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羽撃のアークエネミー  作者: 銀丈
第一章 羽音
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第一話 巨人のいる風景

 昼休み。風はゆるく、雲もなく、芝生に注ぐ()は穏やかだ。

「気持ちいいな、ブルー」

 天城青邪(あまぎせいや)は、自分の上に長々と寝そべり喉を鳴らしている猫に話しかけながら、頭をなでた。

 返事の代わりに金の眼を細め、頭をなでる手に自らも頬をすり寄せるのは、漆黒の毛並みの雌猫。どこをどう見ても青くはないが、青邪による命名ではないので覆らない。

 無言の無表情、しかし柔らかな力加減でブルーを()でていた青邪は、不意に横目で彼方を見た。女性的に整った線の細い容貌とも相まって、その様は見る者がいれば冷たく鋭利な印象を持ったことだろう。

 青邪がいる校庭の隅の芝生へ続く校舎の出入口から現れたのは、彼自身と同じブレザー姿の男女。肩を怒らせて大股で歩み寄ってくる少女と、妙に疲れた表情でその後を追う少年だ。

 近寄る姿を認め、青邪の表情はにわかに柔和なものへと変わった。青邪の様子の変化を悟ったのだろう、ブルーは彼の胸から降り、傍らで丸くなる。

「遅かったな、緋影(ひかげ)白郎(しろう)

 上体を起こしあぐらをかく青邪に、白郎と呼ばれた少年は「おう」と応えたが、緋影と呼ばれた少女は応えず、むくれた表情で歩み寄りざま傍らに腰を下ろした。ワインレッドのリボンで束ねられた漆黒のポニーテールが勢いで跳ねる。

「どうした、緋影?」

「ハムカツサンド、売り切れてた」

 手持ちの巾着袋から丸みのある弁当箱を二つ取り出しながらの低い声は、表情に違わず、呪詛(じゅそ)を思わせる響きすら帯びている。

「大好物だもんな。……いつもありがとう」

 弁当箱の一つを受け取る青邪の言葉に、緋影の表情がやわらぐ。

「うん」

 厚切りハムの存在感際立つ購買の逸品、ハムカツサンド。肉類をこよなく愛する緋影は、昼時には決まって、弁当とは別にそれを食べている。青邪にとっても見慣れた光景だった。

「明日は、せーちゃんの番だからね」

「わかってる。豚と鶏なら、どっちがいい?」

 んー、と緋影は指先を顎の先に当てて束の間考え、答えを返す。

「豚、かな」

「わかった。じゃあ生姜焼きでもやってみようか」

「うん、楽しみにしてる」

「ったく、これだから幼なじみってやつは。当たり前みたいに弁当作り合いやがって」

 ぼやきながら白郎も二人のそばにあぐらをかき、ぶら下げていた白いビニール袋から焼きそばパンの包装を取り出した。その逆立ち気味の硬い黒髪や逆八の字の眉、柔和とは言いがたい強面(こわもて)に覇気はなく、疲れたような陰がある。

「変か?」

「違えよ。見せつけてんじゃねーって話だ」

「見せ……」

 白郎の言葉を受け、緋影の頬に朱が差す。しかし無言で盗み見る少女の視線を知ってか知らずか、青邪の表情に変化はない。

「緋影、俺たち何か変なことしてるか?」

「え! あっ、な何も特別なことはしてないと思うよ!」

 振り返る青邪にあわてて答え、首をかしげるその様に緋影は密かに肩を落とす。

「あー、うぜー」

「うるっさいなあ、いいんだよ……まだ」

「なあ、何の話をしてるんだ?」

 まるで事情を把握していない様子の青邪に、白郎は半眼で一瞥(いちべつ)を送り、ため息。

「おまえ頭いいのに、変なところだけ察し悪いよな」

相模(さがみ)

「言わねーよ。つーか説明してわかる気がしねー」

「あっそ……」

「まあ……何はともあれ、だ」

 首をかしげながらも青邪が会話を区切り、二人も応じた。いただきます、と三人の声が揃い、青邪と緋影は弁当箱のふたを開ける。白郎もやきそばパンの袋の封を切り、再びため息をもらした。

