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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
81/89

31-リョウト・グララン

 セドリック・エーブルが、カノルドス王国の全てを握ろうとして起こした反乱。

 後に「エーブルの争乱」と呼ばれる事件から四ヶ月の月日が流れた。

 捕虜にした敵兵の処置や、首謀者に名を連ねた貴族たちの処罰、逆に今回の争乱で手柄を立てた者たちへの報賞など、戦後の様々な事務処理はようやく全てが終了した。

 これには王国宰相を始めとした文官たちが、四ヶ月にも及ぶ獅子奮迅の戦いを繰り広げた結果である。

 そして今日。

 彼ら文官の最後の一仕事が、王城の謁見の間にて行われようとしている。

 そしてその謁見の間に、リョウトの姿があった。




 リョウトは今、いつもの魔獣鎧(まじゅうがい)ではなく、今日のために設えた礼服に身を包み、段上にある玉座に座るユイシークに向けて、片膝を着いて頭を垂れていた。


「リョウト・グララン」

「は」


 リョウトは頭を下げたまま、頭上から降ってくる国王の声に耳を傾ける。


「此度の争乱における貴君の働き、実に見事であった。貴君の活躍によって、我が王国は守られたと言っても過言ではあるまい」


 しんと静まり返る謁見の間に、ユイシークの声だけが響き渡る。

 今、謁見の間にいるのはユイシークとリョウトだけではない。

 玉座に腰を下ろすユイシークと、その段下に跪くリョウト。そして、謁見の間の壁際にはこの国の貴族や近衛兵たちが、整列して二人のやり取りを見守っている。

 そして、そんな彼らの末席には、リョウトに従う二人の従者の姿もある。

 彼女たちも主であるリョウト同様、煌びやかなドレス姿だ。

 かつて貴族の令嬢であったアリシアはともかく、このようなドレスなど着たこともないルベッタは、どこか窮屈そうに時々身動ぎを繰り返しながらもじっと主を注視する。


「此度の貴君の活躍に応えるため、カノルドス王国国王、ユイシーク・アーザミルド・カノルドスの名において、貴君にカノルドス王国伯爵の位を授ける」


 今回の争乱における活躍の報賞。リョウトがユイシークに求めた報賞は、貴族としての地位だった。




 四ヶ月前。

 争乱が終結した直後、リョウトとルベッタ、そして自分に決着を着けて戻ってきたアリシアは、ユイシークとジェイクに誘われて王城に足を向けた。

 そこで彼らや彼らの仲間たちとちょっとした宴となり、その席でリョウトはユイシークやジェイクから今回の争乱の報賞に何が欲しいかと聞かれ、彼はきっぱりとこう答えたのだ。


「僕に爵位を……貴族の位をいただきたい」


 リョウトの答えが予想外だったのか、一瞬だけユイシークとジェイクは眼を丸くして驚くも、すぐに笑みを浮かべて彼の望みを適えると約束してくれた。


「しかし、おまえの方から貴族にしてくれと言い出すとはな。俺としてもおまえは是非にも仲間に引き入れたかったから、おまえの方から言い出してくれて手間が省けたってもんだ」

