03-邂逅──魔獣使いと雷神
リョウトは「轟く雷鳴」亭の近辺を隈なく探したが、目的の人物たちは見つけられなかった。
探索に放ったマーベクも戻らなければ、空から探すと言って飛び立ったローもまだ帰って来ない。
立ち止まったリョウトは、一度「轟く雷鳴」亭へ戻ってみる事にした。
彼とは別行動をしているアリシアとルベッタが戻っているかもしれないし、ジェイクの元に何か新たな情報が入っているかもしれない。
そう考えたリョウトは、周辺の探索に見切りをつけて一旦「轟く雷鳴」亭に戻る事にした。
一人の男性がいた。
ジェイクやアーシア、コトリといった面々と一緒に、一人の男性がいた。
明るい茶色の髪に黒い瞳。
自分よりもやや高い背丈に均整の取れた身体。
身につけているのは傭兵などが好んで身につける魔獣素材の軽装鎧。その腰にはやや小振りな片手用の剣。
だが、リョウトの視線は思わずその剣に釘付けになった。
なぜならその剣は、今彼が腰に佩いている二振の剣の内の一つと全く同じ拵えで。
リョウトが店の入り口のところで足を止め、その男性が所持している剣を凝視していると、その男性も彼に気づいて振り向いた。
「……片方だけ紅い眼……もしかして、おまえがジェイクの言っていたリョウトとかいう吟遊詩人か?」
その男性の突き刺さるような視線がリョウトへと向けられる。
発せられた声もまた険を含んだ冷淡なもので、気の弱い者ならその視線と声だけですくみ上がってしまう程だった。
「はい。僕がリョウトです」
「ミフィは……ミフィシーリアとその侍女は見つかったのか?」
「いえ。まだ見つかっていないようです。ですが……」
「ちっ!! 何だよっ!! 噂ほど使えねえじゃね──うごっ!!」
吐き捨てるように言う男性の言葉を遮ったのは、不機嫌そうに頬を膨らませた侍女のお仕着せを着た女性。
しかも、その女性は男性の後頭部を、背後からいきなり拳で殴りつけるという方法で言葉を遮ったのだ。
「な、何しやがる、ジェ──あ、あれ? アーシィ?」
後頭部を殴られた男性は、背後を振り返って思わずきょとんとする。
そこに彼が自分を殴ったと予想した人物──彼はてっきりジェイクが殴ったと思った──ではなく、ある意味で彼に一番近しい女性の姿があったからだ。
その女性は不機嫌そうな様子を隠す事もなく、腰に手を当てて真っ正面から男性と対峙する。
「あのね、シィくん。ミフィの事が心配なのは理解できるけど、初対面の人にそんな失礼な事言ったら駄目でしょ?」
ぴんと立てた右手の人差し指を振り回しつつ、その女性はまるで姉が言うことを聞かないやんちゃな弟に言い聞かせるように言葉を続ける。
「リョウトくん──あ、リョウトくんって呼んでもいいよね? リョウトくんはね、見ず知らずの私たちのために魔獣さんを使ってくれたり、知り合いの人たちにもミフィたちを探すように言ってくれたんだよ? それなのに、感謝するどころか罵るなんて、一体どういうつもりかな?」
長いつき合いで、こういう時の彼女に逆らうと色々とまずい事を理解している男性は、困ったようにがりがりと頭を掻くと改めてリョウトを見た。
「あー、すまん。確かに俺が悪かった。俺もちょっとばかり焦っていて冷静じゃなかった」
「本当にごめんね、リョウトくん。シィくんも悪気があってあんな事言ったんじゃないんだ。許してあげてくれるかな?」
二人の謝罪に、リョウトは笑みを浮かべてそれを受け入れた。
「構いませんよ。あなたのお気持ちは理解できますからね、ユイシーク陛下」
周りに聞こえないように小さく囁かれた言葉に、男性──ユイシーク・アーザミルド・カノルドスとその第一側妃にして「癒し姫」とも呼ばれるアーシア・ミナセルは、驚きの表情を浮かべてリョウトを見返した。
「いやぁ、そうやって同じような表情をしていると、おまえらが確かに血縁だなって思えるなぁ」
そんな二人を端から見ていたジェイクは、二人が浮かべている表情があまりにもそっくりだったため、そんな暢気な感想を思わず零した。
