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魔獣使い  作者: ムク文鳥
番外編
83/89

魔獣使いが現れた!

 新グララン子爵領にリョウトが新たな領主として収まってしばらく。

 貴族になった事で生じた各種様々な手続きや、新体制となった領地内の調整なども全て終了し、リョウトとその妻たちはようやく落ち着いた時間を持てるようになった。

 そこで、ルベッタの提案で少しばかり遠出しようという事になり、三人で相談した結果、かつて愚鈍牛を狩猟したあの温泉村へ行こうという事になった。

 あの村でゆっくりと温泉に入り、領主となって以来働き続けた身体を労おうというのだ。

 もちろん、旅先で三人仲良く肌を交えることも予定済み。貴族となった以上、跡継ぎを設けるのは重要なことでもある。

 なお、今回の旅にローは同行しない。余人を交えずに三人だけでゆっくりと過ごせるようにと、ローなりに気を使ったようだった。まあ、今更な気がしないでもないのだが。

 本来なら貴族が遠出するとなると、馬車の準備やら道中の護衛の騎士や兵士などの食費や宿泊費など出費が嵩むのが普通だが、この点リョウトたちはそれを必要としない。

 飛竜(バロム)に乗れば日程も大幅に短縮できるし、空を飛んで行けば途中で山賊などに襲われる心配もないため、護衛の兵士たちも不要。

 そのため、グララン子爵領の経理を預かるロームも、二つ返事で領主とその妻たちの遠出を認めたのだった。




 温泉村から少し離れた所でバロムから降り、しばらく歩くと目的の村が見えてきた。


「懐かしいなぁ。まだ一年と経っていないはずなのに、以前にこの村を訪れたのが、もう何年も前のような気がするよ」

「それだけ、内容の濃い時間を過ごしたって事よ、リョウト様」

「そうだな。以前にここを訪れた時は、単なる吟遊詩人とその奴隷でしかなかったからな」


 三人は、互いに顔を見合わせると屈託なく笑い合う。

 今回、リョウトたちは貴族ではなく、ただの旅行者としてこの村を訪れていた。

 よって、貴族らしい出で立ちではなく、以前のような魔獣鎧(まじゅうがい)とそれぞれの得物を装備している。

 今の彼らを見て、子爵家の当主とその妻たちだと思う者は皆無だろう。

 やがて村へと到着し、村の門を潜ると村の様子が見えてくる。

 村のあちこちからは硫黄の臭いが流れ出し、住民である各種獣人族がちょこちょこと歩いている。どうやら、以前と比べて村に大きな変化はないらしい。

 村人の中にもリョウトたちを覚えている者もいて、彼らの顔を見ると笑顔で挨拶してくる。


「おや、いつかの魔獣狩り(ハンター)さんたちじゃないか」

「また来なすったか。いやいや、久しぶりだねえ。もちろん歓迎しますよ」


 リョウトたちは以前にも泊まったことのある宿屋へと案内され、そこで部屋を確保して荷物を一旦置き、身軽な格好になって宿の一階の酒場へと降りて来た。

 どうやら村人の誰かが知らせたようで、酒場にはこの村の村長である犬人族(コボルト)が待っていた。


「お久しぶりですな、リョウト殿。壮健そうで何より──と言いたいところですが、その目はいかがなされた?」


 村長はリョウトの眼帯に覆われた左目を見ながら、気遣わしげに尋ねた。


「以前のお言葉に甘えて、こうしてまた温泉に入りに来ました。この目はまあ……ちょっとした事故ですよ。ですがお気になさらず。彼女たちがいるので、普段の生活には支障ありませんから」

