王誕祭-1
季節は巡り。
先の内乱での手柄の報賞として、リョウトが爵位と領地を賜ってから半年以上。
季節は暑い火の節から実り多き地の節へと移り変わっていた。
「閣下。支度はお済みでございますかな?」
「ああ。とはいえ、バロムの翼ならここから王都までそれ程の日程でもないからね。持っていく物は少ないよ」
「閣下のその異能のお陰で、財政にかかる圧力が少なくて非常に助かっております。本来、地方の貴族が王都へ出向くとなれば、多大な費用がかかるのが普通ですからな。その点、グララン領の財政を与る者として、改めて閣下に感謝申し上げる次第です」
ローム・ロズロイが、いつものように慇懃な態度で頭を下げる。
奴隷を含め、様々な商品を取り扱っていた商会の代表に過ぎなかったローム。そのロームも、現在では商売の方を信用できる者に殆ど任せ、自分はリョウトの腹心として領地運営に専念していた。今ではすっかりグララン領になくてはならぬ人材である。
リョウトとロームがリョウトの留守の間の細々としたことを相談していると、リョウトの執務室の扉がノックされ、二人の女性が現れた。
最近ではドレス姿でいることも多い彼女たちだったが、今日はかつてのように魔獣鎧姿だ。かく言うリョウトも、久しぶりに魔獣鎧を装備している。
「こっちの準備は終わったぞ。リョウト様はどうだ?」
「僕の方もいつでも出かけられるよ。そもそも、男の僕が女性の君たちより準備に時間がかかるわけがないだろう?」
「ふふふ。それもそうね」
二人の女性──アリシアとルベッタが嬉しそうに微笑む。
リョウトとその二人の妻たちは、これから王都へ向かうのだ。
近日、王都では大規模な祭が催される。
その祭は地の節の収穫を祝うと共に、現国王であるユイシークが旧体制を打ち壊し、新たに玉座に就いたことを祝う祭でもある。
故に、王都ではこの祭を王誕祭と呼んでいる。
ユイシークが王位に就いてから催されるようになった祭だが、現国王の人気もあり今ではかなり大きな祭に発展していた。
リョウトは、今回のその祭に参加するようにと、ユイシークから直々に呼ばれたのだ。
この招待は知人としてのリョウトを招いたものではなく、国王としてのユイシークが子爵であるリョウトを招いた正式なもの。つまり、リョウトに拒否権はないのである。
本来、貴族が王都を訪れるともなれば、様々な費用がかかり時間もかかる。
領地から王都まで何日もかけて旅をするためその旅費は当然ながら、道中の護衛をする騎士や兵士の食費や宿泊費も必要になる。
それに王城に登るともなれば正装が必要だし、夜会も開かれるであろうからそれ用の衣装も別に必要となる。
時には、それらの衣装などを運ぶために専用の馬車も準備しなくてはならないだろう。
そのため、多くの貴族たちは何日も、時には何ヶ月も前から王都へ行く準備をするものだ。
馬車の準備に道中の宿の手配など、事前にやらなくてはならないことは山ほどある。
だが、グララン子爵に限っては、これらが一切当てはまらない。
道中は飛竜に乗って高速で移動するし、荷物も闇鯨の異能である程度はいつでもどこでも取り出せる。
また、基本的にリョウトとアリシア、そしてルベッタの三人で移動するため旅費が殆どかからない。貴族ならば野宿など以ての外だが、少し前までそれが当然な生活をしていた三人は野宿することさえ厭わない。そのため事前に宿の手配も必要なく、旅費を更に軽いものにしていた。
護衛の必要もなければ、馬車の準備の必要もなく、宿の手配の必要もない。他の貴族の財政を担当する者からしてみれば、これはおそろしく羨ましことに違いない。
ロームがリョウトの異能にひたすら感謝するのはこのためだった。
取り立てて急ぐ必要もなく、数日かけて王都まで来たリョウトたち。
いつものように王都の郊外で飛竜から降り、徒歩で王都入りする。
今の彼ならば、飛竜でそのまま王都に舞い降りても誰も文句を言わないどころか歓声で迎えられるだろうが、王都の中はしっかりと区画整理されており、飛竜が降りられるような空き地は殆どない。
現在でも旧貧民街のような所も残ってはいるが、現王妃がとある事件でこれらの場所で襲われたこともあり、現在ではユイシークの指示の元で少しずつ整理されている。
遠からず、旧貧民街も姿を消すことになるだろう。
まさか練兵場にいきなり降下するわけにもいかず、リョウトは王都の郊外でバロムから降りることを選んだのだ。
「さて、これからどうする? リントーの親父の宿へ行くか?」
「でも今回は陛下から直々に呼ばれたわけだし、勝手に城下の宿屋に泊まるわけにもいかないな。まあ、帰りにでも「轟く雷鳴」亭には顔も出すつもりだけどね」
「でも、こういう事が多々あるとなると、王都に別邸を構えることも考慮しなくちゃいけないかも」
普通、貴族が王都に逗留する際は、短期間ならば王城の客室などを利用する。今回リョウトたちは国王直々に呼ばれたのだから、当然ながら王城に逗留する権利がある。
