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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
77/89

27-最悪最凶の災神

 王都東部。

 本来、王都を攻めるはずだった東部に展開したセドリック軍。

 だが、彼らは今、王都に背を向ける形で戦っていた。

 それは、見ようによっては王都を守るために戦っているようにも見えたかもしれない。


「槍いいいいいぃぃっ!! 構えっ!!」


 騎馬隊を預かる隊長が、大声で配下の騎士たちに指示を飛ばす。

 その声に合わせて、騎士たちが携えていた馬上槍(ランス)を一斉に前方へとその切っ先を向ける。


「突撃いいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 命令に合わせて騎士たちが一斉に吶喊する。

 その目標は前方に聳える黒い山。

 十数人の騎馬が横一列に並び、速度を合わせて黒い山へと突っ込んで行く。

 だが、山にどれだけ槍を突き立てようが、それで山が崩れるはずもない。

 それは、今騎士たちが突撃した山も同様であった。

 騎士たちは疾走する馬の勢いを殺すことなく、脇に抱えてしっかりと固定した馬上槍を、目前に迫った黒い山へと突き立てる。

 だが、馬上槍の切っ先は微塵も山に突き刺さる事はなく、逆に騎士たちの方が弾き返されて落馬する始末だ。

 その後、何度も騎士たちは突撃を繰り返すも、黒い山はその全てを跳ね返す。

 その光景を見て、セドリックは顔を歪ませながら次の策へと移行する。


「弩隊、前へ!」


 セドリックの指示に合わせて、弩を携えた弓兵たちが素早く前方に展開、隊列を組んで射撃体勢に入る。

 先程の騎馬隊の動きといい、この弩隊の動きといい、彼らがよく訓練された練度の高い部隊である事は素人目にもよく判る。

 しかし。


「撃てえええええええええっ!!」


 弩隊の隊長の号令と同時に、百本近い弩用の太矢(クォラル)が一斉に黒い山へと向けて撃ち出された。

 射程で長弓に劣るものの、威力では勝る弩から撃ち出された太矢。

 それが百本近くも同時に発射されれば、大抵のものは穴だらけになる運命を避けられない。

 だが、目の前に聳える黒い山は、その「大抵」の中に含まれなかった。

 かん、と軽い音がセドリックの耳に届いた。それも一つではなく、同じ音が幾つも連続で。

 セドリックは、すぐにその音の正体を悟る。

 弾かれたのだ。

 最も威力を発揮する位置から撃ち出された、百本もの弩の太矢。

 百本の太矢全てが、黒い山の表面で弾かれたのだ。

 その事実に、セドリックは明白に驚愕の表情を浮かべた。

 彼はこの軍の総大将である。総大将はどんなことがあっても泰然とあらねばならない。総大将の動揺は、軍全体の動揺に繋がるのだから。

 そんな基本的なことはセドリックにも当然判っている。

 それでも、その驚愕を押し殺す事はできなかったのだ。




 その後も攻撃は続けられた。

 セドリックは、用いることのできる全ての方法で攻撃を加えた。

 騎兵の突撃も。弩の一斉射撃も。歩兵の波状攻撃も。工作兵の投石器(カタパルト)による攻撃も行った。

 しかし、そのどれを用いても、黒い山に痛撃を与える事は不可能だった。


「もう終わりか?」


 山が喋った。

 もちろん、山が喋るはずがない。喋ったのは山の如き巨大な黒竜だ。

 この時、セドリックはある事実に思い至った。

 動いていない。

 目の前の巨竜は、最初に咆哮して以後、その身体を全く動かしていなかった。

 騎兵が突撃しても、弩が一斉射撃をしても、投石器が打ち出した岩弾が直撃しても。

 黒竜は身動き一つしていないのだ。

 巨竜はまさに山の如く、悠然とそこに存在するのみ。

 頑強な四肢でその巨体を支え、ただ存在するのみ。

 それなのに、セドリックが有する一万の部隊は、その戦力を半減させてしまっている。

 騎兵隊の馬上槍は折れ、弩隊の太矢は底を突き、歩兵の剣も斧も槍も砕け、投石器の岩弾も全て打ち尽くした。

 兵たちに重篤な傷を負ったものはいない。落馬して怪我をしたり、その堅牢な竜の身体に武器を打ちつけた際に手首を痛めた者などはいるが、死に至るような傷を負ったものは皆無なのだ。もちろん、死亡者など一人もいない。

