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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
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04-紫水竜の剣

 満身創痍のリークスの怪我を癒すべく、リョウトはファレナを呼び出した。

 そのリークスは今、「轟く雷鳴」亭の床に直に腰を下ろし、怪我が痛むのか苦痛の呻き声を上げていたが、ファレナの癒しの鱗粉を受けているうちに、その呻き声も徐々に小さくなっていく。


「しかしまあ、本当に満身創痍だな。一体どんな凶悪な魔獣とやりあったんだ?」


 にやにやと笑いながら、ルベッタがおもしろそうに彼を見下ろす。

 無論、彼女も彼がこうなった経緯はローから聞いている。それでも敢えてそう尋ねる辺り、彼女もなかなか意地悪な性格をしている。


「うるさいっ!! 俺が本気を出してしまえば、俺に封じられた邪悪が目覚めるかもしれないからな。俺は常に力を加減していなければならないのだ……っ!!」


 いつものように左手で右手を押さえながら、リークスは芝居の台詞のような抑揚をつけながら言う。

 時折、彼の視線が彼が助けたという女性へと向けらる。

 その女性は今、彼女の主人であり、アリシアの再従姉妹(はとこ)でもあるという女性と、抱き合いながら互いの無事を確かめ合っているようだった。


「それよりも、お主はどうしてあんな所にいたのだ?」


 リョウトの肩の上という、いつもの定位置に落ち着いたローが、未だに床に座っているリークスに尋ねた。

 彼はリョウトたちが野盗討伐に出かける際、自分探しの旅に出るとか言って一人旅立ったはずである。


「俺は俺の中の邪悪を落ち着かせるため、人気のない所で一人心を落ち着けていたのだ。俺の心がざわめけば、それだけ邪悪の力も強まってしまうからな……」


 と、リークスはいつものように芝居がかった仕草で答えた。


「なるほど。つまり、おまえは例の失恋で負った心の痛みを癒すため、あそこで一人いじけていた、と?」

「ち、違うっ!! 断じて失恋に耐えかねて一人になりたいなどと思ったわけではないっ!! 俺はあくまで、俺の中の邪悪をだな──っ!!」


 尚も言い合うルベッタとリークスに、リョウトとアリシアは顔を見合わせて互いに苦笑を浮かべた。

 ちなみに、ルベッタによるリークスの考察は図星であった。これは後からこの店の主人であるリントーから聞いたのだが、リョウトたちとジェイクたちが旅だった後、夕暮れ時になるとリークスは必ずこの店に顔を出し、夕食と酒をかっ喰らってはふらりと出ていくという毎日を送っていたそうだ。




 いつもよりも随分と早い時刻から、その日の「轟く雷鳴」亭には朗々たる唄とそれを彩るリュートの音が流れていた。

 もちろん、それらを操っているのは「片紅目の吟遊詩人」であるリョウト。

 その唄とリュートにじっと耳を傾けるのは、リントーを始めとしたこの店の常連たち。

 だが、今日はその中に見慣れぬ一団が混じっている事に、この時店に居合わせた常連たちは気づいていた。

 彼らはこの店の常連たる魔獣狩り(ハンター)たちとは少々異なり、どこかの裕福な家の令嬢と覚しき女性を中心に、その女性の使用人らしき二人の女性と、護衛と思われる男性が二人と女性が一人という顔ぶれであった。

