14-モンデオ再潜入
「何とか上手く潜り込めたな」
「そうね」
二人組の黒髪の女性が、通り抜けた街の門をちらりと振り返りながら言葉を交わした。
「リョウト様が言った通り、街から出る者は厳しく調べられていたけど、入る者には甘かったわ」
「まさか、伯爵も俺たちが再び街に戻るなんて思ってもいないだろうからな」
二人組の女性──アリシアとルベッタは、先程通過した街の門の様子を思い出す。
セドリックの命令が既に回り、街から脱出するであろうリョウトたちを捕らえるため、街から外に出ようとする者はかなり厳しい検査を受けていた。それこそ、馬車に詰まれた荷物一つひとつを子細に調べる徹底ぶりだ。
それに対し、街に入ろうとする者は殆ど何の調べもされない。特に、今の彼女たちのように傭兵と思われる人間は殆ど調べらしい調べも受けずに街に入る事が許された。
「これもリョウト様の読み通り、伯爵は傭兵を集めているのだな」
「彼の目的から考えれば、傭兵を集めるのは当然だものね」
アリシアとルベッタの二人は、いつもの飛竜の魔獣鎧と魔獣器ではなく、ありふれた金属と革製の鎧と武器を身につけている。
アリシアは鎖帷子と長剣と円形の楯を。ルベッタは革製の鎧と長弓といった出で立ちで、その身なりは、魔獣狩りというよりも傭兵のそれであった。
そして、アリシアは髪を黒く染め、いつもの大きな三つ編みではなく、団子状に頭上に結い上げている。
ルベッタの方も同様に長い黒髪を団子状に結い上げており、ルベッタいわく、この髪型は女傭兵に多く見られる髪型との事だった。
リョウトたちはマーベクの力によってモンデオから脱出した後、一旦最寄りの宿場街まで移動した。
もちろん、バロムに乗って移動したので、その所要時間は徒歩や馬などより遥かに早い。
そこでアリシアたちに武器や防具を調達し、アリシアの髪を染める染め粉も手に入れた。
その後、アリシアたちはリョウトとは別れ、再びモンデオまで戻る事になっている。彼女たちの目的は、街の様子と伯爵の挙兵がいつ頃になるのかを探ることであり、彼女たちと別れたリョウトはこのまま王都へと戻り、ジェイクやケイルといった国の中枢にいる人間に接触し、伯爵の計画を伝えるためである。
その際、リョウトはモンデオに入る事自体は難しくないだろうと予測していたのだ。
そして実際にリョウトの読み通り、二人は特に怪しまれる事もく、再度モンデオの街に入り込む事に成功したのである。
「これからどうするの?」
「そうだな……」
アリシアとルベッタの二人は、モンデオの街の大通りを顔を隠す事もなく堂々と歩いていた。
フードなどで下手に顔を隠すと、逆に怪しまれると考えての事である。
左目だけが紅いリョウトとは違い、彼女たちは美人ではあるものの、リョウト程に目立つ特徴はない。
おそらく、セドリックも「左目だけが紅い男と、金髪と黒髪の女の三人組」といった手配を行っているだろう。
また、それ程数は多くないものの、彼女たちのような女性の傭兵の姿も時々見かけられ、それが更に彼女たちを目立たなくしていた。
「まずは口入れ屋に行くのが、傭兵が仕事にありつく時の常套手段だな」
「口入れ屋?」
ルベッタの言う口入れ屋とは、傭兵の斡旋をする者たちの事である。
大きな戦争が終わったとはいえ、傭兵の仕事は意外に少なくない。
旅人や行商人の護衛に、魔獣狩り程ではないものの、魔獣退治の依頼もある。それに、その土地の支配者が私兵として雇う場合もある。
そのようは傭兵に対する需要を聞き入れ、望むところに望む数の傭兵を斡旋する。それが口入れ屋だ。
需要する側からは仲介料を、傭兵たちからは紹介料を取り、それが口入れ屋の収入となる。
魔獣狩りの場合は、魔獣狩りたちが拠点とする酒場兼宿屋の主が仕事の斡旋を行う。そしてやはり、傭兵の場合も傭兵たちが常宿にする宿屋の主人が、口入れ屋を兼ねている場合が多い。
ルベッタは通りを歩いていた傭兵らしき男に、口入れ屋の存在を尋ねてその場所を聞き出した。
「済まんな。助かったよ」
「何、いいって事よ。俺たち傭兵は横の繋がりを大切にしなくちゃな。良かったら俺が口入れ屋に紹介してやろうか? 俺の紹介なら、いい仕事を回してもらえるぞ?」
口入れ屋の場所を教えてくれた傭兵は、にやにやと笑いながら何度もルベッタとアリシアを交互に見ていた。