「だが、どうして貴族になりたいなンて言い出したンだ? おまえの事だから、このまま気楽な吟遊詩人か魔獣狩り(ハンター)家業を続けるのかと思っていたが……」


 嬉しそうに酒を喉に流し込むユイシークと、疑問顔で首を傾げるジェイク。

 リョウトもまたゆっくりと酒を楽しみながら、自分がなぜ貴族の位を求めたのかを説明し始めた。


「僕が貴族の位を求めるのは、他でもないキルガス伯爵にそう言われたからですよ。お忘れですか? 銀狼牙(ぎんろうが)の残党を討伐し、王都に帰ってくる時の事を」

「あ、ああ、なるほどな! そういう事かよ!」


 納得がいったジェイクは、にやりと笑いながら視線をリョウトからずらす。

 彼らとは少し離れた所で楽しそうに酒や料理を楽しんでいる女性たち──リョウトの従者たちやユイシークの側妃たち──に、彼は視線を向けたのだ。


「おい、おまえらだけ判りきった顔してずるいぞ! 俺にも判るように教えてくれ!」


 まるで子供のように口を尖らせる国王。

 そんな彼に苦笑しながら、リョウトはかつてジェイクから言われた事を彼に説明する。


「以前、キルガス伯爵に言われたのです。貴族になれば、複数の妻を得ても誰にも何も言われない、と」

「あー、そうか、そういう事か。なるほどねぇ」


 ユイシークもまた、ジェイクと同じようにその視線を彼の従者たちへと向けた。


「で? 金髪と黒髪、どっちを正妻に迎えるつもりなんだ?」

「それは……」


 リョウトの視線も、ユイシークたちと同様に自分の従者たちへと向けられた。

 その視線に含まれている情愛をユイシークたちは敏感に感じ取り、まるで自分の事のように嬉しそうな顔をする。


「……まだ、決めかねています。これからゆっくり彼女たちと相談して決めますよ」

「やれやれ。英雄だ何だと言われるようになっても、肝心なところは昔のままよな」


 リョウトのフードからもそりと以前のように小さくなったバロステロス──いや、ローが這い出す。

 ローは再び自分の力を封印した。

 だが、その封印をどうするかがリョウトたちの間で小さな問題となった。

 今回、リョウトはローの封印を解くために左目を失った。もしも再び彼に封印を預け、その封印が残された右目に現れれば──そして今回のようにローの封印を解く必要に迫られれば、彼は躊躇う事なく残った右目をローに差し出すだろう。

 これには彼の従者たちが猛烈に反対した。ロー自身もまた、リョウトに封印を預ける事には難色を示していた。

 そこでユイシークがリョウトに代わって封印を預かるなどと言い出すと、今度はジェイクがそれに猛反発を示す。


「おまえがバロステロスの封印なんぞ手にしてみろ。おもしろそうだって理由だけでほいほいと封印を解きかねん。いいか、バロステロス。どんな事があっても、こいつだけには封印を渡すなよ?」


 それがジェイクの言い分だった。

 その後も散々揉めた後、結局は元のようにリョウトが封印を預かる事になった。リョウト自身が封印を預かると決めたからだ。

 幸い、今度の封印は眼ではなく右手の甲に現れたのだが、それを見た一同は揃いも揃って複雑な表情を示した。


「……おいおい。どこかの誰かと一緒になっちまったぞ?」


 ジェイクの言う「どこかの誰か」が誰などと言うまでもなく。

 リョウト自身も、自分の右手の甲に現れた竜の形をした紅い封印を何とも嫌そうにじっと見詰めていた。




 その「どこかの誰か」に対する報賞だが、それは実にすんなりと決まった。

 そして、それが決まったのは王城からの迎えの馬車を待っている時の事。

 当初、ユイシークは彼を騎士として取り立てようと言い出したのだが、当の本人がそれを拒んだのだ。


「自分は生涯、只の魔獣狩りでありたいと思っております。それが我が心の師、ガラン・グラランの教えですから」


 おまえがいつガラン・グラランにそんな教えを受けた?

 そんな突っ込みを入れる者は最早誰もいない。

 相変わらず芝居がかった大袈裟な仕草で語る彼を、その場に居合わせた全員が何でもないように見ていた。

 唯一、彼に耐性のないサイノスだけが、どこか気味悪そうに彼からすすっと身を遠ざけていたが。


「では、こうしよう。リークス・カルナンド。おまえには『王国直属魔獣狩り』の称号と権利を贈る。以後、おまえが狩った魔獣は王国が優先的に買い取ろう。もちろん、一般の市場よりも割高でな。この権利には、王城に自由に立ち入る権利も含めよう」


