06-遭遇戦──意外な強敵
今回、またもやルルードくんに溶かされる方がおられます。
グロ注意。
突然乱入したリョウトたちに、賊たちは一瞬取り乱すものの、すぐさまその統制を回復させた。
その様子からリョウトは、彼らがやはりただの野盗ではないと感じ取る。
先陣を切って戦線に飛び込んだのはアリシア。リョウトの命により影から飛び出した棹斧を軽々と振り回しながら、賊たちの戦線と士気を崩しにかかる。
アリシアより数歩遅れたリョウトも、背後で弓を構えているルベッタを庇うようにしながら、彼らに気づいて近づいてきた賊に先制攻撃とばかりに引き抜いた勢いのまま紫水竜の剣を叩き付ける。
襲われていたのは五台の馬車で構成された隊商の一行。馬車の付近に倒れている者が数人いるが、おそらく隊商が雇った護衛の傭兵だろう。現に、五人ほどの傭兵らしき男たちが、襲いかかってくる賊たちと戦っている。
そんな男たちの一人が、突然飛び込んできたリョウトたちに驚いたような顔をするも、すぐににやりと笑うと目の前の賊を強引に蹴り飛ばし、そのまま剣を振り回して敵を牽制しながらリョウトの元へとやって来た。
「助太刀感謝するぜ、魔獣狩りの兄ちゃん。だが、ひょっとすると貧乏くじを引かせたかもしれねぇな」
その傭兵の視線は、馬車を取り囲んでいる賊たちへと向けられる。
傭兵の言いたい事をリョウトは理解する。賊の数がリョウトが予想したよりもかなり多いのだ。
ざっと見積もっても四十人以上いる。加えて、既に護衛たちに迎撃された者も加えれば、賊の数は総勢五十を超えているだろう。
対して、護衛側で動けるのはリョウトたちを含めても十人にも満たない。このままでは、いずれ数という大波に飲み込まれるだろう。
それが単なる傭兵や魔獣狩りならば、だが。
リョウトたちを死地に飛び込ませた事を悔やんでいるのか、済まなさそうな顔の傭兵にリョウトはにこやかに微笑む。
「心配はいりません。僕の従者たちは一騎当千ですから」
「一騎当千……って、あの金髪の姉ちゃんがか?」
そう呟いた傭兵の視線が、最前線で棹斧を揮うアリシアに向けられ、次いでぽかんと顎が外れたかのように開けられた。
アリシアがその棹斧を揮うたび、賊たちの身体が二、三個纏めて宙に舞う。もちろん、それは一度きりの事ではない。アリシアが巨大な棹斧を豪快に振るたびに、その光景は繰り返されたのだ。
アリシアのまさに獅子奮迅の戦いに加えて、どこからともなく賊たちへと矢が降り注ぐ。
降り注いだ矢は賊の首や心臓といった急所を正確無比に貫いていく。おそらく、賊たちは自分がいつ矢で射られたか気づくことなく絶命した事だろう。
「……どうなってんだ、こりゃ?」
その傭兵にも、どこかに狙撃手がいる事ぐらいは判る。しかし、矢が飛んで来る場所は一か所ではなく、飛んで来る矢も一本や二本ではない。それはつまり、その狙撃手が常に動き回りながら、それでいて恐るべき確度と速さで矢を射ているという事だ。
そして、棹斧を振り回している女性と共に、その狙撃手もこの黒髪の魔獣狩りらしき男の従者なのだろう。
傭兵は改めて隣で両手で小振りな剣を構える男を見る。この時、傭兵は初めてこの男の左眼が紅い事に気づいた。
「黒髪に左だけ紅い眼……も、もしかして、兄ちゃんは……」
呟く傭兵に笑みを向けると、リョウトは再び賊たちへと視線を向ける。
アリシアとルベッタの攻撃で浮き足だったものの、それもすぐに回復しており、今賊たちは馬車やリョウトたち──正確にはアリシアとルベッタを──警戒して遠巻きに取り囲むような布陣へと陣変えをしていた。
「……どうやら、向こうには優れた指揮官がいるようですね」
「……ああ、きっちり統制が取れていやがる。こりゃ、ただの山賊の類じゃねえな」
襲いかかってきたのがただの山賊などではないことは、傭兵もすぐに気づいた。
普通の山賊ならば、こんなに統制の取れた動きで襲いかかって来る事はないだろうし、こんなに速く混乱が収まる事もないだろう。
