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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
69/89

19-一千 vs 一-2

「おい、おまえ!」


 目の前まで来た、鎖帷子を着込んだ男が抜き身の剣を突きつけながらリョウトに誰何の声を上げる。

 彼の背後には、同じような格好の男たち。その数はざっと見積もって二十から三十といったところか。


「おまえが持っているのは王国軍の旗だな?」


 鎖帷子の男の問いかけに、リョウトは無言で頷いてみせる。


「ならば、貴様を王国軍の斥候とみなす。大人しく武器を捨てて我らと同行してもらおう」


 男たちが得物を手にしてリョウトを取り囲む。

 だが、動揺一つ見せないリョウトに、逆に男たちの間に言葉にならない動揺が伝播していく。


「ど、どうした? さ、さっさと武器を捨てろっ!!」


 誰何する男が一歩踏み込み、彼が持つ剣の切っ先がリョウトの鼻面へ押しつけられた時。

 小さくリョウトが何かを呟いた。

 その声は余りに小さく、目の前の男にも聞き取れない。

 しかし、男たちはそれどころではなかっただろう。

 なぜなら、いきなり目の前の何もない空間に、黒い亀裂のようなものが走ったのだから。


「な、んだ……これは……?」


 呆然と亀裂を見上げる男たち。その男たち目が驚愕に見開かれる。


「ぃ──────っ!!」


 言葉にならない悲鳴を上げたのは、男たちの内の誰であったか。

 黒い亀裂から、滴り落ちるように不気味な黒い何かがどろりと溢れ出して来たのだ。

 溢れ出た何かはどろどろと男たちの足元まで流れていき、そこで一気に膨れ上がる。

 慌てて逃げ出そうとする男たち。だが、もう遅い。

 怒涛のように男たちへと襲いかかった黒い何かは、あっという間に男たちを飲み込んでいく。

 飲み込まれた男たちには、最早ゆっくりと粘塊の中で溶解されていくしか道は残されていなかった。

 そしてそれは、ボゥリハルト・ランバンガとその賛同者たちにとって、悪夢としか言いようがないものの始まりであった。




 悪夢は既に、平原の左に存在する森の中で始まっていた。

 本来なら鎮圧軍が姿を見せ、平原の中程まで進軍した時にその横腹を突く形で奇襲するために伏せておいた約五百の左翼部隊。

 その部隊がなぜか、ランバンガの命もなく突然森からわらわらと姿を見せたのだ。

 しかも、その行動には統一性がない。まるで何か恐ろしいモノから逃げるように平原へと次々と姿を現す兵士たち。


「な、何が起きたのだっ!? なぜ、伏兵どもが平原に姿を見せるっ!? あれでは伏兵の用をなさんではないかっ!?」


 狼狽し、声を荒げるランバンガ。

 伏兵は彼の切り札だ。その切り札が切り札として機能しなくなれば、二千五百対一千という一方的に不利な戦いを強いられる事になる。

 そして、逃げ惑う兵たちを追い立てるように、森の中から真っ黒な巨獣が姿を見せた。


「な……なんだ、あれは……」


 真っ黒で巨大な魚のような姿の魔獣。


「あ、あれは……話に聞く、海に棲む鯨という生き物では……?」


 海のないカノルドス王国で育ったランバンガたちは、鯨という生物を見た事がなかった。

 だが、中には鯨の事を話に聞いている者もいた。尤も、普通の鯨は海の中に棲むはずだが、目の前の黒い鯨は地面からその巨体を露にしては、再び地面の中へと潜っていく。

 ランバンガたちがいる場所からは、その巨獣が影から現れて影へと潜るところまでは見えていない。

 鯨に似た巨獣は、地面から突き上げるように現れる度、その大きな口で十数人の人間を捕らえては嚥下していく。

 そしてランバンガは、いや、ランバンガ率いる一千の兵たちは、おおおん、という獣の咆哮を耳にした。

 ランバンガたちがその咆哮に驚いてそちらを見やれば、いつの間にか平原の一角に一頭の巨大な飛竜が姿を見せていた。


「ひ、飛竜……? な、なぜ、飛竜がこんな場所に……」

「わ、判りません……」


 その飛竜が上げた咆哮は、彼の配下の一千の兵たちにも大きな動揺を与える。

