『魔王』システム
「魔王様、ついに、聖都メルディアを陥落させたと報告が上がっております」
「ほぅ、あの聖女が守る聖都を落とすとは、何処の部隊だ?」
「魔王軍第四部隊ベルフェゴール様の部隊であります」
「眠り熊が動くとは、珍しいこともあるものだ」
怠惰の化身たるベルフェゴール、七つの部隊の中で最弱とけなされている部隊だが、それには理由があった。
七つの大罪のうち怠惰を背負ったベルフェゴールは、その身に宿す大罪が故に、戦うことを良しとしない。
部隊の隊長がその低落で部隊が機能するはずもなく、最弱というよりも、臆病者と言われるほうが正確な表現なのだが、一度牙を剥けば、幹部はおろか、魔王にすら匹敵する力を持つ最強の悪魔。
『眠り熊』と評されるベルフェゴールが動いたとあれば、いかに聖女が守る聖都とはいえ陥落は免れないと納得はできる、納得できるのだが、一つだけ納得できないことがあった
「なぜ、ベルフェゴールが動いた?
彼奴は己を害されない限り動くことはないはずだが?」
「それは―――――――」
「こういうことだ!」
物陰から飛び出してきた青年は、一足で20mの距離を詰めると、手に持った聖剣で魔王へと切りかかった。
「成程、我が軍はまんまと策に嵌ったというわけか。
勇者ともあろうものが、随分と汚い真似をやってくれるではないか」
聖都陥落の報告に疑いを持っていた魔王は、不意打ちに虚を突かれることなく、玉座の背後に突き刺さっている魔剣で聖剣を受け止めた。
不意打ちに失敗した勇者は苦い顔をして、距離を取ると、物陰からほかのパーティーが現れる。
法衣に身を包んだ僧侶、動きやすら重視の軽装で聖剣にも劣らぬ名剣を持った剣士、そして、幾多の魔王群を壊滅させてきた、神の加護を受けた勇者と聖女。
「戦いに綺麗も汚いもありません、それを決めるのは勝者であり歴史です」
人々の信仰を集める聖女の言うことではないが、聖女の言うことはまごうことなき真実だった。
何が正しく何が間違っているかなど、見る人が違えばいくらでも変化する。
だからこそ、絶対的な正しさを示すため勝者は歴史を紡ぎ、敗者は歴史によって悪役となる。
それが、悪魔を統べ、人々を脅かす魔王ともなれば、どんな手段を用いたとしても人々は勇者と聖女語る言葉を真実と信じ、後の歴史となった暁には、勇者と聖女は正義となる。
「然り、ならば証明して見せよ、貴様らが正義を!」
魔王が玉座より立ち上がった瞬間、重力が何倍にもなったかのような錯覚に陥る。
これまで勇者たちが、相手にしてきた悪魔やその幹部たちとは比較にならない圧倒的な力が、対峙するだけで伝わってくる。
確かに、ベルフェゴールを打倒した勇者たちは魔王に匹敵する力を持っているだろうが、なぜ、あの怠惰の化身を従えることができたか、その理由をすぐに知ることになる。
闘いは熾烈を極めた、色とりどりの魔法が飛び交い、剣を合わせればその衝撃で玉座は吹き飛ぶ。
勇者のパーティはまさしく一騎当千の強者、一人一人が幹部と同等の力を持ち、その一撃をまともに食らおうものなら、魔王といえど致命傷は避けられない。
それが四人、さらにこれまでの旅で培われた連携は、単純な足し算では測ることもできない。
数時間にわたる激闘、魔王が佇んでいた玉座の間は見る影もない程に荒れ果て、闘いに巻き込まれた悪魔は数知れず口をきけない姿と成り果てた。
「―――――――くはっ……まさか、ここまでなんて……」
だが、そこに立っていたのは魔王と、致命傷を負った聖女のみだった。
無論、魔王とて無傷とはいかない、体を覆う漆黒の鎧は無残に砕け、露出した肌からは止まることなく血が流れ続けている。
しかし、それが致命傷であるかといえばそうではない、地に伏している三人が再び立ち上がってこようとまだ戦える体力は残っている。
この力こそが、怠惰の化身を従えていた理由だった。
ベルフェゴールが魔王に匹敵する力を持っていても、ただの一度でさえ魔王に打ち勝ったことはなく、その性質が故に、魔王の支配下に収まっていた。
