傍観その10
放課後いつものように先輩が生徒会の仕事を終えるのを待つ。
最近では俺も他のメンバーや先生方とも打ち解け、簡単な手伝いやらただお喋りする時は混ぜて貰ったりしているのだが、今日みたいにちゃんとした会議やらの場合は勿論シャットアウトされる。
そのへんのケジメはきちんと付けて然るべきものだろうし、異論等もある訳もない。
それに、勉強して待っていればあっと言う間だしな。全く問題なしと。
気付けば完全に日が暮れていて、いつもより連絡が来るのが遅い事に気がつく。
単純に長引いているのだろうけど、キリが良い所まで出来たし呼ばれてないが向かっても良いかもしれない。
待つ事になってもそこまでではないだろう。
手早く道具を片付け、慌てる必要もないのでのんびり生徒会室へと向かった。
「なんか荒んだ声が聞こえる?」
結構近づけば、何やら騒々しい事に気がつき歩を早める。
同時に、聞き覚えのある声に嫌な予感が浮かぶ。
「いい加減にしろ、会長は俺だろ? 愛実は副会長の筈だ!」
「だから、お前が何にも仕事をしてないから南が代わりにやってるんだろうがよ!
何突然来て勝手な事をほざきやがる、そっちこそいい加減にしろ!」
「お願い、皆落ち着いて!」
バ会長の声と初めて聞く声色の矢部先輩の声。半ば悲鳴のように叫ぶ南先輩の声が聞こえてくる。
その後風紀委員長の無責任な言葉に他のメンバーだろう声が色々と重なって、うるさいだけで何が何だか分からない状態になってしまう。
どうするか一瞬迷ったが、放置する訳には行かないと思いっきり扉を開けた。
集まる視線に一瞬怯む。ほぼ全員目が据わっている中、目尻に涙を浮かべた南先輩の姿を視界に納めたと同時に心が決まる。
「外まで声が響いてましたよ。もう遅い時間ですしとりあえず今日のところは帰りませんか?
会長達も間宮を待たせているんじゃないですか?」
普段は各委員長までは集まっていないから、初めて見る顔も多かったのだが、誰が答えるより先に矢部先輩がすまないと頭を下げてくれたので睨まれるものの何かを言われる事はなかった。
会長達は間宮の事を出せば何か言いたそうにしていながらも、結局はすぐに部屋から出て行く。
おおおお、やばい、今頃体が震えてきた。
南先輩パワーのお陰で何とか言葉を発せたけど、それがなければ口をきけたかはなただ疑問だな。
会長達が出て行けば、ほんの少しだけ険悪なムードが払拭されたので頭を深く下げる。
「部外者が口を出してすみませんでした」
「いや、こちらとしても売り言葉に買い言葉になっていたから助かったよ。
皆、一応話すべき事は話し終えているし、会長の事で思うところがあるだろうけど今日のところは堪えてくれないか?」
ああ、やはり頼りになる。
俺が頭を下げた時点で大分雰囲気は改善されていたのだが、矢部先輩の言葉に皆苦笑い等を浮かべながら従う。
俺1人ではまだ何か言われていた可能性が高かったし、空気を読んで貰った事に感謝しつつありがとうございましたと頭を下げた。
「いや、こちらこそありがとうな。
正直俺も熱くなりすぎて南の制止も無視してしまったし。助かった」
「そうおっしゃって貰えると助かります」
にこやかに笑みを交わし合う。
うん、本当に頼りになる先輩だな。
「私からもありがとう。ごめんね」
申し訳なさそうな笑顔で南先輩から話し掛けられ、首を横に振る。
「いえいえ、先輩の力になれたのなら本望ですよ。
大変でしたね」
「うん。私じゃぁどうしようも出来なかったし。本当ありがとうね」
ニコッと微笑んでくれる先輩。
だが、それは少し違うと思ったので口を開く。
「いえ、先輩が居たからこそ。止めようとしてて下さったからこそ皆止まれたのだと思いますよ」
「そうそう、南が制止してくれようとしたから頭冷えた面はあるからな。
それがなければ田中が来る前に殴り合いになってもおかしくなかったし、なってなくても多分止まれてない。
それに何より、田中が来たのは南が居たからだからな。そう自分を卑下する必要はない」
やばい、矢部先輩がイケメンすぎる。
いや、そりゃぁ攻略キャラベースだし色々スペック高くても当たり前かもしれないが、メガネクールってキャラはどこに消えた?