 青邪の弁当箱にも、緋影の弁当箱にも、ごく普通に肉類が入っている。これもまた、いつもの光景。緋影は日々、肉入りの弁当とハムカツサンドを一緒に食べているのだ。

桐生きりゅうよぉ、ホントなんでそんな肉肉してんだおまえ」

「体動かしてると、やっぱりお腹空くのよね」

「運動部の助っ人して回ってんのは知ってっけど、大会のない今ぁ帰宅部じゃねーか。太んぞ」

「ちょっ! なんてこと言うのあんたは!」

「太っても緋影は緋影だと思うよ、俺は」

 弁当の一部を間近へ寄ってきていた黒猫ブルーにおすそ分けしながら、青邪はにこやかに告げる。

「あ、う、嬉しいけど……言われてる内容は、嬉しくない……ていうかさ」

 つぶやきも束の間、下がっていた緋影の眉がつり上がる。

「なんでここにいて、なんでせーちゃんにちょっかいかけてんの、ブルー」

 黒猫は振り返らない。緋影に近い方の片耳を向け、そして正面、青邪の元へ戻した。元より食事を中断する様子はない。

「飼い主には興味ないってか! 猫に嫉妬とかあたしイヤなんだけど!?」

「……えーと、桐生。今度からハムカツサンドおごってやっから、予定入るまでオレに空手教えろよ。確か段持ちだよな――いいだろ天城」

「ん、何で俺に訊くんだ?」

「ここはおまえが答えるとこなんだよ。さあ、いいのか悪いのか、どっちだ」

 問われ、特に迷う様子もなく答えは返された。

「いいよ」

「ってワケだ」

 青邪から目を戻す白郎に、青邪とブルーを、口をとがらせながら見ていた緋影は肩をすくめる。

「せーちゃんがいいなら、いいよ。買収されたげる。でも、なんで?」

 答えの代わりに、白郎は緋影の背後に視線を送る。それを追い、緋影も「ああ」と納得にうなずいた。

 校舎の陰に、巨人があぐらをかいている。

 黄色と黒色の二色に塗り分けられた金属の体躯、その胸郭にある上下開閉式のハッチは開放されていて、奥のコックピットには小柄な老人が収まっている。

 ガンスレイヴ。全高六メートル程の人型作業機械であった。恐らく、ここ数日続いている校舎の外装工事に派遣されているうちの一体なのだろう。

「そういえば相模、前からガンスレイヴ乗り志望だって言ってたっけね」

「おうよ。人型ロボットとか燃えねえ?」

 焼きそばパンに続くクリームパンの包装を切りながら、白郎。

 ほんの十年ほど前。それまで絵空事でしかなかった有人操縦式ロボットは、世に出るなり普及した。

 人の意思を脳波から汲み上げ機械の駆動系へ落とし込む義肢技術「アガートラーム」が重機に応用された結果生まれたガンスレイヴは、穴掘り、重量物運搬、と乗り換えの必要なしに複数作業をこなせ、インターフェイスの特性上、操縦技術もほぼ必要ないのだ。

「わかんないこともないけど」

 緋影の視線の先、ガンスレイヴの右手の指の間には長く細い二本の棒が挟まれており、その先端は一見しただけでは判らないほど精密に上下している。

「ああいう超ベテラン、押しのけるのは相当難しそうじゃない?」

 老人の膝上の弁当箱から、老人の口へ――細い棒の正体は長大な箸であった。恐らく、衰えた生身の指より機械の指の方が確実に動くということなのだろう。

「さすが職人、すげーな……」

 呆れと感嘆の混じったつぶやきが白郎の口からこぼれる。

 ガンスレイヴには搭乗者の動きがそのまま反映されるので、体の利かない老人も機械の体を通せば力持ちの熟練工として現役続投が叶う。年を経て(つちか)われた技こそが、人型ゆえの汎用性や操縦の容易さを大きくしのぐ、普及の大きな要因であった。

 そんな経緯から、ガンスレイヴ乗りの年齢層は中年以上が大半を占めている。自分自身の体も乗りこなせていない若者は、熟練の勘と機械の精密さを併せ持つガンスレイヴの潜在能力を引き出しきれないからだ。

「でもまあ、オレ土方(どかた)やりたいわけじゃねーし」

 クリームパンの断片をほおばりきる白郎。パンの包装はポケットの中に収まった。

 若者の脳が年長者のそれに勝るのは、反応速度。精度の高い身体感覚を有する格闘技経験者もまた、ガンスレイヴの乗り手として需要があった。敏捷性を要求される、主に工事現場の外――荒事(あらごと)の現場で。

