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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
57/89

07-目的地変更



 その赤毛の男性の年齢は四十歳ほどだろうか。

 がっしりとした体格にリョウトを上回る上背。そして裕福な暮らしをしている証ともいうべきやや突き出した腹。

 本来なら眼光鋭いだろう彼の眼は、リョウトの背後でじっとこちらを見ている巨大な飛竜を前にして明かに怯えを浮かべていた。

 それが、五台もの馬車を率いる隊商の主であり、護衛の傭兵たちの雇い主であった。

 彼は先程の傭兵と一緒にリョウトたちの前まで来るも、背後にいるバロムやリョウトの足元で蠕動している──先程取り込んだ「食料」を消化吸収している──ルルードを怖れて、一定以上は近寄ろうとしない。

 そんな彼の背中を、先程の傭兵が勢いよくばんと叩く。


「大丈夫だって、旦那! この魔獣たちはこっちの兄ちゃんの言う事は絶対に聞くからよ! 旦那が兄ちゃんにちょっかいかけない限り、旦那を食い殺したりはしねえって。なあ?」


 背中を押された形になった隊商の主は、たたらを踏みながらもリョウトの前へと進み出る形になった。


「え、えっと、その……お、おかげで助かりましたぞ、『魔獣使い』殿。私はこの隊商の主でキートンと申す者です」

「そういや、俺も名乗っていなかったな。俺はカロス。見た通りの傭兵だ」


 すっかり怯えているキートンという名の隊商の主。厳つい外見と異なり、内面はかなり臆病なようだ。

 逆にカロスと名乗った傭兵は妙に慣れ慣れしい。彼のその態度は、どこか最近顔を合わせたこの国の国王を連想させた。


「吟遊詩人のリョウトです。確かに最近は『魔獣使い』なんて呼ばれていますね」


 リョウトはさりげなく自分は吟遊詩人である事を主張する。彼の主観では、あくまでも自分は吟遊詩人のつもりなのだ。例え吟遊詩人には似つかわしくない異能を有していたり、分不相応な元奴隷の従者を二人も従えていたとしても。


「それより、まずは怪我人の手当てをしましょう」


 怪我人を求めるように視線を彷徨わせるリョウトに、キートンとカロスは気不味そうに顔を見合わせる。


「兄ちゃん──リョウトの心遣いは嬉しいんだがな……あの傷では……もう……」


 表情を陰らせるカロス。どうやら重篤な怪我人がいるらしいと察したリョウトは、カロスを急かせてその怪我人のいる所へと案内してもらう。

 隊商の使用人らしき者たちが急がしそうに出発するために作業する場所からやや外れて、地面に敷かれた布の上に数人の傭兵らしき男たちが横たえられていた。

 その男たちの数は三人。彼らは一目で死が間近に迫っていると判るような怪我を負っていた。

 一人は腹を切り裂かれたようで、腹部から夥しい出血をしており、そこに撒かれた包帯があっと言う間に赤く染まっていく。更に巻かれた包帯が歪に膨らんでいるのは、腹圧で内臓が傷口から外へと出ようとしているからだろう。

 二人目は槍で胸部を貫かれていた。幸い心臓からは外れたものの、血の混じった泡を口から吐いているところを見ると、おそらく肺がひどく傷ついているようだ。

 最後の一人は右足が歪に折れ曲がっている。それに加えて大腿部を剣か斧で深く切り裂かれたようで、こちらも出血が夥しくこのままでは出血死は免れない。

 三人が三人とも顔色は既に土気色になっており、呼吸も浅く短い。カロスの言うように、普通なら傷の手当てではなく、苦しみが長引かないように慈悲──止めを刺してやるのが普通の状態であった。


「護衛で雇われた傭兵は俺を含めて全部で十三人。今回のこの襲撃で六人が命を落とし、三人がこの様だ。幸い──幸いと呼んでいいのか判らなねえが、俺を含めた残りの四人の傷はそれほど酷くはねえが……」


