09-飛竜討伐へ
飛竜。
魔獣としては最強の一角にも分類される恐るべき魔獣である。
空を自在に舞い、上空から炎を吐き続けられれば、いかな腕利きの魔獣狩りとて苦戦は必至。
空を飛ぶ飛竜に対抗するには弓や弩を使うしかないが、飛竜の強固な鱗を貫くのは難しい。
もちろん、地上における接近戦でも生半可な得物では傷を与えるのも容易ではないだろう。
そして何よりその巨体は、そこに存在するだけで人間を圧倒する。事実、飛竜の咆哮を耳にしただけで戦意を挫かれた魔獣狩りの数は決して少なくはない。
そんな飛竜を討伐しろ、というのがモンデオの領主であるエーブル伯爵の依頼だった。
「飛竜、か……」
確保した宿の部屋で、リョウトは寝台に腰かけながら討伐の標的である飛竜の事を考えていた。
まだ、この依頼を受けるとはキートンには言っていない。取り敢えず一日考えさせてくれと彼には伝え、本日のところはお引き取り願ったのだ。
そして今、リョウトは二人の従者たちと一体の黒竜を交えて、この依頼を受けるかどうかを検討しているところだった。
「キートンの話では、領内のとある村の近くの森で飛竜を見かけたとの事だったが」
「本来、飛竜は人里離れた所に棲息するものでしょ? どうして村の近くにいるのかしら?」
アリシアとルベッタも、それぞれ思うところを口にする。
確かにアリシアが今言った通り、飛竜は人里から離れた森の奥深くや険しい山地に住み処を定める。
人間は魔獣に比べたら脆弱な存在である。だが、脆弱なその人間が時に強大な魔獣さえ打ち倒す力を発揮する事を、飛竜たちは経験を重ねるうちに知り得ていく。
そして、アリシアの感じた疑問は、リョウトもまた感じた事だった。
「基本的に飛竜は、一度縄張りを定めたらそこから移動する事はまずない。飛竜がいわゆる『渡り』をするのは、巣立ったばかりの若い個体か、もしくは縄張りを他の飛竜や魔獣に奪われたか……この辺、僕もあまり詳しくはないんだ。アンナなら、この辺りの事にも詳しいだろうね」
王立学問所で魔獣の生態を研究するアンナならば、その辺りの事情にも詳しいだろう。
しかし、今この場に彼女はいないのだ。彼女の知識に期待する事はできない。
「……巣立ったばかりの若い飛竜が、手頃な狩り場を見つけてその近くに営巣した……それが真相ではないか?」
ローの言葉に、ぴくりとルベッタの柳眉が揺れる。
「おい、ロー。その手頃な狩り場ってのは……」
「無論、人間の村の事だ」
年を経て経験を重ねた飛竜は人間を避けるようになるが、年若い飛竜は人間の恐ろしさを知らない。
そんな若い飛竜にとって、人間の村は手頃な餌が住む絶好の狩り場だろう。
「だとすると、村に被害が出る前に何とかしないといけないな……」
リョウトのこの呟きに、アリシアとルベッタ、そしてローは彼の意見に従う事を示して頷いた。
二日後。キートンを通して面会を申し込んだエーブル伯爵は、随分と若い人物だった。
年齢は三十代前半。ひょっとすると、三十まで行っていないかもしれない。
カノルドスではよく見かける茶髪と明るい茶色の瞳で、長身の引き締まった体格の男性だった。
エーブル伯爵は、彼の城でリョウトたちが通された応接間らしき部屋に現れると、にこやかに笑いながら親しげに話しかけて来た。
「よく来てくれたな、『魔獣使い』殿。そして貴殿が所有する美しき奴隷たち……おっと、確か彼女たちはもう奴隷から解放されて、今は『魔獣使い』殿の従者なのだったな。これは失礼。君たちの事もキートンからさんざん聞かされたぞ? 『魔獣使いの英雄』と、それに従う美しき『金と黒の従者』──とな」
リョウトの背後に控えるアリシアとルベッタに、伯爵はぱちりと片目を閉じて見せる。
そんな伯爵とリョウトが会話する後ろで、二人の従者は先ほど伯爵に言われた事を小声で囁き合う。
「伯爵が今言った『金と黒の従者』って……私たちの事……よね?」
「そうだろうな。しかし、『金と黒の従者』とはまた……俺たちの髪の色に因んだのだろうが……」
やや顔を顰め、聞き慣れない異名に考え込む様子のルベッタ。
アリシアも、『金と黒の従者』というちょっと恥ずかしいその異名には引きぎみだ。
だが。