突如乱入したリョウトたちを警戒して、賊たちがすぐには攻撃してこないと悟ったアリシアは主であるリョウトの元へと戻った。
「これからどうするの、リョウト様?」
「いまだに相手の数の方が多い。こちらから下手に突っ込んで行けば、包囲されて袋叩きだろう」
「ええ、私もそう思うわ」
自分の言葉に頷くアリシアに、リョウトは更に言葉を続けた。
「だが、それはあくまでも対象が少数の人間である場合だ」
それだけでリョウトの真意を見抜いたアリシアは、手にした棹斧をだらりと下げて身体からも力を抜く。
すっかりと緊張を解いたアリシアに、傍にいた傭兵が怪訝そうな顔をした。
「おいおい、姉ちゃん。まだ戦いは終わってねぇぜ? そんな緩んだ姿勢でどうするつもりだ?」
「あら、もう戦いは終わったも同然よ」
「何だと?」
困惑を更に深めた傭兵に、アリシアは不敵に笑う。
「見ていれば判るわ。リョウト様が……私たちの主がこの戦いをすぐに終わらせるから」
「か、頭ぁっ!! 相手にとんでもねえ化け物がいやすぜっ!!」
「判ってらぁな。ここからでも良く見えるからな」
手下が化け物と呼ぶのは一人の女だった。
どんなからくりがあるのかは不明だが、その女が手にした巨大な棹斧を揮うたび、彼の手下が数人纏めて軽々と吹っ飛ばされるのだ。
「あんな大きな棹斧、大の男だってあそこまで軽々と振り回せねぇ。あの女、正真正銘の化け物だな」
そんな化け物女に加えて、どこからともなく飛んで来る矢は極めて正確に手下たちの命を刈り取っていく。
姿こそ見えないものの、どうやら凄腕の弓使いが潜んでいるようだ。
そう判断した男は配下たちへと指示を飛ばす。
「おう、おめぇら! すぐに陣変えだ! 馬車から離れて半包囲しろ! 向こうから包囲の中に飛び込んで来やがったら、そのまま左右から押し包んで潰しちまえ!」
男の指示はすぐに浸透し、配下たちが素早く行動して瞬く間に馬車から離れた包囲陣が完成する。
「さぁて、後はこのまま待ち構えて、焦れたあちらさんが飛び込んで来るのを……って、なんだ、ありゃあっ!?」
男が、いや、男とその配下たちが見たものは、突如現れた黒い亀裂のようなもの。
その亀裂は、何もないはずの空間──先程飛び込んで来た黒髪の魔獣狩りらしき男のすぐ横に出現した。
呆然と男たちが見詰める中、その亀裂から何かぬっとが顔を出す。
赤褐色の巨大な頭。見るからに剣呑な鋭い牙がずらりと生え、槍の穂先のような角も見えた。
そして更に、その大きな頭に見合う巨体が徐々に亀裂から現れる。
巨大な身体を支える太く強靭な脚。大空を舞うための広大な翼。鞭のようにしなる強靭な尻尾。
そして何より、ぐわっと開かれた顎の奥にちらちらと煌めく真っ赤な炎。
それは見ただけで戦意をくじく、禍々しき異形の生物。
「……ま、魔獣……」
賊たちの誰かがぽつりと零す。それに応えるかのように、赤褐色の巨大な魔獣が咆哮した。
びりびりと大気を震わせるその咆哮は、物理的な破壊力はないものの、咆哮を聞いた賊たちのあるものを確かに粉々に打ち砕いた。
咆哮が打ち砕いたものは戦意と冷静さ。
この二つを粉々にされた賊たちは、それまでの統率の取れた行動が嘘のように、三々五々好き勝手に逃亡を始めた。
そして、そんな乱れた賊たちに、赤褐色の魔獣が大地を蹴って猛然と突進する。
ある者はその巨体にぶつかって弾き飛ばされ、またある者は強靭な脚に生えた鋭い爪に腹を裂かれ。
魔獣のたった一度の突進で、賊たちは実に三分の一以上がまともに動けなくなった。
まさに悪夢。だが、これだけで悪夢は終わらない。悪夢はまだ始まったばかりであった。
突如、目の前にいた仲間の姿が消えた。
背後からは魔獣の咆哮と逃げ惑う仲間の悲鳴。
それらに押されて思わず逃げ出した彼と数人の賊たちだったが、その内の一人が急に消えたのだ。
「こ、今度は何が……?」
思わず足を止めた男は、ある事に気づいた。
それは自分の足元。そこに長々と伸びる彼の影。
自分の足元に自分の影がある。それはごくごく普通の事だ。
しかし。
──あれ? 俺の影ってこんなに大きかったっけ?
