表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔獣使い  作者: ムク文鳥
番外編
87/89

王誕祭-2

 ジェイクはリョウトたちを王城の客室の一つに案内すると、そのまま無遠慮にソファに腰を下ろした。


「……まさか、おまえが馬に乗れないとはな……思いもしなかったぜ」

「そうは言いますがね、伯爵。僕は少し前までは庶民だったんですよ? 馬なんて買う金はありませんでした」


 リョウトの言葉通り、馬一頭の値段は決して安いものではない。

 専用の調教を受けた軍馬でなくても、普通の乗用馬でも庶民がおいそれと買えるようなものではないのだ。農業用の農耕馬でさえ、それを所有しているのは大きな農場を営む農場主などだけで、普通の農民ではまず手を出せない。


「だけどよ? 普段っから飛竜を自在に乗り回しているおまえが、だぞ? 馬に乗れないなンて思うわけねぇだろう」

「あれは乗り回しているんじゃありません。バロムに乗せてもらっているだけです」


 リョウトの言葉に、彼の妻たちも揃って頷く。

 バロムを始めとしたリョウトの魔獣たちは、皆妙に賢い。

 リョウトたちの言うことをかなり理解しているようで、頼めば大抵のことに応じてくれる。

 そうでなければ、リョウトはともかくアリシアとルベッタまでもが、彼の魔獣を乗りこなせるわけがないのだ。


「ほう。ってことはだ? おまえの飛竜は俺が頼んでも乗せてくれるのか?」

「おそらく大丈夫だと思います。実際、伯爵はもう何度もバロムに乗っていますからね。バロムも伯爵のことは覚えているでしょう」

「そうか、そうか。そりゃいいことを聞いた。今度、おまえの飛竜を貸してくれ。そンで、いきなりあいつの前に現れて驚かせてやろう」


 ジェイクの言う「あいつ」が誰かなど、今更尋ねるまでもなく。

 リョウトとアリシア、そしてルベッタは、ジェイクの言ったような場面を想像し、まるで子供のように悔しがるとある人物を思い浮かべて苦笑する。


「……しかし……」


 それまでにやにやと笑っていたジェイクが、不意に真面目な表情で考え込む。


「馬や甲冑だけの問題なら俺が貸してやれば済むンだが、そもそも馬に乗れないとなると馬上試合の参加は無理か?」

「ええ。期待してもらったのに申し訳ないのですが、そちらの方向で考えていただけると助かります」

「……判った。シークには俺の方から言っておく。ところで、馬上試合の前にまずは夜会があるんだが……まさか、そっちの用意もしてねぇなンてこたぁねぇよな?」


 今のリョウトたちの姿は、貴族になる前に愛用していた魔獣鎧(まじゅうがい)魔獣器(まじゅうき)という、まるで魔獣狩り(ハンター)のような姿である。

 それ以外の彼らの荷物と言えば、個人個人が背負っている背嚢程度。とてもではないが、夜会で着るような服装を持参しているとは思えない。

 不審そうに眉を顰めるジェイクをよそに、リョウトたちは涼しい顔で応えた。


「それなら、我が領の財務担当者が、安価でも高品質の夜会用の服を用意してくれました。マーベク」


 リョウトが魔獣の名を呼びながら、とんとんと床を踏み鳴らす。

 すると彼の足元にある影がざわりと揺らめき、そこからぷかりと箱のような物が浮かび上がる。

 驚くジェイクの目の前で、リョウトは都合三つの箱を影の中から引き上げた。


「……そういや、闇鯨にはそんな能力もあったっけな」

「ええ。いろいろと重宝しています」

「ホント、おまえの魔獣たちはいろいろと凄ぇな」


 呆れたように言うジェイクに向けたリョウトの笑顔は、とても誇らしげだった。




 数日が経過し、王都ユイシークはすっかり王誕祭の雰囲気に包まれていた。

 祭は都合三日間。初日に国王であるユイシークが祭の開催を宣言すると、王都は大いに沸き上がった。

 普段は庶民は足を踏み入れることのできない王城も、祭の開催中はその一角が解放される。

 さすがに国王や宰相の執務室、後宮などといった特別な場所には立ち入れないものの、それでも王城に入れるというだけで民たちは楽しげに興奮している。

 そして王城の庭で振る舞われる酒やちょっとした料理もまた、民たちの気分を盛り上げるのに一役かっていた。

 庶民たちは興味津々で解放された王城の中を見て歩く。中には既に酔っ払ったのか、立ち入り禁止区域に入り込み、衛兵につまみ出されている者もいる。

