傍観その13
「珍しいな。お前が私に会いに来るなんて」
久しぶりに会う父親。
別に仲が悪いと言う訳ではないのだが、高校に進学する時初めて親父の意見に逆らって以来殆ど顔を合わせる事がなくなったのだ。
ただ、逆らった時に揉めたりはしていない、寧ろようやく自分の意思を持ったかと褒められたくらいだ。
その代わり、自らの言葉に責任を持て、期待していると言われればやり遂げるまではと家を出て、資金の援助こそ貰っているものの他は自らのみの力で頑張っているところだ。
そんな俺が親戚一同集まる場でもないのに会いに来たのが予想外だったのだろう、実際意外そうな表情を浮かべている。
「いや、実は折入ってお願いしたい事があるんだ」
そう口に出せば渋い顔を浮かべる。
まぁ、そりゃそうだろう。下手すると期待に背く言葉を吐き出しかねないと思っただろうからな。
「なんだ。話せ」
それでも決め付ける事をせず、先ずは冷静に相手の話を聞こうとする姿勢に、俺も見習わなければと背筋が伸びる思いを感じる。
「好きな人の父親が就職先に困っているから力を貸してくれ」
父親相手に余計な言葉は無用と、単刀直入に口にすれば固まる親父。
そりゃぁそうだろうな、どう考えても予想外のはずだ。
「……いくらなんでも唐突すぎる。いくら腹を割って話せる間柄で、そう言う場所だとは言えちゃんと理解出来るように話せ」
呆れたような親父の言葉にニヤリと口元を上げる。
「勿論詳しく話すが、要は俺の超個人的要求って事は分かり易かっただろ?」
俺の言葉に少しだけ感心するように姿勢を正す親父。
うむ、入りは上々だがこの海千山千の親父相手に油断したり調子に乗ったりだなんて絶対に厳禁だ。気を引き締めろ俺。
「ふん、俺の判断に酌量を得ようと言う訳だな。
まあいい、続けろ」
「ああ、俺の結婚は場合によっては政略として使わせて貰うと言ってたけど、結婚したい相手が出来たからそれは諦めてくれ。
元々俺が好きな人がいなければって話だったし大丈夫だろう?」
「そうだな。それは構わんぞ」
俺と言う一人称になった時点で公的モードから私的モードに切り替わったのはこちらも承知している訳で、このやり取りは完全に予測出来ていた。
問題はここからだ。超強敵モードじゃないとは言え十分強敵モードなんだ、どんな突っ込みを入れられるか知れたものじゃないからな。
「で、今口説いている訳だけど、相手の父親の方が職がないのが色々と問題でね。
流石に相手方の親父さんの職の話になると俺個人の力じゃどうしようもないって訳だ。
ああ、成績は落とす訳もないし、相手本人はきっちり口説くから寧ろ手はいらないからな」
俺の言葉に手のひらを額に当て、深々と溜息を吐き出す親父。
なんだよ、失礼だな。
「……誰に似たって俺に似たんだろうな。
まぁ良かろう。他の場合なら間違いなく落第点を押してやるが、息子から父親へのお願いとすれば現時点まではギリギリ及第点をくれてやる。
それで、俺のメリットは」
「素敵な義理の娘と可愛い孫。ついでに俺の好感度爆上げだな」
「ふむ……お前の好感度は別にどうでもいいし、義理の娘も欲しいとは思わないが。孫はかなり魅力的だな。
続けろ」
まぁ俺の好感度は半ば冗談だったし、義理の娘に変な反応を示せば頼るのを止めた所だからベストな感触だな。
「お父さん――浩一さんと言うんだが。浩一さんはかなり真面目な方だ。
人が嫌がる仕事もこなせる得難い人材だと思う」
「話にならん、出直せ」
ズバッと切り捨てられる。と言うか、最後まで喋らせろや。
そんな思いが顔に出てしまっていたのか、再び溜息を吐き出しながら親父が口を開く。
「真面目でどんな仕事もこなせる得難い奴が何故職に困る?