歴代最強の魔王、その力の前に勇者は倒れ、その事実はより深く人々に絶望を与えることとなる。
「―――――どう……やら、貴方を倒すのは……私ではなかったようです……」
「下らん、いくら貴様らが立ち向かおうと我を倒すことはできん。
歴代魔王が成し遂げられなかった悲願は、我が成す」
「――――悲願ですか……はは、あははははははははははは!」
「何がおかしい」
聖女の傷は、既に魔王が手を下すまでもない程に深く、放っておけばこのまま死ぬだろう。
にもかかわらず、聖女は声高に、魔王の悲願を嗤って見せた。
「貴方ほど力をもってしても、『魔王』システムを抜け出せないことおかしくて嗤ってしまいました」
「システム、だと……?」
「――――えぇ、ごほっごほっ……はぁ、はぁ、魔王の悲願……それは総じて人類を破滅させ、世界を支配することですよね?」
「それがどうしたという」
死の間際、勇者と聖女が倒れるという、人類にとって最悪の結果を前にしても、目の前の聖女に悲壮感はない。
それどころか、ある種の余裕さえ見られる。
「では、なぜ貴方たち魔王は総じて、誰一人異なることなく同じ悲願を願ったと思いますか?」
あまりにも簡単な質問に、鼻で笑いながら答えてやろうと思い、その理由を口にしようとした途端、言葉を失った。
生まれた瞬間から、その悲願のために戦い、悪魔を纏め、勢力をなし、多くの人間を殺し支配してきた。
だが、いくら考えても思い返しても、その理由は見当たることはなかった。
「最後にもう一つヒントです、どうして、魔王はこの地を離れたことがないと思いますか?」
最後の言葉を残し、聖女は二度と立ち上がってくることはなかった。
『魔王』システム、謎の言葉を残したまま―――――――――――――――――――――
勇者と聖女が倒れたという知らせは瞬く間に世界中に広がり、世界は恐慌状態に包まれ、魔王軍は勢いに乗り支配を強めていった。
だが、その知らせをもってしても魔王の顔色がよくなることはない。
聖女の残した謎の言葉が、魔王を思考の渦へと導いていた。
歴代魔王が抱いた悲願、そして、魔王がこの地を離れない理由、この二つの疑問は衝撃の事実によって一つの仮説へと至ることになる。
その事実は初代魔王のころから現存している悪魔が語った言葉だった。
「えぇ、私は初代から五代目、そして八代から現九代目魔王に仕えていますが、魔王様が直接戦線に出たことはありません。
ですが、それは当然でしょう、魔王様が討たれるようなことがあれば魔王軍はたちまち壊滅してしまうのですから」
この言葉を聞いた途端、雷に打たれたような衝撃が走った。
初代から九代目に至るまで、悲願を叶える手段が酷似しすぎているからだ。
確かに老悪魔が言うことはもっともだ、どの世界に王が最前線にでる王がいるものか。
だが、それはあくまでも人間の場合だ、悪魔の中で最強の力を持つ魔王が、世界を支配するという悲願を誰よりも強く願った魔王が、なぜ一度たりとも前線に出ることがなかったのか。
勇者のパーティーを単身で倒すことができる現魔王ならば、単身で要塞を攻め落とすことも容易だ。
早急に勢力を強めるのならば、魔王が前線を仕切り、その力で打ち沈めれば効率的だというのに、どの魔王もそれを行ったことがない。
そこに、聖女が語った謎の言葉が思い出された。
「これが、『魔王』システムだというのか……!」
無意識下に『魔王』が辿る道を選択してしまう、この胸に宿る悲願すらも『魔王』システムのうち。
その事実に激しい怒りを覚えた魔王は、この馬鹿げたシステムを打ち破るため、単身で魔王城を離れ、支配した聖都へと向かった。
だが、そこで『魔王』システムの本当の意味を知ることとなった。
「なぜだ……なぜ、ここから進むことができない!」
そこは強い悪魔が多く生息する、滅多のことでは人間が近づくことはない魔界への裂け目。
魔王軍はここを最終防衛ラインと定め、七人の幹部のうち三人を控えさせている。
前線への援軍も、敗走してくる悪魔たちもここを基点としてきた。