 もちろん、王城に自由に立ち入りができるとは言え、後宮や個人の私室などの立ち入り禁止区域に入る事は許されない。

 あくまでも王城内の一般的な場所への立ち入りが許されるだけだ。


「は、はあ……ですが、自分は別に王城に用はあまり……確かに、市場よりも割高で魔獣を買い取っていただけるのはありがたいのですが……」

「そうか? 王城に入ることができれば、会う機会が増えるかもしれないぞ? 例えば、とある側妃の侍女頭とかにもな?」

「はっ!! 『王国直属魔獣狩り』、謹んでお受け致しまするっ!!」


 その場で片膝を着き、畏まった態度で彼はその称号と権利を受け取った。

 彼は『王国直属魔獣狩り』の証として、ユイシークから王家の紋章の入った短剣を恭しく受け取ると、止める間もなくそのまま王都の中へと向けて駆け出した。

 どうやら、早速『王国直属魔獣狩り』としての権利を行使するつもりらしい。


「……いいのか? 今から王城へ行っても、『王国直属魔獣狩り』について公表していないから、どこかで止められるのがオチだぞ?」

「いいんじゃねえか? いくらあいつでも、衛兵の静止を押し切ってまで王城に入ろうとはしないだろう。俺が与えた短剣もあるし、案外城に入れるんじゃね?」

「ですが陛下。陛下の短剣をどこかで盗んだとか疑われやしねえですかね?」


 サイノスの言葉に、ユイシークとジェイクは互いに顔を見合わせた。

 そして、王城から迎えの馬車が到着したのはそんな時である。


「丁度いい。馬車ならあいつよりも早く王城に着くだろう。おい、リョウト。おまえたちも一緒に来いよ。仲間内だけだが、細やかな祝勝会をやろうぜ!」


 国王の、いや、共に戦った戦友の誘いを断る事などせず、リョウトと彼の従者たちはユイシークと同じ馬車で王城へ向かうのだった。




「畏れながら陛下」


 リョウトはそれまで下げていた頭を、この時初めて上げた。

 彼の左目には現在、黒く染められた革に赤い糸で飛竜の姿を刺繍した眼帯がある。

 これは彼の従者たちの発案で作られた、彼女たち自身の手による彼のための眼帯だ。

 その彼の右だけの視界にユイシークの姿が写る。そして、彼の隣の王妃の椅子に座る、小柄な黒髪の女性の姿もまた。

 彼と彼女は、親しく楽しげな眼でリョウトを見下ろしていた。


「どうした、リョウト・グララン──いや、グララン伯。何か言いたい事があれば、遠慮なく申してみよ」


 頭上から聞こえて来たのは、国王であるユイシークではなく宰相のガーイルド・クラークスの声。

 その声を聞きながら、リョウトはユイシークが小さく頷いたのを確認して言葉を続けた。


「私のような者に、伯爵の地位は身分不相応かと存じます。私にお与えいただける爵位ならば、男爵で十分です」


 リョウトの言葉に、壁際に並んだ貴族たちが唖然とする。

 与えられた地位が高すぎるなどと、爵位を「値切る」など前代未聞だからだ。

 そしてこれは、国王が与えたものに不満を唱えたにも等しい。下手をすれば、不敬罪で首が飛んでも文句は言えないところだ。

 だが、当のユイシークはと言えば、いつものように悪戯小僧のような顔つきでリョウトを見下ろしていた。


「良かろう。ならば、間を取って貴君に与える爵位は子爵とする。それなら文句はあるまい?」

「は。謹んで子爵の地位をお受け致しますと共に、ユイシーク陛下とカノルドス王国に変わらぬ忠誠を誓います」


 この瞬間、カノルドス王国に一人の貴族が誕生した。

 彼は後の世に「魔獣卿」とも「独眼卿」とも呼ばれ、子爵という下級貴族でありながら、王国に大きな影響力を持つようになる。

 王家とも親しく、特に彼の妻の一人と王妃に血縁がある事もあり、国王からの信任も厚くあったという。

 グララン子爵家。

 それは新興貴族でありながら、永きに亘って繁栄を続ける家として王国の歴史に名を残す事になる。



 『魔獣使い』更新しました。


 さあ、後残すは一話のみ。

 次回は予定通りエピローグとなります。


 『辺境令嬢』も同様にエピローグだけなので、両方書き上がってから同時に更新する予定です。

 うーん、このままなら来週中には更新できるかな。突発的に仕事が忙しくなったりしない限り、大丈夫だと思います。


 では、あと一話だけお付き合いください。


 よろしくお願いします。


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