「──────ふむ、気に入った。『金と黒の従者』……悪くないな」
「ええええっ!?」
にやりと不敵な笑みを浮かべる隣のルベッタを、アリシアは引き攣った表情でまじまじと見詰めるのだった。
「では、改めて名乗ろう。俺がエーブル伯爵家の現当主、セドリック・エーブルだ。当主とは言っても、一年前に亡くなった先代から家督を受け継いだばかりの新米当主だがな」
「リョウト・グラランです」
名乗りながら差し出されたセドリックの右手を、リョウトもまた名乗りながらしっかりと握る。
「まずは噂に名高い『魔獣使い』殿と、こうして出会えた事を嬉しく思う。立ったままではなんだ。遠慮なく座ってくれ」
伯爵という立場にありながら、庶民のリョウトたちに親しく振る舞うセドリック。
そんな彼にどことなくジェイクの姿を重ねたリョウトは、彼に対して親しみを感じ始めていた。
そしてセドリックの言葉に従い、互いに応接間のソファに腰を落ち着けたところで本題に入る。
「大体の話はキートンから聞いているな?」
「はい。伯爵の領地に飛竜が現れたとか」
「その通りだ。相手が飛竜ともなると、そんじょそこらの魔獣狩りじゃ相手にならない。かと言って放置もできないし、どうしようかと悩んでいたところに噂の『魔獣使いの英雄』が現れたと聞いてな。こうしてご足労願ったというわけだ」
一月ほど前、彼の領内にある村の村長から、村人の一人が村の付近の森の中で巨大な生物を見かけた、という報告が入った。
それを目撃したのは村に住む狩人で、その森は彼を始めとした村の狩人たちが猟のためによく訪れる森であり、それまでは危険な魔獣などは棲息していなかったという。
そんな森の中で突然巨大な生物を見かけたその狩人は、慌てて村に逃げ帰って先ほど見たものを村長に報告した。
村長もその報告に大変驚き、すぐに領主であるセドリックに急使を出す。
セドリックは急使からそれを聞くと、まずは配下の兵士を何人かその森へと派遣し、その巨大な生物の正体を見極めさせた。
そして。
「戻った兵士からの報告によると、その巨大な生物の正体がどうやら飛竜らしいのだ」
「では、まだその村に直接的な被害などは出ていないのですね?」
リョウトの問いに、セドリックは黙って頷いた。
「確かに飛竜が実際に村を襲うとは限らない。だが、その村にとって飛竜がいたという森から得られる各種の恵みは重要だ。このままその森に飛竜が居座ると、その村は遠からず干からびるだろう」
その村では麦などの栽培も行われているが、付近の森から得られる木材や狩猟される各種の獲物、そして木の実や茸などがなくては、村人がそれまでと同じ暮らしはしていけなくなる。
そして、飛竜が居座る森へと入り込むような剛の者は、普通の村人の中にはいるはずもない。
「どうだろう、『魔獣使い』殿。この依頼を引き受けてはくれないだろうか。もちろん、依頼料ははずむぞ?」
真摯な視線を向けるセドリックに、リョウトもまた真面目な顔で応える。
「判りました。この依頼、引き受けましょう」
件の村に関する様々な情報、および村長への紹介状や道中の食料などをセドリックから受け取ったリョウトたちは、翌日一日を準備に費やして翌々日の早朝にモンデオを出立した。
その村まで徒歩なら一週間弱の距離だが、バロムに乗れば一日もかからない。
だが、いくら領主の紹介状があるとはいえ、飛竜に怯える村の傍にその飛竜で降り立つわけにもいかず、村から一つ手前の宿場町付近でバロムから降りてその宿場町で一泊し、翌日の朝から半日ほど歩いてその日の昼と夕方の中間ぐらいに村へと到着した。
突然現れた厳めしい魔獣鎧や魔獣器を装備したリョウトたちに、村人らは彼らを遠巻きにして奇異と警戒の視線を向ける。
「僕たちは領主様から依頼を受けた、飛竜を狩るために来た者です。まずは村長にお会いしたい」
リョウトがこのように自分たちの立場を説明しても、村人たちはざわざわとざわめきながらも、その視線を変化させたりはしなかった。
「これはどういうことかしら?」
「この村は飛竜の存在に怯えているはずだろう? それなのに、その飛竜を狩るために来た俺たちを諸手を上げて歓迎……とはいかないまでも、それなりに好意的に接するのが普通じゃないか?」