 そして、その動揺が落ち着く間もなく、飛竜はその巨大な翼を打ち振るい、ふわりと宙へと舞い上がる。

 そして再び響き渡る咆哮。

 その咆哮に後押しされるように、飛竜は真っ直ぐにランバンガ軍へと飛翔する。


「うわああああああああああああああああっ!!」


 陣のあちこちから悲鳴が上がり、中には我先にと早々に逃げ出す者までいる。

 それも無理はない。真っ正面から突っ込んで来る飛竜を正視できる者など限られているだろう。

 ランバンガ側の都合など一切無視して、飛竜は真っ直ぐに宙を駆ける。

 ごう、とランバンガの耳元で突風が唸りを上げた。

 飛竜は頭の少し上を通り抜けただけだが、その際の突風は陣中にあった天幕や積み上げてあった物資、そして兵や馬を吹き飛ばしていく。

 飛竜が通り抜けた後の陣はそれはもう無残な有り様だった。例え百騎の騎馬隊が通り抜けても、これ程の被害は出ないだろう。

 突風が収まり、地面に這い蹲って頭を抱えていたランバンガは、ようやく頭を上げて陣内のその光景を目にし、思わず唖然とする。

 そして、改めて魔獣の恐怖にがたがたと身体を打ち震えさせた。

 だが、それだけで悪夢は終わらない。終わらせない。

 今度は右の森の中だ。

 ばきばきという木々がへし折れる音が、陣まで届く。

 小高い丘の上に構築された陣からは、森の木々がところどころ倒れていく様がよく見えた。

 そして、左側の森と同じように、右の森からもわらわらと現れる五百人の右翼の伏兵たち。

 そしてそんな兵たちを追って、森の中から姿を見せたのは、白黒に塗り分けられた毛皮の巨大な熊だった。

 後肢で立ち上がった大熊が、前脚を逃げる兵たちへと振り下ろす。

 その前肢に打たれた兵は、まるで空気を入れて膨らませた革袋のように軽々と宙へと舞い上げられる。

 大熊は無造作に両の前脚を振り回し、その度に宙へと舞い上がる兵士たち。

 当然舞い上げられた兵士たちは、そのまま地面へと激突する。

 鎧の重量もあり、地面へと打ちつけられた兵士たちは酷ければ即死、そうでなくても、身体のあちこちの骨を折って身動きできなくなるだろう。


「な……なんだ、これは……い、一体、何が起きているのだ……?」


 森の中に伏せておいた左右の伏兵たちが壊滅する様を、ランバンガとその一党は震えながら丘の上から見下ろしていた。

 なぜ、何体もの魔獣がここにいきなり姿を見せたのか。

 なぜ、その魔獣たちが自分たちへと襲いかかってきたのか。

 なぜ、現れるはずの鎮圧軍は姿を見せないのか。

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ────

 ランバンガの頭の中を、幾つもの疑問がひっきりなしに飛び交う。


 そんなランバンガに、兵士の一人が震える声で告げた。


「ら……ランバンガ様……ま、魔獣が……魔獣たちが……こ、こちらに近づいて来ます!」

「な、なんだとぉっ!?」


 驚いたランバンガたちは、黒い鯨と白黒の大熊が、逃げ惑う兵たちを薙ぎ払いながらこちらへと徐々に近づいて来る光景を目にするのだった。




 ユイシークとジェイクは、魔獣たちがランバンガ軍を蹂躙する様を、平原と森の境から眺めていた。


「本当にリョウト一人で一千の軍勢に勝っちまいそうだなぁ」


 呆れたような声で、ユイシークが言う。


「一騎当千……か。それを目の前で実際にやられちまうと呆れるしかないぜ。しっかし、そんな奴がおまえ以外にもいるたぁなぁ。世の中は広いって事か?」


 ジェイクは隣に立つ男をちらりと横目で見る。

 この男もまた、リョウト同様にたった一人で一千の軍を相手取れる、正真正銘の一騎当千の男なのだ。


「どうだ、ジェイク。おまえなら、リョウトの魔獣と戦って勝てるか?」

「そうだなぁ……」


 そう言われて、ジェイクは再び戦場を眺める。


「正直、斑熊なら何とかなる。あいつは力こそあるものの、動きが鈍いからな。だが……飛竜は相手にならねぇな。空を飛ばれちゃ俺の剣は届かねぇしよ。そういう意味で、闇鯨も同じだな。影に潜まれたら最後、足元からいきなり現れてごくり、で終わりだ」