 王城だけではなく、王都中の至るところに出店が立ち並び、主だった通りは人波で埋め尽くされる。

 近隣の町や村だけでなく、遠隔地から祭を見物がてらに行商に来る者もいて、祭の間の王都の人口は普段よりもかなり多くなっていた。

 そして、遠隔地から王都までやって来る者は、何も庶民だけではない。

 地方に領地を持つ貴族たちもまた、祭に合わせて王都へとやって来るのである。




 昼間は多くの庶民たちが溢れていた王城。

 だが、日が暮れてからそこに集うのは、煌びやかに着飾った紳士淑女。

 王城で開催される夜会に出席するため、国中の殆どの貴族たちがこの場に集うのだ。

 もちろんその中には、新興貴族であるグララン子爵の姿もある。

 夜会の会場となっている王城の大広間。そこにグララン子爵の入場を告げる呼び出しの声が響く。

 大広間に集まっていた紳士淑女が、一斉に広間の出入り口である大扉へと注目する。

 軽い軋みの音と共に大扉が開かれれば、そこに三人の年若い男女の姿があった。

 濃緑を基調とした礼服を身に纏ったリョウトを中心に、彼の左右に陣取るのはもちろんその妻たち。

 夫の右手に腕を通しているのは、第一夫人のアリシア・グラランである。

 赤みの強い金髪をきっちりと結い上げ、湖を連想させる深い蒼のふわりとしたドレス姿。その洗練された美しさに、この場に集っていた多くの男性の視線が集まる。

 そして女性たちの目は、彼女の髪を彩る装飾品に注がれた。

 結い上げられた髪のあちらこちらで、大広間を照らす無数の蝋燭の光を受けてきらきらと輝いている髪飾りは、貴族の夫人や令嬢である女性たちでさえ、これまでに見たことのない素材で作られていた。

 宝石に劣らないほどの光沢を持つ小さな破片を幾つも繋ぎ合わせ、(ピン)を用いて第一夫人の髪を彩るその髪飾り。もちろん、単なる宝石や貴金属ではない。

 この髪飾りの正体は、十数枚の飛竜の鱗を細かく砕いて形を整え、それらを丁寧に磨き上げて作られたものであった。

 その反対側にいるのは、第二夫人であるルベッタ・グララン。

 彼女は第一夫人とは対となるように、青味のかかった艶やかな黒髪を真っ直ぐに垂らし、身体の線がはっきりと浮き出る真紅のドレスを纏っている。

 特に自己主張の激しい彼女の胸元。そこを飾るのは、何かの牙に細い彫刻を施した首飾りだ。

 武骨でやや大振りではあるものの、牙に施された繊細で見事な細工は、第二夫人の肌の白さと深い胸の谷間と相まって、決して野暮ったい印象は与えない。

 その牙の大きさから、普通の魔獣のものではないことは明らかだろう。

 これはリョウトの祖父、ガラン・グラランの遺品の一つである、バロステロスの牙なのである。

 魔獣の最高峰の一つと数えられる飛竜の鱗に、かつては厄災の暗黒竜と呼ばれ、現在では王国の守護竜とも呼ばれるバロステロスの牙。

 当然、それらの価値は宝石や貴金属に決して劣らない。

 「魔獣卿」の異名を持つグララン子爵だからこその、他者ではまず手に入れられない装飾品たち。

 それはこの大広間の中で、異彩ではあるものの確かな光を放ち、人々の目を集めていた。




 先だっての内乱における最大の殊勲者にして、貴族となる前より国王の片腕と言われるキルガス伯爵と親しく。

 彼の妻の一人は王妃と血縁関係にあり、そのためか国王その人からの信頼も厚い。

 しかもその身には、一万の軍勢をもたった一人で蹴散らすほどの強力な異能を秘めて。

 子爵と地位こそそれほど高くはなく、領地も王国の辺境に近い。だが、他の貴族からすれば、グララン子爵は決して軽んじることのできない存在であった。

 何人もの貴族たちが、入れ代わり立ち代わりリョウトの元を訪れ、親しげに挨拶していく。

 彼らの目的はもちろん、グララン子爵と友好的な関係を作り出すことである。中には敵愾心を燃やす者や露骨な嫌味を言う者もいるが、それらは明らかに少数であった。

 彼を敵に回せば、強大な魔獣たちがある日突然襲ってくるかもしれないのだ。誰だってそんな相手とは、敵対するよりも友好を選ぶだろう。

 時には自分の娘を三番目の妻にどうかと申し出る者や、明白(あからさま)に好色な視線を彼の妻たちへと注ぐ者もいたが、リョウトはそれらを全てはっきりと──妻たちに色目を向けた者には、その鋭い隻眼でたっぷりと脅した──断った。