「左様ですか。そう言えば、後ろの者たちはリョウト殿の奴隷でしたな?」

「以前はそうでしたが、今では奴隷から解放されて正式に僕の妻となりました」

「ほほう! それはめでたき事ですな! 奥方たち、奴隷などと呼んでしまって失礼した。改めて、ご結婚おめでとうございます」


 村長はアリシアとルベッタに深々と頭をさげると、改めてリョウトと互いの右手を握り合う。


「遠路はるばるお疲れでしょう。まずは一献。もちろん、儂の奢りですじゃ。ささ、奥方たちもどうぞ」


 村長が宿の店主である猫人族(カラカル)へと声をかけ、リョウトたち三人分の酒を持って来させた。

 改めてテーブルの一つを占領し、リョウトたちと村長は杯を交わす。

 しばらくは互いの近況などを語り合う。その際、当初の予定通りにリョウトたちは貴族となった事は内密にし、単なる旅の吟遊詩人である事にしておいた。

 村長の話によれば、村にはあれ以来問題はなく、温泉客もいつも通りに訪れているという。

 そう言われて周囲を確認すれば、確かに温泉目当てに訪れていると思しき人間の姿がちらほらと見える。

 その身なりから判断するに、どこかの裕福な商人らしき団体が数組、使用人や家族と共にこの村を訪れているようだ。

 少なくとも、この宿には貴族らしき客の姿はない。

 他に貴族がいると、そこからリョウトの身分がばれる怖れもある。飛竜を縫い込んだ眼帯をした男性と、金髪と黒髪の美女という三人組は、見る者が見れば容易にその正体が知れるだろう。尤も、貴族であることがばれたからと言って、特に困る事もないのだが。