と、ゲームと混同しないようにと思っているにも関わらず、そう思ってしまった。
内心でそんな場違いな事を思っていると、南先輩が嬉しそうに微笑んでくれる。
「2人ともありがとう」
うん、是非先輩はいつもそうやって微笑んでいて欲しいな。
それにしても、とうとうやり始めたか。
多分あまりに自分に付きまとうが故に生徒会主導のイベントすらなくなるかもと危機感が及んだのだろう、あくまで推測に過ぎないが多分間宮の差金だと想定しておく。
この分だと体育祭や文化祭でもやらかしそうだな。出来ればその前に決着付けたいが……なんにしろ状況次第か。
ゲームでのイベントを思い起こしながら、迷惑を被りそうなイベントを潰す算段を巡らすのだった。
「今日は本当にありがとう。助けて貰っちゃったし、こうやって送ってくれて」
帰り道いつものように送っていく最中そう口にする先輩。
だから、本心を口から漏らす。
「いえいえ、僕の好きでやっている事ですから。
それに、送るのも帰り道の途中だからってのもありますし」
後半は大嘘である。正直に言えば方向は真逆ですとなるが、そんな事言えば間違いなく送るのを拒否されるだろうから、今後も言う可能性は限りなく低い。
さて、幸いな事に会長達が話の切り出しのネタを出してくれたんだ。ここは使わせて貰う事にしよう。
「先輩、会長達って結局何しに来てたんですか?」
口に出せば悲しそうな顔を浮かべる先輩。
多分会長達を慮っているのだろうな、優しいにも本当に限度がありますよ。
「話し合いも丁度終わった直後に来たんだけど、何故自分達抜きでやってるのかって言ってきてね。
それであんな状態になったって訳」
「それはまた……自分勝手な人達なんですね」
本当にそう思う。
だが、先輩は力なく首を横に振った。
「雅也は本当は周りの人の事を考えられる人なんだよ?
昔から見てきたから知ってるけど、何故か今年から急におかしくなっちゃって。
本当はそんな人じゃないんだけど……でも、今は本当に自分勝手になっちゃってるね。
高橋君だって前は全然あんな感じじゃなかったのに」
悲しそうに言う先輩に胸が痛む。
が、俺は会長達に同情など一切しない。
何故なら、矢部先輩も攻略キャラだったと言うのにちゃんと自分を見失わず行動出来ているからだ。
色々理由はあるのだろうが、気に掛けて根気強く注意までしてくれる人がいて、それがなくとも自制出来た人がいる以上同情するに値する価値は無いと思うから。
ただ、それと先輩の思いとはまた別問題なので、言いたい事を飲み込む。
代わりに違う言葉を吐き出す。
「そうですか、でも、実は先輩は会長達に構っている余裕はないんじゃありませんか?」
ギクリと体を震わせた先輩に、どこまで聞くべきか悩むものの尚も言葉を重ねる。
「最近見ていると沈んだ様子が多いですし、もしかして何かあったのですか?
僕じゃぁ力になれないかもしれませんが、なれるかもしれない。
数回聞いてはいましたが、やっぱり話せないですか?」
真剣な様子でこちらを見つめていた先輩が軽く口を広げ、すぐにきゅっと閉じて首を振る。
「……ごめ……んなさい……」
辛そうな先輩の姿に、これ以上言うのを一瞬躊躇うが、間宮が行動し始めた以上少しでも後顧の憂いは取っておきたいので、自分の心を鬼にしながら口を再度開く。
「……憶測なんですが、ご両親の間に問題があるか、お父さんの方が何かしらあったりしますか?」
パッと顔を上げたかと思うと泣き出しそうな顔の先輩と見つめ合う。
しばらくそれを見つめた後、気が引き締まる思いをしながら更に言葉を紡ぐ。
「お願いです、愚痴を聞くだけしか出来ないかもしれません。
ですが……話してくれませんか?」
懇願するような口調になってしまったが、先輩はまたしばらく俺をじっと見つめた後、今度はゆっくりと頷いたのだった。