MなS
お手軽にどうぞ。
全く。どうしてこんなに気候というやつは、私たちに対して牙を剥きたがるのだろう。
秋や春ならいざ知らず、夏や冬はどう考えたって全力で私たちを殺しにかかっているように思えて仕方がない。特にこの日本独特の、あらゆる気候を体感することのできるという風土は、すばらしい景観を提供してくれる反面、厚さも寒さもすべてに警戒しないといけないという大変さを兼ね備えている。
視界がゆがむ。地面がうねっている。
黒いアスファルトと黒い髪。黒い瞳に黒い服。どうしてこんなに熱吸収のいいことになってしまったのか。今ある状況と、もって生まれた容姿。挙句の果てには自分の好みで買った服にさえ、意味のわからない恨みが募る。
もうだめ。耐えられない。
「……コンビニにいくよ」
重い足取りで歩く私の後方、数メートルに声をかける。
「わかりました」
小さな深い声で答えるのは、顎にうっすらと髭が生え、地味な色の服に身を包んだ背の高い男だった。この男。妙な所にこだわりがあるらしく、いつもなぜか大量のネジをポケットいっぱいに所持している。今日は歩くからと、ネジを持ってこないように言ってあったのに、いったい何がそうさせるのか、歩きにくそうにする彼のポケットは今にもはち切れんばかりだ。
彼のいつもの所業に、いつものように困惑しながら歩いていると、私たちはいつのまにかコンビニエンスストア。便利店。通称コンビニの前にまできていた。
覇気のない、「いらしゃいませ」の掛け声を受け流しながら、私たちはわき目も触れず進む。目指す先にはそう、アイスがきちんと並んだ、上からのぞける冷蔵庫。
暑い日のアイスは最高。これは自明の理である。
私は、色とりどりのアイスの中からひとつを選んでつまみ上げる。数あるアイスの中でも私たちの一番のお気に入り。切ったスイカのような形の本体に、これぞアイスというべき平たい木の棒が突き刺さっているアイスだ。
わずかな冷気を袋越しに感じながらすばやくレジを通し、コンビニのすぐ脇に設置してあったイケてる感じのベンチに腰を下ろす。
私は邪魔な袋を一息に引き剥がすと、霜の掛かったアイスの赤い先端にかぶりついた。
しょりしょり。
ひんやりと甘ったるい食感が、私ののどを潤す。
お。あった。
舌で押しつぶすようにして探していたものを見つけると、私はおもむろにつま先を蹴り上げる。人体特有の骨ばったやわらかさが親指を通して伝わってくるとともに、鈍いうめき声が聞こえた。
男は私のすぐ下で恍惚の表情をしているに違いない。
準備は万端のようだ。
このアイスには、スイカに似せようとする涙ぐましい努力のおかげか、スイカのタネに似せたチョコがはいっている。私はチョコが苦手だから食べないのだが、私が食べなくても無駄にはならない。別の人間が食べればいいのだから。
私は、とろりと一筋。私の蜜とチョコが数個入ったしずくを落とす。
ぺと。
ベンチに座る私の下で、男は両手を使ってそれを受けた。
じゅ。
彼は丁寧にそれを舐めとると、ぽりぽりとチョコを食む。
二人のどちらとも無く、自然と、笑みがこぼれた。
さっきまでの暑さがどうでも良くなるほどの満足感に浸った私は、手に持ったアイスから今にも垂れそうになっている水滴に気づき、下から上手に舐める。と思いきや、すぐに下で控える彼の手のひらに垂らした。
先ほどと同じように丁寧に食す彼を見ると、なにやらもの言いたげである。その様子からチョコが入ってなくて残念そうにしていることが目に見えてわかり、そのことにまた私は満足する。
さて、次はどうしようかな。
私はぞくぞくしながら、新たな一口に挑戦するのだった。