リョウトの背後で周囲の村人たちを観察していた──警戒していたともいう──アリシアとルベッタは、視線を村人たちに向けたまま小声で相談する。
背後から聞こえる彼女たちの声に内心で同意しながらも、リョウトがじっと待っているとやがて一人の四十代ほどの男性がリョウトたちの前に進み出た。
「領主様から依頼を受けた魔獣狩り……だと? 証拠でもあるのか?」
「ええ。領主のエーブル伯爵からの紹介状があります」
リョウトは取り出した紹介状を村長に手渡す。
村長はそれを受け取り、その場で開封して中身を検めると、書面から顔を上げて無遠慮な視線をリョウトたちへと向けた。
「詳しいことは儂の家で話す。ついてきてくれ」
村長は集まっている村人たちに解散を告げると、そのままリョウトたちに背を向けて歩き出す。
残されたリョウトたちは、互いに一度顔を見合わせるてからそのまま村長の後をついて行った。
「偽者が現れた……?」
リョウトの呟きに、村長はゆっくりと頷いた。
「どこで聞きつけたのか知らんが、魔獣狩りらしい風体をした男が四人、ある日この村を訪れてな。この村を困らせている魔獣を自分たちが狩ってやると言い出したんだ」
当然、村はそれを喜んで受け入れた。
村を挙げて男たちを歓待し、質素ながらもありったけの料理や酒を振る舞った。幾ばくかの銀貨を、狩りの前金として男たちに支払いもした。
「だが翌朝、いつまで経っても男たちは起きてこない。最初こそ前の晩に飲みすぎて起きられないのだろうと思っていたが、結局昼を過ぎても起きてこなかったから、儂がその男たちが泊まった部屋へと行ってみたら……」
「……部屋は蛻の殻。男たちはとっくにどこかへ逃げた後だった……か?」
ルベッタの言葉を、村長が重々しく頷いて肯定した。
どうやらその男たちは、飛竜を狩るほどの実力はないものの、あたかも飛竜を狩れる魔獣狩りだと自分たちを売り込み、歓待を受けるだけ受けてから夜半になって逃げ出す、いわゆる詐欺のようなものだったのだろう。
「そんな事を何度もやられては、魔獣が現れる前に村がどうにかなってしまう。だから──」
「それで、村人たちがあんなに警戒的な態度だったのね」
「だが、あんたたちはどうやら違うらしい。こうしてご領主様の紹介状もあるしな。村の連中の事は儂が代わって謝る。だから──」
村の近くに棲み着いた魔獣を何とかしてくれ、と村長はテーブルに手を付きながら頭を下げた。
そんな村長に、リョウトは頭を上げるように告げる。
「相手が相手なので確約はできませんが、全力を尽くして魔獣を討伐します」
リョウトたちはその後に村長と相談し、今日はこのまま村長宅に泊めてもらい、明日から改めて飛竜を求めて森の探索を行う事にした。
飛竜は森で見かけられたものの、その塒までは特定されていない。村長は飛竜に襲われる危険を考えて、森への出入りを禁じていたし、そもそも村人は森へと近づこうともしなかったそうだ。
最初はこの村にもある宿屋に泊まるつもりのリョウトたちだったが、村長が熱心に自分の家に泊まる事を勧めたので、結局彼の好意に甘える事にした。
「確かにこの村にも宿屋はあるが、決して上等とは言えんな。それぐらいなら儂の家の泊まれば良かろう。宿屋よりもよほど上等の寝台を用意してやろうじゃないか」
村長はそんな冗談めかした事をいいながら、僅かながらも料理や酒をリョウトたちに振る舞い、旅の疲れもあったリョウトたちは、一人ひとりに与えられた部屋でその日は早めに眠りについた。
一夜明けて翌朝。
準備を整えたリョウトたちは、村人たちの露骨な警戒的な視線の中、村を出て森の中へと入って行った。
この森のどこかにいるであろう、飛竜の姿を求めて。
『魔獣使い』更新ー。
はふぅ。何とか今週も無事に更新できました。いやぁ、毎週無事に更新できるかどうか結構プレッシャーだったり。
そんなプレッシャーに負けることなく、今週は三作品各一話ずつ更新できました。
これからも、できる限りこのペースで更新していきたいと思います。
※現在の総合評価は13,749点。当面目標の「総合評価20,000点超」まであと6,251点。正直、気が遠くなりそうです(笑)。でも最後まで諦めない。
今後もよろしくお願いします。