おそらく、一夜限りの「横の繋がり」でも期待したのだろう。
「そうか? だが断る。仕事は自分で探すさ」
しかし、二人組の美しい女傭兵たちは、何事もなかったようにあっさりと男の元を立ち去った。
残された男は少々がっかりしながらも、よくある事さとすぐに彼女たちの事は忘れて歩き去る。
「なかなか堂に入ったものね。さすがは元傭兵」
「傭兵時代はこうやって各地に派遣された事もあるからな」
ルベッタが所属していた『銀狼牙』という傭兵団は、所属する団員の多い大所帯であった。
そのため団全部を雇うには費用がかかり過ぎるため、要求に応じて数人から十数人の団員を派遣するという事もあったのだ。ルベッタもまた、そのように少数で派遣された経験がある。
「それで、傭兵の口入れ屋に行ってどうするつもり?」
「決まっているだろ? 傭兵としてエーブル伯爵に雇われるのさ」
先程の男が教えてくれた宿屋。その宿屋にアリシアとルベッタは足を踏み入れた。
宿の一階は食堂や酒場となっているようで、この辺りはリョウトたちが王都で拠点としている「轟く雷鳴」亭と大差ない。
そして傭兵や魔獣狩りといった、荒っぽい生業の者たち特有の荒々しい雰囲気もまた、アリシアとルベッタには馴染みのあるものだった。
しかし、「轟く雷鳴」亭とは違い、この宿にいる者たちは、無遠慮で好色な視線を二人へと投げかけて来た。
女の傭兵としては群を抜いた二人の美貌と、どこか傭兵らしからぬ二人の独特の雰囲気が傭兵たちの興味を引いたようだ。
そんな好奇心と好色が入り交じった視線の中、二人は堂々とカウンターへと赴き、主人と覚しき男へと話しかけた。
「仕事の斡旋を頼みたい。見た通り、俺とこっちの女との二人組だ」
「あぁ? おまえたちみたいな別嬪なら、傭兵よりも娼婦の方が似合っているんじゃないのか? なんなら、そっちの仕事を紹介してやってもいいぜ?」
店主の言葉に合わせて、酒場にいた他の傭兵たちからも野次が飛ぶ。
とはいえ、アリシアもルベッタもそのような野次は気にもしない。初めての口入れ屋に行けばこのような事はいつもの事であり、ルベッタは当然それを承知しているし、アリシアも前もってルベッタから聞いていたからだ。
「俺は元『銀狼牙』の先代五人の一人、サーケイの娘のサフィだ。こっちは今の相棒のエメリィ。最近、この街の領主が大がかりに傭兵を集めているとの噂を聞いて、このモンデオまで来たんだが……あるんだろ? 仕事は」
ルベッタが名乗りながら──さすがに本名は使わない──、その豊かな胸元を押し開いてそこにある刺青を露にする。
その場にいた傭兵たちも、そして傭兵の口入れ屋をしている宿の主人も、彼女の胸元に彫り込まれた狼の頭を形取ったその刺青の意味を知っていた。
「『銀狼牙』……その創始者である先代五人の一人、サーケイの娘だと……?」
かつて最強とも呼ばれた傭兵団『銀狼牙』の名前と、それを造り上げた五人の凄腕の傭兵の事を知らぬ傭兵はまずいない。
当然、宿の主人も居合わせた傭兵たちもその名前は知り得ていて、それまでの好奇と好色の視線がすっかりなりを潜めてしまった程だ。
「サーケイの娘というのなら、腕も信頼できるだろう。確かに、ここのご領主様は傭兵を集めているからな。おまえたちを紹介してやろう」
店主は羊皮紙を引っ張りだすと、そのままそれに何かを書き込んでルベッタへと差し出した。
「そこに書かれている場所に行って、その羊皮紙を見せれば傭兵として雇ってくれるだろうよ」
「助かるよ。これで遠路はるばるモンデオまで来た甲斐があったってもんだ」
ルベッタは笑顔を浮かべながら羊皮紙を紹介料の銀貨数枚と交換すると、そのままアリシアと共に宿を後にする。
「ちょっと驚いたわ。『銀狼牙』の名前を出すだけで、あんなに雰囲気が変わるなんて」
「まあな。傭兵の間では『銀狼牙』とそれを立ち上げた親父たちの名前はちょっとした伝説じみているからな。まあ、最後は野盗に落ちぶれたが、今でも傭兵の間ではそれなりの知名度と影響力があるのさ」
アリシアとルベッタは、口入れ屋の店主から指示された場所へと向かいながら、これからの事を相談する。
「それで、どうして伯爵に傭兵として雇われるわけ?」
「傭兵として雇われていれば、どれぐらいの数の傭兵が雇われているとか、いつ頃挙兵するとか判りやすいだろう? それに、伯爵もまさか俺たちが伯爵の配下の傭兵として潜り込むとは思うまい」
