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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
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12-再会──アリシアとリガル

「お断りします」


 差し出したセドリックの手を取る事はせず、リョウトはきっぱりと彼の申し出を断った。


「なぜかね、リョウト殿? 私の目的が成就した暁には、貴殿には地位でも金でも権力でも望むものを与えよう。もちろん貴族として叙し、侯爵の位を約束する。貴殿が望むのならば、他にも宰相だろうが将軍だろうがどんな役職も用意しよう。それとも金か? 金を望むのならば希望する額を言いたまえ。貴殿の言う通りの金額を準備させようじゃないか」


 これでもまだ条件に不満があるかね、とセドリックは不思議そうな顔でリョウトに問う。

 そんなセドリックを、リョウトは毅然とした態度で見詰め返す。


「どんな条件を出されようが、僕は伯爵に協力はしません」


 リョウトにセドリックの申し出を受けるつもりは毛頭ない。

 ほんの僅かではあるものの、国王であるユイシークとは実際に接した事がある。

 どうにも威厳とか権威とかいったものが全く感じられない国王だったが、いい加減そうに見えるものの、その根本は誠実で真面目な人物。リョウトがあの国王に感じたものはそれだ。

 更に、あの国王の元には、近く正妃になるというアリシアの血縁に当たる女性がいる。アリシアの血縁というならば、リョウトにとっても決して他人ではない。

 「轟く雷鳴」亭まで自分の唄を聞きに来た彼ら。あの時の幸せそうに寄りそう二人の姿は、今でもはっきりとリョウトの脳裏に焼き付いている。

 そんな二人の幸せを、どうしてリョウトが壊せるだろうか。

 そして何より、リョウトはあの若き国王にかなり好感を抱いていた。目の前に立つセドリック・エーブルという人物も決して悪い印象を抱く相手ではないが、それでもあの国王の人柄にリョウトは一層惹かれるものを感じていたのだ。




 リョウトが自分へと向ける視線に、彼の決意が揺るがない事を悟ったセドリック。彼は実に残念そうに肩を竦めるとふぅと溜め息を零した。


「残念だ。貴殿にはどうあっても私に協力して欲しかったのだがな」


 リョウトの強力な異能もさる事ながら、彼の持つ名声もまた、セドリックの求めているものだった。

 ガルダックの大火災の際に著しい功績を上げ、数多くの民の命を救い英雄と称えられているリョウトの名声は、リョウト自身が自覚しているよりも様々な価値がある。

 多くの民の命を無償で救った英雄が協力しているという事実だけで、どれだけの民の支持が得られるだろう。

 その名声に共感した者の中には、進んでリョウトと轡を並べて戦いたいという兵士や騎士もいるだろう。

 英雄とはただそこにあるだけで、味方には力を敵には恐怖を与える存在である。

 リョウト・グラランという人物もまた、ただ存在するだけで様々な恩恵をセドリックに与えてくれるのだ。

 だから、セドリックはなんとしてもリョウトを自軍に取り込みたいと思っている。

 それも強制や脅迫ではなく、彼自身の意志の元で、だ。

 強制や脅迫で一時は無理矢理協力させたとしても、いつか彼は離れていってしまうだろう。そうなれば、彼の名声の元に集まった者もまた、同じ道を辿るに違いない。

 しかし、どうやらセドリックの願いはリョウトには届かなかったようだ。

 ならば、セドリックのとる手段は多くはない。


「申し訳ないが、貴殿を……いや、貴殿たちをしばらく拘束させていただく」


 セドリックが合図をした途端、扉から十数人の兵士がこの執務室に雪崩れ込んで来た。

 そして、手にした剣や槍をそれぞれリョウトや彼の従者たちに突きつける。


「刃向かわない限り、貴殿たちを丁重に扱う事を約束しよう。だから、大人しくしてくれないか?」

「その言葉に従うとでも?」

「そこを敢えて従ってもらいたい。いくら貴殿たちが腕が立つとはいっても、武器も持たない状態でこれだけの人数を相手にはできまい? それとも、この場で貴殿の飛竜や斑熊(まだらぐま)を呼び出すか? だが、こんな場所で呼び出せば、間違いなく建物が崩れて全員生き埋めだ」


 今、リョウトたちは魔獣鎧(まじゅうがい)こそ装備しているものの、武器の類は一切身に帯びていない。

 領主との面会を求める以上、武器を所持しての面会が許されるはずもない。それならばと、リョウトたちは最初から武器を持たずにセドリックの城に来たのだ。

 リョウトがちらりと視線を動かして背後の従者たちを見れば、彼女たちは厳しい表情でじっとリョウトを見詰めていた。

 おそらく、ここで彼女たちに戦えと命じれば、二人は命を落とすまで彼の命に従うだろう。多数のセドリックの兵たちを道連れにして。

 それが判りきっているリョウトは、二人に抵抗する事を禁じた。


「リョウト様……?」

「いいのか……?」


 二人の問いかけにリョウトは、ただ黙って頷くのみ。

 そして、それだけでアリシアとルベッタは、それ以上は何も言わずに主の命に従う。


「ここで貴殿たちを解放すれば、その足で貴殿たちはキルガス伯の元にでも駆けつけるだろう。貴殿たちがキルガス伯とかなり親しくしている事は私も承知している。だから、貴殿たちにはしばらくこの城で滞在願おう。私の目的が王国側に知れるのは今しばらく後にしたいのだ」