だからこそ、悪魔が通れない筈がない、しかし、現に魔王がそこを超えようとすると体の自由が一切利かず、体が勝手に後退してしまう。
燃え盛っていた激しい怒りは瞬く間に静まり、戦慄が体を走る。
歴代最強の魔王と呼ばれるこの身でさえ、超えることができない『魔王』システム。
その真実へと辿り着くまでに、そう時間はかからなかった。
「魔王様、護衛もなしに聖女と会うなど危険です!」
『魔王』システムの謎、その真実を知っているのは聖女のみ。
この身を縛る謎を解明するべく、魔王は思い切った行動に出た。
聖都を返還する代わりに、聖女を生贄に差し出せと、人間側に対し交渉を持ち出したのだ。
長年戦争を行っている悪魔からの初めての交渉に戸惑う人間だが、悪魔を信じることなどできるはずもなく要求を突っぱねたのだが、聖女がその要求に応えたことにより、長い歴史の中で初めて人間と悪魔の交渉が成立した。
「いいか、誰も玉座に近づくことは許さん。
近づいた者は処刑すると伝えておけ」
今更、部下の制止の言葉で聞き止まるはずもなく、ついに真実を知るであろう聖女と玉座にて対峙した。
「貴様が今代の聖女か」
先代聖女と見劣りしない美しき少女は、魔王の様子を見て全てを把握した。
「どうやら、『魔王』システムに気付いたようですね」
「――――――っ、やはり、知っているのだな!
教えろ、『魔王』システムとはなんだ!」
「いいでしょう、お教えします。
『魔王』システム、それは、我々人類の願いから生まれた、世界の平和を維持するためのシステムです」
「世界の平和だと……?」
魔王が生まれれば、多くの人間は傷つき死に絶える。
『魔王』システムの第一段階が魔王を作るものであれば、世界の平和とは程遠い、むしろ世界を滅ぼすためのシステムとすら言えるにもかかわらず、聖女は世界の平和だと断言した。
「はい、魔王は我々人類をどう見ていますか?」
「脆弱な生き物、くだらない言葉に振り回され、愚かな思想に執着する、醜い生物だ」
「我々人類は個々の力が弱いがために、群れをなし、群れを成すがゆえに優越を決めてしまう。
その結果、裕福な者、貧しい者が生まれ、そして争いが生まれるのです」
「人間のことなどどうでもいい!
我が知りたいのは『魔王』システムのことだ!」
「言っているではありませんか。
人間は人間同士で争いあう生き物だと、そして、それを拒む生き物でもあります。
それ故に、我々人類は望むのです、これ以上ない程に分かりやすい『悪』を」
「まさか……」
「そうです、これが『魔王』システムの真実。
人間同士が争い、滅んでしまわないように、一定周期に明確な悪を作り上げ、それを人間の手で倒す。
魔王とは、我々人類が望んだ『悪』であり、勇者とは、我々人類が望んだ『正義』。
魔王という『悪』を人類すべてが憎み、勇者という『正義』を人類全てが愛する。
これによって、人類は滅ぶことなく生きながらえてきたのです」
あまりにも残酷な真実を前に眼がくらむ。
予感はあった、予想もついていた、だが、心構えをしていても受け止めることができない真実。
聖女の言葉が真実であるということは、これまで魔王が調べたことが裏付けていた。
明確な悪とする為に魔王が同じ悲願を持ち、魔王に人類が滅ぼされないために魔王城に縛り付け、魔界の裂け目に保険まで掛けられている。
「付け加えるならば、貴方は先代勇者たちを倒した、いえ、倒せたというべきでしょう。
その理由は、飢饉にあります。
その年は雨が多く、作物が不作でした。
そんなタイミングで魔王に倒れてもらっては困るのです。
魔王打倒の知らせは人類全ての喜びでなければならない、そこに飢饉などというマイナス要素で陰らせてしまっては、『魔王』システムの意味がない」
故に、歴代最強の魔王、人々を恐怖のどん底に突き落としながらも、最後には勇者に倒され人類を発展へと導く、生贄。
一度魔王として立ってしまえば、たとえ真実に気付こうと逃げることはできない。