どう見ても自分の身長より長い影。これはおかしいんじゃないかと思った男は、自分の影の表面がまるで水面のようにさざめいている事に気づいた。
そしてその影から何か巨大なものが飛び出す。それが男が最後に眼にした光景だった。
そしてそれはその男だけではなかった。自分の影から飛び出した巨大な何かに、賊たちはそのまま影の中へと引き摺り込まれて行く。
想像してみて欲しい。もしも海でシャチなどの巨大な生物に海中に引き込まれたとしたら?
待っているのは溺死という運命だけである。
影に引き摺り込まれた賊たちは、影の中という異質な空間で溺死という運命が訪れるのをただ黙って受け入れるしかなかった。
賊たちに頭と呼ばれた男は、頭上に何かの気配を感じて上を見上げた。
そして彼は見る。頭上に広がる黒い空を。
いや、それは空ではなかった。頭上に広がった黒い幕のようなものが、彼と彼の周囲にいた者の頭上に広がっていたのだ。
思わずぽかんと見上げる男たちに、その幕はどさりと落下した。
「か、頭ぁっ!? こ、こりゃ一体何ですかぁっ!?」
「馬鹿野郎、俺が知るわけねぇ────うがぁっ!!」
突然全身を襲った鋭い痛みに、頭と呼ばれた男の言葉が遮られた。
一体何が? そう思った男は、痛みが走った自分の腕へと眼をやって驚愕する事になる。
腕に装着していた革製の防具はぐずぐずに溶かされ、肌を露出させた彼の腕はまるで火傷したように焼け爛れていた。
何がなんだか判らない。呆然と彼が見ている間にも、皮膚は溶け崩れ、筋肉は縮れ、その下の白い骨までが見え始めた。
もちろん、それは彼だけではなく、周囲にいた男たちは皆同じ運命を享受している。
全身にどろどろとした粘度の高い液体のようなものを浴び、生きながらにして身体が溶けていく。
全身を襲う鋭い痛みと未知の現象は、容易に男たちの心を狂気へと誘う。
痛みを忘れるためか、それとも未知の恐怖を感じぬためか。心を壊して狂気の混じった笑みを浮かべる男たちの身体は、ゆっくりと黒い粘塊の中で溶かされていった。
傭兵の男は、目の前に展開された光景をただ呆然と眺めるしかなかった。
突如現れた魔獣たち。その魔獣たちに、四十人を超える賊が、あっというまに壊滅してしまったのだ。
そして男はゆっくりと振り返る。自分の隣に立っている、黒髪で左眼だけが紅い男へと。
「……『魔獣使い』……そ、そうか……やっぱり、兄ちゃんが『魔獣使い』……『ガルダックの英雄』だったんだな……」
「それより、怪我人の手当てをしましょう。それから生き残りも何人かいるはずですから、彼らが何者でどうしてこんな所で隊商を襲ったのかも聞いてみませんか?」
「お、おう、そうだな。取り敢えず、兄ちゃんたちの事をこの隊商の責任者……俺たちの雇い主にも一言伝えておかねぇとな」
傭兵の男が足早にリョウトの元を去ると、入れ替わるようにルベッタがリョウトとアリシアの傍へと近づいて来た。
「リョウト様。こいつらはおそらく傭兵だ」
「ああ、僕も戦っている最中に何度か刺青が見えた。あの刺青は君のものと同じだね? それに、ただの山賊や野盗にしては統制が取れ過ぎている」
リョウトの言葉に、彼の従者である二人の女性が頷く。
「だが、こいつらの刺青は俺も知らないものだ。もしかすると、こいつらは他国の傭兵かもしれない。もちろん、俺だってこの国の全ての傭兵団を知っているわけじゃないがね」
「他国の傭兵? どうして他国の傭兵がこんなところに?」
「それこそ、俺が知るわけないだろう」
互いに首を傾げるアリシアとルベッタ。
そんな二人の従者を見ていたリョウトは、先程の傭兵が隊商の責任者らしき者と一緒にこちらへ向かっている事に気づき、いまだに頭を悩ませている二人の従者を促して彼らの方へと歩み寄って行った。
『魔獣使い』更新。
今回は以前の『銀狼牙』の時とは状況が違うので、遠慮なく魔獣たちが無双しました。
例の馬鹿伯爵の件もあり、リョウトも少しは苛ついていたようです。きっとムシャクシャしてやったんだと思います(笑)。
話としては前回の続き。そして次回への繋ぎの回でもあります。
うん、作者としても、久しぶりに魔獣の戦闘が書けてちょっとすっきり。
さて、前回の更新以降、久しぶりに日間ランキングに入りました。それも最高時で10位という高順位。
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本当にありがとうございました。
引き続き当面目標達成に向けて今後もがんばりますので、これからもよろしくお願いします。