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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
66/89

16-王城強襲


 ざわりと足元の影が波立ち、次いで影の表面に何かがぷかりと浮かび上がる。

 リョウトはそれ──水袋を拾い上げ、中から従者たちから送られてきた報告書を取り出して目を通す。

 羊皮紙には、モンデオの現在の様子が事細かに綴られていた。


「……なかなか、がんばっているようではないか」

「そうだね」


 いつものように、肩の上から手紙を覗き込んでいるローに、リョウトは笑みを浮かべながら答えた。


「お主もあ奴らに負けてはおられんな」

「彼女たちがこれだけがんばっているんだ。僕だけ怠けるわけにはいかないさ」


 そう言いつつ、リョウトは前方へと目を向ける。

 そこには、ここカノルドス王国の王都であるユイシークの街を取り囲む壁が、遠目ながらにようやく見え始めていた。




 アリシアやルベッタと別れたリョウトは、すぐに王都を目指した。

 だが、途中の宿場町や街道でセドリック・エーブルが手配したと覚しき兵士たちを見かけ、彼らに見つからないようにするために、思わぬ時間をかけさせられてしまった。

 基本的に移動は夜間に行った。

 昼間に飛竜(バロム)で移動すれば、どうしたって目立つ。

 そのため、昼間は街道から外れた場所を徒歩で移動し、日没から数時間だけバロムで移動する。

 セドリックの領内を抜けるまでは、宿場町などには極力寄らずに野宿で過ごした。

 また、どうやらセドリックは「左目が紅い黒髪の男と、金髪と黒髪の女二人の三人組」として手配しているようで、一人で行動していたために兵士たちから余り注目されなかったようだ。アリシアたちと別行動した事が、思わぬ結果を生み出したらしい。

 そうして、どうにかセドリックの領内を抜け、それから一気にバロムに乗って王都の近郊までやって来たのだ。

 ここまで、当初の予想より随分と余計な時間をかけてしまった。

 アリシアたちからは、毎日のようにマーベクを介した連絡が届く。リョウトからも彼女たちへと、予想以上に移動に時間がかかった事は知らせておいた。

 だが、もう王都は目の前だ。セドリック・マーブルが王位を狙っている事を、ジェイクを通して王であるユイシークへと知らせなければならない。

 だが、王都に戻るとなると、先日諍いを起こしたランバンガ伯爵との問題もある。

 セドリックの手配のため、街道沿いの町や村には極力寄らないようにしていたリョウトは、この時点でボゥリハルト・ランバンガが反乱を起こした事をまだ知らなかったのだ。

 実は数日前、ボゥリハルト・ランバンガは彼に賛同する数名の貴族と共に、今の国王の治世に不満があるとして反乱の挙兵を起こしていた。

 もしも道中でランバンガの反乱を知れば、それがセドリックの野望と関連があるかもしれない事に気づいただろう。

 だが、不幸にも人目を避けた事が、情報の未入手という事態を招いてしまった。




 王都に入ったリョウトは、念のために目立つ左目を布で覆って隠し、まずはジェイクの屋敷へと向かった。

 しかし、対応してくれた家令によると、数日前にジェイクは国王と共に反乱鎮圧に出立したという。

 この時、リョウトは初めてランバンガの反乱を知る。


「……そんな事があったのですか。では今、城に国王陛下は不在なのですね?」

「左様でございます」


 ジェイクの屋敷を辞したリョウトは、正直言って途方に暮れてしまった。


「まさかランバンガが反乱を起こし、キルガス伯爵と国王陛下がその鎮圧に出ているとは思わなかったな」

「うむ……人目を避けた事や、移動に時間をかけた事が裏目に出てしまったな。だが、これからどうする?」


 ランバンガが反乱を起こした以上、この王都に彼は不在のはずだ。そして、反乱の真っただ中の首謀者が、一介の吟遊詩人に刺客を差し向けるとはとても思えない。

 そう考えたリョウトは、隠していた左目の布を外し、肩にローを止まらせたまま王都の通りを歩いていた。


「何とかして、王国の人……それもできるだけ上の人に、エーブル伯爵の本当の狙いを伝えないといけないけど……」


 ジェイクが不在の今、リョウトには国の上層部と繋がるような人物に心当たりはない。

 強いていえばジェイクの友人であるケイル・クーゼルガン伯爵とは数回顔を合わせた事があるものの、ジェイクと違っていきなり屋敷に押しかけて会ってくれるという保証はない。反乱が起きたとなると、彼も多忙に違いないのだから。

