魔導師VS俺
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竜人という呼称は、遥か昔のものらしい。今ではドラグーンという表現が主流で、世間一般にもドラグーンという種族名で通っている。
そもそも和名(という表現はこの世界では通じない)で種族を表すという行為が、とうの昔に廃れているのだ。たとえば、フェアリーは妖精、ウェアウルフは狼人などである。
廃れた理由の一つは、差別的表現だから。一部の人と魔物の狭間的存在を揶揄するとして、~人という表現は廃されていったのだ。
しかし、いやだからこそ、一部の人間が皮肉や、嫌悪や、侮蔑を込めて呼ぶのだ。ドラグーンではなく〈竜人〉……と。
それはつまり、ドラグーンとは〈人ではない〉ということだ。人ならざる〈竜人〉。ファンタジー風の言い回しでは、亜人といったところか。
そんな呼び方ひとつにまで差別意識が込められていることにいっそ“感心”すらしていた俺だが――ここまであからさまだと、流石に多少は傷つく。
まあ、何の話かというと、
「ハッ! 竜人がノンキに旅行かァ? こりゃ退治しなきゃな!」
俺を威圧するように、不思議な材質の杖で自分の肩を叩いている魔導師の男が、やけに〈竜人〉の部分を強調してそう言った。退治とは失礼な、まるで魔物のような扱いだ。
ニヤニヤと笑いながら武器による威嚇をやめない男の左右には、似たような装いの男が、二人。
合計三人の男たちは、紅と白の派手なローブを纏い、手にした杖は大理石のような材質に見えるが、実際はどうか分からない。ただ、魔導師が魔法の補助に使う〈魔導杖〉であることは間違いなさそうだ。
「まったく、余計な仕事が増えちまったぜ」
俺が相手の装備を分析していると、右側の男がそう漏らした。セリフは面倒くさそうだが、口調は実に嬉々としている。こりゃまた、大層な屑野郎に絡まれたっぽいな。
――まったく、余計な面倒が増えちまったぜ。
少し意趣返しっぽいセリフを胸中で呟いてから、俺は思い切って口を開いた。
「あのさ、一応聞くけど……アンタら何者?」
正直、建設的な答えが返ってくるなんて思っちゃいなかった。そもそもこんなバカっぽい集団がどこかの組織に所属しているとは思えないし、所属してても名前なんて知らないだろうと思ったからだ。
思ったのだが……。
「俺たちが何者か……だって? ……ハッ、ハハハハ! いィい質問だぜ竜人さんよ!」
「聞いてビビってちびるなよ? 俺たちはなァ……〈王立魔導師団〉の団員だ!」
「…………は?」
今、なんて言った? おうりつまどうしだん? まさか、王立魔導師団?
つまり、聖王国王家直属の組織の一員?
「うっそーん……」
正直、今、俺の中で聖王国の株が大暴落している。こんな程度の低そうな奴らが入れる組織を最大勢力としてるなんて、レベル低そう。
「ハハハハ! ビビってまともな返答も出来ねぇみたいだな!」
俺の反応を凄く好意的に解釈した魔導師団の団員(自称)が、声高に笑う。どうも彼ら、権力をかさにきて威張り散らす、虎の威を借る狐タイプらしい。
俺の目から見ると、彼ら自体が大層な力を持っているようには見えない。しかし、彼らは威張り散らす。王立魔導師団という巨大な組織に身を置いているという、それだけの理由で。その行為が自らの組織の名を貶めるなどとは思いもせずに。
そんな頭の悪い馬鹿どもには、お仕置きが必要かな。
俺は脳内でそう結論して、右手をゆっくりと顔の前まで持ってくる。
「お前ら……」
「あァ?」
突然意味の分からない行動を始めながら口を開いた俺に、魔導師たちが不審そうな顔をする。それを気にせず、俺はギュッと右手を拳の形に握り締めた。
「ぶっ飛ばしてやるから、覚悟しな」
挑発に乗って額に青筋を立てる魔導師たちを見ながら、俺は脳内の片隅で、どうしてこうなったのかを思い出していた――
♌ ♌ ♌
フリージア大陸北部にある奥深い森、人呼んで〈ヒトヨラズの森〉。それが俺と爺さんの暮らしていた森の名前だ。出現する魔物がそこそこ強い上に、あまり生産性のない土地で、しかも人里離れた場所ということで、人が立ち寄らないから〈人寄らずの森〉、なのだそうだ。
そのヒトヨラズの森を抜けた先には、大狼平原と呼ばれる平原が広がっている。なんでも大型のオオカミみたいな魔物〈ビッグウルフ〉が多く生息しているからそう呼ばれているのだとか。
大狼平原を西に進むと見えてくるのが、広大だが薄暗さを感じさせない森林地帯、通称〈セイフライト・フォレスト〉だ。動物が数多く住み、多くの生産物を生み出す命の森。地形的にはそんなに変わらないはずなのに、どうしてヒトヨラズの森とはここまで差異が生まれてしまったのか、謎である。
そんなセイフライト・フォレストをボケーっとノンキに森林浴だなぁなどと考えながら進んでいたら、遭遇してしまったのだ。
紅白のおめでたいローブを着込んだ、三人の魔導師に。
まあ、遭遇したというのも少し違うかもしれない。彼らは最初、低級魔物であるゴブリンの群れと交戦していた。それを遠くから発見した俺は、何となくその戦闘を眺めていた。
特に深い意味はなく、本当にただ何となく傍観していた。そう、傍観しているだけのつもりだったのだ。
――だったのだが、偶然とは恐ろしいもので、魔導師の一人が放った魔法が、俺のすぐ近くに被弾した。たぶんマグレというか純粋にコントロールをミスったのだと思うのだが、それにしたって出来過ぎな近さだった。
それに驚いて思わず声を上げた俺に、丁度ゴブリンを殲滅し終えたところだった魔導師たちが気が付いた、という訳だ。
――今思えば、なんて不運だ。
そうは言っても現実は変わらないし、それに、別に悲観する必要もないだろう。
俺が、魔法のコントロールをミスるような低級魔導師に負けるはずがない。それは自信とか思い上がりではなく、確固たる事実だろう。
今の状況は、レベル制のゲームでレベル10がレベル80に挑む、くらい無謀なのだ。もちろん俺が80で、魔導師が10である。
――ま、初の対人戦闘の本番ということで。
「気合入れてくぜ」
小声で呟いた俺の目の前で、魔導師の一人が地を蹴って突進を敢行し、残りの二人が魔法の詠唱を始めた。
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大変遅くなり申し訳ありません。諸事情により一時的にネットワークが使えなくなって、更新ができませんでした。
更新再開! と言いたいですが、リアルが中々に忙しいのでペースは遅いままかもしれません。ご容赦ください。
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