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魔獣使い  作者: ムク文鳥
第3部
52/89

02-初対面? それとも再会?

 突然、「轟く雷鳴」亭の扉が勢いよく開けられ、店内にいた少数の人間が一斉にそちらへと向く。

 そこにいたのは、銀の髪に金の瞳という珍しい色彩を持った少女だった。


「────────あぅっ」


 少数とはいえ、店内にいた者たちから一斉に視線を向けられ、その少女はどうしたらいいのか判らずそわそわと辺りを見回している。


「誰だ、あいつは? しかし、銀の髪に金の眼とは珍しいな」

「この店では今まで見かけた事がない()ね。もしかしたら何かを依頼しに来たのかしら?」


 二人の奴隷たちの言葉を聞きながら、リョウトもまたその少女へと眼を向ける。

 銀の髪を頭の両横で纏めて垂らす、いわゆるツーテールという髪型のその少女。身につけている物から、魔獣狩り(ハンター)か傭兵といったところか。

 その少女から漂うどこか異質な空気を感じ取り、リョウトはこの娘がただの庶民であるとは思えなかった。

 困ったように店内を見回す少女の視線が、不意にリョウトのところで止まる。

 そしてなぜか少女は表情を輝かせると、そのまま真っ直ぐにリョウトの所へとやって来た。


「あ、あんたがリョウトって人よね? コトリ、ジェイクから前に聞いた事があるの。リョウトって人は左眼だけが紅いって。ねえ、あんたがリョウトならミフィを探して! ミフィがどこへ逃げたのか判らないのよぉっ!!」


 猛然とまくし立てる少女を前に、リョウトは困った顔をして二人の奴隷へと視線を向けた。




 今日は以前よりジェイクと約束していた、彼の友人を連れて来るという日だった。

 約束では昼前には「轟く雷鳴」亭に来るとジェイクは言っていたので、リョウトたちは「轟く雷鳴」亭の一階の酒場でこうして彼を待っていたのだ。

 だが、現れたのは銀髪の少女。

 その少女は今、しがみつかんばかりにリョウトに近寄り、物凄い勢いでまくし立てている。

 しかし、彼女の言い分は今一つ理解できないものばかりで。

 それでも彼女の言葉に何度も「ジェイク」という単語が混じっているところから判断して、彼女がジェイクの友人の一人であろうことがリョウトたちに理解できた数少ない事実だった。

 それ以外でなんとなく判ったのは、この少女が何かを逃がしてしまい、それを探しているらしい事。そしてそれをリョウトに頼んでいる事、後はここを訪れたのが、ジェイクにそう言われたからだという事ぐらいだ。