また、何らかの役職などに就いていて、王都で長期間暮らす必要があれば、王都に別邸を構えることも少なくはない。
かつて、伯爵家であったアリシアの生家もこの王都に別邸を構えていたが、平民になる際にそこは手放してしまった。
「だけど、王都に別邸は大袈裟じゃないか?」
「貴族は余程の貧乏貴族でもない限り、王都に別邸を構えているものよ?」
「だが、僕たちがいない間も留守を守る使用人を置かなくちゃいけなくなるだろ? 無駄遣い以外の何ものでもないと思うけどね」
「確かにそうだけど……普通の貴族はそんな考え方はしないものよ?」
「そういうものなのか?……まあ、今後必要となれば考える。少なくとも、今は必要ないよ」
リョウトがそう判断した以上、彼の妻たちがそれ以上口出しすることもなく。
三人は王城へと続く道を、他愛もない会話を交えながらゆっくりと登って行った。
「……申し訳ありません、キルガス伯爵」
「あのな、リョウト? 普通そんな魔獣鎧姿で、しかも徒歩で現れた奴が子爵だと名乗っても、城門の門番に止められるに決まっているだろ? 少しは考えろ」
王城の通路を、肩を並べて歩くリョウトとジェイク。
リョウトは心底申し訳なさそうに、ジェイクは呆れたように苦笑し。
ジェイクの言葉通り、真っ直ぐに王城に向かったリョウトたちは、王城に入ろうとしたところで門番に止められたのだ。
リョウトがグララン子爵当人だと名乗ったものの、門番がそれをすんなりとは信じなかったのが原因だが、これはリョウトに問題があるだろう。
貴族が徒歩で、しかも魔獣鎧姿で登城することなど皆無と言っていい。逆にこれですんなりと城門を通すような門番は、無能の烙印を押されても文句は言えまい。
身の証を立てようにも、まさかここで魔獣を呼び出して騒ぎを大きくするわけにもいかず、結局はジェイクを呼び出して身分を保証してもらった。
リョウトが正真正銘グララン子爵だと判った途端、門番が真っ青になって何度も謝罪したという一面もあったものの、何とか王城に入ることを許されたリョウトたち。三人はそのままジェイクに案内され、王城の客間へと向かっている途中なのだった。
「ま、今でこそこンな偉そうなこと言っちゃいるが、俺も貴族になった当初はいろいろとやらかしたもンさ。俺もおまえと同じ、少し前までは平民だったからよ」
ぽん、とジェイクがリョウトの肩を叩く。
その後、歩きながら互いの近況などを知らせ合う。
リョウトはユイシークを始めとしたジェイクやケイルらが相変わらずであることに安堵し、ジェイクもまた、リョウトたちが何とか貴族としてがんばっていると知って安心する。
「ところで、今回の王誕祭にどうして直々の呼び出しがかかったのですか? 僕としても、今回の祭は王都へ来るつもりでしたが」
王誕祭と新しい年の始めには、貴族は王城に集まらねばならない。これはカノルドスの全貴族の義務である。
中には金銭的な理由から王都へ来るのが無理な貴族もいる──現王妃の実家などがこの例──し、何らかの事情で自領を出られない者もいる。そんな時は親書だけでも届けるか、名代が登城するなどが通例だ。
もちろん、リョウトも子爵としてその義務を果たすつもりでいたのだが、今回は直前に国王であるユイシークから直々に王都に来るように通達があった。
当然、何らかの理由があって呼び出されたと考えるのが普通だろう。
「ああ、そのことか。実はな────」
「おや、キルガス卿ではございませんか?」
ジェイクが口を開きかけた時、横合いから誰かが割り込んだ。
ジェイクを始め、リョウトとアリシア、そしてルベッタが声のした方へと視線を向ければ、そこには軍服に身を包んだ一人の二十代半ばほどの青年がいた。
その青年は、リョウトとジェイクの後ろにいるアリシアとルベッタの存在に気付くと、にやりとどこか好色そうな笑みを浮かべる。
「これはこれは、普段浮いた噂の一つもないキルガス卿が、本日はご婦人を二人も伴っておいでとは。いや、粗野な姿をされてはいるが、後ろのお二人はなかなか美しいご婦人方ではないですか。このことを卿に熱を上げているご令嬢たちが知れば、明日の王都の天気は彼女たちの涙で雲ってしまうでしょうな」
「勘違いすンじゃねえぞ、コレオス。この女たちはこいつの女房だ。俺の女じゃねぇ」
こいつ、とジェイクが顎で指し示す先──リョウトを、コレオスと呼ばれた青年は改めて見つめる。
「キルガス卿? もしや、こちらの御仁は……」
「おう。こいつはリョウト・グララン子爵。おまえも名前ぐらいは聞いたことあるだろ? ンで、後ろの女たちはその夫人たちだ」
「これは失礼致しましたグララン卿──いや、魔獣卿とお呼びした方がよろしいかな? 先の内乱での英雄殿とこうして目通りできて光栄の至りです」
親しげに歩み寄って来た青年は、リョウトに右手を差し出す。