 おそらくは「片紅目の吟遊詩人」の噂を聞きつけたどこかのご令嬢が、僅かな供回りを連れて聞きに来たのだろう。彼らに対する常連たちの推測はそんなものだった。

 その彼らはといえば、感心や感動、驚愕や感嘆といった様々な表情を浮かべながら、片紅目の吟遊詩人の吟じる唄に聞き入っている。

 ふと気づけばこの店の主人のリントーが、護衛の男性の一人と小声ながらもにこやかに言葉を交わしている。どうやら二人は以前から面識があるようだ。


「久しぶりだな、シーク。いや、やっぱり『陛下』と呼ばなきゃだめか?」

「止めてくれよ、親父っさん。この店にいる時は今まで通り『シーク』で構わないぜ」


 互いににやりと笑い合うと、二人はがっちりと再会の握手を交わす。


「それより、どうだ? あいつの唄は」

「ジェイクから聞いていたが、大したものだな。もっとも、俺は音楽なんてさっぱり詳しい事は判らんが」

「おいおい、天下の王様がそんな事でいいのか?」

「いいんだよ。他ならぬその王であるこの俺が言うんだからな」

「ははは、違いない!」


 その後、リントーはやはり以前からの顔馴染みであるアーシアやコトリとも挨拶を交わすと、再びカウンターの奥へと戻って行った。




 リョウトが唄を吟じている間、彼の奴隷であるアリシアとルベッタは、リュートを奏でる彼の傍らでじっと控えているのが常である。

 そして主人の演奏と唄が終われば、投げ込まれた銀貨を拾い集めるのが彼女たちの役目なのだ。

 アリシアは、そうやっていつものように主人の傍に控えながら、今日十数年ぶりに再会した再従姉妹へと視線を移す。

 その再従姉妹は、隣に座る夫ともいうべき男性と仲睦まじそうにリョウトの奏でるリュートの音色と唄声に耳を傾けている。

 その様子に、アリシアはほっと安堵の溜め息を吐く。

 彼女は今日、その命を狙われた。普通なら部屋にでも閉じ篭もって震えていてもおかしくはない。

 それなのに、怖れるでもなく震えるでもなく、ごく自然体で吟遊詩人の唄声に聞き入っている。彼女がそのような態度でいられるのは、やはり隣に坐る男性の存在が大きいのだろう。

 加えて、彼女の周囲にいる仲間たちの存在も。

 正直、彼女の周囲にいる人物たちの身分と、彼女自身の今の立場を聞いた時は息が止まりそうになったが。

 すっかり自分とは違う世界の住人となった再従姉妹。アリシアは、これからの彼女の幸せを祈りながらそっと微笑みを浮かべた。




 りぃん、とリュートの最後の音色がゆっくりと消えていく。

 それまで静かだった「轟く雷鳴」亭に、いつものように歓声が沸き上がる。

 とはいえ、それはいつもよりはやや小さなもの。

 いつもリョウトが唄うのはもう少し遅い時間──陽も落ちた夕食時以降、この店が最も賑わう頃が彼の主な仕事の時間だからだ。

 だが今日、陽はまだ落ちておらず、店の中にも極少数の常連の姿しかない。

 そんな時間帯に彼が喉を披露したのは、これが前々からのジェイクとの約束のためなのは言うまでもない。

 唄い終えたリョウトは、投げ込まれた銀貨──当然いつもよりは少ない──を集めるのを二人の奴隷たちに任せ、ジェイクたちがいるテーブルへ向かう。


「いつ聞いてもおまえの唄はいいな。ほらよ」


 ジェイクが近づいて来たリョウトに、酒の満たされた杯を渡す。

 リョウトは礼を言ってジェイクから杯を受け取ると、そのまま中の液体を喉へと流し込んだ。

 あまり強い酒は喉に良くない事を承知しているジェイクは、弱めの酒を予めリントーに注文しておいたのだ。

 そしてリョウトが杯から口を離すと、それまでずっと黙っていたアーシアとコトリが顔を輝かせながら近寄って来た。


「本当に凄い唄だったね、リョウトくん。ジェイクくんから聞いていたけど、これだけ巧みな唄は今まで聞いた事がないよ、ボク」

「うん! 本当に上手な唄だった! まるで物語に出てくるぎんゆーしじんみたいっ!!」


 コトリのどこか的外れな褒め言葉に苦笑を浮かべつつ、リョウトは本日の主賓ともいうべき二人へと向き直った。


「素晴らしい技量だな『魔獣使い』。いや、ここは『片紅目の吟遊詩人』と呼ぶべきか? これなら、今度は王城(おれのいえ)に呼んでも差し障りないな」

「ええ、シークの言う通りです。一度正式に招待致しますので来ていただけないでしょうか? きっと私の友人たちも驚くと思います」

「お褒めに預り恐縮です」


 リョウトは二人の言葉に頭を下げる。

 そして彼が頭を上げた時、アーシアとコトリ、ジェイクらが彼に数枚の銀貨を差し出した。

 一瞬だけびっくりした表情を浮かべるも、リョウトはそれらを笑顔で受け取る。

 彼女たちが差し出したのは自分の唄への正当な報酬だ。ならば、それを受け取るのは当然のこと。

 例え、それを差し出したのがこの国の頂点に近い人物たちであっても、だ。

 彼らのそんなやり取りを見ていたユイシークは、何かを思いついたように腰に佩いている剣へと手をかけた。


「おい、リョウト」

「何でしょう?」


 振り向いたリョウトに、ユイシークは手にした物を放り投げた。

 それを反射的に受け取ったリョウトは、手の中の物が何なのか悟り、驚愕の表情を浮かべる。


「受け取れ。今日は何かと世話になったからな。その礼だ。おっと、さっきの唄の代金もコミだからな?」

「……よろしいのですか?」

「ああ。構わねえよ。そもそも、それはおまえの物だったんだろう? ジェイクから聞いているぜ?」


 にやり、と悪戯小僧のような笑みを浮かべるユイシーク。


「おまえにはミフィを助けてもらったからな。俺にしてみれば、こいつの命の値段にしちゃそれでも安いぐらいだ」


 ユイシークがそう言いながらミフィシーリアを見れば、彼女はどこか困ったような、それでいて嬉しそうな表情でふいっと視線を逸らした。


「ミフィシーリア様……いえ、ミフィシーリアさんを助けたのはアリシアたちです。僕じゃありません」

「ばーか。奴隷の手柄は主人の手柄だろう? ここは黙って受け取っておけ。それでもまだ何か言うつもりなら、おまえからあいつらに褒美をやればいい。それが奴隷の主人の勤めってもんだぜ?」