 横たえられた男たちから視線を逸らし、悔しそうにカロスが呟いた。

 男たちの惨状を見たアリシアは思わず口元を手で押さえ、ルベッタでさえ眉を寄せて視線を逸らせている。

 そしてリョウトは、今にも息を引き取りそうな男たちの傍らに跪くと、彼が使役する魔獣の一体を呼び出した。


「ファレナ」


 リョウトの傍にいつものように黒い亀裂が生じ、そこから癒しの力を秘めた魔獣が現れる。


「ファレナ。この人たちの傷の治療を頼む」


 癒蛾(ファレナ)は傷ついた男たちにその癒しの力を秘めた鱗粉を降り注いで行く。

 そして癒蛾(いやしが)の鱗粉で瞬く間に傷が塞がっていく男たちを、カロスとキートンは眼を見開いてじっと見詰めていた。




 結局、その日は命を落とした者を埋葬したり、捕らえた賊の生き残りを尋問したり、傷ついた馬車の修理などをしているうちに日が傾き、リョウトたちを含めた隊商の一行は街道沿いの手頃な空き地で野営することになった。


「本当にリョウトのおかげで助かった。改めて礼を言わせてくれ」


 焚き火の一つを囲んでリョウトたちが食事の準備をしていると、先程リョウトが癒した瀕死の重傷を負っていた三人を伴ったカロスがやって来た。

 リョウトが施した治療は何とか間にあい、死の渕に片足を突っ込んでいた彼らを救い上げることができたのだ。

 とはいえ、ファレナの鱗粉も骨折までは治療しきれず、足の骨をおった男は添え木を当てて折れた箇所をしっかりと固定し、折れた槍の柄を加工した杖をついている。


「こいつらとは同郷でなぁ。一緒に故郷の村を飛び出して、傭兵家業を始めたんだ。もう少しで俺は、大切な仲間を失うところだった。まぁ、傭兵なんて因果な家業をしている以上、いつかそんな日が来るという覚悟はしているが、それでも実際に仲間が死ぬ間際まで行くと、よ? 本当、ありがとな。こいつは助けてくれた礼だ。とは言っても、大していい酒でもないがな?」


 カロスは持参した酒の入った壷をリョウトへと差し出す。

 彼と一緒に来た三人も口々にリョウトに礼を言い、カロス同様に礼代わりに酒や食料をリョウトたちに手渡し、リョウトたちも快くそれらを受け取る。


「それで、襲撃者の正体は判りましたか?」


 カロスたちが焚き火の周りに腰を落ち着けたのを見計らい、リョウトは疑問だったことを尋ねた。


「ああ。生き残りを尋問したところ、どうやら連中、南の隣国であるオーネスから流れて来た傭兵のようだ」

「オーネスの傭兵? どうして隣国の傭兵がカノルドスに? しかも野盗じみた真似をしていたんです?」

「なんでも、近々カノルドスで大きな仕事があると聞いたそうでな……で、カノルドスに来たのはいいが、どこにも大規模に傭兵を集めているところなんてねえ。かといって、あれだけの大所帯でカノルドスまで来たのに、何の収入もなしでは立ち行かない……」

「それで、街道沿いで野盗の真似事か」


 呆れたように言ったルベッタに、カロスは苦笑を浮かべながら頷いた。


「今の王様の治世が落ち着いてからこっち、カノルドスは当然ながら隣国のオーネスにも大きな戦はない。戦がなければ、あれだけの人数の傭兵団を維持するのは難しいだろう? だから、噂を聞いて一も二もなくそれに飛びついたんだとさ」


 リョウトたちに渡した酒壷とは別の壷に口をつけながら、カロスは聞き込んだ情報をリョウトに伝えた。


「そういや、リョウトたちはこれからどこへ行くつもりなんだ?」

「僕たちは東のゼルガーまで行って、そこから更に東へ向かう予定です。それが何か?」

「いやな、キートンの旦那が、もしリョウトさえ良ければこのまま護衛として雇われないかって言っていたんでな。もしも、目的地が一緒なら丁度いいと思ったんだが……」


 カロスの口ぶりからして、隊商の一行の目的地はゼルガーではないようだ。


「なあ、リョウト。俺からも頼む。ここは一つ頼まれちゃくれねえか? 当初いた護衛の傭兵も、今日の襲撃で半分の七名になっちまった。五台もある馬車を七名で守るのはさすがに心許ないんでなぁ。報酬に関しちゃ、キートンの旦那に頼んで色付けてもらうからよ」