 それなのに、セドリック軍の戦力は戦闘開始前に比べて半分以下に低下してしまった。


「え……エーブル閣下……」


 彼の幕僚の一人が、言い辛そうに進言する。


「も、最早……最早武器がありません……」

「な、なに…………っ!?」


 セドリックは目を見開く。

 大規模な戦闘を行うのだ。当然、予備の武器は十分に用意した。

 剣や槍といえども、戦闘に使用すれば当然消耗する。矢も撃ち尽くせばなくなる。

 それこそ、一万の兵たちに予備の武器が満遍なく行き渡るほどの数の武器を用意したのだ。

 一万の兵を総動員し、予備の武器さえも全て投入したにも拘わらず、目の前の黒竜の鱗一枚傷つけられないとは。


「あ、暗黒竜……バロステロス……」


 かつて、破壊の化身と呼ばれた巨竜。最悪最凶の災神(さいしん)と呼ばれた黒竜。

 災厄そのものの真紅の瞳が、高みからじっと自分を()()ろしている。いや、()(くだ)している。


「もう終わりか?」


 再び、黒竜が口を開いた。

 耳障りな響きが混じるものの、その声は至って平坦であり、穏やかとも言えるほどであった。その声に苛立ちや怒りといった感情は一滴も含まれてはいない。

 それでも、セドリックと彼の配下の一万の兵たちは、その声を聞いて震え上がった。

 違う。何もかもが違う。

 生物として存在する階位そのものが、人間と眼前の黒竜では違い過ぎるのだ。

 その事を、セドリックと一万の兵たちは、否も応もなしに理解させられた。




 ずん、という重々しい音が腹に響く。

 その瞬間、一万もの軍勢が水を打ったようにしんと静まり返った。


「う……動いた……」


 兵士の誰かが呆然と呟く。

 その兵士が言ったように、ついに黒竜が動いた。

 だが、動いたとはいえ、黒竜はその右の前肢を一歩踏み出したのみ。

 そして、再び黒竜は口を開く。


「そちらの攻撃は終わったのだな? ならば────はて、このような場合、我が友は何と言えと言っておったか……」


 こくんと首を傾げ、黒竜は何やら思案する。そして何かを思いついたらしく、どうにも人間臭く口角を釣り上げた。


「そう、確かこう言うのだろう?────『これより我の手番だ!』」


 おん、と空気が打ち震える。

 四肢に力を漲らせ、その巨大な翼をばざりと広げて──それだけで、空気が打ち震えたのだ。

 そして打ち震えた空気は、真っ正面からセドリック軍に襲いかかる。

 びりびりと震える空気を浴びて、セドリック軍一万の士気は完璧に砕け散った。

 手にしていた役に立たなくなった武器を放り捨て、大した怪我もないのに今にも死にそうな表情で。

 一万の兵たちは一斉に潰走した。

 統制も何もなく、ただひたすらに黒竜から少しでも離れようと。

 兵士たちはばらばらに、押し合い圧し合い我先にと逃げて行く。

 後に残されたのは、使い潰された武器の残骸と、地面に尻餅を着いた姿勢で黒竜を見上げる一人の人間のみ。

 駆っていた愛馬にさえ逃げられ、最大の腹心の姿も気づけば既になく。

 ただ一人その場に取り残されたセドリック・エーブルは、怯えた視線で黒竜を見上げていた。




 なぜ、こうなったのだろう?

