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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
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24-暗黒竜咆哮

 癒蛾(ファレナ)の鱗粉とユイシークの「治癒」の異能により、リョウトの左目の治療は終わった。

 アリシアは水袋の水で濡らした布で、地面に腰を下ろしているリョウトの血に汚れた顔面をそっと清める。


「ローの……バロステロスの封印は、最初は爺さんの右肩にあったんだ」

「それがどうしてリョウト様の左目に?」


 二人のやり取りをどこか羨ましそうに眺めながら尋ねたルベッタに、リョウトは判らないと首を振った。


「竜が自らの力を封印するなんて事は稀だそうだよ。ましてや、その封印を人間に預けるなんて、前代未聞だと言っていたな」


 だから、どうして封印が自分の左目に移ったのかは、バロステロス本人──本竜?──にも理由は判らないそうだ、とリョウトは語る。


「僕が幼い頃、ある日突然バロステロスの封印は爺さんから僕に移った。両方とも黒かった僕の目は、その時から左だけが紅くなったんだ。爺さんは年を経て自分の力が衰えたから封印が僕へと移ったとか言っていたけど、その後も爺さんは元気に魔獣の森の魔獣を狩ったりしていたからね。老衰が原因とは考えにくいな」


 顔を清め終わり、アリシアがリョウトから離れる。

 そして、改めてリョウトの顔を見たアリシアと、その後ろにいたルベッタの顔が、痛ましそうに歪められた。

 ファレナの鱗粉を用いても、ユイシークの異能を用いても、失った身体の器官を再生する事はできなかったのだ。

 今、彼の左の眼窩は暗く虚ろな空洞を晒している。

 そんなリョウトの姿に痛ましげな視線を向けつつ、今度はルベッタが近づいて布でそっと彼の左の眼窩を覆う。


「眼帯代わりだ。今はこれで我慢してくれ。この戦が終わったら、リョウト様に似合う洒落た眼帯を手に入れようじゃないか」


 無理に笑顔を浮かべ、ルベッタが離れる。

 それまで黙って主従のやり取りを見ていたユイシークが、心配そうな顔でリョウトに問う。


「本当に大丈夫なのか? 片目を失っていきなり戦場だぞ?」


 ユイシークが心配するのも尤もだろう。

 隻眼になっていきなり戦場に立つのは、どう考えても自殺行為だ。

 だが、それでもリョウトは自信に満ちた表情を浮かべる。


「大丈夫ですよ、陛下。僕には彼女たちがいる」


 そう言って目を向けるのは、もちろん彼の美しき従者たち。

 彼女たちもまた、リョウトの期待に応えるように力強く肯いた。


「そうか。おまえがそう言うのなら、俺はこれ以上何も言わねえ」


 リョウト、アリシア、ルベッタ、ジェイク、サイノスと、ユイシークはその場にいる者を順に見詰める。


「よぉぉぉぉぉしっ!! ンじゃまあ、王都を囲んでいるセドリック軍をぶっ飛ばしに行くぜぇっ!!」




 その巨大な黒竜は王都の上空に突然現れた。

 その姿は、王都の外に展開している三つのセドリック軍の、どの部隊からも見えていた。

 いや、王都に住まう者もまた、ほぼ全員がその姿を見ていたと言っていい。

 王都を囲む城壁の上で防戦準備を進めていた兵士も、女性騎士の誘導に従って避難をしていた市民も、自分の屋敷や王城にいた貴族たちも。

 誰からもどこからも、その巨大な身体は見えていた。

 王都の上空と言ったが、それは少々語弊がある。正確には王都の周囲に広がる平野部の、そのまた外周部にある森の上空だ。

 だが、それだけ距離があるにも拘わらず、王都からでもそれが黒い竜である事が容易に見て取れるほどに、その竜は巨大だったのだ。

