王誕祭-3
「失礼致します」
リョウトがユイシークやアーシア、ジェイクと談笑しているところに、声をかけてくる者がいた。
一同が声の方へと振り返れば、そこには先程ジェイクがリョウトに紹介した男性の姿。
「貴公は……コレオス・セフィーロだったな?」
「は。陛下に名前を覚えていただいているとは、光栄であります」
夜会の場だけに跪くようなことはせず、コレオスはユイシークに向かって軽く頭を下げるだけに留める。
「して、何用だ?」
「は。畏れながら、私が用がありますのは陛下ではなく魔獣卿に、であります」
「僕に、ですか?」
はい、と頷いたコレオスはリョウトを真っ正面から見据える。
「魔獣卿……いや、リョウト・グララン閣下。明後日の馬上試合において、私の挑戦を受けていただきたい」
コレオスの言葉は、その場にいるリョウトやユイシークたちだけではなく、彼らの会話に耳をそばだてていた貴族たちにもしっかりと届いた。
途端、ざわりと沸き上がるざわめき。
過去、馬上試合において、特定の相手に挑戦状を叩きつけた例は少なくはない。
何らかの問題を抱えた騎士や貴族が、馬上試合の結果で白黒着けた逸話は数えきれないほどだ。
そのため、口さがない貴族たちは勝手にリョウトとコレオスの因縁を想像し始める。
いわく、リョウトの妻のどちらかはコレオスのかつての恋人だった。いわく、リョウトとコレオスは異母兄弟である。いわく、馬上試合の結果に互いに多額の金を懸けている。などなど。
全く出鱈目もいいところなのだが、この場の話題としては実に申し分ない。そしてそれこそが、コレオスの狙いでもあった。
「いかがでしょうか、閣下。私の挑戦を受けていただけますか?」
にたりと意味深な笑みを浮かべながら、コレオスはリョウトに詰め寄る。
コレオスはリョウトが馬に乗れないことを知っているはずであり、ここで彼が自分に挑戦してくる理由がリョウトには分からない。
そのため、その理由をコレオスに尋ねようとした時、リョウトよりも早く口を開いた者がいた。
「おもしろそうではないか。よかろう、余が二人の勝負を見届けてやる。双方とも依存はないな?」
「陛下に見届け人となっていただければ、勝負の結果に後から言いがかりをつけることもできますまい。いかがでしょうか、グララン閣下?」
「…………承知しました。貴公の挑戦、受けましょう」
ユイシークが見届け人となると言い出しては、リョウトとしても引き下がるわけにはいかない。
コレオスはユイシークやジェイクたちに一礼した後、不敵な笑みを浮かべてリョウトへと向き直る。
「そうそう。確かグララン閣下は馬に乗れないのでしたな? ならば、ご自慢の魔獣に乗って試合に出場されても構いませんぞ? では、当日を楽しみにしております」
そう言い残したコレオスは、颯爽とその場を後にした。
後に残されたのは、ぽかんとした表情のユイシークと、済まなさそうな顔をしたジェイク。
そして心配そうに夫を見つめるグララン子爵夫人たち。
「なあおい、兄貴? コレオスの奴が兄貴は馬に乗れないとか言っていたが……どういうことだ?」
いまだにぽかんとしたまま尋ねるユイシークに、リョウトは苦笑を浮かべるしかなかった。
「いや、ほんっとうに済まんっ!!」
「本当だよ。シィくんの悪い癖でリョウトくんにとんでもない迷惑をかけちゃったんだから。今回ばっかりはしっかりと反省すること! いいねっ!?」
夜会が無事に終了してから。
リョウトと彼の妻たち、そしてユイシークとアーシア、ジェイク、ケイルといった面々は、礼服から楽な服装に着替えることもなく、リョウトたちに与えられた客間に集まっていた。
そして開口一番に放たれたのが、ユイシークの謝罪の言葉だった。
「まあ、早くシークに話を通しておかなかった俺にも責任の一部はあるからな。俺からも謝罪すンわ。悪かった」