 連れていけと部下に命じたセドリックは、何かを思い出したようにリョウトたちを連行する兵士を止めた。


「申し訳ないが、アリシア殿には今しばらくここに残っていただきたい。なに、別に人質にしようというものでもない。彼女に無体なことなどしないと約束しよう」


 そういうセドリックを、リョウトはしばらくじっと見詰めていたが、何かを納得したようにアリシアにセドリックの言葉に従うように命じた。




 一人セドリックの執務室に残されたアリシアは、縄を打たれるような扱いをされる事もなく、執務室のソファに座るように勧められた。


「……私に何かご用があるのでしょうか?」


 アリシアは厳しい表情を隠すことなく、自分の対面に腰を下ろしたセドリックと対峙する。


「まあ、そう警戒しないでくれ、アリシア殿。とは言え、警戒するのも尤もであるがね。貴殿に残ってもらったのは他でもない。貴殿からリョウト殿を説得して欲しいのだ」

「私がリョウト様を説得……?」


 アリシアがそう問い返した時、執務室の扉をノックする音が響く。

 今、この部屋にいるのはセドリックとアリシア、そして護衛役の兵士が三人ほど。その兵士の一人がセドリックが頷いたのを確認すると、扉へと歩み寄ってそのまま扉を押し開いた。

 開けられた扉の向こうには一人の男性。二十代の半ばから後半の、魔獣の素材を用いた鎧を身につけた長身の男だった。

 そして、その男の姿を見たアリシアは、セドリックの前だという事も忘れて思わずソファから立ち上がる。


「り……リガル……?」

「よう、久しぶりだなアリシア。まさか、こうしてもう一度おまえと会う事になるなんて、思いもしなかったぜ?」


 執務室に慣れた様子で入って来た男は、間違いなくリガルだった。

 かつてアリシアと一緒に魔獣の森へと赴き、そこでの狩りに失敗して、他ならぬアリシアを騙して奴隷へと落とした張本人。


「おや? 二人は知り合いかね?」

「まあな、伯爵。この女とは因縁浅からぬ仲、って奴でね。俺としてはこいつには感謝しているんだがね。なんせかなり稼がせてもらったからな。まあ、こいつからすれば、俺は憎んでも憎みきれないだろうがよ」


 冷笑を浮かべるリガルを、アリシアは親の仇を見るような視線で睨み付ける。

 だが、しばらくそうやってリガルを睨み付けていたアリシアだったが、唐突に顔を再びセドリックへと向けると、改めてソファに腰を下ろした。


「確かに最初はあなたを恨んでいたわ。でも、今ではそれほど恨んでいるわけではないわ」


 顔はセドリックへと向けられているものの、その言葉は明かにリガルへと向けられたもの。セドリックも興味津々といった様子で二人のやり取りを黙って見ている。


「ほう? そりゃまた、どうして?」


 自分を奴隷へと落とした男を恨んでいないとは。リガルは興味を引かれてアリシアに続きを促す。


「あなたが私を奴隷へと落としたおかげで……私はリョウト様のものとなれた。その点に関してだけは、あなたに感謝してもいいぐらいよ」

「くくく。言うようになったもんだな。俺と組んで狩りに行った時は、まだまだ子供だったのによ。そんなにあの『魔獣使い』はいい男か?」

「ええ。あなたなんて足元にも及ばないぐらいよ? 私にとって、リョウト様以上の男なんて考えられないわ」


 堂々とそう宣言したアリシアを、リガルはまじまじと見詰め、そいて大声で笑い出した。


「わはははははははははははははははっ!! あのアリシアにここまで言わせるたぁな! どうやら『魔獣使い』はとんでもなく凄い男のようだ! 伯爵が是が非でも取り込もうとしているのが今になって判ったぜ!」


 遠慮なく笑い声を上げるリガルを、セドリックは窘めるどころか楽しそうに見詰める。


「リガルも認めたところで、改めてアリシア殿にお願いしたい。私はどうしてもリョウト殿を自軍に……盟友として迎え入れたいのだ。なんせリガルも認める程の男だ。彼の代わりになるような者はそうはいないだろうからね」