 そんなリョウトたちの元に、ジェイクとケイルが姿を見せた。

 国王の両腕とも呼ばれる両名の登場に、リョウトたちを囲んでいた人垣がさっと割れる。


「よぉ。大人気だな」

「カノルドス王国内において、グララン子爵は確固たる地位を築いた、といったところか?」


 夜会ということもあり、ジェイクとケイルも礼服姿だ。

 リョウトは順に二人としっかりと手を握り合う。

 その時、ジェイクがすっとリョウトの耳元に顔を寄せて小声で囁いた。


「アリシアはともかく、おまえとルベッタはにわか貴族の化けの皮は剥がれてねぇか?」


 くすくすと小さく笑うジェイク。

 彼の言う通り、生まれた時から貴族だったアリシアとは違い、リョウトとルベッタはにわか貴族に違いない。


「ええ。今のところは大丈夫です。なんせ、アリシアにみっちりと仕込まれましたからね」


 リョウトとルベッタの二人に、貴族としての作法などを叩き込んだのはアリシアだ。

 その際の厳しさ相当なもので、ルベッタなどは一度逃走を企てたほどであった。


「そいつは僥倖。せいぜい化けの皮が剥がれないようにするんだな」

「努力します。ところで……陛下はそろそろお見えになるのですか?」


 リョウトがちらりと空の玉座へ視線を向ける。

 現時点で、国王であるユイシーク・アーザミルド・カノルドスは、この大広間に姿を見せていない。

 本日彼が欠席するという報せは受けていないので、もうそろそろ姿を見せるのだろう。

 リョウトがユイシークのことを尋ねた時、ジェイクとケイルが互いに顔を見合わせてはぁと深い溜め息を吐いた。


「シークの奴は……まあ、なんだ。ちょっといろいろあってな。ぎりぎりまでミフィの傍にいるつもりなんだろうさ」

「もしや……ミフィシーリア様に何かあったのですか?」

「何かあったと言えばあったんだが……後で詳しく話す。これ以上、ここではこの件に触れるな」


 小声ではあるもののはっきりとした拒絶の言葉。ここでは話せないということは、ミフィシーリア個人としてではなく、カノルドス王国王妃としての彼女に何かあったのだろう。

 そう推測したリョウトが黙って頷いた時、呼び出しが()人の入場を告げた。


「カノルドス王国国王、ユイシーク・アーザミルド・カノルドス陛下ならびに第一側妃アーシア・アーザミルド様、ご入場!」


 国王の名と共に告げられたその名前に、会場に居合わせた貴族たちがざわりと騒ぐ。

 本来ならば、国王であるユイシークが伴う女性は、王妃であるミフィシーリアのはずなのだ。

 それなのに、ユイシークと共に現れたのは第一側妃のアーシアであった。そのことに、勘ぐり深い貴族たちが早速あれこれと邪推を囁き合う。

 そんな中、アーシアを伴ったユイシークは悠然と歩を進めて玉座へと辿り着く。

 彼が玉座へと着く瞬間、大広間にいる全ての者がユイシークへ向けて頭を下げる。


「皆の者、面を上げよ」


 国王の言葉が響き、貴族たちが一斉に頭を上げる。


「今宵はよく集まってくれた。まずはその事に礼を言おう。さて、余の隣にいるのが王妃であるミフィシーリアではなく、第一側妃のアーシアであることに疑問を抱く者もいよう。よって、まずはそれを説明させていただこう」


 玉座に着いたユイシークは、眼下に集う者たちをゆっくりと見回す。


「現在、王妃のミフィシーリアは少々体調を崩しておる。もちろん、深刻な病などではないので安心して欲しい。だが、大事をとって本日は休養を取り、ミフィシーリアの代役としてアーシアにこの場に来てもらった」


