傍観その15
俺は結局矢部先輩からの推挙だからと言う事もあり、生徒会書記に立候補する事となった。
ちなみに南先輩は現生徒会会計の2年生の1人を会長に推挙している。
彼は特にアクもなく悪く言えば影も薄いタイプの人なのだけど、人柄も良くちゃんと仕事を最後までやりきるタイプの人だし何気に要領も悪くない、仮に間宮が立候補してこなかったとしても心から応援できる人だ。
それに何より、ちゃんと彼女がいる。これが素晴らしい。
もし書記のもう1人だったりしたら発狂したかもしれない。いや、彼は別に南先輩に気がある風ではないし、俺が遊びに来てても邪険にする事も1度もなかったのだけど。彼女がいないのならその座にあの愛らしい南先輩を置く事を男なら1度や2度や100度くらいは妄想しているに違いない。
俺以外の男が南先輩の隣を独占するだなんて、もう耐えられな……待て、推挙されている先輩だって彼女がいるとは言え万が一南先輩に――。
頭部に強烈な衝撃を受け、同時に鋭い痛みが体を走り抜け頭を押さえる。
鈍い音が響いたから皆の視線を集めているかもしれない。
誰がその行為をしたか、受けたが故に分かっている俺は恐る恐るその人の方へと視線を戻す。
「締めるべきところは締めような」
「はい、申し訳ございませんでした」
深々とニコニコと微笑んでいる矢部先輩に頭を下げる。
いや、マジで怖いから!
完全に俺が悪いから文句など一切ないし、暴走しかけていた思考もリセットして貰えたから寧ろ感謝しているくらいだけど。
……辞書の角で叩くのは流石に酷くありませんか?
涙目になっているものの、姿勢を正して改めて先輩との話しに戻るのだった。
「お前生徒会へと立候補するらしいな? 流石南先輩のストーカー、捕まんなよー」
からかう林に同じくふざけるようにストーカー言うな! と口にする。
それにしても、本当に林の情報網半端ねーな。ほんとどこから情報を仕入れているのだろう?
まぁいいか、正直俺は色々助かっているし。
「そう言えば知ってるか? 間宮さんも立候補したらしいぜ」
「ほお」
「しかも、会長に立候補だってんだからな。まぁ会長が推挙者だからだろうけど……だからこそどうするかなって感じもするよな」
どこか呆れたような林の言い方に、多分生徒の大多数はそう思っているのではないだろうか。
「とは言え、何だかんだ会長んとこってさ、結構な額毎年学校に寄付しているんだろ?
となれば、教師陣からすれば無碍には出来ねーんじゃね?」
「割りと先生方も呆れ返っているようだけど……まぁ言うとおりだろうな。
もしかすると、会長のみ前会長の推挙で決めますとかなりそうだな。
なっても別に俺は困んないけど、立候補している先輩としちゃぁやるせないだろうな」
俺もそれは困るわと内心だけで答えておく
真宮寺グループ。全国区にも名前を轟かす大企業グループの1つであり生徒会長こと真宮寺 雅也はそこの御曹司でもある。
ぶっちゃけ彼が会長の職務を放棄している今もまだその椅子に座れているのは、間違いなく実家の力だろう。
個人的に情けない事この上ないとは思わないのだろうかと思うのだが、彼としては今まで通りの待遇だからこそ気付いてないのかもしれないとも思う。
よく普通の家庭の南先輩と幼馴染だったりするよなとか思うけど、ゲームの設定を作ったやつの趣味とかそんなのだろう。
実家の権力を構わず振り上げると言うのは、それに対抗しようとすれば本当に面倒くさい事この上ない。
下手に手を出せば一方的に被害を被るのはこちらになるからな。そう言えば乙女ゲー主人公が会長に気に入られるのはズケズケと注意したからだっけ。
気に食わない人間には容赦しないとかそう言う設定もあったような、例外は幼馴染故に南先輩のみとかだった気もする……なんだろう、流石ゲームとしか言い様のないご都合主義を感じる。
それが現実の世界でまで通用したと考えれば……ふと困惑しているようで楽しそうな間宮の姿を視界に入れ、もしかするとあいつも可哀想な奴なのかもしれないと思うのだった。
全然可哀想な奴なんかじゃねー!