その右手を握り返しながらも、リョウトは首を傾げた。
「こちらこそ、お初にお目にかかります。リョウト・グラランです。で、失礼ですが──」
「おっと、これは私としたことが。私はコレオス・セフィーロ。この国の軍に身を置く者です。どうぞ、以後はよしなに」
青年は慇懃に腰を折る。
その動作は実に洗練されており、彼が単なる軍人ではないことをリョウトたちに知らせた。
「セフィーロ家はおまえと同じ子爵の家柄で、こいつはそこの次男坊でな。家督は兄貴が継ぐってンで、自分は軍に入ったってわけだ。こう見えて、なかなかの槍の使い手で今回の優勝候補の一角だ」
「優勝……候補?」
「ああ、そういや、その説明をしようとしていたところだっけな。王誕祭では毎年、馬上試合が行われンだよ。で、シークの奴が言い出したわけだ。『リョウトを馬上試合に出したらおもしろいんじゃねえか?』ってな」
毎年王誕祭では、騎士や貴族が参加する馬上試合が行われる。別に騎士貴族だけに限らず庶民の参加も可能なのだが、参加する条件として乗馬と甲冑を所持していなければならない。もちろん知人などから借りてもいいのだが、乗馬や甲冑を所持している庶民など殆どいない。
そのため、毎年の参加者は騎士や貴族ばかりとなるのが通例であった。
その馬上試合へ、リョウトを参加させようとユイシークが言い出したそうなのだ。
もちろん、その理由は「おもしろそうだから」。
何とも彼の国王らしいその理由に、聞いたリョウトは呆れたような困ったような複雑な表情を浮かべた。
「まあ、俺としてもおまえを馬上試合に出すのは賛成でな? 魔獣を使わせれば無敵のおまえが、魔獣なしでどこまで行けるか興味があるんだよ」
「そう仰るキルガス伯は出場されるのですか?」
リョウトのこの問いに、ジェイクは詰まらなさそうな顔で首を横に振る。
「いやぁ、俺としちゃ出場したいところなンだが。これでも一応は近衛隊隊長って肩書き背負っている以上、出世の機会は後進に譲ってやらねぇとな。ンなわけで、俺とラバルドのおっさんは審判役だ」
馬上試合の上位入賞者には賞金が与えられる他、賞金以外にも様々な特典も与えられる。
それらの特典は大抵の場合、勝者の望むものが与えれる。高価な武具や上等な軍馬などを希望する者に始まり、軍に籍を置く者ならばより上位の身分への昇格を望む者もいる。
中には意中の令嬢への求婚の権利を求めるという者もいて、更に稀な例となると、過去に国王の側妃の一人を降嫁させて欲しいと望み、時の国王もこれを認めたという事例もある。
もちろん、これらの婚姻は強制的なものではない。求婚された方には拒否する権利だってある。あくまでも、「求婚する」権利──正確に言えば求婚する機会──が与えられるに過ぎない。
庶民が何とか馬と甲冑を調達して馬上試合に参加し、見事に優勝を果たして一気に軍の中核に食い込んだという前例もあり、軍で出世を望む者にとってはまたとない機会なのだ。
「そんなわけでどうだ? おまえも出場してみないか?」
「先の内乱で最大の武勲を打ち立てた魔獣卿が参加するとなれば、今年の馬上試合は例年よりも白熱したものになるでしょう。これは私もより一層気を引き締めてかからねばなりませんな」
ジェイクだけでなく、コレオスまでがリョウトの参加を促してくる。
ちらりと横目で背後を盗み見れば、アリシアとルベッタもどこか期待しているような視線をリョウトの背中に向けていた。
すっかりリョウトが参加する方向に傾いている場の流れ。
その流れをひしひしと感じたリョウトは、困ったように嘆息しながらジェイクに告げた。
「……馬上試合に参加するのはやぶさかではないのですが……それにはちょっと問題がありまして」
「問題だと? まさか、馬に乗れないとか言いだすンじゃねぇだろうな?」
おもしろい冗談だとばかり笑い飛ばすジェイク。だが、彼の笑い声はリョウトの表情を見ている内に段々と小さくなっていく。
「お、おいおい。まさか……」
「そのまさか、です。僕は生まれてこのかた、馬に乗ったことがないんです」
久しぶりに『魔獣使い』外伝を更新。
しかも、『辺境令嬢』と同様に一話で纏まりきらなかったという(笑)。本当に申し訳ありません。
続きは極力早目に仕上げるつもりです。
とはいえ、ついつい現在進行している方を優先してしまうので、どうしても外伝の方は遅くなってしまいますが。
ちなみに、『あるない』に加えて『絶対無敵の盾』なんてものまで始めてしまいまして。
そのせいで『魔獣使い』と『辺境令嬢』は遅れ気味となっております。
あ、よろしければ『あるない』や『無敵の盾』の方も覗いてやってください(←宣伝、宣伝)。
少しでも早く更新できるよう努力します。次回は、馬上試合の前に夜会のシーンなんぞも入れてみたいなと考えております。
リョウト・グララン子爵のサロンデビューですな(笑)
では、次回もよろしくお願いします。