怪物VS怪物
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巨岩みたいなギガンテスの拳と俺の拳がぶつかり合い、ガウゥ――……ゥン! というちょっと聞いたことのない種類の衝撃音が響いた。
吹っ飛ばされるなんてことは無かったが、流石に数歩分、押し込まれる。相手も拳を大きく弾かれてたから、五分五分ってとこか?
いや、身長の差を考慮すれば、膂力と頑丈さじゃ俺の方が上と見てよさそうだ。
そうと分かれば、ガンガン行こうぜ!
「も、イッパァアツ!!」
大きく踏み込みながら、俺は拳を振りかぶる。ギガンテスの右拳が迫ってくるので、それを迎撃する形で打撃を放つ。
再び、衝撃音。拮抗した超威力どうしのぶつかり合いで、インパクトが目に見えるようだ。
今度は、俺の拳が明らかに勝った。踏み込みの勢いが良かった分、拳を打ち抜けた。
「グォオ!」
拳を弾かれたギガンテスが、苛立たしそうに吼えた。間髪入れずに左拳が迫ってくる。
残念ながら、三度目はねぇぜ?
「――よっ!」
拳が俺にぶつかる瞬間、俺は真上にジャンプした。すぐ下をゴォォと大木みたいな腕が通過していくのを感じる。ちょっとヒヤヒヤする。
ギガンテスの腕が伸びきった刹那、俺はちょうど腕の上に着地。即座に蹴り上げ、一気に登る。
「グルァ!?」
自分の腕を駆け上がってくる人に驚愕したように、ギガンテスは腕を引いた。もう遅いってーの!
ギガンテスが左うでを大きく横に振ったのと、俺が再び跳躍したのは同時だった。そのまま蹴り上げた勢いで、足を大きく振り上げる。
そして、ギガンテスの巨大な顔面に叩きつけた。バゴォン! と、重機が壁をぶち抜いたみたいな音がした。
倒れ込むというよりは吹っ飛ぶ感じで地面に向かって傾いたギガンテスは、しかし耐えた。大きく踏み込んで姿勢を安定させ、ぐるんと顔を俺に向けてくる。
――あ、これ……
「……ヤバめ?」
思わず呟く先で、ギガンテスが大きく腕を振りかぶっていた。咄嗟に顔の前で腕をクロスする。
ゴッ!! と、凄まじいインパクト。空中では一切の抵抗ができず、無様に吹き飛ばされていく。
急激に景色が流れ、なぜか横Gを感じる。どんな威力で殴りやがったんだあの野郎!
何とかバランスを取ろう、とした瞬間に背中から大木にぶつかった。もの凄い音と衝撃で、幹にクレーターができる。
どさっと地面に落ちた俺は、すぐに起き上がる。痛いは痛いが、大したダメージじゃない。マジですげぇなこの体……!
とにかく、反撃だ。俺は思い切り地面を蹴り、駆け出した。走るというより低空飛行に近い姿勢と勢いで、一気に距離を詰めていく。
たぶん、五十メート……五十メーターくらい飛ばされてた。ギガンテスも半端ねぇな……。
ちなみにこの世界ではメートルをメーターという。センチはセンチだし、ミリはミリなのに、微妙な相違点すぎる。どうでもいいな。
五十メーターの距離を五秒以下で駆け抜け、俺は木々の間から飛び出した。
勝利を確信していたのか、立ち去ろうとしていたギガンテスは、驚いてその場に立ち止まった。固まっている。チャンスってやつだ。
「喰……らえぇぇえ!」
俺は大きく踏み込みながら、大きく腕を振りかぶった。野球の投球フォームみたいな構えから、無造作に全力で拳を叩き込む。
メゴォ! と拳がギガンテスの足に食い込む。会心の当たり、たぶん骨に罅ぐらい入ってるはずだ。
しかし、またしてもギガンテスは耐えた。バランスを崩しながらも転倒を避け、パンチを繰り出してくる。根性足りてんなぁオイ。
俺はその拳を、跳んで回避した。もう一度駆け上が…………ろうとして、俺は足が腕に触れた瞬間に後ろへ大きく跳んだ。
ギガンテスの右腕の上を、左腕が通過していく。二度も同じ手は使わせまいと、ギガンテスが俺を掴もうとしたのだ。
「見た目の割に賢いじゃん」
かなり馬鹿にした発言だが、どうせ魔物相手に人間の言葉は通じない。ま、通じたところで勝負の行方には影響しないけどな。
俺はニヤリと口の端を歪めて、背中に向かって手を伸ばした。
掴んだのは、黒竜骨の大剣の柄。
「こっから、全力だ」
勢い良く刀身を引き抜く。ついに日の目を見た爺さんの超傑作、黒竜骨の大剣。太陽の下で見ると、こいつの造りがよく分かる。
刀身から柄頭までの長さは、大体俺の身長と同じくらい。身の丈に迫るってやつだ。刃は鋒から真ん中に向かって細くなり、根元に向かって太くなっている。刃が緩いカーブを描く、大剣にしちゃあやや細身の剣だ。
骨を削って造ったというだけあって、刀身、鍔、柄の全部が一体化している。あまり鍔迫り合いには向いていない形の鍔だが、どうせこの剣で鍔迫り合いなど発生しないだろう。
全部、ぶった斬るから。
それが可能だと、握る右手から伝わってくる。これが生きた魔剣の迫力か。
「グォォオオオ!!」
剣を抜いた俺に、ギガンテスが咆哮する。気合十分。殺る気満々ってか?