 彼は目の前の山の如き黒竜を見上げながら、そんな事を考えていた。

 もう、ずっと前から今日この日のために準備をしてきた。

 莫大な費用を投じ、様々な人脈を駆使し、長い時間を費やして。

 時には、とある貴族の令嬢の嫉妬心を煽り、手を貸した事もある。

 時には、落ちぶれた傭兵団に手を差し伸べ、今回の戦に必要な物資を調達する手足とした事もある。

 時には、見栄に凝り固まった貴族を唆した事もある。

 隣国の傭兵までも呼び寄せ、私兵と共に十分に訓練を施した。

 攻城兵器に改良を加え、今まで誰も考えなかった運用を可能にした。

 それなのに。

 それなのに、なぜ、自分は玉座を手にする事ができなかったのか。

 彼は自分が敗北した事を、既に痛いほどに悟っていた。

 なぜ、自分は敗けたのか。どこで、自分は選択を誤ったのか。

 彼は巨竜を見上げながら──恐怖に気が狂いそうになりながら、頭の片隅で冷静に自分を分析した。

 「魔獣使い」の取り込みに失敗したからか?

 それとも、国王の異能を見縊っていたからか?

 いや違う。彼の頭の冷静な部分がそれらの意見を否定した。

 彼が敗けた原因は、全て目の前の黒竜だ。彼はそう判断を下す。

 黒竜の封印を解こうと考えたのは、王国側に混乱を招くためだった。

 例え黒竜が自分の味方につかなくても構わない。王国側にとって脅威となればそれでいい。

 それが彼の思惑だった。

 しかし、いざ封印を解いてみれば、黒竜は王国側の脅威になるどころか、その強大な力を自分たちだけへと向けて来た。

 それが誤算だった。それが全てだった。

 黒竜が自分たちにだけ敵対するという可能性を、彼はまるで考えていなかったのだ。

 結果、自分の配下の一万の軍は、黒竜に対して何ら痛痒を与える事もなく瓦解させられた。

 それこそ、黒竜が少し動いただけで、一万の軍が総崩れになったのだ。

 馬鹿げている。そう思った。理不尽だ。そうも思った。

 しかし、それが現実であり、自分はこうして無様にも尻餅を着いて黒竜を見上げている。


「は……はははは、は……竜斬の三英雄は、どうやってこの化け物を倒したのだろうなぁ……?」


 彼は、改めてかつての英雄を尊敬した。自分が同じ立場に立ってそれを痛感した。

 彼らは目の前のこの黒い厄災を、たった三人で倒したのだから。




 結局、彼は知らなかったのだ。

 自分の敗因を。彼が敗北した、その本当の原因を。

 彼の長い時間をかけて様々に策を巡らした野望は、たった一人の男の妄想に撹乱され、そして終焉を迎えた。それが、それこそが彼の本当の敗因であった。

 結局、その事実に彼が思い至る事は、未来永劫訪れる事はない。

 彼はそれに気づく事もなく、呆然と上を見上げた。

 巨大な黒い竜が、その前肢を持ち上げ、自分へと振り下ろす様を。

 彼はただ、呆然と見上げるだけだった。




 ずん、と再び大きな音が響いた。

 その音を響かせた巨竜は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る敵軍をじっと見送りながら、呆れたような声音で呟く。


「やれやれ。意気地のない事だ。以前に我に立ち向かってきた者どもは、もう少し骨があったというのに」


 巨竜は、その真紅の視線をついと移動させ、自分の傍らで今も気を失っている一人の男を見定めた。

 正確には、彼の右手に──右手の甲の痣に突き刺さったままの短剣を見たのだ。

 それだけで巨竜は、彼に何があったのかをある程度推測してのけていた。


「ふむ……もしかすると今回の戦の一番手柄は、リョウトでもなければユイシークでもなく、此奴(こやつ)なのかもしれんな」


 巨竜の瞳がおもしろそうに歪められる。長く人間と付き合ってきたことで、この巨竜はいつの間にか人間らしい仕草を身につけていた。

 そんな巨竜の傍らで、その男はいまだに目を覚ます気配も見せない。

 妄想だけで国家転覆の陰謀を根底からひっくり返したその男は──この戦争の真なる英雄は──、そんな事実には気づくことなく気を失い続けていた。


 『魔獣使い』更新しました。


 さて、王国を揺るがす反乱は終焉を迎えようとしております。

 残るは西と南の決着だけです。

 そして、今回の騒動の本当の英雄は実はあいつだったというこのオチ(笑)。


 いよいよ物語はこれから完結へと向かう予定です。



 では、次回もよろしくお願いします。


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