7. 遭遇
ザックに着いて行きながらかなりの時間が経っていた。ホーンラビット遭遇からかなりの時間が経っていたが、それ以降魔物とは一切遭遇せず、ハジメの能力にも反応しない状況が続いていた。
「ザックさん、あんまり奥に行くと私のレベルではまったく相手にならない魔物が出てきませんか?」
ハジメは、常に見えていた名前をつい呼んでしまう。するとザックの雰囲気が一転した。穏やかな雰囲気から肌寒い雰囲気へと変化した。
「ザック・・・?私はあなたに名前を言った記憶が無いのですが?しかも本名を・・・。」
ゆっくりとザックは振り返りながらハジメに鋭い眼差しを向けた。
「!! えっいや、そんな名前を聞いたような気がしたので、そうだと思ってました・・・。」
やばい。警戒されてしまった?能力で知ったとばれたのかな?
「どこまで分かっておられるのかな?いや知っているのですかね?」
ザックが腰の短剣を抜きつつ、距離をとる。
「いえ、何も知りませんよ?一体何が?わかりません?」
少しずつ後ずさりをしながら、ハジメは必死になってザックと話をしようとした。確実に生命の危機が迫っているからだ。
「やはり、くさっても勇者とは油断ならないですね。この武器にも気づいた所を見ると私の正体も分かったのでしょう。そうですね。もうこの奥地であれば問題ないでしょう。お気付きの通りあなたにはここで死んでもらいます。」
そうザックが言いながら、短剣を横に構え目線の高さに持っていく。
「ええーーー。いやなんで?」
優秀すぎる人ゆえになんとなく自己完結してしまっている。どんだけ勇者って優秀なんだよ!事前情報なにか間違ってないか?そんなお約束に情報通な訳無いだろ。どこぞの御一行お抱えのスパイもいませんよ。たんなる一般人です。とハジメは心の中で必死に突っ込みを入れた。
「これ以上先手は打たせん!死んでもらおう!」
「キラースタッブ!!」
ザックが小声でスキル名を言うと短剣がから黒いもやのようなものが出てくる。
・アサシンダガー 攻撃力+75 防御力 0 耐久力 40/45 スキル:防御力無効
どうやら武器の攻撃力UPと防御0そして相手の防御力無効という能力になるようだ。意外とこの能力使えるなぁとハジメは場違いな感想を持った。
「いや、生命の危険時に何考えてんだよ!」
ハジメは一人で突っ込んでみた。
「何を言って・・・まあいい。あの世で続きをするがいい!」
ザックはそう言い放つと一気にハジメに近寄ってくる。ハジメも武器を構えるが目の前に近づいたと思った瞬間、ザックの姿が消える。首筋に武器の刃が近づくのを感じた時、ハジメは自分はここで死ぬのだと実感した。しかし、その瞬間ハジメとザックの間に一瞬、光が瞬いた。
「くっ!魔法か?しかし何も・・・な・・・何!一体何が?」
ハジメが振り向くとザックが距離を保ちつつ、自分の両手を見ている。
「え?何もしてないけど?あれ?」
ハジメも驚きつつ、ザックの手を見る。ザック自体は何もおきていない。ただ手に何も持っていないのだ。ハジメから素手だったのがごとく、武器が消えていた。そしてハジメの手からも武器が消えていた。
「貴様一体何をした!!」
ザックが距離を保ちつつ、ハジメに対して警戒心を更にあげる。
「いや!本当に何もしてないですよ!俺だって武器無くなったし!!」
ハジメは自分の無実を訴えた。この世界のことはまだ理解していないハジメより、ザックが理解できるはずなのだがそうではないらしい。
「ふっ武器が無くなって助かったと思うのか。喰らえ!」
ザックがそう叫ぶと更に距離を開けて、両手をハジメに向けて何かを唱え始める。距離が遠いので何を言っているかは分からない。しかし、徐々にザックの頭上に炎の塊が現れ始める。
「ま・・・まさか魔法ですか!初魔法で初死亡ってやだなぁ。痛そうで熱そうだ・・・。走って逃げれそうにもないし・・・。」
ハジメは、この世界に召還されて初めて見る魔法に心を奪われながら自身の最後を覚悟した。
「ファイヤーボール!」
ザックが叫ぶと同時にその炎の塊がハジメに向かってくる。その最中ハジメは心の中で、おお!定番名じゃん!と思いつつ思わず拍手をした。そのハジメの目の前で炎の塊は忽然と消えた。
「え?なんで?」
ハジメもこの状況には混乱してしまった。さっきと同じ状況だが確実に言えるのは、自分が拍手をしたせいで魔法が消えたという様に見えると言う事だ。もちろん、そんな能力には目覚めていない・・・はずだ。そうハジメは思いたかった。ザックをみると確実にハジメが何かをしていると勘違いをしているようだ。一般人レベルのハジメにLV25の暗殺者が翻弄される。これはちょっとした恐怖だろう。そして自分ではそういう気はないが生命の危険に怯えていない。これは、異世界に召還されたときからではあるが恐怖心が多少麻痺してしまっているようなのだ。ゆえに客観的に見てしまう時が多々あった。元の世界では、こんな状況であれば取り乱す所か狂乱してしまうだろう。
「お・・・おまえは一体何を・・・何者なんだ・・・。」
ザックの冷静な表情が変わり、恐怖と驚きの表情になった。いやあなたが言った一応勇者ですよ?とハジメは心の中で突っ込んだ。ハジメも何が起きているか分からないので答えようが無い。
「いや、別に何もしてませんよ?私も何が起きているのか分からないのです。」
といいながらザックに近寄ろうとする。
「く・・・来るな!この事は上に報告させてもらうぞ!おぼえてろ!」
ザックが叫びつつ、後ろへ後ずさりをする。
「え?いや何もしてないって!」
ハジメはそう答えながら、今の言葉で何者かがザックを暗殺に差し向けた事と報告次第では、再度命の危険が来る事を理解した。ここはなんとしても誤解を解いて命の保障をしなければと、逃げるのを止めようと手を上げてザックを制止する。
「まあ、話を聞いてください。ザックさん・・・。」
「ひぃぃぃ、やられてたまるかぁーーーー。」
ザックは叫び声を出しつつ、藪の中を突っ切り森の奥へ逃げていった。
「あっ・・・行っちゃった・・・どうしよ。」
ハジメが置き去りにされたことに途方にくれようとした時、その森の奥から叫び声が聞こえた。そしてその叫び声はどう聞いてもザックの声であった。
「え?今のってザックさんだよね?もしかして魔物とか?」
ハジメは、恐る恐るザックの逃げた方向に目を凝らしてみた。するとある情報が浮かび上がる。
・ザック LV25 HP 0/250 職業 暗殺者/冒険者
「・・・。」
ハジメは黙ってしまう。ザックが死んだ事もそうであるがその横にでた情報に声が出なくなってしまった。
・キマイラバロン LV75 HP 700/750 スキル:魔法防御半減
「これは死亡フラグという奴じゃ・・・。」
その情報が出ている魔物が自分の方に向かってくる。ハジメは、今日2度目の自身の生命の最後を感じた。