「気にしないでください。原因はどうあれ、コレオスの挑戦を受けたのは僕ですから」
「そうだな。今は過ぎたことより、これからどうするか考えた方が建設的だろう」
ケイルの言葉に、その場にいる者全員が頷く。
「しっかし、コレオスの奴がリョウトに反感を抱いていたとはな……」
「先の内乱ではシークとおまえ、そしてリョウトの独壇場だったからな。活躍の場を奪われたと感じている軍人は少なからずいるだろう」
やはり、軍人たるもの戦で戦果を上げることが、出世の一番の早道であるのは間違いないし、疑いようもない。
半年前の内乱は、久しぶりの大きな戦だった。この機会に功績を打ち立てようと内心で目論んでいた軍人は、当然ながら相当数いたはずである。
そんな彼らの目論見を、結果的にリョウトは台なしにしてしまった。
もちろん、それはリョウトに責のあることではないし、そのことでリョウトを恨むのも筋違いでもある。
しかしケイルの言うように、その結果に納得しきれていない者もいないわけではないのだ。
そのことはリョウトも承知している。
また、最近まで庶民でしかなった人間が突然貴族となり、国王とも親しいとなれば、歴史のある家の者の心中が穏やかであるはずがないだろう。
そんな彼らの狙いは、これを機に魔獣卿の評判を少しでも下げることに違いあるまい。
「どうやら今回は、シィくんのおもしろいことに目がない性格も利用されたみたいだね。だからわざわざあのコレオスって人は、シィくんのいる前でリョウトくんに挑戦したんだと思うな」
アーシアが言ったその言葉に、一同の非難めいた視線が国王その人に向けられる。
一斉に向けられたその視線に、若干たじろぎながらユイシークは何とか話題の転換を試みた。
「そ、そういや、コレオスも言っていたじゃないか。魔獣を使っても構わないってよ。何なら、本当に魔獣に乗って出場してみないか? 馬上試合の会場に飛竜に乗って現れれば、きっと観客たちも大興奮すると思うぜ?」
「確かに観客たちは喜ぶだろうが、そいつぁ無理だろう。馬上試合の会場はそれほど広くはない。飛竜が入れるとは思えンな」
馬上試合。正確には馬上槍試合と呼ばれるものである。
八十メートルほど離れた地点から合図と共に馬上槍を構えて馬に乗って突進し、交差する一瞬で互いに構えた馬上槍で相手を突き、落馬させる競技である。
一回の交差でどちらも落馬しなければ、馬首を巡らせて再び突進する。数度の突進で決着がつかなければ、馬から降りて剣を交えて勝敗を決める。
競技用の先端に専用の器具を取り付けた殺傷性の低い馬上槍を使用するものの、高速で突進しながら相手を突くので怪我人は元より時には死者さえ出る厳しい競技であり、乗馬技術と槍術はもちろん、相手の突きを交わす反射能力など、いくつもの能力が必要とされる競技でもある。
そして、ジェイクが言うように競技の場となる会場は決して広くはない。
二頭の馬がすれ違える程度の幅と、助走となる距離があれば事足りるのだから。
実際に競技が行われる会場は、幅が十五から二十メートル、距離が八十から九十メートルの細長い空間であり、巨大な飛竜では間違いなく会場に入れない。いや、入れたとしても身動きできないだろう。
「でもよ? あの斑熊ならどうだ? あれなら入れるんじゃないか?」
「確かに陛下が言うように、ガドンなら入れそうですが……ガドンに乗ると、馬上槍が相手まで届かないでしょうね」
リョウトの言葉に、全員がなるほどと納得する。
全長五メートルほどもあり、それ相応の横幅もある斑熊の背中からでは、普通の馬上槍では相手まで届かない。逆に言えば相手からも届かないということであり、それでは根本的に勝負にならないだろう。
そうなるとあとは闇鯨のマーベクか、岩魚竜のフォルゼだが、マーベクも身体が大きすぎるし、フォルゼは地上では動きが鈍すぎる。どちらも馬上試合には不向きと言わざるをえない。