 そしてその圧倒的な存在感が、王都にのしかかってくるような錯覚を与えていた。


「…………いや、驚いた。まさか、本当にバロステロスが復活するとはな……」


 上空の巨竜を見上げながら、リガルが呆れたように言う。

 その隣のセドリックも、リークスの右手に短剣を突き刺したまま、呆けたように空を見上げていた。

 どれぐらいそうしていたのか。ふと我に返ったセドリックが、周囲にいる──やはり呆けたように空を見上げている──幕僚たちに命令を飛ばす。


「王都の西と南の部隊に進軍の命令を出せ! 目標は王都! 一気に王都を攻め落とすのだ!」


 セドリックの声に我に返った幕僚たちは、進軍の命令を伝えるべく動き出す。

 やがて一万の軍勢が二つ、鬨の声を上げながら王都を目指して一斉に動き出した。

 その光景を眺めて満足そうに頷くと、セドリックはモンデオからここまで共に旅をしてきた愛馬に跨る。


「閣下。我々東の部隊はどう致しますか?」


 馬に跨ったセドリックに、東の部隊を預かる幕僚が尋ねた。


「我々は一時転進し、甦った暗黒竜殿との交渉に向かう」

「あ、あの竜に近づくのですかっ!?」


 幕僚の顔が目に見えて青ざめる。

 それも無理はないだろう。何せ相手は破壊の化身とも呼ばれる邪竜なのだ。

 だが、命令とあらばそれに抗うわけにはいかない。幕僚は部隊を指揮して、背後の暗黒竜へと向かう準備を始める。


「伯爵。こいつはどうする?」


 リガルが爪先で軽く蹴飛ばしたのは、右手に短剣(ダガー)を突き刺したまま地面で悶えているリークスだ。

 そのリガルの顔がどこか気持ち悪そうに歪められているのは、縛られて地面に転がったリークスが「も、申し訳ありません、心の師ガラン・グラランよ……」とか「我が身に宿した邪悪がついに解放されてしまった……っ!!」とか「かくなる上は、我が命を犠牲にしてでも再び邪悪を封印せねば……っ」とか小声でぶつぶつと呟き続けているからだ。

 セドリックも、馬上からそんなリークスを気味悪そうに見下す。


「と、とりあえず、一緒に連れてこい。他ならぬバロステロスの封印を宿していた者だ。バロステロスにしてもこの男は憎き存在だろう。こいつを貢ぎ物として差し出せば、かの邪竜も我が声を聞き届けてくれるやもしれん」


 主の命令に頷いたリガルは、縛られたままのリークスを一人の騎士に預けると、自分もまた馬上に上がる。

 そして、一万の部隊が動き出す。

 ただし他の二万とは違い、その進行方向は王都ではなく背後の森である。

 目指すは、空に浮かんでいる黒竜。

 セドリックとリガル、そして配下の一万の軍勢は、ゆっくりと背後に向けて動き出して行った。




 近づくにつれて、その黒竜の巨大さは嫌でも理解できた。

 空に浮かびながらも、まるで山が聳えているような存在感。

 セドリックに従った一万の軍は、バロステロスから少し離れた場所でその足を止めた。


「偉大なる黒竜、バロステロス殿に申し上げたき事がある! 何卒、我が声に耳を傾けていただきたいっ!!」


 一万の軍勢のほぼ中央から、セドリックが大声で空の黒竜へと呼びかける。

 そして、その黒竜はその声に応えるように、ゆっくりと大地に降り立った。


「我が名はセドリック・エーブル! この国の新たなる指導者となる者! そして、御身を戒めから解放した者であるっ!!」


 巨竜の燃えるような真紅の眼が、ぎろりと声の主であるセドリックを捉える。


「御身を解放した我の願い、どうか聞き届けていただけないだろうかっ!?」

「何故、我が汝の願いを聞き入れねばならぬ?」


 黒竜が発した声は、唸るような響きが時折混ざるものの、明瞭な人間の言葉だった。


「我は御身を封印という戒めから解放したのだぞっ!? 竜とはすべからく、義を重んじる高潔なる生き物だと聞いたっ!! ならば我が願い、どうか聞き入れていただきたいっ!!」