 残る王国の知人と言えば、一度だけ会った事のあるアーシア姫や、アリシアの血縁だというミフィシーリア姫ぐらいだが、彼女たちは国王の側妃である。いくらなんでもいきなり面会が許されるとは思えない。


「では、『轟く雷鳴』亭のリントーはどうだ? 彼は王たちとは昔馴染みだと言っていた。彼なら何か繋がりのある人物もいるのではないか?」


 ローの言葉に頷いたリョウトは、とりあえず「轟く雷鳴」亭へと足を向ける事にした。




「いらっしゃいま──────あら、リョウト様とローさん! いつ、王都にお戻りになられたのですか?」


 「轟く雷鳴」亭の扉を開けたリョウトを、見覚えのある女性が出迎えてくれた。


「あなたは……確か先日の……」

「はい。あの節はリョウト様とローさんには本当にお世話になりました」


 そう言って頭を下げたのは、先日の側妃襲撃事件の時、ローとリークスが助けたメリアという女性だった。


「あなたはミフィシーリア様の侍女のはずでは? どうしてこの店で女給を?」

「まあ、その……例の事件で色々ありまして。それでしばらく、ここで働かせてもらっています」


 リョウトたちが話をしていると、それに気づいた店主のリントーもやって来た。


「おお、リョウトじゃねえか。今日、王都に戻ったのか? だったら、惜しい事したもんだなぁ。もう少し前に戻れば、王様たちの勇壮な出兵の様子が見れたのによ! あれ? そういや、アリシアとルベッタはどうした?」


 ほんの数日前、見事に整列した二千以上の騎士や兵士たちが、王城から王都の大通りを整然と進む様は実に勇壮であり、その行列を見たリントーは、年甲斐もなく興奮して身体を震わせたものだ。


「実は親父さん。その事で困った事になりまして……」

「どういう事だ?」

「それが、ここで言えるようなことじゃないんですよ」


 リョウトの言葉に一瞬だけ渋い顔をしたリントーは、メリアに店を任せると空いている部屋の一つへとリョウトを案内して、そこで彼の話を聞くことにした。


「それで、何があったんだ、リョウト?」

「実は──」


 リョウトはモンデオの街での一連の事をリントーに話した。

 それを聞いたリントーは最初こそ大いに驚くものの、全てを聞き終わった後に彼はにやりとした笑みを浮かべた。


「こいつはもしかすると、天の采配って奴かもしれねえな」

「どういう事です?」

「おまえもさっき会っただろ? メリアだよ。おまえたちが王都を発った後、ある方から頼まれてあいつを預かっていたんだが、あいつは本来、第五側妃様の侍女……つまり、側妃様たちに直接この事を知らせる事ができる人間なんだ」


 リントーの言わんとしている事を、リョウトは理解した。

 王城の中に、セドリックの手の者が紛れている可能性は極めて高い。

 仮にリョウトやリントーが、セドリックの企みを王城に知らせに行っても、すぐには信じてもらえないだろう。よしんば信じてもらえたとしても、それが王国の上層部の人間の耳に入るまで時間がかかるかもしれない。