 そう考えると、本当にリョウトが使役する魔獣たちは恐るべき存在だった。

 そんなリョウトが自分たちの側についてくれた事を、改めてジェイクは感謝する。

 事実、今回の騒動の黒幕は、リョウトを自軍に取り入れようと画策したらしい。

 もしも、リョウトが自分たちではなく相手の手を取る事を選んだのなら。

 きっと目の前の光景のように、魔獣に蹂躙されているのは自分たちだったであろう。

 リョウトが自分たちに味方してくれたのは、様々な要因が重なっての結果だ。

 たまたま、リントーの宿屋でジェイクとリョウトが出会った事。

 その後、リョウトが所有していた奴隷が、彼の領地であるガルダックと縁のある人物であった事。

 そしてその人物が、ユイシークの正妃となる予定の女性と血縁であった事、など。

 何よりも、今回の黒幕であるセドリック・エーブルより先に、リョウトとユイシークが出会っていた事が大きな理由だろう。

 きっと彼は、一度会っただけのユイシークに何か感じたものがあっただろうから。

 かつて、少年の頃に彼と出会った自分と同じように。


「さて、俺たちは俺たちの仕事にとりかかるか」


 物思いに耽っていたジェイクの耳に、ユイシークの声が届く。

 現在、戦場である平原から逃げ延びる敵兵を捕らえるため、鎮圧軍は平原を取り囲むように布陣していた。

 その際に斥候を放ち、ランバンガの伏兵の存在には気づいていたのだ。

 寡兵が大軍に対する時、最も効果的なのは奇襲である。そしてそれは、かつて『解放戦争』中にユイシークたちが多用した戦法でもあった。

 ジェイナスたちを始めとした密偵たちは、容易く森の中に伏せている敵軍を発見した。

 そしてリョウトはまず、その伏兵を片付ける事を選んだのだ。

 森の中に魔獣を呼び出し、炙り出すように伏兵を森の外へと追いやって壊滅させる

 それから、一気に敵の本陣を突くつもりなのだろう。

 だが、中には魔獣を見て逃げ出す者も大勢いるはずだ。一旦は踏みとどまっても、太刀打ちできないと悟って改めて逃走に移る者だっている。

 そんな敵兵を押さえるのが、今回のユイシーク率いる鎮圧軍の役目なのだ。


「ラバルドのおっさんが待っている。そろそろ行くぜ」

「おう」


 そう答えたジェイクは、ユイシークに続いて鎮圧軍の本陣へと足を向けた。




 一旦は頭上を通り過ぎた飛竜が、上空で大きく旋回して再びランバンガ軍の本陣を強襲する。

 今度は飛竜はただ通り過ぎるだけではなく、通過しざまに口から炎を吐きかけ、本陣のあちこちを炎上させた。そして再び上空へ舞い上がり、旋回しては本陣に襲いかかってくる。

 更に、前方右側からは巨大な白黒の熊が、のしのしとゆっくり本陣のある丘を登って来る。

 丘の上から矢を射かけるものの、その丈夫な毛皮と分厚い脂肪が降り注ぐ矢をほぼ無効にしており、大熊の歩みは止まることがない。

 そして、前方左側からは黒い鯨が地面を浮き沈みしながら、刻々と本陣へと近づいて来ている。

 こちらへも弓矢で応酬してみたものの、矢が迫ると鯨は地面の中へと潜ってしまう。そして、矢の雨が終わった頃を見計らい、再び地上へと現れるのだ。

 正直言って、ランバンガ軍に魔獣に対する有効な対抗手段は皆無だった。


「た……」


 迫り来る魔獣たちを目前にして、顔面蒼白なランバンガが絞り出すようにして声を発する。


「退却……退却だっ!! わ、我らの相手は国王率いる鎮圧軍であるっ!! 魔獣を相手にする必要などないっ!! 至急、退却せよっ!!」


 その命令に従い、丘の上に布陣していたランバンガ軍は馬首を巡らせて丘を下り始める。

 だが、彼らの背後の丘の麓には、既に別の魔獣の姿があった。

 全身を岩のような頑丈な鱗で覆った、大きな魚のようなその魔獣。

 そしてその魚の魔獣は、ランバンガ軍が丘を下り始めると、その口から勢いよく水を吹き出した。

 吹き出された水は真っ直ぐにランバンガ軍の真ん中を射抜く。

 水に射抜かれた兵や馬がもんどり打って倒れ、その兵や馬に足を取られた者が更に倒れる。

 魔獣の存在に気づいて思わず足を止めようとした兵たちだったが、彼らは丘を上から下へと下っていた。

 そのため、最前列の兵たちが急に足を止めても、当然その背後の兵たちの足は止まらない。

 後はそれが次々と連鎖して、退却するランバンガ軍の前線は総崩れとなった。

 そこへ、上空から飛竜が襲いかかる。

 逃げたくても逃げられないランバンガ軍は、上空から急降下した恐るべき死の翼に抗えない。

 飛竜の牙に捕らえられ、生きながらに胴体を噛み千切られる兵士たち。

 飛竜の鋭い爪に身体を裂かれ、血の花を咲かせる騎士やその騎馬。

 そして、飛竜の口から放たれる炎の腕に抱き留められ、灼熱の抱擁を余儀なくされる者たち。

 この時点で、すでにランバンガ軍の士気は崩れ、統制は取れなくなっていた。それは事実上、ランバンガ軍が瓦解した事を意味していた。



 『魔獣使い』連日更新! しかも、もしかすると明日も更新できるかもしれない!


 やっぱり、一作品にだけ集中すると進行が早いね! 三つも同時に連載なんてするもんじゃないと、今更ながらに身に染みました(笑)。


 明日も更新できたら、その時には『辺境令嬢』も一緒に更新します。


 では、次回もよろしくお願いします。


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