 今回の旅はあくまでも気ままで自由なもの。リョウトたちは最近ではすっかりと貴重になったそれを、心ゆくまで堪能するつもりなのだ。

 村長との楽しい一時が過ぎ、リョウトたちは今回の旅の目的である温泉へと向かうために席を立とうとした。

 だが、村長はやや沈んだ顔つきになると、どこか言いにくそうに声をひそめてリョウトたちへと告げる。


「せっかく来ていただいたというのに、こんな事を言うのはなんなのじゃが……実は今、村の中の温泉は入れんのじゃよ」

「温泉に入れない……だと?」


 きゅっと眉を顰めるルベッタ。口にはしないものの、リョウトもアリシアもルベッタと同じ疑問を抱いていた。

 今、この宿にも温泉目当ての客たちがいる。だが、よくよく見れば、彼らの表情はどこか晴れない。これは即ち、村長の言うように温泉を楽しめていないからだろう。

 リョウトたちの内心の疑問を感じ取ったのか、村長は更に言葉を続けた。


「いや、正確に言えば、この村で一番広くていい温泉場を、ある方がここ一週間以上ずっと借り切っておられるのじゃよ」

「温泉を借り切って……?」


 温泉目的の客たちに公開している温泉である。貸し切りにする事は不可能ではないが、当然それなりの代価が必要となる。


「では、どこかの貴族の方などの、極めて裕福な方がこの村に滞在されているのですか?」


 そう尋ねたリョウトの脳裏に、一人の男性の姿が浮かんだ。

 自分の事を「兄貴(アニキ)」と呼んで憚らない彼ならば、自分の愛する女性たちと温泉にゆっくりと入るために温泉一つを借り切りにするぐらいは平気でやりそうだ。

 いや、絶対にやる。

 なぜか妙な確信を感じるリョウトだった。


「いえ、それがそうではなく……リョウト殿は、先頃この国であった内乱をご存じか?」

「はい。これでも本職は吟遊詩人のつもりですからね。その手の情報はいち早く掴んでいます」


 本当を言えばその内乱のど真ん中にいたのだが、それは今ここで言うべきではないとリョウトは判断する。


「その方は、その内乱で大層活躍された英雄とかで……吟遊詩人であるリョウト殿なら耳にした事があるのではないかな? 『魔獣使い』という異名を持つ英雄の事は」


 村長の口からその単語が出た途端、リョウトたち三人の顔は全く同じように顰められたのだった。




「騙り……だろうな」

「ええ。間違いないわね」


 村の外の森の中。以前に愚鈍牛を倒した後に入った渓流近くの天然の温泉に再び浸かりながら、リョウトたちは先程村長から聞いた話を反芻していた。

 確かに村で一番広い温泉場はその『魔獣使い』の偽者に占領されているが、村の中には他にも温泉はある。

 それでもリョウトたちが村の外の温泉まで足を伸ばしたのは、村長に忠告されたからだ。

 何でも、噂の『魔獣使い』とその二人の従者たちは、温泉客の中の若い娘にあれこれと良からぬちょっかいをかけるらしい。

 もちろん村長として注意を促したのだが、彼らはそれに全く耳を傾けない。それどころか、連れている魔獣をけしかけられたそうだ。

 そのせいで村を訪れた若い娘たちは、町外れの小さな温泉に彼らの目を忍んで入るか、彼らを怖れて全く宿の部屋から出てこないらしい。

 リョウトの美しい妻たちを見て、噂の『魔獣使い』一行がどのような行動にでるかなど考えるまでもないこと、と村長は忠告してくれた。

 村長にとってリョウトは恩人である。その恩人の妻たちに不快な思いはさせたくないという彼の意志を聞き入れ、リョウトたちは村の外のこの温泉までやって来たのだ。


「有名になるのも考えものよね。それで、どうするつもりなのリョウト様?」

「まさか、このままにしておくつもりじゃないだろうな?」


 妻たちに言い寄られ、リョウトもどうしたものかと青空を仰ぐ。


「確かに、このままにしてはおけないね。今では僕も貴族の一員だ。つまり、『魔獣使い』を騙るという事は貴族を詐称した事にもなる。貴族の詐称は重罪だからね」


 そして、正真正銘の貴族であり、本物の『魔獣使い』であるリョウトには、『魔獣使い』を騙る連中を裁く権利を有している。


「やれやれ。貴族という事を忘れてのんびりするはずだったのになぁ……」

「ぼやくなよ、リョウト様。こうして人里離れた森の中で三人だけでいられるんだ。これはこれで悪くはないぞ?」

「ええ、そうよ。こんな事、領地の中ではできないものね」


 そう言いながら、アリシアとルベッタは温泉の中で夫の身体の左右にぴたりと寄り添う。当然、温泉に入っているのだから三人とも全裸である。

 左右から柔らかな妻たちの身体に挟み込まれたリョウトは、左右の腕を彼女たちの肩にそれぞれ回してぐっと更に引き寄せた。

 そして、間近に迫った妻たちの唇へと、自分の唇をそれぞれ順番に重ねて行った。




 結局、()()()()()で開放的な温泉をしっかりと堪能したリョウトたちは、夕暮れが迫っている事もあって村へと戻って来た。

 今、アリシアとルベッタはリョウトの腕をそれぞれ左右から抱え込み、満足げな表情で歩いている。

 だが、彼女たちの幸せそうな表情は、この後すぐに陰ることになる。

 もう少しでリョウトたちが取っている宿屋に到着しようかという時、不意に彼らの進路を遮るように三人の男たちが現れたからだ。

 三人の内、二人はまるで騎士のような出で立ちであった。

 腰に長剣(ロングソード)を佩き、防具は高価そうな金属鎧。ただ、その顔に浮かんだ下卑た笑みが騎士というよりは野盗のような印象を与えていた。

 残る一人は防具は身に着けておらず、腰に装飾の施された長剣を下げている。ただ、着ている衣服はまるで貴族の御曹司が着るような高価なものだった。

 彼も本来なら整っていると言っていい容貌の持ち主なのだが、浮かべた薄ら笑いのせいでどうにも軽薄な感じになってしまっている。

 そして、鎧を着ていない男は一頭の灰色の毛並みの犬を連れており、彼の右手にはその犬の首輪を繋ぐ鎖が握られていた。


「なんだぁ? こんな獣臭せえ獣人の村にも、人間の商売女がいるのか?」


 金属鎧の片割れが、にやにやとした笑いを隠そうともせずに、じっとりとした視線をアリシアとルベッタへと注ぐ。

 どうやら、リョウトにしなだれかかって歩いていたアリシアとルベッタを、この町に来る客目当ての娼婦あたりと勘違いしたらしい。

 だが、彼女たちはいつものように飛竜素材の魔獣鎧を着ている。普通に考えれば魔獣鎧を着た娼婦などいるはずもないのだが、吐く息と赤ら顔から察するにかなりの酒を飲んでいるのだろう。彼らはそんなちょっと見れば判ることでさえ判断できないようだった。


