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傍観その11

 公園のベンチに2人腰掛ける。

 言い出しにくい内容だろうし、先輩のタイミングを待つ為にも無言を貫く。


「……実はね、お父さんが……」


 歯切れ悪く先輩が喋りだし、無理に先を急がせる真似などせずじっと続きを言ってくれるのを待つ。


「お父さんがね、仕事で無理しすぎて倒れて入院しちゃったの。

 勿論色々お金とか出たんだけど、それが原因で退職する事になっちゃって。

 それでね、退院した後少し休んで就職活動始めたんだけど上手くいかなくて、お母さんと応援してたんだけど、どんどん追い詰められちゃったみたいで。

 最近お父さんお母さんに声を荒げたりして……昔はそんな事1度もなかったのに……」


 相当言い出し難いのだろう、それも当たり前の内容に胸を痛める。

 話してくれた事は予想の範疇だったのだけど、とは言え実際体験するとなれば平静でいられる訳もないだろう。

 最近特に落ち込んでいたのは、父親が声を荒げ始めたのがその時期くらいからと想像が付く。


「先輩の家にお見舞いに行った時。帰る時お母さんが暗い表情を浮かべていたのはそう言う訳だったんですね」


 思い返してみれば納得も行く、学校には家庭の事情と電話していたのも頷けるし、多分お母さんが体調不良と単に伝えるだけではなくわざとそう言う連絡を入れたのだと推測する。

 ここからも推測だが、多分今後も体調を崩す可能性を考慮して、少しでも休みやすくと考えたのかもしれない。先輩は周りの為に無意識に無理をしてしまう人だから。

 体調不良なら不可抗力な場合もあるだろうが、基本しっかり管理しておけば早々崩れるものではないし、家庭の事情とした方が学生の身分ではどうしようもないと周りも思う可能性が高いしな。


 内心でそう思っていると、弱々しく先輩が口を開く。


「あの頃はね……まだ単純にお父さんは落ち込んでいるだけだったんだけど。でも、ずっと上手くいかないみたいだし。

 何でかな? 頑張ってるんだよ?」


 泣き出しそうな声に、すぐに力になれるような事でもない事情に唇を強く噛む。

 折角話してくれたと言うのに情けないにも程がある。しかも、言ってくれた事自体を喜んでしまっているのも輪をかけている。


「すみません、折角話してくれたのに力になれなくて……」


 俺個人ではどうしようもない事態に、溢れる言葉もとても情けないものだった。

 それなのに、先輩は首を横に振ってくれる。


「ううん……私、田中君に凄い感謝してるんだよ?

 学校でも何も上手くいかなくて、どうしたら良いかも分からず空回ってさえいる時に助けてくれて、凄く嬉しかった。

 だから、そんな事言わないで」


 優しい言葉に寧ろ俺の方が助けられた気持ちで一杯になる。


「ありがとうございます」


 気付けば素直に感謝の言葉を零していた。

 それにクスクスと笑いを見せてくれる先輩。


「お礼を言うのは私の方だよ。

 いつもいつもありがとう。今日も愚痴を聞いてくれてありがとうね」


 ああ、また気を遣わせないように無理に聞き出したと言うのにそんな事を言ってくれる。

 やっぱり少しでも力になりたい。

 ……幸いキレる札がある。俺の力じゃないとかそう言う事を言っている場合でもない。


「このくらいならお安い御用ですよ。

 時に先輩、僕がお父さんとお会いしたいと言ったら会わせて頂けますか?」


 突然の申し出に瞳を揺らす先輩。

 それもそうだろう、だけど、会う事は最低でも必須なんだ。どうか、縦に頷いて下さい。


「……今のお父さんには会わせたくない」


 当然の反応が帰ってきて、その弱々しさに思わず先輩の意に従いそうになるが、何とか自分を叱咤して再度お願いを試みる。


「それでも……十分失礼な事とは承知で言っています。

 お願いですからお父さんと会わせて下さい。

 何とか出来る……と確約は出来ませんが、もしかすると出来るかもしれませんので」


 困惑した表情の先輩。

 それもそうだろう、たかが学生には荷が重いと分かりきった案件だ。

 が、それでもゆっくりと縦に頷いてくれる。


「……お父さん、多分家に居るから……聞いてみるね」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げる。

 話を始めた時点でこちらの覚悟は決まっているから、寧ろすぐに会えると言うのは好都合だ。

 逆に先輩は突然突きつけられたと言うのに、すぐに決断を迫ってしまって申し訳なく思う。


 ここまでやった以上確実に結果を残さなければ。

 自分に気合を入れ直し、先輩の家に一緒に向かうのだった。




「ちょっと待っててね」


 玄関前でそう告げ、家の中に入っていく先輩。

 勿論俺は緊張で首を動かすので精一杯だった。


 こんなんでどうする俺。ここからが本番なんだぞ!

 内心で叱咤するものの、どうしても腰が引けてしまう。


 正直に吐露すれば、怖くて仕方ない。

 話を聞く分には本来温厚な人なのに、それでも荒んでしまっている程なのだ、まともに話を聞いてくれるかすら疑問が残る。


 それでも、ここまで来て逃げ出すなんて真似は絶対にしたくない。

 1度目ですんなり話を聞いてもらえるなんてハナから思っちゃいない。同じ男としてプライドが絡む事も想像が付く。

 が、誠意を見せ続ければもしかすると話を聞いてくれるかもしれない。


 色々と考えを巡らせていれば、中が騒がしくなる。

 と言うか、先輩が責められている?