「そうかもしれないけど……傭兵として入り込んだ時、伯爵と会ったりしないかしら?」
「心配するな。わざわざ新入りの傭兵に貴族である伯爵様本人が会うような事はないさ。せいぜい傭兵を纏める立場の人間に会う程度だ。後はそいつから今後どうするのか指示があるだろうから、それに従いながら伯爵の様子を探る。精々心配する事があるとすれば、おまえが言っていたリガルって奴が傭兵を纏めていなければいいって事ぐらいだな」
「……私が感じたところ、リガルは伯爵の片腕って感じだったわ。そのリガルに傭兵を纏めさせるとは思えないけど……」
「おまえのその勘を当てにするかね。まあ、ばれたらばれたでさっさと逃げればいいだけの事だ」
その後、指定された場所で出会った傭兵を取り纏める者は、アリシアの予想通りリガルではなかった。
だが、彼女たちの予想は少々外れる事になる。なぜなら、傭兵を取り纏める者はアリシアたちの事を知っている者だったからだ。
指定された場所は、どうやら領主であるセドリックが雇った傭兵たちが寝泊まりする兵舎のようだった。
入り口で歩哨をしていた者に、口入れ屋の店主からもらった羊皮紙を見せると、すぐに傭兵を束ねる責任者へと取り次いでくれた。
そして兵舎の中へと通され、一つの部屋へと案内される。どうやら、ここで責任者と対面するようだ。
特に茶が出されるわけでもない兵舎の一室で待つ事しばし。ようやく責任者──肩書きは傭兵隊の隊長──が部屋へと入って来て、アリシアとルベッタの顔を見るなりぽかんとした表情を浮かべた。
「あ、あれ? どうしてあんたちが……? あれ? 俺、部屋を間違えたか……?」
アリシアとルベッタ、そして部屋の中をきょろきょろと見回していた傭兵隊の隊長。だが、驚いた表情を浮かべていたのは彼だけではなく、アリシアとルベッタもまた同様だった。
「か……カロス……? あ、あなたが傭兵隊を纏めていたの……?」
「こんな妙な縁もあるものだな……」
傭兵隊の隊長としてアリシアとルベッタの前に現れたのは、ゼルガーへの道行きの途中で出会ったキートンの隊商の護衛を務めていた傭兵のカロスだったのだ。
「……なるほどなぁ……」
カロスは改めてアリシアたちから事情を聞いた。
「俺たちは近々ここの領主が大規模な野盗の討伐を行うからって雇われたんだが……どうやら、本当は野盗の討伐なんかじゃねえってことか」
「ああ。あの時あんたたちを襲った隣国からの傭兵団も、ひょっとするとここの領主が挙兵するという情報をどこかから聞いたのかもしれんな」
「ここの領主の目的から考えて、傭兵の数は多いに越したことはないだろうけど、国内の傭兵だけじゃ数が足りない。それで、こっそりと隣国にそれらしい噂を散まいて隣国の傭兵まで集めようとしたってわけか」
だが、その噂を聞いてカノルドスまで来たのはいいが、肝心のセドリックが極秘裏に傭兵を集めているところまでは情報を得ておらず、雇い主を見つけられずにカノルドスで立ち往生したのだろうとルベッタとカロスは結論づけた。
「それで、あなたはどうするの? 伯爵の本当の目的を知っても尚、伯爵に雇われたままでいるつもり?」
「そうだなぁ……それが問題なんだよなぁ……」
いくら傭兵とはいえ、形勢の悪い方に進んで雇われたりはしない。勝利陣営に与せば、戦後に追加の報酬だって得られる場合もあるし、何より命あっての物種が傭兵の信条だからだ。
そして、常識的に考えれば今のカノルドス王国を打ち倒すのは、極めて困難だと誰もが考えるだろう。
それ程までに、国王であるユイシークの持つ異能の力は誰もが知るところであるのだ。
「今の国王を敵に回したくないってのが本音なんだが、もうここの領主とは契約しちまったからなぁ……」
腕を組んで考え込むカロス。傭兵は余程の事がない限り、一度契約を結んだ相手を裏切らないものだ。そのような事を一度でも軽々しく行えば、「裏切る可能性のある傭兵」として同業者の間で評判が落ちてしまう。
そんな思い悩むカロスに、ルベッタはにっこりと妖艶な笑みを浮かべた。
「ああ、それなら俺にいい考えがあるが……どうだ? 聞いてみたくはないか?」
『魔獣使い』更新。
今月はできるだけ多めに更新していくつもりです。
今週中にあと一回は更新する予定ですので、次回もよろしくお願いします。