 ユイシークがその隣に立つアーシアへと視線を向ける。

 それに頷いたアーシアは、微笑みながら彼女に視線を集める貴族たちに向かって口を開いた。


「今、陛下が仰いましたようにミフィシーリア様は体調を崩されておいでです。ですが、ご安心ください。決して重篤な病ではありません。仮にそのような病魔に蝕まれたとしても、陛下と私の異能で病魔など一瞬で駆逐されるでしょう」


 ユイシークとアーシアが共に宿す「治癒」の異能。

 それを知らぬ者はこの場には一人としていない。貴族たちはなるほどと納得したようにアーシアの言葉に頷いている。

 実際には、ユイシークの「治癒」で病気を癒すことはできても、アーシアの「治癒」では病気を癒すことはできないのだが、そこまで詳しく知っている者はそれほど多くはない。


「ですが、ミフィシーリア様は将来の国母となられる、この国になくてはならぬ大切なお方。そのため、陛下はミフィシーリア様に本日は無理をなさらず休養するように命じられました。そんなミフィシーリア様の代役として、本日は私が皆様のお相手を務めさせていただきます。どうか、よろしくお願い致します」


 アーシアが締めくくると、大広間は大きな拍手に包まれた。

 彼女はにっこりと微笑み、居並ぶ貴族たちに向けてドレスの裾をひょいと持ち上げて優雅に腰を折る。

 そして、そのまま玉座のユイシークの背後に静かに控えた。


「では、諸卿らには本日は心行くまで楽しんでいただきたい」


 ユイシークの言葉に合わせ、壁際に控えていた楽団がそれぞれの楽器を演奏し始める。

 この瞬間、王城における夜会は幕を開けたのだった。




 緩やかな三拍子の音楽が流れる中、紳士たちがお目当ての淑女の手を引いて広間の中央へと進み出る。

 彼らは互いの相手と向き合うと、ゆっくりと音楽に合わせて踊り出す。

 そんな踊りの輪の中には国王の姿もある。もちろん、その相手を務めるのは第一側妃のアーシア。二人はくるりくるりと大広間の中央を軽やかに舞う。

 やがてゆっくりと演奏が終わり、紳士と淑女は互いに相手に一礼すると、次の相手を求めて広間の中央から離れていく。

 国王とその第一側妃も例外ではなく、ユイシークはアーシアの手を引きながらジェイクとケイルがいる場所へとやって来た。

 そこにはアリシアの姿もある。どうやら夫とのダンスの一番手を第二夫人に奪われたようで、どこか不貞腐れた風にワインを煽っていた。


「そんな顔していると美人が台なしだぞ、グララン子爵夫人?」


 くすくすと笑いながらユイシークがアリシアに声をかければ、アリシアは慌てて改まって頭を下げた。


「お、お帰りなさいませ、陛下」

「暇そうだな? なら、一曲お相手を願ってもよろしかな?」


 右手を左胸に。左手を腰の後ろに。やや大袈裟な仕草で頭を下げながら、ユイシークがアリシアをダンスに誘う。

 事実、アリシアをダンスに誘うおうとしている男性はかなりいた。だが、彼女がかのグララン子爵の第一夫人であり、また、彼女の周囲にジェイクやケイルといったこの国の重鎮たちが揃っていたため、アリシアを誘うことができなかったのだ。

