プロローグ
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「本当に行くのか、イエガー」
「ああ。この年まで世話ンなったな、爺さん」
辺鄙も辺鄙な森の、さらに奥深くに建てられた小屋の前で、俺は爺さんに別れを告げていた。
十八年間、さんざん世話になった爺さんだ。子供の頃は大きく見えた体も、今じゃあすっかり縮こまっている。
「ホントは恩返しの一つでもしてから行きたかったんだけどよ」
これは本心だ。結局、何一つとして返せずに出て行くなんて、仇とまでは言わねぇでも恩知らずだと、自分でも思う。
だが、爺さんはガッハッハ! と豪快に笑い飛ばした。
「チビスケが立派なことを言うようになっちまって、まぁ!」
「今じゃもう俺の方がデケェけどな」
「うるせぇ! 子供ってのは親からすりゃァ、いつまでたってもチビなんだよ!」
子供、そう言ってくれるのか。俺はなんだか嬉しくなって、涙腺が緩みかけてしまった。
森で拾っただけの俺を、十八年も手塩にかけて育ててくれた爺さんは、今年で八十五になる。もういつぽっくり逝ってもおかしくない年だ。
それでも、俺はこの小屋、そしてこの森を出て、旅に出る。我を通すなら他は蹴散らせ、なんて言っちまうような爺さんに育てられたからか、俺はすっかり我侭な性格に変わってしまったらしい。
「いいか、イエガー。手前が外に出たら、周りは敵だらけだ。魔物だけじゃねぇぞ、ノービスやら、エルフやら、人も含めてだ」
「分かってるよ」
「オメェは竜人だ。世間の目も風当たりも強かろう」
「覚悟はしてる」
爺さんは、よほど俺が傷つかないか心配らしい。いくら豪傑・豪快・剛毅で通っていても、息子の旅立ちには不安を感じるんだな。
「大丈夫だって、爺さん。俺は、アンタに育てられたんだぜ?」
俺は爺さんの不安を吹き飛ばすように、笑顔でそう言ってやった。実際、俺のチートすぎる力と爺さんに叩き込まれた体術・剣術があれば、多少の無理くらい通るだろう。
それに、楽観的なのが俺の短所で長所なのだ。大丈夫。何とかなるさ。
「我を通すなら他は蹴散らせ、手前を嫌いなヤツはこっちから嫌ってやれ、熟慮した正義は譲るな、だろ? 俺の強さと爺さんのぶっ飛び理論がありゃあ最強さ」
「誰の信条がぶっ飛んでるって? あァ?」
爺さんがシワだらけの顔で凄む。八十歳を超えているとは思えない迫力があった。流石にビビる。
「冗談、冗談だって!」
「ハッ! 俺からすりゃあ、オメェの方がブッ飛んでんだよ」
「そりゃ、否定しないけどさ……」
なにせ、斧でブッ叩いても浅い切り傷がつく程度の、頑丈すぎる体だ。それだけじゃない、あらゆる面で、俺の身体能力は常識を遥かに凌駕していた。
ついでに言うと、魔力も尋常じゃないらしい。残念ながら魔法は使えないけど、圧倒的な量の魔力を放つことはできる。爺さん曰く、竜人どころか本物のドラゴンに匹敵するぞボケ! らしい。
そんな俺だから、本当に、心配なんて必要ないんだ。
俺の思いが伝わったらしく、爺さんはうぉほん! と盛大でわざとらしい咳払いのあと、にかりと顔全体で笑った。
「だったら、行ってこい、バカ息子!」
「――おう!」
爺さんが突き出してきた拳に、俺の拳をゴツンとぶつける。
いよっし、闘魂注入完了!
「そのうち、絶対、帰ってくるからな!」
「ガッハッハ! 期待しねぇで待ってるぞ!」
最後まで憎まれ口を叩いてくる爺さんに苦笑して、俺は拾われてから十八年暮らした小屋と、育ててくれた恩師――いや、父さんに背を向けた。
背中に背負った黒竜骨の大剣だけが、旅立つ俺と爺さんを繋ぐ絆になる。そう思うと今から愛おしくて、俺は柄を指でなぞった。
剣を背負っている、という状況が、実に異世界を感じさせてくれる。
これから、俺の異世界を舞台にした冒険が、始まるのだ。
俺は楽しくて、自然と顔が綻ぶのを止められなかった――。
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初めましての方は初めまして。獅子座と書いてレオと読む中二病人間です。本人は乙女座です。
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