おそらくその辺りさえも見越して、コレオスはリョウトに魔獣を使っても構わないと言ったのだ。
「それでは、一体どうするつもりだ、リョウト様?」
「まさか、今更棄権する……とは言わないでしょうね、リョウト様なら」
ルベッタとアリシアの不安そうな視線と言葉。
リョウトは、愛する妻たちの不安を打ち消すために柔らかく笑う。
「一応、僕にも考えはあるんだ。その考えを実行するにあたり、キルガス伯爵かクーゼルガン伯爵……もちろんユイシーク陛下でも構わないのですが、一つお願いがあります」
「おう、俺にできることなら何でも協力するぜ?」
「無論、私もこいつと同意見だ」
「はっはっは。どうやら兄貴は何かおもしろそうなことするつもりだな? よっし! 俺も混ぜろ」
「もう、シィくんったら……さっき反省しなさいって言ったばかりなのに……」
自分の申し出に快く応じてくれるユイシークたちに、リョウトは感謝しつつその願いごとを口にする。
「競技に出るための、甲冑一式と馬一頭を貸していただきたいのです」
翌日。
昼間は昨日と同様に王都中は祭一色である。
もちろん、王都は夜でもあちこちで歓声や嬌声が上がり、昼間同様市民たちは祭を楽しんでいる。
そして王城では、昨日に引き続いて夜会が開かれていた。
昨夜とはまた違った礼装に身を包んだ紳士淑女たちが、酒に料理に会話にダンスにと、それぞれ思い思いに楽しんでいた。
そんな彼らの間で最も話題になっていたのは、もちろん明日のリョウトとコレオスの馬上試合での対決である。
様々な憶測と流言が飛び交い、中にはどちらが勝つか賭を行う者もいた。
そして、この時には既にリョウトが馬に乗れないという噂も広がっており、十中八九コレオスが勝利するだろうと貴族たちは囁き合っていた。
「……戦場における戦闘ならば、魔獣を操るグララン子爵が間違いなく勝つでしょうが、ことが馬上試合ですからなぁ」
「本当に噂通りに魔獣卿が馬に乗れないのならば……勝負になりませんな」
「確かに魔獣に乗っていれば馬など必要ありませんからな。案外、本当に魔獣卿は馬に乗れないのやもしれませんぞ?」
「普通に考えれば、馬に乗るより魔獣に乗る方が難しいのですがね。いやはや、グララン子爵は何かと型破りなお方だ」
それぞれに勝手なことを言い合う貴族たち。
中にはリョウトに直接「噂通り馬に乗れないのか?」と尋ねてくる者もいる。
そんな相手には、「当日の試合をご覧になれば分かります」とリョウトは答えておいた。
こうして様々な憶測と思惑があちこちで交わされながら、王誕祭の二日目が過ぎて行く。
明日は王誕祭の三日目、最終日である。
この日、昼間の目玉は何といっても馬上試合であろう。そして夜には夜会は行われず、昼間の馬上試合の優勝者や成績上位者を称える祝宴が開かれる。
馬上試合の会場となる試合場には、貴族だけではなく庶民も大勢詰めかける。庶民の目から見ても、馬上試合は祭の最大の催しなのだ。
更には、今回の馬上試合には先の内乱で活躍した「魔獣使いの英雄」が出場するという話が広がり、庶民も噂の英雄を一目見ようといつも以上に会場に押し寄せていた。
王侯貴族、そして王都の庶民たちの全てが注目される中。
いよいよ馬上試合が幕を開けるのだった。
『魔獣使い』外伝更新。
今回はきりの関係で少々短めですが、この外伝もあと一話で終わりそうです。
もしも可能であれば、最後の一話も同時に投稿する予定。
そういえば、「馬に乗れない英雄」でナポレオンを思い出しました。どうも彼の英雄は馬に乗れなかったという説があるそうです。
ナポレオンといえば、馬に乗った勇ましい肖像画が有名ですが、あれは彼の願望を画家に命じて描かせたのだとか。
実際、戦場では馬ではなくロバに乗っていたと聞きました。
閑話休題。
では、次回もよろしくお願いします。