 ほとほと困ってしまったリョウトたちだったが、再び「轟く雷鳴」店の扉が開かれた事に気づき、思わずそちらへと向けられたリョウトの顔に安堵の表情が浮かび上がる。

 再び扉を開き、店に入って来た人物はジェイクだったのだ。

 彼は侍女のお仕着せを着た女性を伴い、至極真剣な顔でリョウトたちの元へと歩み寄る。


「早速で済まないが、おまえに頼みがある」

「伯爵の言うその頼みとは、やっぱりこの少女と関連がある事ですか?」


 リョウトは視線だけで銀の髪の少女を示す。

 この時になって、その少女もようやくジェイクたちが現れた事に気づいたようだった。


「ジェイク! アーシィ! お願い! ジェイクたちからもこの人に頼んでよぉ! 早く逃げちゃったミフィを探してってっ!!」


 少女のその言葉を聞き、ジェイクとアーシィと呼ばれた侍女らしき女性は、互いに顔を見合わせると呆れたように肩を落とした。


「ね、ねえ、コトリ? その言い方では言いたい事が上手く伝わらないと思うな、ボク。それ聞いただけだと、まるで逃げた愛玩動物でも探して欲しいみたいに聞こえるよ?」

「まったく、アーシアの言う通りだぜ。リョウトには俺から詳しく説明すっから、おまえは落ち着いて何か飲み物でも飲んでろ」


 ジェイクは給仕の娘を呼び、銀髪の少女のために果汁を搾ったものを注文すると、改めてリョウトへと向き直り、小声で説明を始めた。


「実はここへ来る途中で暗殺者らしい連中に襲撃されてな。その暗殺者の一人は捕らえる事に成功したンだが、その騒ぎの中で連れの二人の行方が判らなくなっちまってな」

「なるほど。あの少女はその二人を僕に探させようとしたわけですか」


 苦笑を浮かべるリョウト。実は彼も、先程アーシアという女性が言ったように、少女が飼っている小鳥でも逃がしてそれを探せと言っていると思っていたのだ。


「判りました。それで、その行方の判らない二人の特徴は?」


 リョウトはジェイクにそう尋ねながらも、足元の影に向かって声をかけた。


「マーベク」


 彼の左腕に刻まれた痣のようなもの──縁紋(えにしもん)の一つが淡く輝き、次いで影がまるで水面みたいに小さくさざ波立つ。

 その光景を初めて目にしたアーシアという女性は、驚きに目を見張っている。


「今から伯爵が説明する二人を探してくれないか? 伯爵、お願いします」


 リョウトが影から顔をジェイクへと向ける。


「おう。二人とも女性で年は十六。片方は黒髪と茶色い目で────」


 ジェイクが探している女性の詳しい説明をし終えると、再び影がざわりと揺らめいてすぐに静かになった。


「も、もしかして、今のが噂の魔獣さんなの?」

「そうです。ええと、確かアーシアさんと仰いまし……アーシア?」


 リョウトが尋ねてきた女性に向かって口を開くが、その途中で何かに気づいたように彼の表情が強張った。

 アーシアという名前に心当たりがあったのだ。それも途轍もなく有名な心当たりが。

 そしてその強張った表情のまま、リョウトは顔をジェイクへと向ける。


「伯爵……まさか、こちらの方は……」

「まあ、その、おまえが今考えた通りの人物だよ、こいつは。でも、ここでは内緒ってことで頼むわ」


 拝むように片手を上げ、片目を瞑りながら何とも気軽にそういうジェイク。

 アリシアとルベッタも、そのやり取りで女性の正体に気づいたが、リョウトが何も言わない以上はそれについて言及しない事にした。


「それでどうする、リョウト様? マーベクからの知らせをこのまま待つのか?」

「いや、僕たちは僕たちで手分けして探そう。マーベクが見つければ、その時は何か合図があるだろう」


 リョウトの言葉に、アリシアとルベッタは揃って頷いた。


「ちょっと待て。探しに行くンなら、十分な準備を整えてからの方がいいぞ。何せ俺たちを襲った奴の仲間がいるかもしれねぇからな」


 ジェイクの提言に従う事にしたリョウトたちは、一度部屋に戻って愛用の魔獣鎧(まじゅうがい)や武器を手にしてから「轟く雷鳴」亭の外へと出た。


「アリシアとルベッタは二人一緒に探してくれ」

「それは構わないが、別々の方が効率的ではないか?」

「確かにそうかもしれないが、万が一、探している二人が怪我をしていないとも限らない。アリシアはともかくルベッタ一人では、怪我人を運ぶのは一苦労だろう? それに、伯爵たちを襲った連中の仲間がどれだけいるのか判らないからね」

「なるほど、確かにリョウト様の言う通りだ。俺は誰かと違って、とってもか弱いからな?」


 ルベッタが挑発するように言えば、それにまんまと乗せられたアリシアがいつものように言い返す。


「ちょっと待ちなさい! 誰がか弱いのよっ!? そもそもリョウト様も酷いわっ!! 私はともかくってどういう意味っ!?」

「別に深い意味はないよ。単に君なら一人で怪我人を運べると思っただけさ」


 いつものように言い合う奴隷たちに、これまたいつものように苦笑を浮かべるリョウト。二人の奴隷は、一度だけリョウトに向かって頷くと連れ立って走り出した。


「伯爵はどうしますか?」


 リョウトは背後にいるジェイクを振り返って尋ねる。


「とりあえず、俺はここに残る。アーシアとコトリを残しておくわけにはいかねぇし、俺たち以外にもあの二人を探している者はいるからな。そうした連中から何か連絡が入るかもしれねぇからよ」