 ユイシークは、ぱちりと片目を閉じつつ、右手の親指を突き出す。

 リョウトは改めて手の中の物へと視線を落とす。

 それは祖父の形見の片割れであり、これまでずっと彼の傍にあったもの。

 奴隷に落ちたアリシアを助けるために、一度はそれを手放した。その事に後悔はないが、それでもどこか寂しい思いをしたのもまた事実。

 アリシアとルベッタという、リョウトにとって掛け替えのない存在との出会いの元となったそれ。

 紫水竜の剣(アメジストソード)

 彼の祖父がバロステロスとの戦いの際にも用いた祖父の愛剣であり、リョウトにとっても特別な意味を持つ剣。

 その剣が、ようやく本来の使い手の元に戻って来たのだった。




 紫水竜の剣を受け取ったリョウトは、とある事を思い出して彼が使役する魔獣の名を呼ぶ。


「マーベク」


 魔獣の名を告げ、自分の影がざわりと揺れるのを確認したリョウトは、その影へと無造作に片手を突っ込んだ。

 その光景を初めて見るユイシークたちは、それを目を丸くして眺めている。

 そんな彼らが見詰める中、影から腕を引き抜いたリョウトは、その手にしたものをユイシークへと差し出した。


「ユイシークさん。これをお持ちください」

「なんだ、こりゃ?」


 リョウトが差し出したものを、ユイシークは興味深そうに眺める。

 それは長さが四十五センチ、幅が二十五センチほどの、黒くて平たい物体だった。

 「轟く雷鳴」亭の店内に設置されたランプの光を受け、それは不思議な独特の光沢を見せている。

 ユイシークだけではなく、ジェイクたちまでもがおもしろそうにそれを眺めていた。


「これは祖父が遺したものです」

「おまえの祖父……ガラン・グラランが遺したものだと……? まさか、こいつは……」

「ええ。バロステロスの鱗です」


 リョウトがそう言った途端、ユイシークたちが息を飲む。

 最強の生物と言われる竜。その爪や鱗といった素材は、亜竜である飛竜や紫水竜のそれらよりも遥かに強靭である。

 それゆえに、それら竜の素材を加工できる腕を持つ職人の数は少ない。

 現在では竜の姿が見られない事からもその価格も極めて高価であり、今リョウトが持っている鱗一枚で小さな城が買える程の価値がある。


「お、おい、本当にいいのか……?」


 尋ねるユイシークに、リョウトは笑顔で頷いた。


「僕には、これを加工できる職人に心当たりがありませんし、仮に加工できたとしてもその加工賃が払えません。ですが、ユイシークさんならどうとでもなるでしょう? これを元にすれば、紫水竜の剣以上の剣が鍛えられるはずです」


 僕には宝の持ち腐れですから、と続けたリョウト。

 そのリョウトから黒い鱗を受け取ったユイシークは、まるで新しい玩具を得た子供のように顔を輝かせる。


「すげぇぜ、おい! 見ろよ、ミフィ! ジェイク! アーシィ! コトリ! 竜の鱗、それもバロステロスの鱗だってよ! いやー、初めて見たし、初めて触ったぜ! おまえたちも初めて見るよなっ!? なっ!?」


 そんな大喜びの国王の態度に、リョウトと彼の奴隷たちは目を丸くし、ジェイクを始めとした彼の友人たちは苦笑を浮かべる。そしてミフィシーリアはと言えば、彼女は国王としての威厳もへったくれもないユイシークの姿を見ながら深々とした溜め息を零すのだった。



 『魔獣使い』更新しました。

 前回に引き続き、今回も双方の顔見せ及び親睦を深めるための回でした。

 そして、今まで何人かの方から感想などで質問のあった、紫水竜の剣の行方についての答えを出した回でもあります。

 このままユイシークの手元に残そうかととも考えましたが、やはり本来の持ち主の元へと返る事になりました。

 そして、今回をもちまして、一連のスペシャル・クロスオーバーも終わりとなり、今後はこれまで通りのちょっとしたクロスオーバーに戻ります。

 いえ、最終回辺りには再び盛大にクロスオーバーさせようと企んでおりますが。


 さて、次回からは少しばかりほったらかしになっていた、リョウトたちが貴族の屋敷へと赴く話と、アリシアとルベッタの今後の立場に関してを描写していきたいと考えております。


 では、次回もよろしくお願いします。

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