 と、セドリックはアリシアに茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せた。




「さて、真面目な話に戻ろうか……と、いいたいところだが、リガル」

「おう。言われた通り、『魔獣使い』と『黒の従者』は丁重に客室にお通ししておいたぜ」

「鍵と見張りは?」

「もちろん、抜かりはない。で、伯爵が言った通り、二人の部屋は離してある。一緒に逃げるのはまず無理な程度には、な」


 リガルの報告に、セドリックは満足したように頷いた。そして改めてアリシアへと向き直る。


「では、話に戻ろう。アリシア殿は今の国王を……ユイシーク・アーザミルドをどう思うかね?」

「どう……とは? それはどういう意味でしょう?」

「君の家……伯爵という身分にあったカルディ家を、あの男は平民へと落としたのだよ? これは君たちカルディ家の者にとって、途轍もない屈辱ではないのかね? さぞ、あの男を恨んでいよう?」


 『解放戦争』では旧王国派に与したカルディ家。当然、敗戦側となったカルディ家は貴族としての地位を奪われ、今では平民として暮らしている。


「お言葉ですが伯爵。私も……いえ、私の父も母も、今の扱いに不満を感じた事はありません」

「なぜだね? 貴族が平民に落とされるなど、これ以上の屈辱はあるまいに?」

「屈辱どころか、陛下には感謝しております。本来なら我が家は一族郎党全て奴隷に落とされるか、斬首にあっても文句は言えない立場でした。それが今でも家族や関係者は皆……兄だけは不幸な目に合いましたが、私を含めて父も母も皆幸せに暮らしております。これらは、陛下や王国の皆様のおかげでございます。平民となった事など細事に過ぎません」


 セドリックはアリシアの言葉に信じられないと言った表情を浮かべていたが、彼女の言葉に嘘偽りはないと判断すると、深々と溜め息を吐いた。


「やれやれ。どうやら貴殿からリョウト殿を説得してもらうのは無理のようだな」

「はい。私はリョウト様の従者に過ぎません。元より主であるリョウト様を説得できるような立場ではありませんから」

「仕方ない。貴殿にもしばらく客室で過ごしてもらうしかなさそうだ。リガル」


 リガルはセドリックに無言で頷くと、そのままアリシアと兵士たちを連れて執務室を後にした。

 残されたセドリックはもう一度残念そうに溜め息を吐くと、その身体を深々とソファに預けるのだった。




「判っているとは思うが、逃げようなんて考えるんじゃないぞ?」


 アリシアへと与えられた客室の前で、リガルはアリシアに振り返ってそう告げた。


「どうしておまえたち三人を、離れたばらばらの部屋に入れるのか。おまえならもう判っているだろう?」

「もちろんよ。逃亡防止は当然の事ながら、三人が三人ともそれぞれの人質にするためでしょ?」

「正解だ」


 リョウトたち三人を距離の離れた部屋に個々に軟禁したのは、リガルが言った通りそれぞれを人質として扱うためだった。

 仮に三人の内の誰かが逃げ出したとしても、他の二人の部屋を探し出してて合流するより、セドリックたちには残った二人を処罰する事ができる。その事実を無言でリョウトたちに示しているのだ。


「まあ、扉の前には見張りを付けるし、鍵だって厳重な奴をかける。そう簡単には逃げられないがな。じゃあ、お休みだアリシア。『魔獣使い』もおまえももう一人の従者も、気が変わったらいつでも言ってくれ。俺も伯爵もおまえたちを歓迎するぜ」


 唇の端を釣り上げながら、リガルは客室の扉を締めて自分の手で鍵をかける。

 そして二人の見張りをその場に残すと、自分に割り当てられた部屋へと戻って行った。

 この時、彼は、そしてセドリックは思いもしていない。

 翌朝、三人の姿が客室から煙のようにきれいに消え去っている事を。



 『魔獣使い』更新。


 『辺境令嬢』、『怪獣咆哮』、そしてこの『魔獣使い』と、今週は何とか無事に各一話ずつ更新できました。

 もしも可能なら、今週中に三つの内の何かを更にもう一話ぐらい更新しようかと考えています。


 はい、考えてはいますが、実行できるかどうかは別ですけど。



 さて、話は飛んで申し訳ありませんが、9月にアルファポリス様にて行われる「ファンタジー小説大賞」に、この『魔獣使い』もエントリーしてみようと考えています。

 『魔獣使い』以外にも『怪獣咆哮』と『アルカンシェ』の二つもエントリーします。とりあえず手元にあるファンタジー・ジャンルのものは全部突っ込んでみようかと。


 どの位まで行けるか全く判りませんが、参加する以上は少しでも上を目指したいものです。9月は完結している『アルカンシェ』はともかく、『魔獣使い』と『怪獣咆哮』の更新をいつも以上にがんばるつもりです。少しでも上位に食い込めるといいな。あ、もちろん『辺境令嬢』もほったらかしにするつもりはありませんぞ。

 来月は何かと忙しくなりそうです。


 では、これからもよろしくお願いします。

























※目標達成まであと5003ポイント。完結までに目標達成できるといいなぁ。


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