「では、我もリョウトたちとは別に探そうか」


 そう言ってリョウトのフードから這い出して来たのは、もちろんローである。


「空から探せば効率的であろう。かと言って、ここでバロムを呼び出すわけにもいくまい」


 ローの言葉に頷いたリョウト。ローはそのまま空へと舞い上がり、その小さな身体はあっという間に見えなくなる。

 それを確認したリョウトは、ジェイクに一言告げてからアリシアたちやローとは別方向へと駆け出した。




 ジェイクの言う二人を探し始めてしばらく。

 アリシアは地面に落ちる自分の影が、太陽とはまるで関係のない方へと伸びているのに気づいた。


「これって、まさかマーベクの?」

「ああ。おそらくそうだろう。そして、リョウト様ではなく俺たちに知らせたという事は、探している相手がここから近いか、もしくは何らかの危機に陥っているのかもしれん」

「なら、急ぎましょう」


 二人は影が導く方へと駆ける。

 どうやら行き先は旧王都の庶民街の片隅であるようだ。

 その事実に嫌な予感がした二人は、その足を更に速める。

 旧庶民街とは、この国が今の体制となる前にこの王都で一般の庶民が住んでいた当時の貧民街である。

 だが、今のユイシーク・アーザミルド・カノルドスが即位し、国の体制が全く新しいものへと変わり、庶民の生活にもゆとりが生まれるのに合わせて、ここに住んでいた者たちは、今住んでいる場所へと徐々に移動して行った。

 今ではもう、殆どここに住む者はいない。

 ここに今でも住んでいるのは何らかのわけありの者か、それとも表の街には住めない犯罪者ぐらいだろう。

 そのような危険な場所へとマーベクが自分たちを案内した事に、二人の嫌な予感は更に増すばかり。

 事実、マーベクが二人を一軒の掘っ建て小屋に案内し、壊れかけた入り口から二人がその中を覗き込んだ時、そこでは一人の男が今にも女性を襲おうとしているところだった。

 愛剣の飛竜刀(ワイヴァンブレード)を抜きつつ、慌てて小屋の中へと飛び込むアリシア。

 だが、ルベッタはその場で背負っていた弓を降ろして矢を番えると、驚いたアリシアが止める間もなく女性を襲おうとしていた男へとその矢を放つ。

 矢は狙い違わず、女性へと伸ばした男の手の甲を見事に撃ち貫いた。


「ふむ。間一髪って奴だな」

「何偉そうに言っているのよっ!? 間違えてあの()に当たったらどうするつもりっ!?」

「俺がこの距離で外すわけがないだろう?」


 アリシアが自信満々にそう告げるルベッタから、呆れつつ襲われかけていた女性へと目を向けた。

 その女性は質素ではあるものの、きちんと縫製された衣服の胸元を押さえながら、その茶色い瞳を自分たちへと向けていた。



(黒い髪に茶色い瞳。背格好からして、この人がキルガス伯爵が探していた人の一人ね。でも……)


 怯えを浮かべる女性を安心させようと微笑みながら、アリシアはとある事を考えていた。


(この人……っていうよりこの()……以前にどこかで会った事があったかしら?)


 どうにも初対面という気がしない女性を見詰めながら、アリシアは自分の記憶をゆっくりと掘り起こしていった。




 『魔獣使い』更新です。


 『辺境令嬢』二話分に続き、本日はこちらも更新しました。

 両方合わせて実に三話分。いや、なんか今日は異様に話がすらすらと進みます。この調子がずっと続けばいいんですけど、そう上手くはいきません。きっと。


 そして、とうとう『魔獣使い』に『辺境令嬢』の主役ともいうべき彼女が登場。この辺り、本日更新した『辺境令嬢』と合わせてお読みいただけばより深くご理解いただけると思いますので、まだ『辺境令嬢』に目を通しておられない方は、是非、そちらにも目を通してみてください。


 では、次回もよろしくお願いします。

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