「…………いつから気づいていた?」
「気づいたのは、アーシア様──いえ、アーシアさんがあなたを殴りつけた辺りからです」
彼らが身分を隠してここにいる事を考慮したリョウトは、あまり畏まった言葉遣いにならないようしながらユイシークの質問に答える。
「アーシアさんが兄妹のように接し、キルガス伯爵とも親しい……そんな人物はこの国の中でも限られていますからね」
「ほう。なかなか目敏いんだな」
「吟遊詩人なんてものは、伝承伝説だけではなく世間の評判や噂に通じたものですから」
自慢する風でもなく、ごく自然にそう答えるリョウトをユイシークは見る。
その顔に、にやりとしたどこか悪戯小僧のような笑みを浮かべながら。
「なるほどな。ジェイクの奴が言うだけあるぜ。俺もおまえに興味が沸いてきたよ」
「光栄ですね。あなた程の人物にそのように言ってもらえるとは」
「おまえの唄も楽しみだが、今は聞いている余裕がない。悪いが、おまえの唄は探している奴等が見つかってから──」
と、ユイシークがそこまで言った時だった。
再び「轟く雷鳴」亭の扉が開き、そこから三人の人間が店内に入って来たのは。
そしてその三人の姿をを見た途端、いや、正確にはその中の一人を見たユイシークたちの表情がぱっと輝いた。
「ミフィっ!! 無事だったかっ!?」
嬉しそうに声を上げ、三人の内の一人へと駆け寄ろうとしたユイシーク。
だが、彼は突然後ろから突き飛ばされ、情けない声を出しながらたたらを踏む。
「ミフィぃぃぃぃっ!! よ、良かったよぉっ!! け、怪我とかしてないっ!? 大丈夫っ!?」
ユイシークを背後から突き飛ばし、その人物へと飛びついたのはコトリだった。
彼女はまるで子供のように泣きじゃくりながら、ミフィと呼ばれた人物にしがみつく。
泣きわめくコトリや突き飛ばされて憮然としているユイシーク、そんな彼らを微笑ましげに見守るジェイクとアーシア。
リョウトは彼らの様子を眺めると、自分へと歩み寄って来る残る二人へと視線を移した。
「二人ともご苦労様。君たちも怪我はないか?」
「ええ。心配してくれてありがとう。私たちなら大丈夫よ」
「正直、危ないところもあったが、マーベクのお陰で助かったな」
二人──アリシアとルベッタは、微笑みながら自分たちの主へ応える。
「おっと、そうだった。おい、マーベク」
何かを思い出したかのように、ルベッタがマーベクを呼びながら店の床に落ちている自分の影を数度踏み鳴らす。
すると、その影の中から何かが浮き上がり、ごろりと床の上に転がる。
「どうやら、こいつが暗殺者のようだ。伯爵、引き取ってくれ」
「うえっ!? こいつを引き取ンのか?」
ジェイクが床に転がったもの──気絶した暗殺者を見て露骨に顔を顰めた。
なぜなら、その暗殺者は異臭のする粘液──マーベクの唾液──にまみれていたからだ。
もちろん、カウンターの奥からずっとリョウトたちのやり取りを黙って見ていたリントーも、この後の床の掃除の事を思ってジェイク同様に、心底嫌そうに顔を顰めていた。
「再従姉妹……だと?」
ユイシークはアリシアとミフィと呼ばれた女性を交互に見ながら呟いた。
その事実はユイシークだけではなく、この場に集まっている全員を驚かせのだが。
「はい。私とアリィ姉様……いえ、アリシア様とは、父方の曾祖父を同じくしています」
「父親同士が従兄弟で、祖父同士が兄弟。そして曾祖父が同一人物なの」
隣同士に座ったアリシアとミフィ──正式な名前はミフィシーリアというらしい──は、互いに見つめ合いながらそっとはにかむ。
「とは言っても、幼い頃に何度か顔を合わせただけで、それからずっと会っていなかったけど」
「そのため、初見ではアリシア様の事が判りませんでした」
「私もよ。どこかで会った事があったかな、っていう程度でね。彼女の名前を聞いてようやく思い出したわ」
二人の説明を聞いたリョウトやユイシークたちは、とんでもない偶然に一頻り感心している。