 そうとなれば黙って待っていられず、慌てて扉を開ければ怒鳴り散らす容姿の整った、しかし目の据わった男性の姿が飛び込んでくる。

 彼を必死に止めようとしていたお母さんが振り払われ、尻餅を付いて呆然としていた先輩に手を振り上げる――。



「誰だ? お前」


 よく自分でも体を滑り込ませれたものだと思うが、何とか振り上げた手が下ろされる前に間に体を入れ、頬を張られたが先輩を守れた事に安堵する。

 まぁ、それなりに痛かったが、先輩に振り下ろされるより遥かにマシだ。


「……ここまで先輩を送ってきた者です」


 なるべく平静を装って口にしたが、次の瞬間胸ぐらを掴まれる。


「貴様かぁ! 貴様が娘をたぶらかした奴だな!

 くそっ、俺がこんなにやっているのにぃ、クソがぁ!!」


 完全に頭に血が上っているようで、相手に怪我させない為にもされるがままになる。

 先輩は後ろにいるので見えないが、お母さんが必死にお父さんに抱きついて口を開いた。


「お願い、アナタもう止めて!」


「うるさい! お前もこいつの味方するのか!」


 再びお母さんを振り払おうとしたお父さんを、流石にマズいと思って止める。


「……何をする?」


「落ち着いて下さい。俺を殴っても良いですけど、大切な奥さんや娘に手を上げるのは間違っているでしょう?」


 そう口に出せばキッと睨みつけられる。

 が、多分本当はお母さんや先輩には悪いと思っていたのか、暴れる事はなくてホッと胸を撫で下ろす。


「偉そうに。俺の何が分かるんだ?」


「そりゃぁ何も分かりませんが、少なくとも奥さんや娘に手を上げるのは間違っていると思います」


 改めて口にすれば、勢いを失うお父さん。

 ならば、言葉を重ねるチャンスだと再び言葉を紡ぐ。


「貴方がとても頑張っていらっしゃる事は先輩に聞きました。

 それが最近上手くいっていない事も。

 確かに上手くいかなくてイライラする気持ちは分かりますが、こんな事は間違っています。

 若輩者が何を言うかと思うかもしれませんが、貴方だって分かっているんでしょう? だから僕の話も聞いてくれている。

 お願いです、家族に手を上げるのを止めて下さいませんか?」


 俺の言葉にしばらく黙った後、力なくその場に座り込むお父さん。


「……そうだよ、分かってるんだ。幸子や愛実に手を上げても無意味だなんて。

 いや、折角守ろうとしているのに、俺が傷つけているんだって。

 だけど仕方ないだろう! 何も上手くいかないんだ!

 これから愛実の為にお金もいるのに、フラフラと浮ついた事言われて頭に来て……ごめん、ごめんなぁ愛実。

 お父さん、こんなつもりじゃぁ……」


 情緒が安定していないのも、感情のコントロールが全く出来ていないのがうかがえる。

 相当追い詰められているようだ。確かに毎日彼がこの調子なら先輩が調子を崩すのも理解できる。

 色々言いたい事はあるのだが、ただ、彼自身だって相当苦悩しているのだろう、それを知らずに身勝手な事を言うのは違う気がして別の事を口にする。


「すみません、他人が出しゃばってしまって」


「……いや、良いんだ。悪い事をしたね。

 幸子もすまん。頭に血が上ってしまったようだ」


 柔らかい口調に、多分本来はこのような感じの人なんだろうと思う。

 お母さんも必死の表情で首を横に振る。


「いいの。いいのよアナタ」


 そのまま無言で抱きしめ合う2人。

 確かな夫婦愛を感じつつ急いで後ろを振り返り、涙を浮かべる先輩と視線を合わせる。


「すみません、出しゃばってしまいました。

 お怪我はありませんか?」


 と、声を掛けたら赤くなっているであろう頬に手を添えられる。

 少し痛く感じたが、正直ドキドキして緊張の方が上回っている。


「……ありがとう、助けてくれて。

 ありがとう、お父さんを止めてくれて」


 はにかむ先輩に思わずそんな場合じゃないと言うのに見とれてしまう。

 ああ、良かった。本当に先輩を助けれて良かった。


「いえ、そう言って下さると助かります」


 自然と微笑んでしまったのを自覚しながら口にする。

 先輩の手を取り立つのを手伝った後、振り返るとお父さんとお母さんが立ち上がってこちらを見つめていた。

 うん、滅茶苦茶恥ずかしいわ。そう思う場合じゃないんだろうけど。


「……君さえ良かったら少し話さないか?

 愛実から聞いたが、私と話したかったようだし」


「ええ、それは願ったり叶ったりなので是非」


 何とか話せる状況、しかも俺の話をちゃんと聞いて貰えそうな雰囲気に、結果論だが上々だと感じる。

 それじゃぁお飲み物を準備しますねとお母さんが言い、先輩が手伝うと一緒に奥へと消えて行く。

 俺はお父さんに案内されるがまま広いリビングのソファーへと移動した。


 さて、ここからも気は抜けないし、気合を入れよう。

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