 それに、セドリックの手下が途中でその話を聞けば、容易にそれを握り潰す事もできるだろう。

 だが、メリアなら。

 側妃の侍女である彼女なら、途中を全てすっ飛ばして直接側妃たちに伝える事ができるのだ。




 早速、リントーはメリアを呼んで事情を話し、彼女に協力を求めた。


「も、もちろん協力しますよ! だって陛下やジェイク様が危機という事は、うちのお嬢様にとっても大事じゃないですか! 私にできる事があれば何だってします!」

「やってくれるか?」

「はいっ!! 早速、このままお城まで行って来ます!」


 今にも飛び出して行きそうなメリアを、リントーは何とか押し止める。


「そう慌てるなって。一応おまえ、今は謹慎中だろうが。そのおまえがのこのこと城へ行って、すんなりと入れてもらえるのか?」

「う……それを言われると……」


 現在、メリアはとある理由から表向きは謹慎中であり、その彼女が城へ行ってもすんなりとは通してもらえない可能性が高い。


「俺も城に出入りしている役人や兵士に顔見知りはいるが、所詮は下っ端ばかりだ。そんな連中から国の上の方まで話が届くのに、どれだけかかるか判ったもんじゃねえな」

「あ、そうだ! ミナセル公爵様とか、クラークス侯爵様のお屋敷に行って、そこから公爵様たちに使いを出してもらうのはどうでしょう? それなら、すぐに連絡が取れるんじゃないですか?」

「確かにそれなら確実に公爵様たちとは連絡が取れるだろうが……だがよ、メリア。おまえ、公爵様や侯爵様のお屋敷に顔見知りがいるのか?」

「あっ!!」


 どうやらメリアはその事を考えていなかったらしい。

 面識もない者がいきなり公爵家や侯爵家を尋ねても、門前払いが関の山だろう。


「メリアさん」


 項垂れる彼女の名をリョウトが呼ぶ。


「直接城へと乗り込む方法なら僕にあります。ですが、かなり強引な方法であり、城に入った後で身の証を立てられなければ、そのまま投獄されるおそれもある。それでも僕と一緒に行ってくれますか?」


 リョウトは真摯な視線をメリアへと向ける。何の力も持たないただの女性を危険な事に巻き込むのだ。彼としては、ここで彼女がこの申し出を断ったとしても、その事に文句を言うつもりはない。

 だが、そんなリョウトに対して、メリアは柔らかく微笑んだ。


「さっきも言いましたよ? 私にできる事なら何でもすると。行きましょう、一緒に!」




 それに気づいたのは、城壁の上で見張りをしている兵士だった。

 現在、反乱軍鎮圧のため城の兵士の数は激減している。数日もすれば各地から呼び寄せられた応援が到着するだろうが、それまでは僅かな人数でこの王都を守らねばならない。

 そのため、ただでさえ少ない中から見張りの数を増やし、厳戒体制をしいている。

 そんな見張りの兵士の一人が、とあるものを見つけたのだ。


「お、おい……あれ……な、何だと思う?」

「は? あれってどれだよ?」


 その兵士は一緒に見張りをしていた兵士に、空の一点を指さしながら尋ねた。

 尋ねられた兵士は、相方が指差す方向へ目を向けて、そこに思いがけないものを見つけて顔色を変えた。


「ま……魔獣……っ!?」


 兵士が指差す方向──王都を囲む塀の外で、突然巨大な飛竜が空へと舞い上がったのだ。

 おそらく、その姿は王城のみならず、王都全体から見えるに違いない。


「ま、魔獣の襲撃っ!? 至急隊長に知らせろっ!!」

「お、おうっ!!」


 飛竜を見つけた兵士は、慌てて城壁に登るための階段を駆け降りて行く。

 だが、その報せが届くより早く、飛竜は王城の上空に到達した。

 見張りの兵士の頭上を巨大な飛竜が通りすぎる。

 その際に発生した突風に飛ばされないよう、兵士は目を閉じて必死に城壁にしがみつく。

 そして風が止み、再び兵士が目を開いた時、その飛竜はゆっくりと舞い降りるところだった。


「ひ、飛竜が……飛竜が練兵場に降りた……?」



 『魔獣使い』連日更新!


 昨日に引き続き、本日も更新しました。


 次回も早めに更新しますので、よろしくお願いします。


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