「んじゃ、初勝利、戴きますか」
けど、俺だって殺る気も気合も満々だぜ。こういうのを血沸き肉踊る、って言うんだろう。あっちの世界じゃなかなか味わえない感覚だ。
ギガンテスが、ズンズン進んでくる。一歩歩くごとに地面が軽く陥没している。たぶん、次の一撃は今までで最大の威力を孕んでるはずだ。
それは、お互い様。
俺は黒竜骨の大剣、長いから黒竜剣を肩に乗せるようにして構え、ギガンテスを待ち構える。腰を落として、力を身体全体に充満させていく。細胞すべてをギュッと縮めて、力を溜めるイメージ……――
――……ギガンテスと俺の距離が、互いの射程に入った。俺は一歩の踏み込みで、ギガンテスは拳を振るえば、相手に届く距離。
「――――――シッッ!!」
「ガァアアア!!」
俺とギガンテスは同時に動いた。全身の筋肉、細胞、すべてに充填していたエネルギーを解放し、鋒に集め、放つ……イメージ。
その時、俺はギガンテスの拳を凝視していた。当てるためではなく――避けるため。
バッと斜め前に飛び出した俺のすぐ横を、巨木みたいな腕が超特急で過ぎていく。……けど、避けた。
俺は全力で、体の隅々から集めた力を込めた黒竜剣を放った。横薙に、一閃。
音はなかった。衝撃も、抵抗感も。俺が行ったのは黒竜剣を横一文字に振り抜いた。それだけだった。
交差するようにして通り過ぎた俺の後ろで、ギガンテスの上半身がズレて、地面に落ちた。
「…………ハッ……」
止めていた息を吐き出す。首や額から一気に汗が吹き出してきて、俺はその瞬間に初めて自分が緊張していたのだと知った。
「旅に出て初勝利が【巨人族】……ってのは、なかなか輝かしい成績かな?」
早鐘を打つ鼓動をごまかすように、そう呟く。実際は一回ぶっ飛ばされてるんだけどな。
しかし、終わったあとでなんだけど、ひとつ問題が発生してしまった。
「死体……どうすっかな」
この世界――フリージアでは、死んだあとがちょっと特殊だ。
肉体は魔力で構成され、マナは生命力に引き寄せられる。生命力とは命の輝き、人の生きる力だ。
生物は、死ぬと生命力を失っていく。ゴブリンなどの弱い生命体などは、死んだ瞬間に一気に生命力を失うのだ。
では、生命力を失うとどうなるのか。
マナは生命力に引き寄せられる、つまり、生命力を失うとマナが体から離れていくのだ。そして肉体を構成しているマナが離れれば、当然肉体を維持することはできなくなる。
その結果として起こるのが、魔力を放って爆発四散する現象。だからゴブリンは倒した瞬間に光を放って消えるのだ。
逆に言うと、ドラゴンやギガンテスといった生命力が異常に強い生物は、死んでも肉体が消えない。いや、正確には消えるけど、かなり時間がかかる。その間に腐敗したりして、臭いも酷くなる。
ちなみに俺の持つ黒竜骨の大剣は黒竜の体の一部だけど、こいつが消えないのは爺さんも語ったとおり。未だ凄まじい生命力によってマナを吸収し続け、文字通り“生きて”いるからだ。
なので、俺はどうしようかなぁ……と悩んでいる訳だ。
この、ギガンテスの死体を、どう処理しようか、と。
「うーん……ん?」
唸りながら黒竜剣を鞘に収めようとした瞬間、よく分からない感覚が俺を襲った。なにか、引っ張られるような……。
そこまで考えて、俺は無意識にギガンテスへと近づいていた。そして、黒竜剣をブッ刺していた。
自分で「何やってんだ?」と思った刹那。
どくん。
「えっ……おわっ……」
ギガンテスの体が、魔力を放って爆発四散した。ギガンテスほどの許容量にもなると、凄まじい勢いで、俺は思わず上半身を仰け反らせた。
唖然とする俺の目の前で、黒竜剣が、ギガンテスだった魔力を喰らった。魔力が吸い込まれた、というのが正しい表現だけど、俺には喰らったようにしか見えなかったのだ。
よく分からない。よく分からないが……
「……処理する手間が省けた、ってことで結果オーライ、かな」
俺は持ち前の楽観さで、とりあえずそういうことにしておいた。
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バトルパートは書いていて楽しいです。
しかし、文才無いので読みやすいかどうかは……どうなんでしょう?
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