こうして並んで座っているのを見れば、確かに二人は似通っている部分が見受けられた。
髪や瞳の色こそ違うものの、血縁を感じさせる共通部分が確かにあるのだ。
今、彼らは「轟く雷鳴」亭の酒場の一角を占め、互いの情況の確認を行っている。
まだ、ミフィシーリアの侍女でメリアという女性は見つかっていない。
そのため、彼らの周囲にはひっきりなしに報告に訪れる者──ジェイクいわく、近衛隊に所属する者たち──が後を断たない。
それに、これで襲撃が終わったという確証はない。アリシアとルベッタがミフィシーリアを救い出した際に聞いた暗殺者の言葉によれば、彼らの狙いはミフィシーリアとその侍女だったらしい。よって、こうして彼女を警護しつつ近衛たちからの報告を受けて今後の方策を検討していた。
「……メリアは大丈夫でしょうか……?」
一通りの情況を確認した後、ミフィシーリアが不安そうな顔でユイシークに尋ねる。
「心配するな。近衛の連中が必死になってメリアを探している。じきに見つかったという報告が来るさ」
「大丈夫よ。リョウト様によれば、ローも探してくれているらしいし、さっきもう一度マーベクを探索に向かわせてくれたわ」
沈んだ表情のミフィシーリアを、隣に座ったアリシアが勇気づける。
そんなアリシアに、ミフィシーリアもまた弱々しいものの微笑みを浮かべて応えた。
「ありがとうございます、アリシア様」
「アリシア様はやめてね、ミフィ。私の家はもう貴族じゃなくなったもの。私の方こそ、あなたをミフィシーリア様って呼ばなきゃね」
「はい……カルディ家の事は私も聞き及んでおりました……でも、アリシア様……いえ、アリィが元気そうで嬉しいです。それから、私の事は昔通りミフィで結構ですから」
「そう? でも、私もあなたが元気そうで嬉しいわ。ところで、こちらの男性はどなた? キルガス伯爵と親しそうなところからして、どこかの貴族の方のようだけど……もしかして、ミフィの婚約者とか旦那様とかかしら?」
アリシアが隣の再従姉妹とその前に腰を降ろした男性──ユイシークとを交互に見比べながら、からかいを含んだ声で尋ねると、ミフィシーリアは頬を染めて恥ずかしそうに身じろぎし、ユイシークはと言えば嬉しそうに何度も頷いている。
そんな二人の様子から、自分の推測は的を射ていたと確信したアリシアだったが、ジェイクが声を潜めて、それでいて面白そうにぶっちゃけた事実に驚愕する事となる。
「いやな、実はおまえの再従姉妹であるこの嬢ちゃんは今、こいつ……この国の国王である、ユイシーク・アーザミルド・カノルドスの五番目の側妃で、ついでに近々正妃になる事が内定してンだよ」
「え…………? せ、せい……ひ……?」
「こ、こくお……っ!?」
ユイシークとミフィシーリアを見詰めながら驚きに固まるアリシアとルベッタに、この国の国王は何とも親しげに右手をひょいっと上げる。
「おう、俺がこの国の国王のユイシークだ。ま、ミフィたち共々、ひとつ宜しくな!」
国王とは到底思えない軽々しい挨拶。ジェイクやアーシアが何も言わないところを見ると、これがこのユイシークという男性の本来の素なのだろう。
改めて差し出されたユイシークの右手をリョウトが握り返した時、再度「轟く雷鳴」亭の扉が開かれた。
反射的にそちらへと振り向いた一行の眼には、そこに立つ一人の侍女のお仕着せを来た女性と、その女性に肩を借りて立っている満身創痍の槍を持った男、そして彼らの傍らにぱたぱたと羽を動かしながら浮いている小さな黒竜の姿が写るのだった。
『魔獣使い』更新。
『魔獣使い』と『辺境令嬢』、そのメインキャラクターたちの顔合わせの回でした。
一つの場面を違うサイドから描写する、というのは極力避ける方向でいきたいので、一方で描写する事はもう片方ではさらりと流す程度にしよと思っております。おかげでどこをどっちで描写するのかが、悩みどころであります(笑)。これがまた、思ったより難しくて……くそう。
では、次回もよろしくお願いします。