「何だよ。こんないい女がいるのなら、早く教えろってんだ。おい、そこの女ども。金なら相場の倍以上払ってやるから、俺たちと一緒に来い」


 もう一人の金属鎧が無遠慮にルベッタへと手を伸ばす。その動きは大量に飲んだ酒のせいで緩慢だが、その態度には彼女たちが自分たちの言葉に従って当然と思っている傲慢さが滲んでいる。

 だが、ここで彼らにとって予想外の事が起きた。

 自分を掴もうと伸ばされた手に、大人しく捕まるようなルベッタではない。彼女は伸びてきた手をぴしゃりと撥ね除けると、毅然とした態度で男たちへと言い放つ。


「俺たちは商売女じゃない。おまえたちの言う事に従う義理はないな」

「そうね。仮に私たちが娼婦だったとしても、あなたたちなんかを相手にはしないけどね」


 二人は妖艶な笑みを浮かべると、三人の男たちに見せつけるようにリョウトへと身を寄せる。


 金属鎧の男たちは、酒で赤い顔を更に怒りで赤く染め、腰に佩いた長剣へと手を伸ばす。だが、御曹司風の男がそれを押し止めた。


「まあ、落ち着けよ」


 にやにやした笑いを消す事もなく、男はアリシアたちがしなだれかかるリョウトへと視線を向けた。


「おい、おまえ。その女どもを俺たちに寄越しな。なぁに、金なら払ってやる。ここは大人しく、俺の言う事に従った方が身のためだぜ?」


 男の視線がリョウトから離れ、自分の足元にいる犬へと向けられた。


「さもないと、俺の従えているこの魔獣をここで解き放つぞ? おまえも聞いたことはないか? 先の「エーブルの争乱」で活躍した、魔獣を従えた『魔獣使い』の噂をよ?」

「……………魔獣?」


 リョウトとアリシア、そしてルベッタは周囲を見回すが、魔獣らしき姿もなければ気配も感じられない。

 不審そうに再び御曹司風の男へと目を向けるリョウトたち。

 だが、御曹司風の男はそれを怯えと取ったらしく、勝ち誇った顔で手にした鎖をぐいと引き、その鎖に繋がれた犬の首をリョウトたちへと向けさせた。

 男が言う「従えている魔獣」とやらは、どうやらこの犬のことらしい。


「……この二人は僕の妻だ。寄越すも寄越さないもない。それに…………それ、魔獣ではなく犬だろ」


 呆れたような、それでいて疲れたような口調でリョウトが零す。

 彼が言うように、それは間違いなく犬だった。

 確かに身体は全体的には狼に似ており、全身くすんだ灰色の毛並みでどこか迫力を感じさせるが、リョウトにはどうしたって犬にしか見えない。

 一般の市民からすれば犬だって恐ろしく思える時もあるが、飛竜や闇鯨といった本物の魔獣を見慣れているリョウトたちにしてみれば、その犬もいっそ可愛いとさえ思えてしまう。


「い、犬とは何だっ!? こ、こいつは魔獣だっ!! 『魔獣使い』であるこの俺が従えているんだ、魔獣に決まっているだろうっ!!」


 何となくそうではないかと思ってはいたが、どうやらこの三人組がリョウトたちの「偽者」らしい。

 だが、この三人組とリョウトたちは全く似ていなかった。精々似ていると言えるのは、三人の髪の色ぐらいだろうか。

 この偽者たちに対して、アリシアとルベッタは内心でかなりの憤りを感じていた。御曹司風の男が『魔獣使い』であるのなら、残る二人の金属鎧が『金と黒の従者』という事になる。

 偽者が本物と似ていないというのは、まあ仕方がない。

 世の中には確かによく似た他人も存在するが、そんな「よく似た他人」が三人も集まることはまずないだろう。その事から考えても、偽者と本物が似ているなんてありえないと言ってもいい。