「警察か、自衛隊か、格闘技を活かすってことは消防じゃないよな、多分。白郎は戦いたいのか?」

 不意の問いに、白郎は青邪を振り返る。弁当箱をバンダナに包み直しながら彼を見上げる少年の眼に感情の色は薄かった。

「戦いてえっつーか、あー、なんて言えばいいんだ?」

 見下ろした右手を、胸元で握り、開く。

「そりゃあさ、何しようってワケじゃねーよ。オレそんな頭よくねーし。たださ、何かあっても何とかできる力が自分(てめえ)の手にあるって、サイコーじゃね?」

「そうか」

 真顔も束の間、青邪はにっこりと()んだ。

「いいな。そういうの。俺にはないものだ」

「は? いやおまえ、桐生に何かあったらとか思うだろ? 最近物騒だし」

「ちょっと相模――」

「何もないよ」

「へうっ!?」

 瞬間的に硬直する緋影。その耳が見る間に赤く染まっていく。弁当箱を片手に、ブルーを傍らに従えた青邪は彼女に歩み寄るなり空いている腕をうなじへ回し、髪をなでながら抱き寄せたのだ。身長差があるので、青邪の胸に埋もれる格好の顔に浮かぶ緋影の表情は判らない。

「緋影が危険にさらされることはない。今までも、これからも。そうだろう、緋影」

「う……うん……」

 青邪の言葉に緋影も、抱えられたままの頭をぎこちなく縦に振る。そんな様を目の当たりにする白郎の顔へは疲労の影が差した。

「あーそーっすか。素でのろけ散らかしやがって」

 け、とそっぽを向いて吐き捨てる。

「オレぁもう行くぞ。付き合ってられっか」

「どこへ行くんだ?」

「教室に決まってんだろ」

「……珍しい。屋上じゃないんだな」

 青邪を振り返る白郎の口元が、一瞬引きつった。

「うるっせえな」

 目をそらした懐から取り出されるのは、長方形の紙箱。慣れた様子で中から抜き出した白い棒を口にくわえてポケットを探り、白郎は数秒動きを止めた。そして思い出したように、口を離した棒ごと紙箱を握りつぶす。

「単位そろそろ足んねえんだよ! 一応高校くらい出とかねえと作業用以外のガンスレイヴ乗れそうにねえし! 学歴社会とかマジでクソだ!」

 つぶした紙箱を床に叩きつけながら放たれる叫びにも、青邪の柔和な表情が崩れることはない。その場の反応といえば、飛散する煙草の破片という思わぬとばっちりに跳びのくブルーくらいのものだった。

「じゃあ、教室でも一緒だな」

 緋影の髪をなでながらの青邪に、ため息と共に「そうだな」とうなずくと、白郎はきびすを返し中庭から去っていった。

「あの、さ、せーちゃん」

「うん?」

「そろそろ放してくれないかなー、って思うんだけど」

「ああ、わかった」

 言いながら青邪は緋影を即座に解放する。うっすらと赤い顔の緋影は何とも言えない複雑な表情で青邪の顔を見上げ、ため息をひとつ。

「ね、せーちゃん」

「なんだ、緋影?」

「さっきの、守ってくれるって言葉、うれしかった。でもさ、せーちゃんって、あたしを――」

『タケシ坊や、そろそろ弁当にせんかのう』

 唐突な大音量は、中庭の隅でおもむろに立ち上がったガンスレイヴが発したものだった。小首をかしげる巨人に応じて、足元の青年が叫ぶ。

「じーちゃん今、食って立ち上がっただろ! とりあえず箸しまえよな!」

『おお、おお。ワシとしたことが。すまんのう』

 空いている手で頭をかく動作を見せながら手持ちの棒をしまいこむと、黄と黒、ツートンカラーの巨人は流れるような足運びで去っていく。言動がどうあれ、その動きはやはり洗練されたものであった。

「……緋影?」

 かけられる声で我に返り、知らずにらみつけていたガンスレイヴから青邪へ向き直ると、緋影はため息と共に肩を落とした。

「やっぱいい。また今度訊く。いこっか」

「ああ」

「――あんたも帰りなさいよ」

 青邪から弁当箱を受け取りながら振り返る緋影の言葉に、二人につき従っていたブルーがぴんとしっぽを立てる。

 青邪と緋影が校舎へ姿を消して程なく。昼休みの終わりを告げる予鈴が響き渡った。

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