飢饉が明けた今、歴代最強の魔王に対し歴代最強の勇者が現れ、この身を討つだろう。
そして、幾らかの平和を謳歌し、再び人間同士が争い始めることになれば魔王が現れる。
何千年もの間繰り返されてきたシステム、そのシステムによって生み出された魔王がシステムに打ち勝てるはずもなかった。
「おぉ、うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
怒りに身を任せ玉座の間を破壊する、この怒り身を任せ、人類を滅ぼそうとしてたところで、結局、『魔王』システムから抜け出すことはできない。
雁字搦めに縛られた魔王に、もはやできることなど何もない。
知らなければ良かったと、何も知らなければ魔王として生き魔王として死ぬことができた。
思えば、先代聖女が残した言葉は呪いの言葉だったのだろう。
自分を殺した魔王に、絶望を味あわせるために、死の間際で嗤ったのだ。
「哀れな魔王よ、この悲しみの連鎖を断ち切ってみませんか?」
「―――――――なんだと……」
「私は既に聖女としての証を剥奪された身、直に新たな聖女が生まれることでしょう。
おそらく、その聖女によってあなたは討たれます。
その前に、十代目となる魔王に『魔王』システムを伝えることができれば、何かが変わるかもしれません」
魔王は必ず悲願を持つ、それ故に悪魔を統べ魔王となる。
しかし、悲願を持ちながら、悪魔を統べることなければどうなるだろうか?
『魔王』システムが他の魔王を作るかもしれないが、一度魔王として生れたからには魔王としての力を持つことになる。
そのしがらみから抜け出すことができるのであれば、この悲しみの連鎖に終止符を打つことができる可能性ができる。
「確かに可能性はあるだろう、だが、貴様はそれでいいのか?
『魔王』システムが壊れてしまえば、人類は人類の手によって滅ぶのではないか?」
「そうかもしれません、ですが、私は『魔王』システムにも限界が来ていると思っています。
貴方を含めこれで九回目、この秘密は歴代聖女のみが知るものですが、勘のいいものならば気付いてもおかしくありません。
人間が『魔王』システムに気づき、それを利用し始めてしまえば、それこそ人類は終焉を迎えるでしょう」
『魔王』システムとは、誰もが魔王を憎み、勇者を愛するだけではなく、『魔王』システムを知らないということが前提となる。
もしも、『魔王』システムが一部の人間に知られることになれば、利権を求め勇者を探そうとするかもしれない、はたまた、魔王と取引をしようとするかも知れない。
なにより、勇者の力とは魔王が倒されて欲しいという人類の願いによって左右される。
もしも、『魔王』システムが世間に知られてしまい、勇者への信仰が薄れることになれば、魔王以外の強力な悪魔すら倒せなくなり、悪魔によって世界が滅ぼされる可能性すら出てしまう。
「だが、どうやって十代目魔王を見つけるつもりだ?
俺は物心ついた時から魔王として行動してきた、それを防ぐというなら生まれる前に見つけておく必要あるぞ」
「魔王は元々力の素養がある悪魔が選ばれます。
歴代最強の魔王、そして元聖女の血を継ぐ者なら、魔王に選ばれる可能性が高いと思いませんか?」
聖女と聖都の交換から数年後、聖女の予見通り歴代最強の勇者によって魔王は討たれ、つかの間の平和が訪れる。
その平和も長くは続かない、人間の欲に果はなく、再び『魔王』システムが産声を上げ、一人の悪魔に魔王の力を授けた。
半人半魔でありながら、魔界で随一の力を持った青年と、か弱い魔族の女性との間に生まれた子供は、祖母である人間の手に抱かれ、十代目魔王として、先代である祖父が託した本当の願いを叶えるべく、産声を上げた。
『魔王』という、物語の最後には必ず倒される役割をシステムとして世界に浸透させて、己の役割に疑問を持たせてみました。
続きは多分書かない……
そこから先は、想像でお楽しみをお願いします<(_ _)>
この作品をネタに小説に起こしてもらっても全然かまいませんよー