 しかし。

 しかし、せめて自分たちの偽者は女性でいて欲しかった。

 似ていないどころか性別まで違うときては、彼女たちが立腹するのも無理はないだろう。

 アリシアとルベッタが静かに燃える怒りを湛えた目で偽者たちを見ている間も、彼らは自分たちが本物の『魔獣使い』一行であるとがなり立てていた。

 最初こそ巻き添えを怖れて遠巻きにリョウトたちを見ていた村の住人や温泉客たちも、どこかおかしなものを感じ取ったのだろう。徐々にリョウトたちの周囲に人が集まり、人垣が形成され始めていく。


「先の『エーブルの争乱』で立てた手柄によって、俺を近々貴族に取り立てようという話もあるんだぞっ!! 判るっているのかっ!? おまえたちは将来の貴族に楯突いているんだっ!! 貴族に逆らってただで済むと思うなよっ!!」


 偽者のこの言葉が決定的だった。

 今ではリョウトもこの国の貴族に列せられている。当然、そこには貴族としての義務が生じる。

 先にも述べたが、貴族を詐称することは重罪である。その重罪を貴族となったリョウトは見逃すわけにはいかない。


「どうやら、おまえたちは知らないようだな」


 静かな怒りを孕んだ声で、ルベッタが告げる。どうやら彼女も夫と同じ考えに至ったようだ。


「『魔獣使い』は、既に貴族の──子爵の位を授けられているぞ」


 ルベッタの一言に、それまで好き勝手にがなり立てていた三人組がぴたりと静かになった。


「『魔獣使い』は貴族となる前より、キルガス伯爵やクーゼルガン伯爵といったこの国の中枢を担う方々とも親交があり、貴族となった今ではユイシーク国王陛下とさえ親しいわ」


 アリシアもまた、事実を告げて偽者たちを追い詰めていく。


「そんな事は少し調べればすぐに判る事だ。それなのに、おまえたちは言ったな? 『将来の貴族』と。そして『貴族に逆らってただで済むと思うな』とも。僕はこれを、貴族を詐称したと判断する」


 左右に妻たちを従えたまま、リョウトは一歩、偽者たちへと近づいた。

 それだけで、何かに怖じ気づいたかのように偽者たちは数歩後ずさる。


「カノルドス王国子爵、リョウト・グラランの名において、おまえたちを貴族詐称の罪で取り押さえる」


 リョウトがそう宣言した途端、彼の妻たちが動いた。

 アリシアは真っ正面から金髪の金属鎧へと踏み込み、鎧の上からでもお構いなしにその拳を叩き込んだ。

 女性の繊手から生じたとは思えない衝撃に、男は数メートルほど吹き飛んだ後、地面に叩きつけられてあっさりと気を失う。その際、アリシアが殴打した箇所の鎧は、ものの見事に陥没していた。

 対して、ルベッタは気配を殺して素早く黒髪の金属鎧の背後へと回り込む。

 おそらく男の目には、ルベッタの姿が消えたようにしか見えなかっただろう。次に男が彼女の存在に気づいた時、その首元にはルベッタの短剣が突きつけられていた。

 あっという間に仲間の二人が無力化され、御曹司風の男は目を見開いてリョウトを見る。


「りょ、リョウト・グララン……? 子爵……? ま、まさか……まさか、おまえが……」


 どうやらリョウトの正体を悟ったらしい男は、犬を繋いでいた鎖を放り捨てて逃げ出した。

 人垣を強引に潜り抜け、町の外へと向かって逃げて行く男。その男の背中を見据えたまま、リョウトは彼が従えている魔獣の名を呼ぶ。


「バロム。あの男を捕らえろ」


 そして、集まっていた人々は見た。リョウトの頭上に突然黒い亀裂が生じ、そこから巨大な飛竜が飛び出して、逃げた男の後を追いかけるのを。


「…ま、『魔獣使い』……」


 呆然とそう呟いたのは誰であったか。

 その呟きが消え去るより早く、村の外から男の魂消(たまぎ)るような悲鳴が上がった。




「いやはや、本当に驚きましたな。リョウト殿が本物の『魔獣使い』じゃったとは」


 あれから、捕らえた三人の偽者たちを村の納屋の一つに放り込み、リョウトたちは宿屋の酒場で再び村長と対面していた。

 周囲には村長だけではなく村人や温泉に訪れていた客たちが、先だっての内乱で活躍した英雄の姿を一目見ようと大勢集まっている。


「申し訳ありません、村長。別に騙すつもりはなかったのですが、今回はあくまでも妻たちとの気楽な旅だったので……」

「いやいや、判っておりますとも。それに結果的にはリョウト殿がこの村に来ていただいたお陰で、あの偽者どもを捕らえる事ができたのですからの。先程、村の者を領主様の所へ向かわせました。数日もすれば、領主様からの使いの方もみえられるでしょう」