 彼のその提案に、リョウトは彼の左右に腰を下ろしている二人の従者を見ながら考え込む。

 アリシアとルベッタは、リョウトの決定に黙って従うつもりだろう。何も言わずにただじっと彼が答えを出すのを待っている。

 だが、リョウトのもう一人──一人ではなく一体か──の仲間はただ黙って彼の決定を待つのではなく、助言する方を選んだようだった。


「いいのではないか? どうせ大して重要な予定があるわけでもなし。少々日程がずれたとて構いはすまい?」


 いつものようにリョウトのフードからもぞもぞと這い出して来たローを見て、四人の傭兵たちが驚きに固まる。

 そんな彼らを横目で見て内心で苦笑しつつ、リョウトは改めて彼の従者たちへと問いかけた。


「俺もローと同意見だな。今回の旅は実のところ逃避行だしな」

「ええ。私も従者としてリョウト様の決定に従うわ。ところで、この隊商の目的地ってどこなの?」


 唖然としていたカロスたちが、アリシアにそう問われてようやく我に返る。


「お、おう、俺たちの目的地は、エーブル伯爵領内にあるモンデオって街だ。大きな湖に隣接している街だから、魚料理が美味いって評判だぜ?」


 リョウトは頭の中でこの国の地図を広げた。

 確か、エーブル伯爵領は王都から見て東南の方向にある、さほど広くない領地だったと聞いたことがある。

 そしてモンデオは、そのエーブル伯爵領内では最大の街であり、領主である伯爵の城もあったはずだ。

 確かに当初の目的地であるゼルガーからは離れてしまうが、いざとなればバロムという高速移動手段もある。ローが言うように、多少の寄り道も構わないだろう。


「判ったよ、カロスさん。護衛の件、引き受ける事にする」


 リョウトから承諾の返事を受け、カロスの表情が明るくなる。


「そうか! いやー、良かったぜ。もしもリョウトに断られたらどうしようかってひやひやしてたんだ」


 豪快に笑うカロスとその仲間たち。

 彼らに釣られてリョウトたちも笑みを浮かべる。


「よっしゃ、となりゃあ、仕事成功の前祝いだ。今夜はとことん飲もうぜ! なぁに、酒ならキートンの旦那に言えばいくらでも売ってくれらぁ」

「おいおい、カロスさんたちは護衛だろう? だったら一晩中酒を飲むわけにはいかないよ?」


 リョウトに尤もなことを指摘され、言葉を詰まらせるカロス。そんな彼を見て、彼の仲間たちやアリシアとルベッタ、そしてローまでもが笑い声を上げる。

 そして笑いが収まった後、意味有りげにルベッタが咳払いを一つ。


「ところで、護衛の報酬の方だが、幾らぐらい貰えるんだ? 予め言っておくが、俺たちは安くはないぞ? 何と言っても俺たちは『魔獣使い』とその従者だからな」


 得意げにそう言い、にやりと笑うルベッタ。対してカロスもにんまりとした笑みを浮かべて応える。


「その辺は大丈夫じゃねえか? なんせキートンの旦那もリョウトの魔獣は見ているんだ。リョウトの機嫌をそこねたら魔獣に食われるぞって交渉すれば、言い値で払ってくれるだろ?」

「……それは『交渉』じゃなくて『恐喝』って言わないか?」

「そうとも言うな」


 呆れたようにリョウトが問いかければ、しれっとした顔でカロスが答える。

 そして一拍の間が空いた後で、七人と一体はもう一度大きく笑い声を上げるのだった。



 『魔獣使い』更新。


 きりがいいので、今回はちょっと短め。


 さて、当面目標として設定した「総合評価20,000点超え」ですが……調べてみたところ、総合評価が20,000点超えるのって、累計ランキングで上位100位ぐらいになるってことらしく……なんか、絶対に達成は無理な気がしてきた(笑)。

 とはいえ一度設定した以上、いつになるのか判りませんが──いつまでたっても達成できない公算大──総合評価20,000点を超えるようにがんばります。


 では、次回もよろしくお願いします。

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