怒りのあまり目の前が真っ赤になるような思いをしながら全力疾走する。
馬鹿どもがとうとうやっちゃぁいけない事をやりやがった。
他のどんな事も他人だからと流せるが、それ関係は絶対に俺は許す事が出来ない。
「おい、1人で突っ走るなって」
後ろから教えに来てくれた林の声が聞こえたが、返事をする事も、ましてや振り返る事なんかする訳もない。
1刻を争うのは俺自身が1番よく分かっているんだ、と言うか、間抜けすぎるにも程がある。
自分で自分をぶち殺したい。
「闇雲に走っても仕方ないぞ!」
矢部先輩の叫び声も聞こえる。
違うんですよ、間宮が関係しているなら絶対あの場所に居る筈なんですよ。
今や脳裏に鮮明に思い出されるあるゲームでのイベント。
乙女ゲー主人公が会長に立候補したら、会長の幼馴染であるライバルキャラがここでこそ初登場し、幼馴染にどんな卑怯な事をしたのか問い詰め、一方的に責められる中会長が登場し助けると言うものなのだが。
どう考えても今の南先輩がそんな真似をするとは考えられなくて、このイベントの次の心配をしていたのだが。
どうやら間宮は何が何でもこのイベントもこなしたいようだ。
だが、今の先輩ととなればどんな状況かも想像が付かない上に、どんな結末になるかも分からない。
完全にゲームの世界のままと思い込んでいるだろう間宮だからこそ、どんな暴走をしてもおかしくないとも思う。
胸に喪失感が走る。
何とポンコツな体だろう、もっと早くという願いなど嘲笑うかのように息は上がり足はもつれそうになる。
林が南先輩が間宮さん達に呼び出されたぞ、と聞いた次の瞬間矢部先輩と打ち合わせをしていた生徒会室を飛び出したのだが、確かもうお昼休みは半分近くすぎていた筈だ。
急げ、急げよ俺!
一心不乱に目的の場所――体育館裏へと向かった。
「いい加減にしろよ! お前らが言ってる事とやってる事は完全に食い違ってるじゃねーか!」
体育館裏間近に来て初めて聞く怒鳴り声。それが耳に飛び込むと同時に一気に冷静になるとともに、抑えきれない感謝の念が湧き上がってくる。
が、それを本人に伝えるのはまだ先だ。
彼が言い終わる前にその姿が見える場所までくる。
「何が食い違っているんだ? 俺達の正当な意見にお前が邪魔しているんじゃないか!」
バ会長。お前とりあえず黙れ。
「おかしな事を、まさか君が風紀を乱すとは思いもしませんでした」
風紀委員長。お前の風紀って何だ?
「はん、雑魚が一丁前にほざきやがって」
ヤンキー。力が世の中全てじゃないぞ。
「やれやれ、生徒の間違いを正すのも教師の努めですね」
おい、お前はマジで教師の努め果たせ。
「翔子ちゃんに指一本触れさせない!」
あー、流石に詳しい状況は分からんからあれだが、お前らがそんな場所に間宮を連れてきたんじゃないのか?
「ふん、ライバルキャラの癖に何考えてるのかしら。
私怖い!」
俺はお前が怖いよ。
ついつい心の中で突っ込みをそれぞれ入れてしまったが、よくそんな事出来たなと思うくらい改めて怒りが蘇ってくる。
が、それに振り回されるのはバカのやる事だ。こいつらと同じ土俵になんか絶対上がりたくない。
1つ深呼吸して落ち着かせて口を開く。
「こんな人気のないところで大声を出してどうしたんですか?」
声を出せば一斉にこちらに視線を向ける。
その中の1人、最も気になる人を探せば真っ青な顔色ながらも僅かに安堵が浮かんでいる。
ああ、どうしよう。更に増したこの怒り我慢できないかもしれない。
心のどこかでそう思ったのに、気付けばそれ以上の感情に突き動かされ南先輩の元へ駆け寄っていた。
間宮達が何か言っているが、耳に入る訳も入れる理由もない。
駆けつければ必死に抱きついて来てくれたので、強く抱きしめる。
ああ、良かった、本当に良かった。
と、険しい表情で間宮達を睨む宮城先輩へと口を開く。
「本当に……ありがとうございます」
俺の言葉にこちらに視線を向け、にやっと笑みを浮かべる宮城先輩。
「なーに、可愛い後輩の頼みと大事な友人の為なんだ。お安い御用さ」
さらっとそんな事を言って再び俺達の盾になるように立ってくれる宮城先輩。
ああ、本当に頼れる格好いい人だ。
そんな場合でもないのに、思わず俺もこの人のように背中の大きな人間になりたいと感じるのだった。