 聞けばこの温泉村一帯の統治者は、リョウトと同じ子爵位を持つ貴族だった。

 例え同じ位の貴族であるとはいえ、あくまでもリョウトは他領の領主である。捕らえた偽者たちの処断は、この地の領主に任せるのが道理であろう。

 もっとも、リョウトもその名を騙られたわけだし、貴族詐称の犯罪人を捕らえた張本人でもある。このままこの地の領主に全てを任せるというわけにもいかない。ここの領主の使いの者が来るまで、このまま村に足止めされる事になる。

 それにもう一つの問題として、偽者たちが連れていた犬の事もあった。

 実を言えば、リョウトがこの犬を気に入ってしまったのだ。

 この犬は突然現れたバロムに対して、怯えを見せるどころか牙を剥いて威嚇までして見せたのを、リョウトはあの騒ぎの中で確かに見た。

 対して犬もまた、飛竜という強大な存在を従えるリョウトにある種の強さを認めたのか、まるで彼を主と認めたかの如く従順に従っている。

 度胸もあり、賢くもある。元来動物が嫌いではないリョウトが、この犬を気に入ってしまうのも無理はなかった。

 正式に引き取るのはこの地の領主の許可を得てからになるが、アリシアとルベッタもこの犬を気に入ったようで、近い将来にリョウトたちに新たな仲間が加わる事になるだろう。

 しかも、アリシアとルベッタが早速この犬を村の温泉の一つで身綺麗にしてやったところ、灰色だと思っていた毛並みは見事な純白のそれへと変化した。どうやら、あの偽者は満足に犬の世話もしていなかったらしい。

 思い返せば、この犬はどこか嫌そうに偽者たちに従っていたように思えた。おそらく犬も、自分の扱いに不満を感じていたに違いない。

 純白の毛並みとなったその犬は、狼に似た風貌も合わせて威厳さえ感じさせるようになった。まさに嬉しい誤算とはこの事で、リョウトたちは尚更この犬を気に入り、どのような名前が相応しいか三人で楽しそうに検討している。


「やれやれ。今回は気楽な旅のはずだったのになぁ」


 気ままな自由時間の終わりを感じ、リョウトは思わず酒場の天井を仰ぎ見ながらぼやく。

 そんなリョウトに、この村の村長は楽しげな雰囲気で言葉をかける。


「そう悲嘆なさるな。望まずとも騒動に巻き込まれるのもまた、英雄の資質というものですぞ? それに領主様の使いが村に到着するまで、以前の約束通りこの村の温泉に好きなだけ入られるがよろしい。もちろん、奥方たちとご一緒で構いませんぞ?」


 村長の言葉が何を意味しているのか理解した周囲に人々は、口々に先の内乱の英雄とその美しい妻たちへと冷やかしの言葉をかけたり、口笛を吹いたりして囃し立てる。

 そんな騒ぎの中、当のリョウトと彼の妻たちは、互いに照れたような笑みを浮かべるのだった。


 『魔獣使い』番外編、第一弾の投稿です。


 先日の『辺境令嬢』の番外編と同じく、今後はのんびりと何話か更新していきます。おそらく、番外編は全部で五、六話になるのではないか、と。


 さて内容ですが、今回はリョウトたちの新婚旅行のお話。もっとも、カノルドスには新婚旅行なんて概念はありませんが。

 後は偽者というか騙りについてですが、有名になっても現代のように正確な顔などまでは伝わらないので、このような「有名人の騙り」は以外に多いのではないかと。探せば他にも『魔獣使い』を騙る連中がいるかもしれません。


 では、次回もよろしくお願いします。


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