 そこへ、一曲踊り終えたリョウトとルベッタも戻って来る。

 アリシアが愛する夫へと振り返る。

 情況からユイシークがアリシアをダンスに誘っていると悟り、リョウトは苦笑を浮かべながらも頷いた。


「じゃあ、リョウトくんはボクの相手をしてくれるかな?」

「はい。承知しました、アーシア様」

「なら、ルベッタの次の相手は俺でどうだ?」

「ええ、喜んで。キルガス伯爵」


 付け焼き刃とはいえ、なかなか堂に入った貴婦人ぶりを見せるルベッタ。

 六人はそれぞれの相手と共に、再び大広間の中央へと進み出ていく。

 そんな彼らの背中を見送りながら。


「……やれやれ。俺だけあぶれたか。とはいえ、ここでこうして立っていても仕方ない。適当な相手を見繕って俺も参加するとしようか」


 ケイルはほんの僅かに苦笑すると、手にしたグラスの中のワインを一気に喉に流し込み、手の空いている女性を探して歩き始めた。




 演奏に乗りながら、リョウトとアーシアはゆっくりと舞う。


「へえ。思ったより上手いね、ダンス。とても初めての夜会とは思えないよ?」

「ええ。ダンスもアリシアにみっちりと仕込まれましたからね」


 アーシアを巧みに導きながら、リョウトはにっこりと微笑む。

 実際、リョウトのダンスはかなり上手かった。これは幼い頃から祖父に鍛えられた運動能力と、吟遊詩人としての音感のなせる技だ。

 確かにダンスの練習を始めた当初こそ何かと戸惑ったものの、コツさえ掴めばその後の上達はあっという間だった。

 運動能力という点では生粋の傭兵であったルベッタも同様で、リョウトほどではないもののその上達ぶりには指導役のアリシアも驚くほどであった。

 今もルベッタは、ジェイクの相手を見事に努め上げている。


「ところで、今回は竜さんは一緒じゃないの?」

「はい。ローは今回は留守番です。このような場所にあいつを連れてくると、おかしな騒ぎになりかねませんから」


 小さいとはいえ、間違いなく本物の竜であるロー。

 その正体がかのバロステロスであることを知る者は少ないが、貴族たちから注目を集めることは間違いないだろう。

 それを嫌ったらしいローは、新たな自宅となったグララン子爵の居城で、のんびりと留守番することにしたようだ。




 楽しげにくるくると見事に舞う彼らを、壁際からおもしろくなさそうに見つめる者たちがいた。

 新興貴族のリョウトに対して、よくない感情を抱く者たちだ。

 所詮は最近まで庶民であったにわか貴族。まともなダンスなど踊れないとばかり思っていた彼らは、リョウトとその妻たちが見事に舞うのを見て思わず唖然としてしまう。


「……くそ……っ!! 所詮は庶民あがりのにわか貴族の分際で……っ!!」


 一人の男が小声ながらも口汚く罵り、そのまま自棄ぎみに酒を一気に煽る。

 その男の周囲にいる者たちもまた、どこか剣呑な視線を広間の中央で踊っているリョウトへと向けている。


「く……っ!! いっそのこと、あの成り上がり者の女房のどちらでもいいから拐かし、手酷い目に合わせてやろうか……」

「おお、それは名案ですな」

「あのようなあの成り上がり者に尻を振る女だ。中身はたがか知れている。だが、どちらも器量と身体は上々……その案はおもしろそうですな?」


 男たちが暗い熱情を燃え上がらせていると、そこへ一人の男性が冷水のような一言を加えた。


「およしになった方がよろしい。あの女たちは、ああ見えてどちらも相当な手練です。そんじょそこらの連中で歯が立つような者たちではありません。それに下手にあの女たちに手を出せば、魔獣卿が報復として配下の魔獣を使うのは目に見えております」


 魔獣を使うと聞き、男たちの顔色が一気に青ざめる。

 一万の軍勢を蹴散らした、魔獣卿が使役する強大な魔獣たち。その記憶はまだまだ新しい。

 しかも魔獣卿が従えるのはそれらの魔獣だけではなく、かつては暗黒竜と呼ばれたバロステロスさえも彼に従っていると聞く。

 そのような魔獣たちを相手に、ただの人間でしかない彼らに敵うはずがない。


「で……では、貴公はどうすればいいと言うのだっ!?」

「なに、簡単なことです。魔獣卿の女たちに手を出すのではなく、魔獣卿本人に恥をかかせてやればいい。それも、この王都の民たちが見つめる中で、ね」

「ほう? 何か腹案があるようだな?」

「ええ。ありますとも。それもとびっきりの案が」


 テーブルの上に置かれていたグラスを手に取りながら、コレオス・セフィーロは含みのある笑みを浮かべた。



 実に久しぶりの『魔獣使い』の更新。


 もうご存じの方もおられると思いますが、先日『辺境令嬢』の方が二度目の完結を迎えました。

 当『魔獣使い』もあと二、三回で同じく二度目の完結となる予定です。

 もしかすると、双方とも気まぐれと思いつきで突然書き加えることがあるかもしれませんが、『魔獣使い』と『辺境令嬢』はここいらで幕となる予定です。


 その後は現在連載している二作品と、他サイト『ハーメルン』で公開しているソードワールド2.0の二次作品に力を傾注する予定です。


 では、あと少しだけお付き合いいただけると幸いです。




 そういえば以前、『魔獣使い』と『辺境令嬢』のノクターン版はやらないのか、と聞かれたことがありますが……そんな需要、他にあるんですかね(笑)?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