 セドリックは、王都の王立学問所に竜に関してとても詳しい研究員がいると聞き、部下にその研究員と接触させた。

 そして、その研究員から竜に関する生態や気性などを詳しく聞き出したのだ。

 部下の報告によると、その研究員は竜から直接詳しい説明を受けたと言う。

 その研究員が、一体どこで竜と接触したのかは知らない。セドリックも最初は竜から直接聞いたなどと出鱈目だと思っていたぐらいだ。だが、目の前にこうして伝説の暗黒竜がいる以上、この世界のどこかに他に竜がいても不思議ではないと、今では思い直している。


「それでは聞こう。汝の願いとはなんだ?」


 山の如き黒竜がこう告げた時、セドリックは、いや、彼の配下の一万の兵たちはほぼ全員が安堵の溜め息を吐いた。


「我に助力を! あちらに見える人間の街の中に城がある。その城を破壊していただけまいか? もちろん、城にいる人間はバロステロス殿の好きにされよ。もしもバロステロス殿が他に望むものがあれば、私もできるかぎり応えよう。その第一歩としてまず、御身の封印を宿していた男を御身へと捧げる。御身もこの男は憎かろう? 食うなり八つ裂きにするなり好きにされるがいい」


 セドリックが命じると、縛られた一人の男が黒竜の前に投げ出された。

 どうやら、その男は気を失っているらしい。

 実は、ここまで来る途中で彼を運んでいた騎士が、ぶつぶつと気味悪く囁いていた男を思わず殴りつけたら気を失ってしまったのだが、それはセドリックも黒竜も知らない事実である。

 投げ出された男へと、黒竜はじろりと一瞥をくれる。

 そして、黒竜は改めてセドリックへと視線を向けた。


「やなこった」

「…………………………………………は?」


 セドリックは、黒竜が発した言葉を理解するのに時間を要した。

 今、この黒竜は何と言った?


「やなこった、と言ったのだ」


 セドリックの内心の疑問を感じ取ったように、黒竜は言葉を続けた。


「今は亡き我が友より、かつて聞いたのだ。自分の意に反する事を言われた時、人間はこう言うのだ、とな」


 黒竜はべろりとその長い舌を吐き出し、尊大に胸を反り返らせて、何とも実に人間臭い仕草でセドリックを見下した。


「やなこった。顔を洗って出直してこい、このフニャチン野郎が」


 とても竜が発したとは思えない人間臭いその言葉に、セドリックが、リガルが、そして一万の兵たち全てが、ぽかんとした表情で目の前の黒竜を見詰めた。


「だが、汝の言う事も正しい。我ら竜は義を重んじる。そして、一度友と認めた者を決して裏切る事はない」


 黒竜はその強靭な四肢を大地に突き刺すようにして構え、その巨大な翼を打ち広げる。

 その際に生じた突風が、容赦なくセドリック軍に襲いかかる。


「我が友、リークス・カルナンドを傷つけた代償、汝ら自身に払ってもらうぞ!」


 黒竜が、咆哮した。



 『怪獣咆哮』……じゃなかった、『魔獣使い』更新しました。


 巨大な竜が喋っていると、自分でも『怪獣咆哮』の竜王様とごっちゃになってしまいます(笑)。もっとも、あっちの竜王様は女性ですが。


 さて、今回はちょっぴり短め。代わりと言ってはなんですが、前回、前々回と少々長めだったのでその辺りはご容赦を。


 次回は、ついに王都へと進軍したセドリック軍二万と、リョウトやユイシークとの激突です。

 この『魔獣使い』も、あと五回ぐらいで完結まで行けるかな?

 とは言え、頭の中で構想しているものを実際に文章にすると、思いの他長くなったり逆に短くなったりもするので、多少の前後はあると思います。


 では、最後までお付き合いいただけるよう祈りつつ、次回もよろしくお願いします。


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