つまり体を壊したか精神病を患ったが故に職を失った。もしくは人間関係を上手く構築出来ない場合も考えられるな。それと各種資格を持っていないだろう。
どれか1つでもあれば十分なウィークポイントな訳だが、そんな人材を私に紹介させるつもりなのか?」
「人間誰しも苦手や欠点はあるじゃないか! 1面ばかりに気を取られすぎるなと親父こそよく口にしているじゃないか!」
追いすがるように口に出せば、失望したかのように深く椅子にもたれる親父。
「お前くらいの子がいる年齢と言うだけでも仕事を斡旋するのは大変なんだ。世の中どれだけの人間が就職したくとも出来ないと思っている?
俺は確かに顔は広いし力もある。が、無駄にそれを振りかざす訳にはいかないし、使うならば相応の理由がいる。
無論、身内のお願いならと言う者も居ないではないが、あいにく俺は息子のお前自身ならともかくそこまで甘くはなれん。
大人しくハローワークなりで仕事を探すように伝えて来い。世の中彼と同じ条件やそれより悪い条件ながらちゃんと再就職に成功する者だっているんだ。彼だけ特別扱いするつもりはない。
お前も良い勉強になっただろう、今後安請け合いするな」
「俺の人生を賭ける。それでも足りない?」
諭すように言う親父に真摯に告げる。
俺の言葉に目を見開く親父に、尚も俺は言葉を重ねる。
「親父だって母さんの為ならそのくらいするだろう?
単に俺もそのくらい出来る相手が出来たってだけだ」
「……お前と言う奴は……母さんを出すのは流石に卑怯じゃないか」
呆れ返った親父の口調だが、一途すぎるくらいに昔からずっと母さんにベタ惚れな以上それを出せば簡単に切り捨てれないのは織り込み済みだ。
勿論、これを出す前に自力で決着を付けたかったのだが、自分の力不足に正直落ち込む。
「そのくらい必死だし、彼女を愛してしまったからな」
「はっ、正しくお前は俺の子だよ。
良かろう、1度だけ紹介していやる。もし失敗したとしても後は知らんからな」
「あ、ありがとう親父。恩に着る!」
最強の切り札を切ったとは言え、まさかこうもあっさりと頷いてくれるとは予想外だった。
とは言え、確かに色良い返事を得られた訳だし、喜びに胸が満たされる。
早速先輩に連絡を入れようと携帯を取り出そうとしたのだが、親父に制止されてしまう。
何だろうと思えば、にやぁっと人の悪そうな笑みを浮かべる親父。
人の良さそうな笑みも上手いが、そっちこそ地みたいで似合いすぎてて冷や汗を浮かべてしまう。
「そう言えば、母さんがやたらとお前に会いたがっていてな。
何、しばらく里帰りするくらい安いものだろう。
お前の想い人の親父さんの事ももっと詳しく聞かなければならないし、丁度良かったな」
「うっ……わ、分かってるよ」
ほんと絶対にただでは転ばない人だな。
と言うか、今回は自ら転んでくれたのだろうけど、実際このくらい呑んでくれた要求を考えれば遥かに安いものに違いないし、良いんだけど。
はぁ、またあの口から砂糖が出そうな思いをしなければならないのか。
上機嫌に母さんに連絡を入れる親父の姿を見て、もしかしてハナから全部親父のシナリオ通りだったのではとも思う。
いやはや、越すべき背中が高いのはやりがいあるけどさ、高すぎるのも正直きついものがあるぜ。
何にしろ、最も超えるのが困難と思っていた障害を乗り越えた事で、ようやく本格的に安堵する。
これで何とか外堀を埋めれた訳だし、本丸に取り掛かれるぜ。
……いや、その前に間宮達が何かやらかしそうだな。
ここまでいっぱいいっぱいで頭から抜け落ちていたが、ふと余裕が出てくると思い出すもので、若干憂鬱な気持ちになる。
とは言え、ここで恨むのは流石に逆恨みがすぎるだろうなと、重い溜息を吐き出すのだった。