの件も覚えている。
良かったな。真宮寺家は大事なスポンサーだから無碍に出来ないのだが、今回ばかりはお前の短慮でも十分だったようだ。
だが、学校の醜悪が私のプラスになるのは何故だ?
その流れから行くと寧ろ私のマイナスになりそうなのだが」
「それでも真宮寺家の問題だけで有り余るメリットが予想出来ますね。
貴方が息子に期待するのは良いのですが、私は坊ちゃんが私に相談してくれた時点で貴方の期待に十分応えていると判断しますよ。
人間1人で全てが出来る訳がない、ならば必要な力を借りるのも重要な事だと貴方自身がおっしゃっていますしね。
今回の件に限れば、坊ちゃんが私に電話して下さった時点で十分だと私は判断しました」
親父の言葉に間髪を入れない片山さん。まさに片山さん無双。
だが、それ以上に突っ込みたい! 今はまだ絶対突っ込めないけど早く突っ込みたい!
って、俺見て笑いやがった。
この人間違いなく俺と親父とで遊んでやがるな。心強い存在だけど、本当に敵に回したくない。
そんな彼が仕事中の親父には頭が上がりませんよと言うんだ、超強敵モードとか思っているが、それでも彼から見れば今の親父は激甘モードなんだろうな。
「ふぅ、ちゃんと分かっている。
ったく、俺が折角息子の心をへし折ってやろうとしてんのに邪魔すんなよなー」
「おいこら! 聞き捨てならねーぞ親父!」
「はははは、セイちゃんもユウ坊もまだまだ甘いな。
ほら、真面目な話なんだから続けた続けた」
無茶苦茶な親父の言葉に思わず声が出てしまって、片山さんが楽しそうに笑いながらそう口にする。
うー、くっそー。つい口から溢れちまったぜ。
だがしかし、それを貴方から言われたくないと片山さんを半目で見つめてしまう。
何が坊ちゃんだよ、初めて聞いたよそんなの。
「ゴホン。それでは改めまして僕が言いたい学校の醜態とは、1人の女性が複数の男子生徒に果ては教師と交際をしている。
正確には交際していると見て取れる行為を行っていると言う事で、学校側がそれを黙認している事態だと言う事ですね。
教師が混ざっているとなれば、実際に目を付けられた時にどうなるか……。
ともすれば重箱の隅をつつかれるような真似をされる貴方にとって、そんな醜態を隠す学園に息子を通わせていたと言うだけで弱みと取られかねない。
しかし、例えば息子がそんな事態に胸を痛めて父親越しに働き掛け貴方もそれに応えたとなれば、少なくとも弱みにはならないのではないかと思います。
ああ、ちなみにその複数の男性の中に先程の御曹司も混ざっていますね。
だからこそ、教師すら混じっているのに学校側も黙認せざるを得ないのでしょうが。
恩を売りつつ弱みを潰す。中々の案だと自負していますが、いかがでしょうか?」
聞き終えると片山さんに視線を向ける親父。
その視線を受けニヤッと笑みを浮かべる片山さんに、親父は少し難しい表情をした後、どこか不本意そうに口を開く。
「確かにその情報はこちらとしても有益な物ですな。
まぁ、プラスにする案を具体的に提示せずこちらに丸投げするのは頂けない……おい、笑うな片山。
ったく。まぁ、要はギリギリ及第点だ。よくやった」
親父の言葉にふつふつと喜びが湧き上がってくる。
やばい、顔がニヤける。と、そんな俺を見て苦笑いを浮かべる親父と面白そうに笑う片山さん。
「ははは、ほんとユウ坊も成長したなぁ。
まぁ昨日電話で真宮寺家の会長がセイちゃんに田中君の息子と孫が同じ学校のようだが、この孫がまぁ不出来でって結構愚痴ってたの話しといたが。それでいくら上手く行くのが確約されたとは言え緊張しない訳が無いのによくやるよ。
俺の息子に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」
電話で話してくれたそれは、話したとは親父には黙っていると言われていたので、思わず親父を見ればニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「片山は俺の秘書だぞ。俺が知らない訳がないだろう。
なんでも鵜呑みにしすぎるなと言う事だ。
だが、折角俺が息子にもっと世の中中々上手くいかない事と、確信していても覆される事がままあると教えるつもりだったのに。余計な真似を」
「おいおい、それを許すと十中八九暴走してユウ坊の提案蹴っ飛ばしてたろうが。
真宮寺家の後援の強化って言うとんでもない武器より、息子の成長を促すのを優先してさ。
ったく、お前は本当に身内や懐に入れた者にはクソあまいんだから。まぁだからこそ人間味があって俺は良いと思うんだがな」
肩をすくめていう片山さんに、面白くなさそうな表情になる親父。
ってか、今回に限れば蹴っ飛ばされるとか冗談じゃない。
本当に片山さんがいてくれて良かった。
「ふん、今回に限ればそこまではせんかったさ。
こいつの想いを知っているからな。どうせ例の件の子関連だから言い出したんだろう?」
「ふーん、なんかよく分からんが、だから学校の醜態云々言ってた訳か。
ああ、なるほど、青春してるなユウ坊!」
やはり親父には最初から行動の根本の理由を看破されていたか。まぁ俺の南先輩への思いを知ってる以上同然だろうけど……、ところでいい笑顔でサムズアップしてますね片山さん。
まぁ事実だから無言を貫けば良いだろう。うん。わざわざ答える必要は感じない。
「まぁ、後はよろしくお願いしますね。田中 誠一郎県議会議員」
礼儀作法通りに頭を下げれば、真面目な顔つきになる親父。
「有益な情報誠にありがとうございました。
……横に並んでともに仕事するのを楽しみにしているんだからな、今後も励めよ」
「はい、ありがとうございます」
親父の言葉に今後もしっかりと勉強していかねばと思う反面、今まで威を借りていた虎から噛み付かれて、果たしでどうしますか会長? などと思うのだった。